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森の中

作者: あまとぅ

どこまで歩いてきたのだろうか。

いつまで歩いているのだろうか。

小さい土地に広がる新緑の中で思考を巡らせる。

社長として新年会を終えてから一人、寂れた民有林に来た。

かなり昔の女の子の捜索チラシや不法投棄のゴミがあった。

仕事で開拓を依頼された場所だ。

しかし自然を消すというのはどういうことか。

これが本心だった。

俺は今も昔も自然が大好きだ。


森に入った理由に心当たりはない。 

仕事熱心だったからか、心が行きたがっていたのか。

それを確かめる術はない。

しかし不思議と楽しい気分だった、子どもに戻った感覚だった。

こんな感覚は社長になっても大金持ちになってもなれなかったものだ。

俺噛み締めながらこの森を歩き続ける。


ずっと歩き続けていると、人に出会った。

そいつは幼い顔して俺と同身長、背が高い気がする。

いや、周りが大きくなっている?俺が縮んでいる?

俺が葛藤している間にそいつは俺に話しかけてきた。


「見ない顔だね?どっから来たの?」


彼女の質問に答える。


 「喜入。」


俺の言葉に困惑しているようだった。


 「キイレ?」

 「喜入。」


更に困惑している。


 「えーと、あなたはどうやって来たの。」

 「踏破してきた。」

 「えっ?」


彼女の顔の困惑の色がさらに強まった。


 「夜中に行きたくなったから来た。」

 「えぇ!?」

 「なんでそんなに驚くんだ?」

 「来ようと思ってこれるところじゃないよ!」

 「は?」


まず話をかみ合わせるところから始まった。


「落ち着いて話を整理するよ?」


少し話してから彼女はため息を吐き出した。

そいつは慌てる俺をなだめて話を始めた。


「まずここはウキバヤ、ヒトからの隠れ里だよ。」

「自然破壊から逃げて来たんだよな。」


俺が言葉を繋げる。


「そうそう、だから君はヒトだと知られてはいけない。」

「皆が怒るからだったな。」

「そして早めに出るべきだけど。」

「帰り方がわからない。」


ここで俺は一気にため息を出す。煙草もない。


「とりあえず、この先に行けばコノハズクカフェがある。」

「そこに顔の広い動物がいるのか。」


俺は答えを予測して言う。


「やっぱヒトは頭がいいね、その通りだよ。」


彼女は観念したように言った。


「とりあえずそこに向かおう、君を住み込みさせてくれるかも。」


優しい提案してくれる彼女に。


「色々とありがとう。」

「いいよ、大層な事じゃないし。」


俺は感謝もしていたが、気になることもあった。

彼女は何で優しくしてくれるのだろうか?

人間を恨んではいないのか?


「おーい?行くよ?」

「分かった。」


俺は聞く事は出来ずに、ついていった。

これから先の事も何も考えずに


ついていった先にあったのは切り株をくり抜いた様な建物。

大きな看板にコノハズクカフェと経営中の文字。


「じゃあ入るよ?」


彼女がドアを開ける。

木の乾いた音が歓迎してくれる、奥には木の器を拭いている男性が一人。

眼鏡をかけて、少し唇がとがっている。恐らくコノハズクだろう。


「おお、ヒノか、そいつは?」

「避難者のロビンだよ、コノハ爺ちゃん。」

「ロビンって言います。よろしくお願いします。」


俺は偽名を使った挨拶をする。

「ほほぉ、そんな人が何の用じゃ?」

「来たばっかりだから住処がないんだ。」

「なるほど、部屋は貸すけぇ。その代わり手伝ってくれるかの。」


彼の眼光が鋭くなった気がする。


「ぜひ働かせてもらいます。」


俺も引くわけにいかない。


「儂は記憶力に自信があるからの。」

「はい!」


その言葉を言った後、彼の表情は一気に和らいだ。


「面接終了じゃ。」

「えっ?」

「良かったじゃん!合格だって!」

「え?」

「明日からよろしくの、部屋は二階の端じゃ。」

「これから頑張って!」

「それじゃ明日は朝早いから起きるように。」

「は、はい!」


二人の言葉の波状攻撃に押された……

俺がついていけないままウキバヤ生活が始まった。


生活に慣れて夏に入った頃、カフェにあるお客さんが来た。


「コノハさん!この時期の木馬競争いかがかな!?」

「それならばロビン、いってきぃ。」


コノハさんの言葉を合図に彼女はこっちに来た。


「あなたがロビンだな!いこう!」

「誰ですか?そしてそれはなんですか?」

「私はカシ、そして馬で走る競争なのだ!」


俺はとりあえずオーナーに救いを求める。


「初のイベント楽しんできぃ。」


頼みの綱は無慈悲にも千切られた。


「じゃあここで準備してくれたまえ!」


彼女の案内で着いたのは何の変哲もない町の入り口。

しかし馬は何の変哲もあった。木の馬が走っている。


「一番先にご神木についた奴が勝ちだ!」

「どういうことだ?」

「その木馬は森にいたフッドだ!頑張ってくれたまえ!」


質問に答えてくれない、よく見ると周りにも同じ感じの人が居る。

まさか今から始まるのか?外から実況の声が聞こえる。


「さぁいよいよ開幕です!」


ゲートが開き、大きな音を合図に一斉に走り出す。

原付の要領で乗るが、揺れも風も強く、何より速い。怖い!

しかし一本道、その先にはとてつもなく大きな木が見える。


「あれがご神木か!行くぞ!フッド!」


目標を捕捉した俺は馬と自分に言葉を掛ける。

答えるようにフッドも加速していった。


どんどん加速しながら坂を駆け上がる。

俺もフッドも風になっていく。


「あいつ凄いぞ!乗りこなしてやがる!」


周りの歓声を受けて一番手にご神木にたどり着いた。

他の選手はというと・・・・

二人落馬

一人転落、軽傷

二人場外

なんとも酷い有様だった。


「お前初めてですげぇ乗りこなしだよ!」


(人は誰だってこれ出来ると思うよ)

心の奥に閉じ込めた。


「一番手はロビン&フッド!ご神木に登りください!」


実況に言われて木に登る。木が脈動し、景色は絶景だった。


「鼓動が感じられるでしょうか?」

「かすかに感じますね。」

「その鼓動こそがご神木の恩恵です!おめでとう!」


周りの拍手に包まれて、俺はフッドに話しかける。


「お前、凄く速かったぞ。ありがとな。」


フッドは答えるように大きくいなないた。


競争から数日後、そろそろ秋になる頃だ。


「ロビンさんいますか!?」


今日はどうやら違うようだ。


「いますけど、どうしました?」

「友達から彼に言えば良いと聞きまして!」


俺も有名人になったもんだ。


「おや、クスノじゃないか。どうしたのだ?」


カシの言葉で俺は確信した。

俺はまたイベントに連れていかれるのかと。


「宝探しツアーどうですか?」


まばゆい輝きの笑顔。

断れない俺が居た。


「ではっ!準備は良いですかぁ!」


彼女の一世を合図に皆が走り出す。

どうやらあの二人は親友らしい。ハメられたわけだ。

そう思いながら木の葉をかき分ける、途方に暮れそうだ。


「見つけた方は私に言ってくださいね!それからあとは貴方の物です!」


彼女の声はよく通るが、今の皆には全く届いていない。


「俺が一番いいのを貰うぞ!」


周りからそんな声が聞こえてくる、やるからには全力で。

頬を叩いて気合を入れる、とりあえず探すところに目星を付ける。


「ではっ、開始です!」


大きな声とともに皆が走り出す。


俺はとりあえず奥地に進む、誰も向かってないところへ走る。

しかしどんなに漁っても出てくるのはお宝の名に負けるものばかり。

はっきりいってゴミしか転がってない。


「なんじゃこりゃ!ゴミばっかりじゃねぇか!」


そう言って進む者もいれば、引き返すものもいた。

しかし俺は最前列だった。簡単に来れるところにあるわけがないだろう。

そう思っていたのだが、周りが皆物を拾っては引き返していく。

俺だけが進んで、ついに周りが暗くなり始めた頃、一本の木を見つけた。

枯れて葉も散った木に空いた穴の中に、謎の輝きがあった。

穴に手を突っ込んで探ると、オレンジ色の石が出てきた。

後ろから声を掛けられる。


「兄ちゃんまぁた良いの持ってんじゃねえか!」


後ろには大きなイノシシの男。


「そちらは良いのが見つかったか?」

「いんやぁ、探すのはやっぱ豚だな。」

「割と意外な所にあるぞ。」

「そいつはどこにあったんだ?」


一気に食いついてきた。


「木の穴の中にあった。」

「たぁしかに意外だこりゃぁ。」

「頑張ってなイノシシさん。」

「おうよ、あんがとな一位の兄ちゃん!」


案外ここは見た目によらず優しい人ばかりだ。

そうして戻った時、最初の人だかりは無くなっていた。


「すみません、これお宝ですか?」


戻ってクスノとコノハさんに聞いてみる。


「いやぁ?こんな石隠した覚えないけどなぁ。」

「珍しい石じゃな。」

「知ってるんですか?」

「いや、知らんよ。」


二人とも知らない物だった。

その石はポケットの中で、ずっと煌めいていた。


お宝探しの次の日にはもう寒さがやってきていた。


「コノハさん。少しいいですか?」

「どうした?」

「ここらへんで調べものするときはどうすればいいんですか?」


石の事について調べたかった俺は苦悩の果てにコノハさんに聞いてみた。


「調べものならミミズクさんだな」


そういうとコノハさんは店の奥に入っていった。


「ほら、少し遠いが地図がこれじゃ、あとこれを」


そういってコノハさんは俺に地図と棒らしきものを渡してきた。


「それはタタンの種でな、空を飛ぶ事が出来る」


言われてみればタンポポの種だと気付いた。


「これを使って行けばいいんですか?」

「いや、帰る時のみだ」

「帰る時のみですか?」

「そうだ、高さ的に飛んでいくのは無理だ」


どうやら滑空して空を飛ぶ様だ。


「じゃ行ってきんさい」

「カフェは大丈夫ですか?」

「もともと自営業じゃ」


そういえばそうだった、暮らしすぎて感覚がマヒしている。


「でしたね、それでは行ってきます」

「しっかり帰ってこい、そして明日は楽しみにしておれ」


コノハさんの口ぶりが嬉しそうだ。


「なにかするんですか?」

「ロビンを採用して一年だ」

「よく覚えてましたね」

「言ったじゃろ?」


そういえば記憶力はいい方だと出会った頃に自負していた。


「分かりました、元気に帰ってきます」


そういって私はカフェを後にした。


歩き続けて数十分、森に差し掛かって来た。


森の中を歩いていると昔の事を思い出す。


あれから随分と時間が経った……


家族のみんなは大丈夫だろうか……


会社は上手く回っているだろうか……


俺の体はどうなっているんだろうか……


何度も帰ろうとはした。


入ってきたように森を歩いた。


倒れた状態でカフェに運び込まれた。


帰りたいと思って走り続けた。


結局カフェに運び込まれた。


今まで一回も成功はしなかった。


しなかったからこそ楽しい経験もあったのだが、


経験するたびに帰りたい願望が薄れていく。


今の快適な生活に順応してしまう。


しかし帰らなければならない。


帰りたい場所がある。


頭では分かっている。


しかし心は言っている。


「帰りたくない」と。


それが決心を鈍らせる。



俺を俺じゃなくしてしまう。


葛藤しながら歩き続けると、ようやく屋敷が見えてきた。

{ミミズク研究院}

その看板が俺の目的達成を意味していた。


「すみません!誰かいませんか!」


声を家に掛けても反応がない。

(もしかして定休日か?)

そんな風に危険視している時。


「はいはい、研究院に何か用かな?」


後ろから声を掛けられて振り向く。


「こんにちは、ミミズク研究院院長のクミです」


少し違和感を感じたが挨拶を返す。


「こんにちは、ロビンって言います」


その言葉に彼女は反応した。


「おお、ロビン君か!どんな方かと思えば君か!」

「知ってるんですか?」

「競争で一位を取ってた人だろ?」

「そうですそうです」


どうやら名前だけは広がっているようだ。


「意外と俺って知られてるんですね」

「まぁ、私には私なりの理由があるんだけどね」


言葉の意味が理解できない。


「どういうことですか?」

「私があの時木馬を貸し出したのさ」

「ってことは…」

「フッドに会うかい?」


心が躍っていた。


彼女に連れられて着いた場所は馬小屋らしきものだった。


「この中にフッドが居るのさ、少し待ってなさい」

「はい!」


そういってミミズクさんが門を開けている時。

一匹の木馬がこちらに駆けだしていた。

即座に分かった。


「開けなくても大丈夫そうですよ」

「えっ?ええっ!?」


ミミズクさんが気付いた時、フッドは門を超えていた。


「久しぶりだなフッド!」


久しぶりに見るフッドは大きくなって背中から枝が生えていた。

しかしあの時と同じようにフッドはいなないた。

中身は変わっていないようで安心した。


「こらフッド!びっくりするじゃないの!」


その声に一瞬振り向くと、またこっちに振り向いた。


「あら?ついに反抗期?」


フッドがいななく。


「ちょっと!?どういうこと!私とフッドの仲じゃないの!」


ミミズクさんが少し不憫に思えてきた。


「凄くあなたに懐いてるのね」

「実際私もこいつの事は凄く好きです」

「そんな言ってくれる人が居てよかった」

「いえいえ、どういたしまして?」

「変な感じ!」


そう言われて二人とも笑った後。


「それで?」

「それで?とは?」

「何かの用で研究院を訪ねたんじゃないの?」


意外な再会で本題を忘れていた。


「えっと、今回来たのはですね…」


そういってポケットを漁ると、いつも通り煌めいていた。


「こいつを調べてほしいんです」

「これはまた珍しいものだね」


ミミズクさんはコノハさんと同じようねリアクションを取る。


「何か知っているんですか?」

「少し調べればわかるよ。調べるからご飯を与えててもらってもいい?」

「了解です!」

「じゃあこれが餌ね、渡す時は手のひらにおいて差し出すだけで良い。」


要領を教えたミミズクさんは研究院に入っていった。

俺が餌袋を持って入ると、8頭の木馬が居た。

どれもこれも似ているけれど、フッドだけは感覚で分かる。

言われたとおりに餌を置いた手を差し出してみる。

すると背中の蔓が伸びて出てきた。


「うえぇ!?」


変な声が出たが馬たちは知りもせずに掴んで口に運ぶ。


「こいつはすごいな」


そう思っていて気付いた、餌の数が足りない。


「あれ?足りなくないか?これ」


そう思って周りを見ると、蔓の木馬と枝の木馬がいる。

しかし枝の木馬は翼からリンゴを得て、それを食べていた。


「自給自足できる馬なのか…」


感心している間に蔓の木馬に囲まれていた。


「落ち着こう、皆の分はある」


その声も届かず蔓に巻き付かれるロビンだった。


「大丈夫かい?」


ミミズクさんの声に反応して蔓が下がっていく。


「皆貰えたようで何よりだよ」

「私は死ぬかと思いましたけどね」

「生きてるだけで幸せ者だよ」


その言葉が今の俺には強く刺さった。


餌やりを終えたころ、すでに夕暮れ前だった。


「では説明するから研究院へ!」


案内されて研究院の中へ入った。

森の中にしては何か分からないがかなりの設備がある。


「色々あるでしょう?これ全部集めたの苦労したんだよ」

「凄いですね、ここまでの機械を見たのは初めてです。」

「そうだろうそうだろう!理解者がいてくれて良かった!」


ものすごく嬉しそうだ。


「久しぶりの客人でつい心が躍っちゃうよ!」

「そんなに人来ないんですか?」

「まぁね」

「ここ研究院では・・・?」

「一人で活動中だよ!」

「それ院と呼ぶんですかね?」


ミミズクさんは少し悩んだ、そして。


「私が院と言ったら院だ」


最強の答えが出た。


「それで、あの石は何だったんですか?」

「あれはズバリ、天然のマキルードノルドさ!」


いきなり聞きなれない言葉が出てきた。


「あの、専門用語はわからないんですけども」

「ああ、ごめんよ」


ミミズクさんが少し申し訳なさそうにする。


「つまり長い時間を掛けて固まった樹の液体だよ」

「天然樹液の化石ですか?」


俺が要約してみる、が。


「おや、そちらこそ専門用語じゃないか」

「そうですかね?専門用語なら琥珀かなと」

「そういう意味じゃないよ。」


ミミズクさんが言った。


「それは人間専門の言葉だよ」


俺はついにバレてしまった。


「君はやっぱり人間なんだね」


ミミズクさんの言葉が重くのしかかる。


「やっぱりって事は何か根拠があったんですね」

「見た感じ何の動物か推測できなかったからね」


たしかにコノハさんもお宝探しのイノシシさんもわかった。

しかしこの言葉でさっきの違和感も解けた。


「じゃあヒノやカシやクスノは?」

「あの子たちは木の精霊だよ」

「人間だと分かって何をしますか……?」


ミミズクさんの沈黙が心を締め付ける。

しかし出てきた言葉は意外だった。


「何もしない」

「えっ?」

「だって君だけだ、機械を褒めてくれたのは」


ミミズクさんが笑いながら言った。


「皆これを怖がってこないのさ」

「なんでですか?」

「住処を奪ったものと似てるからだよ」


ウキバヤは自然破壊の被害者のための楽園。

機械を怖がらない訳がなかった。


「特にさっきの木の妖精にとってはね…」

「確かに殺したものですもんね」

「これらは違うけどね」

「分かってますよ」

「ありがとうね」


ミミズクさんの顔に笑顔が戻った。


「それで君はいつごろ来たんだい?」

「丁度明日で一年って感じですかね」


その言葉にミミズクさんは反応した。

そしてついにこの時が来た。


「君は……帰りたいかい?」


その言葉が分岐点である事は明白だった。


「残れば君はウキバヤの動物として生きられるよ」

「帰れば人間として生きる事が出来るよ」

「君はどっちを選ぶんだい?」


ミミズクさんの出す選択肢に俺は迷うわけもなかった。


「帰りたい、俺には帰る場所がある」

「分かった、帰る方法を教えよう」


ミミズクさんが笑って答えた。


「どうすれば帰れるんですか?」

「居た期間によるけど、明日で一年なんだよね?」


ここについたのは新年会の終わり。

そして今日のコノハさんの言葉。

おそらく合っているだろう。


「明日で一年ですね」

「急がないと間に合わない」

「期限があるんですか!?」

「おそらく一年、もしくは心が生きることを諦めるまでだ」


その言葉に俺は危機感を覚えた。

俺はここに来る間、ずっとそれで葛藤していた。

そして明日で一年。

どちらの条件も満たしていたからだ。


「その顔からして、悩まされていたね?」

「はい、此処に着くまでずっと」

「今日中に戻らないと戻れなくなるね」

「それで戻るにはどうすればいいんですか?」

「人間として生きることを諦めず、歩き続ける」


案外簡単そうな方法だった。


「俺はそれを何回かはやったんだ!」

「それは迷い込んできた場所だったの?」


そういえば迷い込んできた場所を覚えてない。


「いや、そこらへんで」

「それは無理よ、迷い込んできた場所じゃないと警報装置が発生する」

「警報装置?」

「いわゆる眠気のようなものだ」


確かに心当たりがあった。


「つまり、着いた場所じゃないと入れないし戻れないと」

「そういう事」


やっと帰る方法が見つかった。


「迷い込んだ場所は覚えてるの?」

「いや、俺は覚えてない」


ミミズクさんのため息が響く。


「けど、覚えてる子なら多分いる」

「誰?」

「ヒノだ」

「木の精の子ね」


ミミズクさんは安堵の表情だ。


「なら安心して、木の精は森を知り尽くしているから」

「そうなんですか」

「年輪とかは木の記憶なのよ」


そう言われれば説得力がある気がする。


「じゃあ後は時間ね、歩いてたら間に合わない」

「このタンポポは?」


そう言ってタンポポの綿毛を見せる。


「歩くよりマシだけど、それでも遅い」


ミミズクさんが頭を抱えている時、玄関先から鳴き声が聞こえた。

忘れる訳もない、聞きなれた鳴き声。


「気が付けば考えるまでもなかったね」


そう言ってミミズクさんがドアを開けると。

フッドがそこに居た。


「フッド、頼めるかしら?」


フッドは大きくいなないて、俺の前に背を向けて鎮座する。


「ロビン、こいつに乗って、着地する際に綿毛を開きなさい」

「ミミズクさん!」

「フッド、辛いとは思うけど送ってくれるかしら?」


フッドが立ち上がっていなないた。


「ミミズクさん!」

「ちゃんと帰りなさいね、間に合わなかったらここに来てもいいよ?」

「きっかり帰るよ」


ミミズクさんは涙を拭って言った。


「さぁ、行きなさいロビンフッド!」


ミミズクさんの涙声に呼応するかのようにフッドは走り出した。


「ミミズクさん!」

「ロビン、二度と戻ってくるなよ!元気で!」

「あなたって人は!」

「バレたか!」

「あなたも見た感じ何の動物か分からなかったよ!」

「そりゃそうだ!人間として生きてこーい!私と違ってね!」


ミミズクさんは名前こそ動物だったが容姿は普通だったのだ。

それが住み慣れて獣人が普通だと思っていた俺の脳に違和感を感じさせた。



つまり彼女はーーーーーーー人間だ。

戻れなくなった、人間だ。


「頼むフッド!全速力で山を下りてくれ!」


フッドはいつも通りいなないた。

そしてフッドは空を飛んだ。

枝の部分を羽ばたかせて飛んでいる。


「お前飛べるのかよ!」


ミミズクさんの言っていた意味がようやくわかった。


「着地する時に広げるんだったな」


綿毛の準備を済ませて、あたりを見渡す。

夕暮の空の下に広がる常緑樹林。

緑と赤の色が調和して美しい風景だった。


「綺麗な風景だ」


口に思わず出てきた。

しかし、これを拝むのももう最後だ。


山のふもとが見えてきた。急いで綿毛を構える。


「フッド、行くぞ!」


しかしフッドは首を横に振った。


「まだなのか?」


しかし刻々と大地は迫ってきている。


「そろそろぶつかるぞ!」


そう言った瞬間にフッドがいななく。


「今か!」


開いた瞬間に凄い力で横に流されかける。

強い横っ風が吹いていたようだ、枝で気付かなかった。


「なるほど、危なかったんだな」


フッドは着地し枝を折りたたむと、全速力で帰り道を走った。

夜は着々と近づいていた。


コノハズクカフェに着いた時、夜の七時。時間的に余裕がない。


「コノハさん!ただいま!」


いきなりの帰宅にコノハさんも驚いただろう。


「おおぉ早かったな」

「フッドを貸してもらったんだ、それでヒノはいるか?」


その言葉にコノハさんは反応した。


「ロビン、帰るつもりなのか?」


その言葉が信じられなかった。


「ってことはコノハさんも気付いてたんですね」

「最初から人だと呼んだはずじゃが」

「言われてみればそうでしたね」

「それで帰るのか?」

「はい」


コノハさんの鋭い眼光を見たのは最初ぶりだった。


「ロビンなら居てもいいと思ったんだが」

「帰らなきゃいけない場所があるんです」

「儂らにもあったさ」


その言葉が重かった。


「ロビンさん、帰るの?」


店の奥からクスノが出てきた。


「なんでクスノがここに!?」

「一周年パーティの打ち合わせだよ」

「今日の内にと思ってな」

「それで本当に帰っちゃうの?」


クスノは涙を流していた。


「帰ってほしくない……」

「クスノもこう言っているし、残ってくれんか?」


しかし、俺はもう決めたのだ。


「すまん。俺は帰らないといけない」

「そんなに人間界は大事なの!?」


クスノも知っていた事に俺は口がふさがらなかった。


「なんで知っているんだ!?」

「ロビンがいない間に情報は共有したんじゃ」

「てことは全員知ってるのか!?」

「いや、木の精三人だけじゃ。」

「てことは!」

「まぁ私は帰ると思っていたがな」


後ろから声がする。

声の主はカシだった。


「ロビン、さっさと失せたまえ」

「カシ……」

「早く木馬に乗って真っ直ぐ突き進みたまえ!」

「……分かった。お世話になりました」


俺が二人に背を向ける。


「ロビン……」

「ロビンさぁん……」

「俺は人間だ、だから人間として生きる道を選ぶ」


二人の涙声が届く、振り返らずに歩く。


「カシ、ありがとう」

「さっさと行け!人間風情が!」

「おう!」


俺は店を出てフッドにまたがる。


「フッド、このまま真っ直ぐ突き進め!」


カシの言った通りに走る、コノハズクカフェがどんどん遠くなっていった。


森の中を走り続けると、ヒノがいた。


「ヒノ!」

「来たって事は帰るんだね?」

「……ああ。」

「分かった、こっちに来て」


フッドから降りる。フッドは疲れからか座り込んだ。


「フッド、今までありがとうな。お前のおかげで俺は救われた」


フッドは立ちあがって大きくいなないた。

これまでで一番大きかった。


「じゃあな」


フッドはまた座り込んで寝てしまった。


「それじゃあ行こうか」

「頼む」


ヒノに連れられて歩く。


「なんか最初の頃と同じだね」

「そうだな、今は帰りだけど」

「けど楽しかったよ。いなくなっちゃうのは寂しいけど」

「人間として生きないといけないんでな」

「そっか」

「そっちはここで暮らしていくんだろ?」

「うん」

「頑張って生きろよ」


会話が止まって少し歩いた。


「ここからは一人で行ってね」

「最後に一つだけいいか?」

「いいよ」

「人間を恨んでいないのか?」


俺は一番最初の疑問を言えた。


「恨んでるよ」


答えは予想外だった。


「そりゃ恨むよ、家族を殺したんだから」

「じゃあ何故俺に対して優しい態度を取ったんだ?」

「最初はね、やり返そうと思った」

「殺すって事か」

「……そうだね」


ヒノは否定しなかった。


「だけど関われば関わるほど違うものに見えた!」

「同じ人間でもなんでこんなに違うのか分からなかった!」

「あいつらは冷酷に仲間を殺したのに!」

「貴方は違った……」

「貴方は誠実で優しくて全く違った!」

「最初は様子見だったのに、いつの間にか引き込まれてた!」

「こんなのズルいよっ!!」


ヒノの涙声は森に木霊した。


「そうか、ズルいか」

「恨めないのがズルいのか」

「じゃあ恨めるようになってやるよ」

「えっ?」

「俺は開拓会社の社長で、この森の下見に来たのさ」


ヒノの顔が絶望に変わる。


「嘘……」

「嘘じゃない」

「ロビン……」

「じゃ、此処を進めば帰れるんだよな?」

「まさか、ロビン!!」


ヒノの顔が怒りで満ちる。


「じゃあな!」

「待てっ!!」

「待たない!」


俺は作り笑いをしながら走った。

後ろから木の枝が伸びてくるが俺の方が少し早かった。


ーーーそうして俺はついに帰還を果たした。


戻って来た時には朝になっていた、俺は寝転んだ姿勢だった。


「戻ってこれたのか……?」


自分がいる場所はあの時駆け上がった先のご神木だった。

俺はご神木に登った。そこから見る景色は変わらなかった。


「もしかしたら夢なのかもしれない。」


そう思ってポケットを漁る、煙草もライターもある。

そしてあの煌めきもポケットに収まっていた。


「夢じゃないな、こりゃ。」


夢じゃないことを実感した俺はすぐに会社に向かった。

しかし、時間は経っていなかった。

年も日付も時間もほとんど変わりない。


「何も変わっちゃいないのか。」


そうなれば急がねばならない。

俺は急いで民有林の所有者を調べた。


「老夫婦が持っていても利益にならないために放棄したい……か」


確認してから家に帰って一睡する。




起きてもいつも通りの朝だった。

久しぶりに妻が話しかけてきたように感じる。


「朝ご飯は食卓の上、昼は弁当を作っておいたわ」

「ありがとう、それとさ」

「なにかしら?」

「少し貯金で買い物をしてもいいかい?」

「まぁ、貯金は貴方の物だから。貴方の自由になさってください」

「ありがとう」


妻からの許可も出た。

俺は電話を掛ける。


「はいもしもし?」

「もしもし?私、瓶野開拓会社の社長の瓶野と申します」

「社長さん!?どうしたんですか?」


そりゃあ社長直々に電話が来たら驚くか。


「あの依頼なされた森がありましたよね?」

「はい」

「あの森、私個人で買い取っていいですか?」

「はい……はいっ!?」


まぁ驚きもするだろう。


「本当に買い取るんですか?」

「はい。」

「分かりました、では依頼は」

「解約しておきますのでご安心を。」

「あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、どうもいたしまして。」


こうして俺はあの森の購入を決めた。

これからは少し節約が必要になるだろう。

もしもあの時俺が森で生きることを決めたならどうなっていただろうか。

俺は森の生き方のまま俺らしく生きたのだろうか。

今となっては知る術はない。


ただ、今の俺は人間として生きながら俺らしく生きていると胸を張って言える。

そして言えるようにしてくれたのは間違いなくこの森だ。






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