第9話 斥候を捕まえろ
すかう太くんのレーダーは列になっている隊商と、その周りでバラバラに動くいくつかの人影を捉えていた。
そのままでは小動物おろか虫まで補足してしまうので、10歳くらいの人族より大きい生き物に限定して、そこから魔力反応の薄い動物を除外すれば人族だけが残る。ゴブリンとかオークとか人族に似ている生き物は含まれちゃうけど、今は裸賊が暴れているのでこの辺りにはいないはず。
ただ、この辺りを仕事場にしている樵とか猟師の人である可能性は充分ある。裸賊だと大騒ぎする前にすかう太くんの望遠モードで確認しておきたかったのだけど、緑の濃くなるこの季節に離れている相手の姿を捉えるのは容易ではなかった。
「森の中や山の上に隊商とは違う人影があるようなのですけど、見てきた方がいいでしょうか?」
「この辺りの住民ではなくて?」
「姿が捉えられないのでわからないんです。そこにいるってことしか……」
若旦那に相談してみたら護衛団の人を呼んでくれた。前方には斥候を出しているものの、すかう太くんが捉えた辺りにはいないはずなので、少なくとも隊商の護衛でないことは確実。わたしとアンズさん達3人でこっそり近づいて確認してみようという話になった。
「ユウのおかげでアンネセサリーなワークが降ってきました」
ホムラさんが余計な仕事が増えたとふくれっ面をしている。単独行動はダメと言われてしまいメンバーを指名させられたのだけど、わたしの知っている人なんてアンズさん達かトト君パーティーしかいない。選択の余地なんてなかった。よって、わたしは悪くない。
「文句を言わずに働く。カキ氷がいらないのなら隊商に戻っていい」
「シット。人質とはアンフェアーです」
アンズさんにカキ氷を人質に取られホムラさんは渋々ついてきた。
斥候のような仕事はワカナさんの分担らしい。わたしが大体の居場所を伝えると、グルッと迂回して隊商とは違う方向からターゲットに近づいていく。
「いました。弓を手にしていますね。猟師でしょうか……」
「違う。あれは賊」
ちゃんと服に革の防護具なんかもつけて弓と矢筒を持っているオジサンだったのだけど、この辺りの猟師ではというワカナさんの言葉をアンズさんが否定する。
「あの男は隊商しか見ていない。犬も連れず獲物も持っていない」
獲物を探さずにいつまでも隊商を眺めている相手が猟師であるはずがない。猟師の振りをした賊だから、痛めつけて仲間がいるか吐かせるとアンズさんが背中からトマホークを引き抜く。
「トマホークでやるんですか?」
「大丈夫。腕や脚の1本くらい潰れても口は動く」
気付かれないように背後に回り込んだアンズさんが、必中の距離からトマホークを投擲した。
「ヘッドがミンチにされたらトークはインポッシブルね」
「こんなことって……」
アンズさんのトマホークは後頭部に命中し頭を半分潰していた。わたし達が近づいた時にはすでにこと切れた後で、アンズさんは両手を地面について項垂れている。
「隊商をうかがっている人影はまだいます。次行きましょう、次」
「トマホーカーは相変わらずバッドジョブです。次はワカナがトライですね」
次の獲物を探して移動したわたし達の前に現れたのは、全裸に武器を吊り下げる革ベルトだけを身に着けたまごうことなき裸賊だった。背中には立派な剣を背負っている。
「逃げられないように脚を狙う」
トマホークをぶつけないように投げて気を引くから、振り向いたところで脚を射抜くようにとアンズさんが指示する。
「トマホークはノゥセンキュー。ミーがやります」
絶対に頭にぶつけるからと、ホムラさんが命中させないように魔法を撃つことにした。
弓に矢をつがえたワカナさんの合図で、ホムラさんが「ヘーイッ!」と声を上げながら炎で出来た槍のような魔法を放つ。撃ち出された炎の槍は裸賊の近くに生えていた柱のようにぶっとい木に命中すると、幹を吹き飛ばして貫通し何処かへと飛び去った。
ワカナさんが矢を放つ間もなく、支えを失った木が裸賊の上に倒れ込み地面を揺らす。
「オーゥ……」
「加減を知らない出来損ないソーサラーがやらかしてくださいましたね」
頭を抱えてその場に座り込んだホムラさんに、アンズさんが勝ち誇ったかのように笑いかける。
「気を失ってますけどまだ息はあります。目を覚ます前に縛り上げましょう」
「オーゥ! さっすがミーッ! グッジョーブッ!」
「……ちっ!」
裸賊の状態を確認していたワカナさんが気を失っているだけだと声を上げると、ホムラさんは小躍りを始め、アンズさんはやさぐれた顔で盛大に舌打ちした。仲間の失敗を期待するなんて、アンズさんはよっぽど悔しかったのだろうか……
道中にある小さな集落の郊外で野営していたところ、護衛団の人が若旦那を呼びに来た。わたしとスズちゃんも一緒に護衛団の指揮所に来てもらいたいという。
指揮所になっているテントの入口をくぐると、隊商全体の総指揮をしている商隊長さんに護衛団の指揮を執っている有力商会の護衛隊長さん。その下で無職達の取りまとめ役をしている採用面接をしていた男の人に、アンズさんの姿まであった。
「ご足労頂いて申し訳ありません。エイチゴヤさんに是非ともお願いがありまして……」
わたし達が捕まえた裸賊に情報を吐かせたところ、今この近くにこの規模の隊商を襲えるような集団はいないという。ただし、隊商がヤマモトハシに向かったという情報はすでに裸賊の砦へ伝えられている。
東へと向かう隊商は裸賊の砦から離れる方向に移動しているから、今から戦力を集めて追っかけてくる心配はないらしい。
「ですが、帰り道は話が違います。あらかじめ戦力を伏せて斥候を放ち、こちらが戻ってくるのを待ち構えているでしょう」
帰りの荷はスズキムラで消費される生活物資が殆どなので、裸賊としても帰り道を襲撃した方が美味しいのだと護衛隊長さんが説明する。
「それで、お願いというのは?」
「エイチゴヤさんが臨時で雇われたというそちらの護衛を貸していただけませんかな?」
商隊長さんが口にしたのは、わたしを護衛団の指揮下に入れろという要請だった。若旦那は無職の新人相当の報酬でわたしを雇っている。わたしを貸し出してくれるなら、護衛団の幹部並の報酬を若旦那に支払う用意があるそうだ。
「裸賊どもの斥候を潰して回るには、そちらの護衛が必要不可欠だと彼女達が言いますのでな」
「そうは言ってない。斥候の位置を割り出せるのはユウだけだと言っただけ」
商隊長さんの言葉をアンズさんがすかさず訂正した。わたしに不採用を突き付けた男の人が「許可されずに口を開くな」と注意するけど、アンズさんは悪びれる素振りすら見せない。
「同じことではないか?」
「まったく違う。ユウを欲しがってるのは隊長達。私達ではない」
自分達がわたしを求めていると誤解させるような言い方をするな。わたし抜きでも斥候潰しは引き受ける。能力的に劣るのは事実だけど、必要な人材を確保するのは自分達の役割ではないとアンズさんは引き下がらない。
「それは雇う側の責任。ちなみに応募したユウを不採用にしたのはこの男」
一度は護衛の依頼に応募したわたしを、隣にいる男が不採用にしたとアンズさんが暴露した。どうやら商隊長さんや護衛隊長さんは知らされていなかったようで、採用面接をしていた男の人に咎めるような視線を向けている。
「いえ、そのような特技があると本人からの申告もなかったもので……」
服装を見ただけで不採用にされたから特技なんて聞かれてもいないのだけど、それを言い出しても話が長くなるだけだと黙っておく。わたしを雇ったのは若旦那なのだから、余計なことを言って場を荒らすこともない。
「もちろんお断りしますよ。商会はお約束した金額をすでに負担したはずです」
必要な護衛を雇ったり、隊商の指揮を執ったりしてもらう分の費用は契約したとおりに負担している。道中で追加の負担を求めるのは契約違反だと若旦那はさっくり話を断った。
「報酬は別途支払うと……」
「数少ないこちらの人員を減らすつもりはありません」
報酬の問題ではない。話がそれだけなら失礼させていただくと若旦那がテントを後にし、わたしとスズちゃんもすぐに続く。
「危機感を煽ったうえに、友人が助けを求めていると訴える。手垢がつくくらい使い古された手口だね」
「若旦那に売られたとユウに思わせて、自分のところに引き込むつもりですよ。アレは……」
自分達の隊商のところに戻ると、若旦那とスズちゃんが今のやり取りを解説してくれた。
断りにくい状況を作ってから要求を突き付け、若旦那に裏切られたと感じさせたところに恩を売り、便利能力を持っているわたしを手懐ける。商人の手口としては当たり前過ぎて捻りが足りないと若旦那は呆れていた。
「申し訳ない。迷惑をかけた」
わたし達が話しているところにアンズさん達がやってきた。うっかり口を滑らせてしまったせいで、余計なことに巻き込んでしまったとしょんぼりしている。
「バカナが褒めちぎられてイージーにリークしやがったです」
「ごめんなさい。ユウちゃんのことを聞き出すためとは疑いもしませんでした……」
ホムラさんの口振りからすると、ワカナさんがおだてられてつい喋ってしまったみたい。
「なに、かまいませんよ。皆さんが口車で商人に敵うはずないのですから」
商会同士の騙し合いで相手にしてやられたなら、それは自分の責任だと若旦那は気にしていないご様子。相手から巧みに情報を引き出すのは商人の得意とするところで、アンズさん達がつい喋らされてしまうのも仕方がない。それを防げるようなら無職なんかやめて商人になれると笑っていた。
「アンズさん。あんなこと言っちゃって良かったの?」
「全然かまわない。自分の失態を隠したければ役人にでもなればいい」
採用面接をしていたのは名の通ったパーティーという話だった。そんな相手に睨まれるようなことをして大丈夫なのかと思ったけど、上に失態を隠したがる相手なんて信用できない。いつか保身のために切り捨てられるに決まっているから、こっちから先に切り捨てておくとアンズさんは薄笑いを浮かべる。
「名が知れ渡ると評判を維持したくなるものだからね」
護りたいものが出来てしまうのは無職も商会も同じさと若旦那が達観したように口にした。
「俺達も裸賊の斥候を捕らえにいったほうがいいんじゃないか?」
「今さら捕らえてなんになるんだ?」
「いやぁよ。この暑いのに余計な仕事なんて」
スズキムラを出て2日目のお昼休憩の時間。トト君が自分たちも斥候を捕らえてこようと仲間のふたりを誘っていた。裸賊の斥候を捕らえてきたアンズさん達には割増報酬が約束されているから、自分達も報酬を割増ししてもらおうというのだろう。
もっとも、軍死君もイカちゃんも乗り気ではないみたい。
「隊長さんの欲しい情報がなければ割増報酬はもらえませんよ」
軍死君の言うとおり、今さら聞き出したい情報なんてない。裸賊を捕らえたところで勝手に持ち場を離れたことを咎められるだけだと教えてあげる。
「第一、どうやって探す気なのよ。トト見つけられるの?」
「トトに見つけられるようなら、とっくに他の人達が見つけているさ」
両手持ちの戦斧を担いだイカちゃんが、いるかどうかもわからない斥候を探し回るなんてまっぴらだと誘いを断った。槍を杖代わりにしている軍死君もどうせ見つかりはしないと首を振る。
「君は見つけられるんだろう?」
職能はいろいろ持っているわりに武器は剣しか下げていないトト君が期待を込めた視線をわたしに向けてきた。