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10 エン起でもない

10 エン()起でもない


 オークの群れだって!?

 おいっ、ちょっと待て! イベント起るの早過ぎるだろうが!」

 ランスお父さんとクリアお母さんと店を出て、逃げ惑う人々と反対の方向を見る。

 すると、遥か遠く、畑の中にオークの群れが見えてきた。

 数は十数匹くらいだろうか?

 遠目に見ているというのにかなりデカいな。

 薄汚れたボロ布を腰に巻き、手に棍棒のような物を持ち、唸り声をあげ押し寄せて来る。

 でっぷりとした腹、にも拘らず腕周りは太くがっしりとした筋肉に覆われ、豚のような顔に凶悪な表情を浮かべ迫って来る光景には物凄い威圧感がある。

 自分が赤ちゃんで、大人以上に大きく見えているだけかも知れないけど、ここに来るまでの間に通ってきた麦畑の麦の穂の高さから考えて多分あれは標準的大人の1.5倍以上はあるだろう。

 横幅に至っては軽く倍以上はありそうだし。

 恐らくマッチョと評してもいいボルファスさんより軽く2回りは大きいだろう。

 そんな巨漢の連中が十数匹!

 そこそこ背の高い麦の穂をものともせず、この村に向かって突進して来る。

 村の周囲は確かに入口以外は柵で囲われているけど、あのオークの群れに対してはかなり心もとない。

 こんなのどうすればいいんだよ!

 まだ、1才だぞ! 本当、どうしろと!?

 まだまともに動けないんだぞ!

 まだまともに魔法すら撃てないんだぞ!

 極めつけはボクの能力はネットスーパー。戦闘向きじゃない! おまけに、現在使用不可能!

 これでボクにどうしろと?

前世、ボクが入院中に妹たちが持って来てくれたラノベで『赤ちゃん無双』とか『一児当千』とかみたいな話も幾つかあったけど、無理無理無理!

 オーク。

 人間のように二足歩行をし、顔は豚の様。

 太ってはいるもののがっしりしていて力は強い。

 何でも食べ、女性をさらっては住み家に連れ帰り繁殖の道具とする。

 確かにオークのイメージからすると強さは下の中から下の上って感じだけど。ゴブリン、コボルトより上。ホブゴブリンと同等。オーガより下。

 だけど、そんなのゲームや小説の中だけの話だろ。

 どう見てもあれは人間よりかなり力が強い。

 どうあがいたって圧倒的暴力の圧力にかないっこ無い!

「ランス!」

「リックか、反対側の出入り口の守りはどうした?」

 反対側の入口から駆けつけてきたのか、リックさんだけでなく十人くらいの男の人達がランスお父さんの元に駆け寄ってきた。

「代わりの奴に任せて来た」

「そうか。反対側は大丈夫なんだな?」

「ああ、今のところはとしか言えないが」

「こっちを何とかしないとどうにもならんか。時間が無い。ここにいる奴らだけで迎え撃つぞ」

「分かった」

 そんな無茶な!

「セイルくんはボルファスさんのお店の中に隠れさせてもらいなさい」

 ボクがパニックを起こしかけていると、クリアお母さんがボクの背中を撫でてくれてボルファスさんの店の方へと押し出した。

「クリアお母さんは?」

「お母さんは大丈夫だから心配しないで。決してお店の中から出て来ては駄目よ。セイルくんは良い子だから言いつけをちゃんと守れるわね」

 いつも通りの優しい笑顔で頭を撫でてくれる。

「あい」

 ボクは少し落ち着きを取り戻しクリアお母さんの言葉にしたがう。

 ボクが店の入り口に入ると入れ替わりにボルファスさんが巨大な斧を持って出て来た。

 ボルファスさんも戦うんだ。

 そう言えばさっき、以前は冒険者をしていたって言ってたっけ。

 両方に刃が付いているからあれは戦闘用の所謂バトルアックスっていうやつだな。初めて本物を見た。

「セイル、大人しくしていろよ。終わったらお菓子食わせてやるからな」

 そのいかつい顔にニッコリとした笑顔を浮かべ走り出て行くボルファスさん。

 やめてよ、そんな言い方は。前世のボクの世界じゃ縁起が悪いんだから。

 僕は店の中に入ると急いで窓に向かい、窓の下に置いてあった木箱によじ登り窓の外を見た。

 ガラスが有る訳じゃない、木の板を押し上げてつっかえ棒を下だけの簡素な窓。

 そのむこうでは、

「リック! お前たちは三人一組で一体を相手にしろ! 最低でも二人で一体だ! 決して一人で相手しようとするなよ!」

「分かったランス!」

 何故かランスお父さんがリックさんに指示を飛ばしている姿が目に映った。

「剣と槍を持っている者で組め! 三人で左右に気を反らして村の人たちが非難する為の時間を稼げ。決して前に出過ぎるな!」

 それを受け、リックさんが他の、多分自警団の人達なのだろう人達に指示を出していく。

「ボルファス、入口の守りは任せた。無理はするなよ」

「おうよ!」

 ボルファスさんはその巨漢に似合った大きな斧、バトルアックスを持って簡素な入口の前、通りの真ん中で構えた。

「我と我とともに在りし者を守る風の衣となれ! ウィンドプロテクション!」

 クリアお母さんの声が聞こえ、それと同時にランスお父さんや自警団の人達の身体の周りに一瞬風が吹き抜けたように見えた。

「我が前に荒れ狂う風の壁となりて立ちはだかり、その一切の攻撃を阻む盾となれ! ウィンドウォール」

「風の護りか。クリアちゃん有り難い」

「流石に拡大して柵を覆ったり、20人近くにかけると、あとは大技撃って、小技で少し牽制するくらいしか出来ないわよ」

 何か恰好良い!

 こんなオークに襲われれば一たまりも無さそうな建物なのに中に入って安心したのか、 この状況に場違いな感想が浮かんでしまう。

 門を出てすぐの所にランスお父さん、その左右にリックさんをはじめとする自警団の人達が三人一組で広がっている。

 門の入口の中央にはボルファスさん。

 その少し後ろにはクリアおかあさんが杖を構えて立っていた。

「火系統の魔法は使えないわね」

 そう言うとクリアお母さんは高々と魔法の杖を掲げ、魔法の呪文を詠唱し始めた。

「我が前に立ちはだかるすべての物を切り刻む風のつるぎを宿し、逆巻さかまく渦となりて一切を薙ぎ払え! トルネードカッター!」

 前に見せてくれたライトボールの呪文よりかなり長い呪文。

 唱え終わると同時にオーク達の集団の中心に突如竜巻が発生する。

 しかも、どうやら只の竜巻ではないらしく、巻き込まれたオーク達は身体を斬られ、血を噴き出し叫び声を上げていた。

「クリアお母さん凄い!」

 思わず声が出る。

 だけど、今の風の魔法で倒れたのは3体程。

 残りは魔法の範囲外で無傷か、傷付きながらも強引に竜巻を突破してバラバラながらもこちらに向かってくる。

「我が前に立ちはだかる物を切り刻む風のつるぎとなりて飛べ! ウィンドカッター!」

 続けて別の風の魔法を連続で撃つクリアお母さん。

 先ほどのとは違い、今度の風の魔法は杖から風の刃を飛ばし相手を一体一体攻撃する魔法のようだ。

 入口の辺りをボルファスさんとリックさんが率いる自警団が守りを固めている最中さなか、ランスお父さんはクリアお母さんの魔法の詠唱とともに畑の方へと一人でオークの群れの中に飛び込んでいった。

「ランスお父さん!」

 ちょっと待ってよ! いくら何でも一人であの中に飛び込むなんて無茶過ぎるだろ! ここは守りに徹してクリアお母さんの魔法でダメージを与えて反撃のタイミングをうかがうのが定石だと思うんだけど。

 そんな事を考えている間にもランスお父さんとオークの先頭との距離が見る見るうちに縮まっていく。

 オークが棍棒を振るおうとした時、

 ランスお父さんが飛びあがり片手でオークの肩あたりを支えにしながら剣でオークの目を切り裂いて通り過ぎていった。

「グギャアアアア!」

 目を切り裂かれたオークはその場に立ち止まり顔を押さえ絶叫する。

 それに構わずランスお父さんは他のオークに向かい、今度は体勢を低くしてオークの棍棒の一撃を避け、足元にもぐりこみアキレス腱を切り、蹴りを入れ、その反動で距離を取り次のオークへと向かう。

「ランスお父さん凄い!」

 またも声が出てしまった。

 オークの間を駆け抜けるように一撃入れては、他のオークに向かい、攪乱している。

 ぼくの素人考えかもしれないけど恐らくあれは人数差や戦力差を考えての戦い方なんだと思う。

 多分ランスお父さん一人ならオーク一体を相手に出来るけど、自警団の人達は3人で一体がやっとなのだろう。

 一体にとらわれず、時間を掛けず、止めを刺す戦い方ではなく、傷付け弱らせ相手の動きを封じ込めることに徹した戦い方。

 圧力で一気に押し潰そうとするオークの勢いを削ぎ、村へ一斉に押しかけてこようとするタイミングに時間差を付けて、自警団の人達でも対処できるくらいに傷を与えてから次のオークへと向かっているんだと思う。

 そう考えるとクリアお母さんも防御を固め、中心に一撃を入れて混乱させ、個々を狙っていたし。

 けど、手が足りない。

 リックさんをはじめとする自警団の人達が、動きの鈍ったオーク達に言われた通り3人一組で迎え撃つが、ランスお父さんほど動きがいいわけでもなく、連携もぎこちないので何とか押しとどめているというところである。

 怪我を負う人も出てきている。

 そう言えば、クリアお母さんが魔法を撃つのを止めてしまった。

 というか、動かないでいる。どうしたんだろう?

 あっ! これは、

 魔力枯渇!

 風邪の壁を作り、皆の防御を施し、大きな竜巻を起こし、複数の風の刃で攻撃を放っていた。

 壁は拡大したって言ってたし、一気に使い切ったんだな。

 多分立っているのがやっとなんだと思う。

 ぼくならライトボール一つで目が回って気絶してるし。

 でも、そうなると魔法の攻撃による援護はなくなってしまう。

 自警団の人達は大丈夫だろうか?

 ボクにも何かできないか。

 さっきクリアお母さんが唱えていた風の魔法。

 魔法の杖はないけど、大技の方は無理だとしても小技って言ってたし。もしかしたら行けるかも。

 よし!

 やってみよう。確か呪文はこんな感じだったはず。

「我が前に立ちはだかる物を切り刻む風のつるぎとなりて飛べ! ウインドカッター!」

 すると、かざした手の平に魔力が集まっていく感覚がして、

 それが微かな流れをつくりだして、

 ……

 ダメか。

 そりゃあ、そうだよな。

 見よう見まねで簡単に魔法が使えたらだれも苦労はしない。

 ぼくはがっくりと手を下ろす。

 ぼくの魔法が不発に終わり、落胆したそのときだった。

 まだ十分に動けるオークが二体。

 入口に向かって突進してきた。


 ガキンッ!


「ぐうう!」

そのうちの一体をボルファスさんが斧で止める。

 だが、もう一体がそのわきをすり抜け村の中へと入って来た。

 そして、真っ直ぐにクリアお母さんへと襲いかかる。

 危ない、クリアお母さん!」

 時間がゆっくり流れていく様に感じられた。

なのに心臓の鼓動は大きく。

 速い。

 実際の時間の流れは生きとし生ける物すべてに与えられた数少ない平等のもの。

 だから文字通り刻々と過ぎていく。

 無慈悲に。

 残酷に。

「クリアお母さん!」


 ザシュ!


 血しぶきが上がる。

 血が文字通り噴水のように吹き出る。

 血ってあんなに勢いよく吹き上がる物なのか。

 オークが斬られても直前まで気にしていなかったのに。

 最初にオークたちが襲来した時、ボクは早過ぎるイベントだと心で叫んでいた。

 それはどこか現実離れした、自分の事じゃない。

 そうおもった。

 小説の世界、ラノベの世界の出来事。

 そんな風に思っていた。

 なのに!

 クリアお母さんの服が赤く染まる。

「クリア、無事だな」

「ランス」

「へっ?」

 ボクは間抜けな声を上げていた。

 ボクのいた位置からだと解らなかったけど、よく見るとオークの胸から剣が生えそこから血が噴き出していた。

 クリアお母さん、無事だった!

「……ランス」

「……クリア」

 二人が見つめあっている。

 凄いやこの二人。心の底から信頼しあってるんだ。

 クリアお母さん、あのオークに飛びかかられそうになっていたのにあの場所から一歩も動いていない。

 魔力枯渇で動けなかったわけじゃない。

 ましてや怖くて動けなかったんでもない。

 ランスお父さんが助けに入ると信じてたんだ。

「……ランス」

「なんだ? 惚れ直したか?」

「……あなた腕鈍ったでしょ。見てよこれ! 返り血浴びちゃったじゃないの!」

「なっ! しょうがないだろ。村に出てくるだけだと思ってて、こんなロングソードしか持って来て無かったんだから」

 ……言い争いを始めた。

「コラッ! 杖で殴るな! 前にセイルに杖を振り回すなって言ってただろうが!」

「うるさい! わたしの手で叩いたらわたしの手が痛いでしょうが!」

「なら、殴るな!」

 ……仲良いんだよな? 前言撤回したくなってきた。

 それにしても、

 クリア母さん最強だな。

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