表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第9章 魔族モドキ現る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/92

第8話 冥皇からの依頼

 大通りのど真ん中でマッパをやらかしてしまったわたしは、しばらくは怖くて外を歩けないと妄粋荘の自室にひきこもることを決意した。フタヨちゃんが用意してくれた食事を食べ終えたら、すかう太くんで扉の向こうに誰もいないことを確認してお膳を廊下に出しておく。後は再び布団の中に戻ればミッションは完了。誰もわたしの眠りを妨げることはできない。


『今度は海皇の形態模写でも始めたの?』

「ちょっとっ。のぞかないでって言ったじゃないっ」


 辛い現実から目を逸らし夢の世界へ旅立とうと温かい布団にくるまったところで、誰もいないはずの場所から女の子の声が聞こえてくる。布団から首だけ出して辺りを見回したところ、空中に窓のような物が開いてその向こうに黒髪ぱっつんな少女の姿があった。冥皇ちゃんである。浄玻璃鏡で乙女のプライバシーをのぞくのはエチケット違反だと何度も言っているのに、まったく行状を改める様子がない。彼女にわからせる上手い方法はないものだろうか。


『のぞきではないわ。お邪魔するわね』


 ヨッコイセと冥皇ちゃんが浄玻璃鏡から出てきて、わたしの聖域に足を踏み入れた。即座に何がしかの魔法を展開する。すかう太くんによれば、外に音が漏れなくなる結界みたい。


「会話が漏れては困るから、聞き耳を立てている者にはあなたがひとりで悶えている声が聞こえるようにしておいたわ」

「普通に音を漏れなくするだけで充分でしょっ」

「まったく音が漏れてこないと逆に怪しまれるわ。裸皇にだって経験あるでしょう」


 どうして嫌がらせのようなことをするのかと抗議したものの、不自然なまでに物音がしないと密談を疑う者もでてくる。勘のいい奴をごまかすには、相手に気を使わせるのが一番だと涼し気な顔で口にする冥皇ちゃん。過去にそれで密談現場を押さえたことがあったので、そんなことあるわけないと否定するのも難しい。厳重な防諜対策を施すのは、そこに知られては困る秘密がありますと言いふらすも同然の行いだったりする。


「もうっ。いったい何の用なのっ?」

「あなたが遭遇した魔人兵について調査を依頼したいの。今はただ暴れるだけのできそこないでも、いずれ脅威にならないとも限らない。逆に利用価値が生まれることも考えられるわ」


 さっさと要件を済ませて帰るよう告げたところ、非常に興味深い話を夜皇ちゃんから伝えられたと冥皇ちゃんは居住まいを正して仕事を依頼してきた。魔族モドキに興味があるそうな。


「人族が残らず魔族になってくれたら戦争はなくなるなんて、夜皇は面白いことを考えるわね。生まれ方が特殊な不死族なせいかしら」


 生き物が死を迎えることで不死族は誕生する。そもそもが他種族を仲間に引き摺り込むことで増える種族なため、夜皇ちゃん達は元の種族がなんであろうと関係ない。死んだら皆兄弟を種族のスローガンに掲げていた。そういった事情もあって、人族が魔族に加わってくれるなら大歓迎という立場みたい。人族を魔族に変える技術が完成すればみんな魔族で、みんなハッピーではないかと真顔で言われ、冥皇ちゃんはとっさに反応できなかったという。


「正直なところ片っ端から殲滅しかねない裸皇に任せたら、技術そのものが葬り去られてしまうのではないかと心配で心配で仕方がないのだけど、手掛かりをつかめそうな諜報員が他にいないわ」

「ちょっとはわたしを信用してよ」


 わたしに任せたら証拠や研究記録ごと金剛力で消し飛ばす未来しか見えないと困った顔になる冥皇ちゃん。この諜報員1007を知性のない魔族モドキと一緒にしないでいただきたい。


「研究のために若い娘が犠牲にされていたとしても我慢できる?」

「わたしが乙女の敵を見逃すはずないでしょ。相手を見てものを言うべ――いたっ?」

「だから任せたくないのよ……」


 乙女の敵は見つけ次第、ひとり残らず成敗する。それがわたしのジャスティスだと口にしかけたところで、冥皇ちゃんのデコピンがわたしの額にヒットした。乙女の敵は後からいくらでも仕置きしてオッケー。なんなら、地獄の鬼どもに生餌として与えてもいいから情報収集を優先するよう言いつけられる。


「生きたまま鬼に食べさせるなんて、冥皇ちゃんには人の心がないの?」

「もちろんあるわよ。妬み、傲り、他者が苦しむ様に悦楽を覚える醜い心くらい」

「わたしが言ってるのは慈愛に溢れた温かい心のことなんだけど……」

「そんな心を持った人族がいるなら連れてきなさい。浄玻璃鏡で本性を暴いてあげるから」


 冥皇ちゃんは心の底から鬼だった。どんな聖人ぶった輩であろうとも、己の罪をひとつひとつ数えさせてやるまでよとクスクス笑う。


「サポートが必要なら派遣することもできるけど……」

「どうせ魔法具を使われたら見抜かれちゃうんでしょ?」

「えぇ、魔族よりも裸族であることの方が優先される変質者なんてそうそういないもの。さすが裸皇と言うべきね」


 必要ならわたしを補助する諜報員をつけてくれるそうな。冥皇ちゃんにしては珍しく親切なものの、やっぱり魔法具によるチェックはごまかせないみたい。魔族じゃなくて裸族ですなんて方法ですり抜けられるのは露出狂の痴女だけと、氷のように冷たい視線を突き刺してくる。


「こっそり会うのも面倒だし、得られた情報は夜皇ちゃんの伝言板で報せるんじゃダメかな?」

「それならこれを。押されればわかるから浄玻璃鏡をつなげるわ。現物を確保できるに越したことはないもの」


 身元確認が厳重な場所に入れないのでは、王城はもちろんメイモン学院にすら立ち入れない。いちいちバレないように抜け出すのも面倒なので伝言板で済ませようとしたところ、浄玻璃鏡をつなげるからと赤いボタンのついた掌に収まるくらいの黒い箱を渡された。ボタンの表面には白いドクロマークがついていて、なんだか見覚えがあるような気がするのだけど思い出せない。


「ふ~ん……ボチッとなっ」


 いざという時に機能しないのでは困るので動作確認をしてみれば、どこからか妙なメロディーが流れ始める。冥皇ちゃんが懐から伝言板の魔法具によく似た板切れを取り出すと、そこには座標を示していると思われる数字の羅列に加え大きな文字で「痴女」と表示されていた。


「冥皇ちゃん。わたしのことなんだと思ってるの?」

「以前に貸し出した相手のコールサインがそのまま残っていただけよ。気にしないで」


 変えるのを忘れていただけと、チョコチョコ板切れの表面をいじってコールサインを「諜報員1007」に変更する冥皇ちゃん。とっても疑わしい。確認しなければ絶対にそのまま使っていたような気がする。


「わかっていると思うけど、最優先すべきは正体を隠し通すことよ。情報収集や乙女の敵を成敗するのは尻尾をつかまれない範囲にとどめておくこと。いいわね」


 人族国家の中枢に入り込んだスパイは存在することがなによりも重要だから、正体がバレる危険を冒すくらいなら魔族モドキの情報は後回しで構わない。優先順位を間違えないようにと冥皇ちゃんから釘を刺された。諜報員1007に仕事を依頼する条件として夜皇ちゃんから言い含められているそうな。


「はいはい、わかっていますとも。それより冥皇ちゃん。アレを見て……」


 そんなこと言われなくてもわかっている。心配はご無用とクドクドお小言を続けたがる冥皇ちゃんを制止して、庭に面した窓の外を指差す。庭に作られた家庭菜園では、ちょうどヘタレのリンノスケとツチナシさんが秋ナスを仲良く収獲している真っ最中だった。


「……あの男、嬢皇の配下なのね。この間、人族を魔族に変えられるか尋ねられたのは、あの娘のためかしら?」

「多分、そうだと思う。リンノスケには冥皇ちゃんならって伝えてはあるよ」


 すかう太くんも使わずに冥皇ちゃんはひと目でリンノスケの正体を見破った。わたしに心当たりがあるのはあのヘタレだけ。嬢皇さんがわざわざわたしが同席しているタイミングで確認したってことは、リンノスケの気持ちを察しているのだと思う。


「ふぅん……そういうことね。見返り次第といったところだけど、本人に魂の変質を受け入れる意思がないなら諦めるよう伝えておいてちょうだい」

「強制じゃないんだ?」

「抵抗されると余計に手間と時間がかかるの。勇者の魂を呼び寄せる際に契約するのも、気に入った召喚特典(プリヴァレッジ)を選ばせてあげるのも、魂の変質を受け入れやすくするためよ」


 無理やり魂を変質させようとするなら、全力で抵抗してくる相手の心をへし折る必要があるみたい。どっちが先に諦めるかという意地の張り合いになるので、精神的な疲労がハンパないのだと冥皇ちゃんがため息を漏らす。勇者の召喚特典はそういう能力が得られるよう魂に手が加えられているのだけど、能力を選ばせることには抵抗する気持ちを失わせる効果があるそうな。ツチナシさんに決心させることができたなら、後は見返り次第だと言い残して冥皇ちゃんが浄玻璃鏡の向こうへ戻っていく。


「朗報を期待しているけど、急ぐ必要はないわ。とりあえず、魔人兵とやらの研究がどの程度まで進んでいるのか調査してちょうだい」

「わかったから、この破廉恥な結界を解いてくれないかな?」


 時間はたっぷりあるから焦らず調べておいてくれればいいと浄玻璃鏡を閉じようとする冥皇ちゃん。わたしの悶え声が聞こえるとかいう結界を忘れず解除するよう告げたところ、チッ……とはしたない舌打ちをひとつすると結界を解いて浄玻璃鏡を消してしまった。すかう太くんで魔法の痕跡が残っていないことを念入りに確認しておく。意地悪な冥皇ちゃんのことだから、こっそり一部だけ残されていないとも限らない。


「それじゃ、プリエルさんと王都に向かう準備にかかりますか……」


 このままスズキムラの街にいても、大通りでストリーキングしたほとぼりが冷めるまでわたしは外を出歩けない。魔族モドキの情報が集まりそうなのはやっぱり王都だろうから、プリエルさんに付き添って武闘大会を観戦してくることにする。お出かけしてきますとよ伝えるため部屋から出て憩いのスペースへ向かえば、無職3人組と怪力エルフ女が頭を突き合わせてヒソヒソ話をしていた。


「ユウちゃん。寂しさを紛らわせたくなる時は誰にでもありますから――ぐえぇぇぇ……」

「なにを妙な勘違いしてるんですか。考えごとがあって唸っていただけです」


 ウヒヒヒ……と下卑た笑いを浮かべながら寄ってきたワカナさんの顔をグワシと鷲掴みにして、ギリギリ締め上げながら破廉恥な妄想は命を縮める結果になると告げておく。


「しばらくこの街にはいられませんから、わたしも王都に行くことにします」

「あら~、ユウちゃんも大会に出場するのかしら~?」

「参加はしません。観戦だけですよ」


 武闘大会を観戦に行きますとプリエルさんに告げる。冬の王都は滞在費が跳ね上がるものの、過去に優勝経験のあるプリエルさんは猛者もうじゃの館という闘技場に併設されている宿泊施設がタダで利用できるとのこと。大会が盛り上がらないのは困るので、強豪選手を集めるための優遇措置が適用されるそうな。わたしは魔族モドキについて王国軍がつかんでいる情報が欲しいので、ヤマタナカ嬢のところへご厄介になるしかない。


 滞在先には心当たりがあると話していたところ、庭の家庭菜園で収穫作業をしていたリンノスケとツチナシさんが談話スペースに上がってきた。さっそく下拵えだとツチナシさんは台所へ向かい、リンノスケが管理人室に入ったのを確認したところで家賃の話をしてくるとヘタレの下へ向かう。


「冥皇の能力で人族を魔族に変えるには、本人にその意思がないと難しいそうです」

「どっ……どこからそんな話をっ?」

「先ほど面倒な仕事を依頼されてしまいましたから、ついでに尋ねておいたんです」


 外に話し声が漏れないよう防音の魔法を展開して、冥皇ちゃんの話をリンノスケに伝えてあげる。わたしの204号室に八大魔皇のひとりが訪れていたなんてことは話さない。ヤマモトハシで得た情報が冥皇の興味を引いてしまったようで、一方的に連絡してきたのだと告げておく。


「相手に魔族になる決心をさせることができたなら、後は見返り次第だと言ってました。この情報の対価は春までのお家賃でいいですよ。わたしはプリエルさんと王都に行ってきますから」

「家賃でよいなら願ってもない話ですが……」


 どうせ他に差し出せる物なんてないだろうから、見返りとして春までの家賃をチャラにさせる。お金が欲しいなら持ってる者から奪い取るのが修裸のやり方。貧乏人をいくら搾り上げたところでお金は湧いてこない。伝えることを伝えたら、魔法を解いてそそくさと管理人室を後にする。リンノスケも今はひとりで考えをまとめたいだろう。


 談話スペースに戻ればジャーナリスト改めフィクション作家のスミエさんがいた。王都に出向くことを伝え、「海底の勇者チイト」が掲載されている瓦版の最新号をちょうだいする。


「小娘は歩いていくけど~、ユウちゃんはどうします~?」

「ご一緒します。急ぐ用事はありませんから」


 ヘックスカリバーと全身甲冑の重量で床が抜けてしまうためプリエルさんは馬車に乗れない。重量物に耐えられるよう作られた荷車なら運搬できなくはないものの、それならもう自分の足で歩いた方が速いので、王都までは徒歩で向かう予定だそうな。かっ飛んで行っても余計な仕事が増えるだけなので、お供することにして明後日にスズキムラを発つことに決めた。


 魔族モドキの情報収集に、たんぽぽ爵襲撃事件のその後も気になりますけれど……

 王都に到着したら、とりあえずチイト君の学業成績を確認しましょうか……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ