第7話 消せない痛み
「これでフィッシャーも同志です。9歳未満の初心な男の子がいたら組織に紹介してください」
「組織って……そもそも他の同志達ってどこにいるんですか?」
「いるじゃないですか。目の前に……」
「自分に紹介してほしいのを、わざわざ組織とか言い換えないでください」
ミユウ追憶イベントの当日。お貴族様特権を発動してチクミちゃんの楽屋へお邪魔する。コレクターから預かってきたBITCHの会員証を渡して同志の心得を説いてあげたところ、自分が紹介してほしいだけではないかとフィッシャーから猜疑心に満ちたまなざしを向けられた。鉄の絆で結ばれた同志を疑うのは思慮に欠ける行いであると注意しておく。
「もう一度、ユウさんとステージに立てたらよかったのですが……」
「ミユウは星になりました。もう戻ってはきません」
ミユウとペアを組んでいたチクミちゃんはイベントの顔であるためか、楽屋も個室が用意されていた。今はふたりっきりなので秘密を口にしても大丈夫。ひとりでは寂しいとチクミちゃんが言ってくれたものの、こればっかりはどうにもならない。ミユウはもういないのだと言い聞かせているうちに開演の時刻となった。観客席から応援してますと伝えて楽屋を後にする。
スズキムラのナンバー1アイドル様がメインを務めるとあって、観客席はすでに満員御礼といったところ。「チクミ命」ハッピを着込んだチクミファンでひしめき合っている。そんな中に唯ひとり、「ミユウFOREVER!」と書かれたハッピを身に着けている人物がいた。ブタ雄くん(仮称)である。その昔、物販ブースで購入したものと思われるミユウの肖像画を遺影のように胸元に掲げ、ひとりだけ浮きまくっているせいか周囲のチクミファンからむっちゃ邪魔者扱いされていた。
「そんな辛気臭い面してっ。チクミさんに失礼だと思わないのかっ」
「今日のイベントはミユウのために……」
「そんなの関係あるかっ。チクミさんを応援しない奴にここにいる資格はないっ」
ブタ雄くん(仮称)に絡んでいるチクミファンのひとりは軍死改めチクキチ君だった。彼がいるのはステージからやや離れているものの、真正面から見据えられる場所。ステージ近くは来賓や関係者に占められているので、一般のファンにとっては特等席と言える。どうやらチクキチめは、邪魔者をどかして自分が居座ろうとけしからんことを企んでいる様子。これはひとつ灸を据えてやらないといけない。
「チクミちゃんの意に沿わないことをしているのはあなたの方です。先ほど楽屋で挨拶してきましたけど、もう一度ミユウとステージに立ちたかったと口にしてらっしゃいました」
チクミちゃんのこととなると視野が狭くなるので、チクミファンの背後を取るのは難しくない。場所を譲らせようとしているチクキチめに膝カックンをくらわし、無様に転がった不届者に先ほどの話を語って聞かせる。
「楽屋は警邏隊が固めているから、入れるのは関係者だけなはずじゃ……」
「ウスイ警務監にお願いしたら快く通してくれましたよ」
どうやって忍び込んだと人聞きの悪いことを尋ねてくるチクキチ君には顔パスだと答えておく。グッズ購入特典の握手券がなければお話することも叶わない底辺ファンどもが不公平だと声を上げたものの、そんな言い分に耳を傾けてくれるのはアゲチンの仲間だけ。総監府や警邏隊が相手にしてくれるはずもない。
「他のアイドルを観にきたファンに場所を譲らせてまで応援してほしいなんて、そんなことチクミちゃんは望んでいませんよ。疑うなら本人に直接確認させてあげます」
「それは告げ口じゃないですかっ」
特別にアイドル様と面会させてあげようぢゃないかと申し出たところ、チクキチ君を始めとするチクミファンどもは血相を変えて全力でお断りしてきた。推しと直接お話しできる機会が嬉しくないのだろうか。
「告げ口されて困るような行いをしていたという自覚はあったんですね。いつまでもわたしの視界をウロチョロしていると、悲鳴を上げて警邏隊を呼びますよ」
警邏隊のおじさんを呼んであることないことでっち上げちゃうぞと脅しつければ、この体制の犬めともうアゲチンを信奉する連中かと疑いたくなるような捨て台詞を残して逃げていく。お友達が不働主義に毒されていると、今度会ったらイカちゃんに忠告しておくことにしよう。
「あの……ありがとうございます」
「気にすることはありません。あなたにはここにいる正当な理由があるのですから、もっと堂々としていてください。オドオドしているからあんなのに目をつけられるんです」
お礼を伝えてくるブタ雄くん(仮称)には、何ひとつ遠慮することはないのだからで~んとふんぞり返っているよう言い聞かせておく。ああいう小賢しい連中は泣き寝入りしてくれそうな相手を選んで言いがかりをつけてくるのだ。下手に関われば逆に噛みつかれそうな雰囲気を漂わせておけば、それだけで寄ってこなくなる。武術など習って体を鍛えるのもいい。
「裸身館に入門しようと考えたこともありましたが、やっぱり服を着ないのはちょっと……」
「その判断はジャスティスです。そのまま文明の灯を守り抜いてください」
鍛えてはいかがかと勧めてみたところ、裸身館に入門するのを踏み止まったという。今の世には珍しい文明人がこんなところにいた。裸道なんかに染まらないよう、ミユウもきっとその判断を褒めてくれると伝えておく。わたしが言うのだから間違いない。彼女ならば絶対にそうするとわたしは確信している。
ブタ雄くん(仮称)のいる場所からはステージがよく見えるので、チクミファンが空けてくれた隣の席に陣取らせてもらう。さっそくチクミちゃんが登場して、わたしが歌っていたミユウのソロ曲をナンバー1アイドル様のスーパー歌唱力で披露してくれた。オリジナルより上手なことは比べるまでもなく明らか。澄んだ歌声に乗って見えない刃がブスブスとわたしのプライドに突き刺さってくる。チクミファンは大興奮で、もう彼女の新曲ってことにしようと精一杯の声援を送っていた。
「あの……大丈夫ですか? お加減が悪いのなら……」
「なんでもありません。気にしないでください」
胸を押さえてプルプル震えているわたしに気づいて、救護班を呼ぼうかとブタ雄くん(仮称)が声をかけてくれた。治療できるものではないのでお気遣いなくと断っておく。こんな屍を鞭で打つような演出を誰が考えついたかは知らないけど、すべての責任は警務監のウスイさんにある。次に会ったら薄い頭をさらに薄くしてくれようと復讐を誓う。
ミユウのソロ曲をふたつほど披露してチクミちゃんが舞台袖へと引っ込んでいく。無限にも感じられた針の筵でグルグル巻きにされているような時間がようやく終わり、他のアイドルや芸人さんのパフォーマンスが始まった。総監府からこれをやってくれという指示はないみたい。追悼イベントであることを感じさせるような演出はないので、嫌なことは忘れて素直に楽しませてもらう。そして、最後に再びチクミちゃんがステージに姿を現した。
「これは……チクミユウの……」
「聞こえる。聞こえるよ……君の歌声が……」
ステージの上ではチクミちゃんが澄んだソプラノで途切れ途切れの曲を披露していた。途中で歌が途切れるのは、本来そのパートを担当する相方がいないせい。チクミちゃんはパート分け、立ち位置、振り付けまでかつてのまま、チクミユウのデュオ曲を歌いあげているのである。
あたかも、隣にミユウが存在しているかのように……
「いるんだね。君は……今でもそこに……」
本人が隣にいると知らないブタ雄くん(仮称)は、演出家の思惑にすっかり乗せられて目からダバダバと涙を溢れさせている。零れ落ちる涙が抱えているミユウの遺影に落ちる度に、チクリと針で刺されたような痛みがわたしの心を苛んだ。逃げ出してしまいたほど居たたまれなかったものの、これもわたしの決めたことの結果。唯ひとり、ミユウを応援してくれたファンから目を逸らすことはしたくない。
「ごめんよ……君に何ひとつしてあげられなくて……」
ミユウが刺されるのをただ眺めている事しかできなかったと、手にした遺影に語りかけるブタ雄くん(仮称)。そんなことはない。たとえひとりでも応援してくれるファンがいるということは、何より心の支えになってくれた。
――ごめんなさい。何もしてあげられないのはわたしの方です……
約束を反故にして秘密を打ち明ければ総監府の信用を失墜させることになる。中央の文官であるたんぽぽ爵がそんなことをすれば、国王派の諜報工作を疑う人も出てくるだろう。中央とヤマモトハシ領の間に不和を引き起こせば、待っているのはイシカワシタ領と同じ未来。戦争を回避したいなら、どんなに心が痛んでもこの嘘を貫き通すしかないのだ。
チクミちゃんの曲が終わった後は都市総監さんの挨拶。裸賊の脅威は今でも衰えていない。犠牲となった者もいることを忘れないようにしようと集まった人達に呼びかける。ミユウは裸賊に殺されたわけではないのだけれど、野外集会場はお通夜のような雰囲気に包まれた。どうやら、総監府の目論見は上手くいったみたい。
「亡くなった方を偲ぶのは構いませんが、いつまでも悲しんでばかりいるのは感心しません。そのようなことは彼女だって望まないでしょう」
ミユウの遺影を抱きしめ人目もはばからず泣いているブタ雄くん(仮称)に、アイドル様だって自分を応援してくれたファンには元気でいてもらいたいに決まっている。誰だって自分を見て楽しんでもらいたいからアイドルを志すのであって、悲しませるためにステージに立つような娘はいないと言い残して席を立つ。搾り取るためという本音まで伝える必要はない……と思う。
野外集会場から大通りに出れば、追悼イベントに集まった人達の財布を狙って屋台がズラリと並んでいた。フタヨちゃんが奉公している食事処の親方も屋台を出していて、通りに置かれたテーブルではアンズさん達3人組とプリエルさんが料理とお酒をいただいている。給仕にあたっているのは、もちろんフタヨちゃんだ。わたしに少し遅れて、イベントを取材していたと思しきスミエさんもやってきた。
「お酒をください。一番強い奴をどんぶりで……」
「オーゥ、オープニングからドンブリとはトゥデーイのユウはハイテンションで~す」
ドカリと席に着いて飲み物を注文したところ、しょっぱなからどんぶり酒かとホムラさんが目を丸くしていた。フタヨちゃんがわたしの前にどんぶりを置いて、ドプドプと溢れる寸前までお酒を注いでくれる。持ち上げたら零してしまいそうだったので、どんぶりの縁に口をつけジュルジュルすすってかさを減らす。余裕ができたところに魔法で作りだした氷を投入。溢れそうになるお酒を再びズビズビすする。
「親方、こいつは女を捨てた酒クズです。妄粋荘で一番ヤベーのが酒クズになりました」
どうやら、どんぶり酒をどうやって飲むか試されていたみたい。こいつは間違いなく酒クズだとフタヨちゃんが親方に注意を促す。
「一番ヤバイのはプリエルさんでしょう。常識的に考えて……」
「プリエルさんは酔うと眠くなるタイプだから害はありません」
「ユウが見境なく暴れ始めたら、もう誰にも止められない……」
怪力エルフの方がよっぽど危険ではないかと申し立ててみたものの、プリエルさんは寝ちゃうから問題ないとフタヨちゃんが首を横に振る。取り押さえるのに苦労するのはわたしの方だとアンズさんにまで厄介者扱いされた。とっても悲しい。
「も~う飲まなきゃやってられません」
ブタ雄くん(仮称)が本気で哀しんでいるのを知って、それでも嘘を吐き通さなければならない心の痛みは金剛力でも解消できない。わたしを癒してくれるのはお酒だけだというのに、誰もわかってくれなかった。零れそうになる涙を堪えながらほどよく冷えてきたお酒をグビグビと飲み干し、空になったどんぶりをフタヨちゃんに差し出しておかわりを要求する。
「あ゛ぁぁぁ~~~~~、ぐるぅぅぅ~~~~~」
何杯か空けている内に酔いが回ってきたらしく、アルコールに喉と胃袋が焼かれるような感覚が心地よくなってきた。もっとだ、もっと寄越せ……とどんぶりを突き出す。こんな飲み方は体に悪いとフタヨちゃんに止められるけど問題ない。毒物を丸っと消し去る金剛力はもちろん酒精にだって有効。金剛裸漢は急性アルコール中毒だって怖くないのだ。
「ワカナ、なんだかすごく悪い予感がします」
「斥候は危険察知に優れている。ここは逃げた方がいい」
これ以上、この場にとどまるのは危険だとアンズさん達が離れていく。フタヨちゃんと親方も逃げてしまったみたい。仕方がないのでお酒のボトルを手に取り、どんぶりに注ぐのも面倒になったのでラッパ飲みさせていただく。もうわたしの友達はお酒しか残っていない。
「うげぇぇぇぇっぷ――――はっ?」
酔いによる意識の混濁が唐突に晴れて我に返った時、わたしは大通りの真ん中に素っ裸で立ち尽くしていた。
「わだじのばがぁ――――っ!」




