第6話 追憶イベント
予想どおり魔族モドキにも辺境伯にも襲撃されることなくひと晩を過ごし、ご厄介になりましたと辺境伯に挨拶してお城を後にする。情報収集を終えたナナシーちゃんは王都への帰路に着き、わたしもスズちゃんにひと時のお別れを告げてスズキムラへと向かう。帰りはひとりなので空をいき、途中にある宿場町で清潔そうな宿屋さんにチェックインして伝言板の魔法具を開く。
『人族が生け捕りにした魔族から細胞を取り出して、魔人兵とかいう魔族モドキを作っているみたい。なんか怪しげな魔力の波を感じたと思ったら、人族が魔族に変身したよ』
『は? 自分達の仲間を魔族にしてるって、人族の連中は正気なの?』
さっそく魔族モドキのことを夜皇ちゃんに報せてあげたところ、魔族を生み出してくれるなんて人族はいつからそんな親切になったのだと的外れなことを言い出した。
『見た目は魔族なんだけど、理性は残ってなくて妖獣みたいに暴れるだけなの』
『な~んだ。同胞を増やしてくれてんのかって勘違いしちゃったじゃない』
どうやら、元の人格を残したまま魔族になるものと早とちりさせてしまったみたい。敵味方の区別もつかないのだと伝えたら、ぬか喜びさせんなとお叱りを受けてしまった。わたしが悪いみたいで、なんだか釈然としない。
『いちおう他の魔皇にも伝えとくわ。捕まってる奴はご愁傷様だけど、あんたの価値はそいつより高いの。下手に動いて尻尾を出すんじゃないわよ』
王族から情報を得られる諜報員は貴重なのだから、正体がバレる危険を冒してまで救出する必要はないと釘を刺してくる夜皇ちゃん。諜報員1007は引き続き人族国家の情報収集にあたれとの指示を最後に反応がなくなった。
「ユウが帰還した。これより戦利品を検める……」
「ブーティィィッ! オゥ、ブゥゥゥティィィッ!」
「ユウ先生には足を向けて寝られませんねぇ」
スズキムラへと戻り妄粋荘に足を踏み入れれば、お土産はなんだとゴロゴロしていた無職達が這い寄ってきた。さっさと奪ってきた戦利品を出せとトマホークを振り上げる。魔族モドキよりもはるかに行動が魔族っぽい。
「傷んでしまうのでお料理はありません。代わりに辺境伯秘蔵のお酒をいただいてきました」
「マァァァヴェラスッ!」
襲撃を許したお詫びにと辺境伯が自身のコレクションから選んでくれた逸品である。収納の魔法からボトルを取り出せば、よくやったとホムラさんが飛びついてきた。アンズさんが杯を並べ、ワカナさんが封を切り始める。
「領主が嗜むような酒を口にできる日がくるとは思っていなかった。世界は驚きと不公平に満ち溢れている」
「さっすがユウちゃん。不働主義者どもとは違いますね」
不公平万歳と杯を掲げるアンズさん。アゲチン派にいたらこんなお酒とは一生無縁だったとワカナさんがグビグビ飲み干す。今でもたいして違わないように思うのはわたしだけだろうか。雑味が少なく口当たりもまろやか。なるほど、これはお貴族様が嗜むものだと高級酒を味わっていたところ、ガシャガシャといかにも重そうな音を立てながら庭先に全身甲冑を身に着けた人物が入ってきた。
「あら~? な~んかいい匂いさせてるわね~?」
「辺境伯からいただいたお酒です。プリエルさんもいかがですか?」
「いただくわ~」
重さが1トンある六角棍棒のヘックスカリバーと全身甲冑を持ち込まれたら床が抜けてしまうので、庭に物置小屋みたいな専用の収納場所が用意されている。甲冑を外して薄着になったプリエルさんがカキゴオリにお酒をぶっかけてくれと器を差し出してきた。甲冑を装備した状態で運動してきて暑いのだそうな。
「また王都で開かれる武闘大会でひと稼ぎしようかと思ってるの~」
なんでまた甲冑姿で運動なんてと尋ねてみたところ、武闘大会に出場するための身体づくりを始めたという。ダンジョン島では装備していなかったため、勘を取り戻しておきたいみたい。
「ユウは参加しないの~? 部門別大会もあるわよ~」
「王都に顔を出したら大会どころではなさそうですから……」
ノコノコ大会なんかにエントリーしたら王都にいることをヤマタナカ嬢に察知され、淑女の社交場へ連れ込まれてしまうに違いない。今さら武名を轟かせる必要もないので、結果の如何にかかわらず参加するメリットがないのだとお断りしておく。
「皆さんは参加しないんですか?」
「大会なんて懐に余裕がある暇人の道楽。無職が出るものではない」
アンズさん達はエントリーしないのかと尋ねてみたものの、大会に出場してくるのは生活の心配がなく、仕事もしないで日々を鍛錬に費やせる人達。怪我をすれば収入が途絶え、治療費の支払いに頭を悩ませることになる無職では勝負にならないそうな。結局のところ、資産のある家に生まれた選手が圧倒的に有利という構図があるみたい。
「そうね~。確かに予選を勝ち上がるのは道場の跡取りとか師範代ばっかりだわ~」
お酒カキゴオリをかき込みながら、決勝トーナメントまで残るのは一日中武器を振り回していればいいような連中ばっかりだとプリエルさんがモゴモゴ漏らす。冬の王都は滞在費もバカにならないので、予選突破も厳しい無職では大赤字になるのがオチだという。
「ユウちゃんはいいですよね。タダでお城に泊まれて、食事も出してもらえるんですから」
「代わりに面倒な仕事を押しつけられて、戦争にだって駆り出されるんですよ」
お貴族様なら3食昼寝付きの好待遇が受けられると勘違いしているワカナさんが不公平だと唇を尖らせた。お城なんかに滞在したら、ま~たはっきりしない国王の尻拭いをさせられるに決まっている。護衛がいっぱいいる貴族の屋敷を単身襲撃し、皇国との戦場にまで引っ張り出される立場がそんなに羨ましいのだろうか。
「敵の魔法兵に上空から魔法を撃ち込まれて右往左往した挙句、最後には五体をバラバラにふっ飛ばされることをお望みなら王国軍に志願することをオススメします」
「天空の勇者にはそんなシーンなかったですよ」
「あんなフィクション小説を真に受けないでください」
ワカナさんはスミエさんのドキュメンタリー風エンターテイメントが真実を描いているとすっかり信じ込んでいるご様子。あれは娯楽小説なので凄惨なシーンは意図的にカットされているのだと言い聞かせておく。戦場を甘く考えるなとお説教していたところ、ふたりでお出かけしていたのかツチナシさんとリンノスケが一緒に玄関から上がってきた。夜のお仕事であるツチナシさんはこれからご出勤。仕度しなければと部屋に戻っていったのを確認し、リンノスケの後を追って管理人室を訪れる。
「ツチナシさんも25になったというのに、ま~だ覚悟が決まらないみたいですね?」
「う゛っ……」
畳の敷かれた部屋に踏み込み、相変わらず彼女の好意に甘えたまま心を決められないのかと問い質す。どうやら図星だったみたいで、ヘタレは顔中からダラダラと脂汗を流し始めた。
「まさか、若い子の方がいいとフタヨちゃんに乗り換えるつもりですか? 乙女の敵には容赦しませんよ。わたし……」
「待ってくれ。そんなつもりは毛頭ないっ」
咲いている間だけ愛でて、枯れたら次の花に挿し換えればいいなどと考えている不逞の輩が長生きできると思ったら大間違い。お天道様に代わって成敗してくれるぞと流動防殻を展開すれば、裸力の高まりを感じたのかリンノスケが逃げるように距離を取った。そんなつもりはないのだと必死に弁解する。だったらどんなつもりだと問い詰めてやりたい。
「まぁ、いいでしょう。ひとつ伝えておきます。冥皇ちゃ……冥皇は人族の魂を変質させて魔族にすることができるという話でした。魔族種子と違って結果は約束されているものの、消耗するのであまりやりたくはないというのが本音みたいですね」
「なっ? どこでそんな話を……」
「わたしにだって独自の情報源くらいあります」
嬢皇さんの思惑は見当もつかないものの、わざわざわたしのいる場所で聞き出したということは、自分の口からでは伝え難いなにかしらの事情があるのだと思う。知ったところでリンノスケにはどうにもならないと思うけど、伝えるだけならタダなのでサービスしてあげる。本人の口から聞きましたと正直に答えてはわたしが魔皇だとバレてしまうので、修裸には修裸の情報網があるのだとごまかしておいた。
「冥皇様なんて、お姿を拝見したことすらありません。居城の位置も……」
「地中深くにある地獄と聞いていますけど、入口はわたしも知りません。どんな選択をするのも自由ですが、乙女の敵がたどる道はひとつしかないと心得ておくことです」
もちろんわたしは地獄を訪れたことだってあるけれど、移動は冥皇ちゃんの浄玻璃鏡を通ってなので正確な位置も地上に通じる抜け道も知らない。マッパディアッカ城にはホットラインがあるものの、どうせ冥皇ちゃんとの交渉に使えるカードなんてないのだから出番はないと思う。ツチナシさんの気持ちを利用するだけ利用して捨てた日には、地の果てまでも追いかけて生まれてきたことを後悔させてやると言い渡し管理人室を後にする。
「よくもワカナを騙してくれましたねっ」
「騙したんじゃありません。ストーリを進めるうえで不必要な描写だったので省いただけです」
談話スペースに戻ればスミエさんがお仕事から戻ってきていた。戦場の描写が正確でないとワカナさんに問い詰められ、「天空の勇者チイト」は勇者様の活躍を描いた作品であって戦争記録ではないのだと言い訳している。とうとう、ジャーナリストであるという自覚まで手放してしまったみたい。新連載の「海底の勇者チイト」も好評で、どうしてか商会の旦那がひとりで何部も買ってくれるそうな。それはおそらく、王都にいる高貴なご婦人方の手元へ届けられる分だと思う。
「それより聞きましたかユウちゃん。総監府がミユウの追憶イベントを開催するそうですよ」
「どうして今さら?」
いちおう記者としての仕事も忘れていなかったみたいで、総監府がまたなにやら企んでいるらしいとスミエさんが教えてくれる。チクミちゃんのライブを中心にいろんな出し物が企画されているそうな。1周忌も過ぎてしまった今ごろになってどうしてと思わなくもないものの、お星さまになったミユウに出番なんてあるはずもなし。お祭りと割り切って楽しませていただくことに決めた。
総監府からミユウの追憶イベントを催すことが正式に発表され、会場となる大通りに面した野外集会場では準備作業が急ピッチに進められている。集会場の隅っこに設置された慰霊碑という名目の破廉恥な裸像を、たったひとりのミユウファンであったブタ雄くん(仮称)がせっせと磨き上げていた。そんなことより服を着せろとお尻を蹴り飛ばしてやりたい。
「いい加減、わいせつ行為だと取り締まったらどうなんです。擦られ過ぎて、お尻がふたつに割れちゃってるじゃないですか」
「尻は最初から割れている。言いがかりも甚だしい」
わたしの姿を見つけて寄ってきた警邏隊長さんに厳しく取り締まるよう要求したものの、ブタ雄くん(仮称)を逮捕する法的根拠がないと断られてしまった。自分は領主様の定めたルールに則って仕事をするだけだと開き直られては、たんぽぽ爵の立場でゴリ押しするわけにもいかない。今ここで中央と辺境伯の間に火種を燃え上がらせたら、わたしが夜皇ちゃんからお叱りを受けてしまう。
「どうして今になってこんな催しを?」
「住民達が裸賊に対する警戒心を失いつつある。1年前の状況を思い出させたい」
仕方なくイベントの目的を尋ねたところ、はだか祭があってからはおとなしいものだから、裸賊が無法者の集団だということを忘れる住民が増えている。家畜と武器の交換で美味しい思いをした商会に至っては、裸賊との取引を継続するべきなどと言い出す始末だと警邏隊長さんは苦々しげな表情を浮かべた。
「強盗犯から盗品を買い戻す行為を続けると?」
「そのとおりだ。ゴウフクヤは盗品売買の安全を保障することが街の発展に欠かせないと主張している」
はだか祭で大儲けしたというのは、やっぱりタケシ君のゴウフクヤだったみたい。自分の言っていることが強奪による所有権の移転を認めるということに他ならないと、さっぱり理解できていないそうな。仮にも商人がそれでいいのかと警邏隊長さんが重々しくため息を吐き出す。
「暴力に支配された無法地帯がどんなものか、タケシ君には一度体験していただいた方がよさそうですね。わたし、ちょうどいい場所に心当たりがありますよ」
もちろん、修裸の国では強奪による所有権の移転が大っぴらに認められている。誰かの持ち物が欲しくなったら、相手を殴り倒してぶんどれば自分のものだ。そういった社会がお望みなら、特別にわたしの国へ招待することもやぶさかではない。
「そのような措置を講じなくて済むよう、今一度注意喚起しておこうというのが今回の企画意図だと聡明なたんぽぽ爵様にはご理解いただけると思う」
過激な思想の持ち主に独断で突っ走られては堪らない。そんな事態に発展しないよう裸賊の危険性を改めて思い出させるのがイベントの目的だから、お貴族様はおとなしくしていなさいと警邏隊長さんに言い渡された。どうして誰も彼もわたしのことを力任せな解決法しか思いつかない脳みそゴリラだと考えるのか不思議で仕方がない。
もっとも、何もするなということなら大歓迎。今回は部外者の立場でイベントを楽しませていただくとしましょう。




