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#05 -救出行③-

「さて……着いたわね」


 アベル達が敵を惹き付ける為に決死の陽動を行っている頃。


 建物の裏手にある暗がりで、ロゼリアが小さく呟いた。


 ロゼリアの手は、虚空で止まっている。それ以上は前に進む事ができず、絶えず弾かれ阻まれる。


 ――思ったよりも硬い結界ね……。


 結界の表面を指でなぞりながら、ロゼリアが舌打ちする。


 魔力結界。主に教会の人間が用いる、魔力によって構成された障壁だ。


 詠唱は長く、干渉する意志も強大かつ複雑になる為、大抵は複数人で並列詠唱で構築する。


 結界を張る専属の部隊は『聖歌隊』と呼ばれ、聖帝国でもエリートの組織とされている。


「……どうだいお嬢。やれるかい?」


「アタシを誰だと思っているのかしら。王国一の魔術師よ?」


 もう一度きつく手袋をはめ直して、ロゼリアが手に力を込める。


 首筋から手に掛けてロゼリアの身体がぼうと蒼く光り、空間を這う様に垂直に駆け上る。


 同時に屋根の方からも赤い光が走ってきて、ロゼリアの光とぶつかって火花を散らした。


「ぐっ……!?」


 ずきん、とロゼリアの指先が痛み、歯を食いしばる。


 異質な魔力の侵入を察知して、防衛術式が働いた為だ。


 相殺し切れなかった分の魔力が回路を刺激し、痛覚へと変えるのである。


 防衛術式が働いた事により結界が本格的に作動し、空間が赤く染まった。


「建物が箱なら結界も箱か、芸の無い連中だ」


 結界を軽く蹴りながら、メイズが呟く。


「そうみたいね。この結界、思ったよりも反応が敏感よ。

設計した奴が腰抜けなのが見て取れるわ!」


 ロゼリアが空いていた左手を結界に当て、


「はぁっ!」


 と短く叫ぶ。


 刹那、両手から二十余りの魔力の束が結界へと侵入し、ばらばらに動き回った。


 真っ赤な結界の中で、赤い光と青い光が乱舞する。


 全意識を集中させているロゼリアの背中を、きらりと光る小さな輝きが捉えていた。


 ひょう、と風を切る音と共に何かが高速で飛来し、メイズがそれを掴む。


 ばし、と小気味良い音を立てて、それはロゼリアの少し前で止まった。


 輝きの正体は鹿狩に使う大きな矢だった。


 鏃からは毒液がぼたぼたと垂れ、月光に煌めいている。


「……やれやれ、楽はさせてくれなさそうだ」


 嘆息し、ロゼリアが矢を投げ捨てる。


 身体に巻いた布をほどき始めるのと同時に、繁みの中から数人の兵士が躍り出た。


 兵士達はめいめいが手槍や剣を携えており、甲冑をしっかりと着込んでいる。


 耳を澄ませば遠くから、加勢にやってくる歩兵達の足音が聞こえてきていた。


「全く……どうせ行くなら……」


 ごきごきと拳や首を鳴らすメイズへ、槍の穂先が襲い掛かる。


 鋭い穂先がメイズを捉え、喉元へ突き刺さる刹那。


「アインのところに行けっっ!」


 ぶわ、と吹き飛ぶように布が舞い、行き場を失った槍が上へと逸れる。


 目標を見失った刃も、釣られる様にしてぴたりと止まった。


 あたりには魔力による小さな稲妻がぱちぱちと弾け、土煙が舞っている。


「ふぅー……」


 やがて煙が晴れて、メイズがその姿を現した。


 その腕はびっしりと刻まれた刻印が輝き、双眸は獣の様に爛々と光っている。


 重い気配が押し潰す様に辺りへ拡がり、兵士達が一歩後ろへと下がる。


 その足が地面へと着いた、その刹那。


「――『S』『D』『P』……『H』」


 メイズが限界まで素早く三文字を唱え、ぐんと一歩踏み出す。


 刹那、変化は起こった。


 残像が残る程の高速でメイズの身体が前進し、殆ど同時に拳が甲冑をひしゃぐ。


 飛び散った鉄片で拳の皮膚が切れるが、瞬時に傷口は塞がった。


 こちらへと突き込まれた槍を紙一重で躱して、メイズが兵士の顔へ上段蹴りを叩き込む。


 細い脚は厚い兜を薄紙の如く突き破り、ごきりと音を立てて首が明後日の方向へと曲がった。


 飛んできた矢を叩き折り、剣を振りかぶった兵士に肘鉄をめり込ませる。


 どくん、とメイズの胸が強く鼓動する。


 思い出したくない過去が、忘れていた感情が、次第に蘇ってくる。


 ――何故……。


 叩き、突き、殴り、蹴り、投げ飛ばす。


 ――何故、お前らは……!


 潰し、裂き、へし折り、引きずり、踏み潰す。


「何故お前らが……()()()()()()のうのうと生きているんだぁあああッッッ!」


 一匹の獣が咆哮し、加勢に来た兵士達の方へと駆けて行く。


 その間にも着々と、ロゼリアは結界の解析を進めていた。


 ――表層部分解析完了。イドの解析五割完了。防衛機構の制圧開始……!


 蒼い光が一条、赤い光を突き破る。それに倣う様に、次々と青い光は暴れ始めた。


 真っ赤だった結界の中が、次第に赤くなっていく。


 少し離れたところからは、依然としてメイズの咆哮と兵下達の悲鳴が聞こえてきていた。


 メイズは王国の兵士達を相手に、一切の容赦なく強化された五体を振るっている。


 明らかに恨みと怒りの籠った、どす黒い殺意がそこにはあった。


 彼女との付き合いは長いが、昔何があったのかをロゼリアは知らない。


 ただ、彼女の祖国が王国の東伐の際に襲撃を受けたという事だけは知識として知っていた。


 思考を巡らせている間にも青い光は結界を荒らし回り、我が物へと変えて行く


 もう結界の殆どは、ロゼリアの魔力である青色へとその色を変えていた。


 ――第一深層部から第三深層部まで解析完了。イドの解析完了。魔術コード及びオドの特定完了……っ!


 最後の赤い光の線を、青い光が食い破る。


 結界の全てが青に染まり、強く輝いた。


「……っ、防衛術式の制圧完了! 結界解除するわ!」


 ロゼリアが叫び、ぱちんと指を鳴らす。


 乾いた音と同時にばきんと音を立てて結界がひび割れ、割れ目が急速に細かくなる。


 やがて割れ目が全体へと行き渡り――大きな音を立てて結界が瓦解した。


 それと同時にメイズの咆哮が止み、兵士達の悲鳴も止んだ。


 思い出した様に鉄錆の匂いがやって来て、ロゼリアが微かに顔をしかめる。


 辺りに動くものは何も無い。月光の下に濃密な死が感じられる。


 折り重なった兵士達の骸の中心で、メイズが静かに佇んでいた。


 メイズの身体は血に塗れ、肩で荒い息をしている。


 腕や首に刻まれていた刻印は半分ほど消えて、肌からは細い煙が幾筋も立ち上っている。


 放出された魔力が空気に満ちて、ぱちぱちと乾いた音を立てていた。


 ゆっくりとメイズがロゼリアの方を見て、力なく微笑む。


「……ああ、お嬢。結界は解けたのか?」


「ええ、解けたわ。早くここから去りましょう。後はアベル達が上手くやってくれるわ」


「だといいんだけどね……」


 ふらつくメイズにロゼリアが肩を貸して、早足で森の方へと進み始める。


 コートにメイズの血が付着したが、ロゼリアは一向に気に留めなかった。


「お嬢……下ろしてくれていいぞ。私は自分で歩ける」


「何言ってるのよ、もうフラフラじゃない。これくらい何ともないわ」


「……やれやれ、どうしてもかい?」


「当然よ。貴女の主人は私なんだから」


 ふぅ、とメイズが嘆息し、ロゼリアが得意げに微笑む。


 遠くで火球の爆ぜる音と、アベルの雄叫びが響いている。


 自分達の役目はこれで終わりだ。後は皆が上手くやってくれる。


 そんな確信が、ロゼリアの中には確かにあった。




 ばきん、と音を立てて、目の前の青い壁がひび割れる。


 アベルを含む全員の視線が一瞬そちらに注がれて、あちこちで息を呑む音が聞こえた。


 一瞬で凍りついた様に辺りが沈黙し、静止する。


 ――ロゼリアが結界を解除したのか……!


 流石だ、とアベルは内心ほくそ笑んだ。


 ロゼリアはこと解析においては間違いなく天才の領域だ。


 例え聖歌隊の構築した結界であっても、確保された安全と十分な時間があれば必ず解除する。


 そんな特殊な才能と、彼女に起こったある事情から、アベルは彼女を誘ったのだ。


 その場にいた全員の目前で結界のヒビが細かく拡がり、急速に瓦解していく。


「……おい、結界が崩れて行くぞ……」


「どうするんだよ。このままじゃあいつらがあの中に――」


「伝令はどうなってるんだ、聖騎士の連中が来ないとまずいぞ」


 やがて沈黙が溶け始め、兵士達の間にさざ波の様に細かく不安が広がっていく。


 その静けさを打ち破る様にアインの火球が飛来し、兵士達の不安が爆発した。


「後退……後退しろ! 駐屯地に伝令出して聖騎士団(キャバルリィ)を呼べ!」


「呼べったってもう間に合わねえよ! もうずらかろうぜ!」


「馬鹿言うな! 逃げたところで待ってるのは処刑だろうが!」


「じゃあ死ねって言うのかよ!?」


 あちこちで怒号や罵声が上がり、混乱の渦へと戦場が呑まれる。


 もうアベルの事を気にかけている兵士達は殆どいなかった。


「…………」


 すぅ、とアベルが息を吸い、静かに瞼を閉じる。


 ――もうすぐだ。もうすぐ、俺はお前を取り戻す。


 胸の刻印が、微かに熱を持っている。


 この棺の中には、確かに月光の娘がいる。


 これ以上無駄にできる時間は、もう一秒たりとも残されていなかった。


「そこを……どけぇえええええええっ!」


 あらん限りの声量で叫び、全力で初めの一歩を踏み出す。


 呆と立ち尽くす兵士を一斬にて斬り伏せ、返す一刀で隣にいたもう一人を叩き潰す。


 もう一度アインの火球が降り注ぎ、地面が大きく揺れる。


 護るものを失った棺にひびが入り、端から石が崩れ始めていた。


「――――っ!」


 気を取られたアベルの脇腹を切っ先が掠め、鎧に矢が突き刺さる。


 しかし痛みも衝撃も、聞こえている筈の怒号や罵声も、今やアベルの意識には入って来なかった。


 押しのける様にしてアベルが真っ直ぐに駆け、棺を目指す。


 ――届け。


 火球がもう一度落ち、ひびが大きくなる。


 ――届け!


 脚を一歩踏み出す度に、壁や天井が次々と崩れて行く。


 棺までの彼我の距離はもう後僅かだ。手を伸ばせばもう届く。


 崩壊は既に半分ほど進行しており、チャンスはもう幾ばくも無い。


 ――今度は渡さない。今度は俺が護って見せる!


 両手で強く剣を握り、全身にありったけの力を込める。


「届けぇええええええええええええっっ!」


 咆哮と共に扉へ剣を突き立て、そのまま突き破る。


 轟音を上げて木製の扉は木端微塵に砕け散り、アベルはその中へ一歩足を踏み込んだ。

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