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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第9章 魔族モドキ現る

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第5話 ナナシーの正体 

「辺境伯にワタシを始末させて、自分だけ空を飛んで逃げる。上手くいくと思ったら大間違い。死ぬときはたんぽぽ爵も道連れ……」

「そうじゃありません。今さらわたし達を消したところで、辺境伯には何ひとつ得になることがないじゃないですか」


 ひとりだけ逃げようだなんて許さない。死なば諸共だとナナシーちゃんが首絞め紐をブラブラさせる。なんだか妙な勘違いをさせてしまったみたい。暗殺するなら今晩が絶好の機会ではあるものの、本当に辺境伯が襲撃してくるとは考えていないと説明して落ち着かせる。


「わたしを庭へおびき出したご婦人には首尾よく逃げられました。次はなにをしてくると思いますか?」

「…………たんぽぽ爵が狙われたという話を王都に広める」


 姿を消したタイミングからして、彼女が襲撃に関与していたことは火を見るより明らか。しつこくわたしの命を狙うより先にやることがあるだろうと、ここから先の展開を予測するよう促す。どんな困難も裸身ひとつで乗り越えるなどとフカしてるマッパどもと違ってナナシーちゃんは頭の回転も速い。辺境伯のお城でわたしが襲われたという既成事実ができあがったのなら、すぐにでも王都に戻って報告するはずということに思い至った。


「そこに、これ以上ない好機をお膳立てされたにもかかわらず辺境伯は何もしてこなかったと証言できる人が現れたらどうなると思います?」

「…………今度はワタシが命を狙われるようになる」

「そこまで考えを進めなくてもいいんです」


 襲撃を企てたのが誰かは明らかでないものの、状況的に考えてヤマモトハシ辺境伯が無関係であるはずがない。おそらく、そんな主張がされると思う。もちろんマッチポンプを疑う人もいるだろうけど、反論しようにも根拠がないのでは言い負かされてしまうのがオチ。だけど、辺境伯の手勢に囲まれた中でひと晩中たんぽぽ爵と一緒にいたという証言者が現れれば話は違ってくる。


 状況証拠をいくら並べたところで、実際に現場にいたナナシーちゃんの証言を上回るほどの信憑性はない。ヤマタナカ嬢やミドリさんならすぐにわたしの意図するところを察して、世論をそう誘導してくれるだろう。目障りな証言者は消してしまおうと考える輩が現れるのは必定なものの、ナナシーちゃんは武官で隠密なのだからそこは自力で切り抜けていただきたい。

 影に生き、影に消える。それが覆面マスクマンの定めでしょう。


「ワタシを証人に仕立てあげる。どう使うかはヒジリに考えさせればいい……」

「そういうことです。では、ナナシーちゃん。あのデビルマ……じゃなくて、魔族モドキはなんなんですか? 心当たりがあるんでしょう」


 わたしの狙いを明かしたところで、例の魔族モドキについて問い質す。ナナシーちゃんの説明はあまりにも的確過ぎた。何かしらの予備知識を持っていたに違いない。


「…………あれは第3世代型の魔人兵。魔族の細胞を移植された人族……」


 無言のままわたしをギロギロ睨みつけていたナナシーちゃんだけど、ごまかすのは無理と観念したのか大きくため息を吐き出して魔族モドキの正体を語ってくれた。戦争で生け捕りにした魔族から細胞を抽出し、それを人族に移植して魔族の能力を持った兵士を生み出すという研究をしている地下組織があるそうな。


「地下組織がそんな研究を?」

「研究資金を得るためか裏社会とのつながりが深いので地下組織ということにされている。どこかの国がバックについていても不思議ではない」


 国民を魔族にする研究をしているなんて大っぴらにはできないと、公の組織から切り離された研究機関ではないかとナナシーちゃんは睨んでいるみたい。第3世代型は魔族の能力を獲得することに成功した一方、完全に判断力を失ってしまうので軍隊には適さない失敗作とされたものの、裏社会の用心棒とか今回みたいな使い捨ての刺客として需要があって、今でもどこからか供給され続けているという。


「背後にいるのがヤマタナカ王国ということは?」

「ないと思う。そもそも不死アンデッド族からは生きた細胞が取れない」


 実はこの国が真犯人でしたという可能性はないのか尋ねてみたところ、原料が手に入らない国では研究が進まないから違うだろうという答えが返ってきた。ヤマタナカ王国の北側には夜皇ちゃん達不死族の領域が広がっているけれど、もう死んじゃっている不死族の細胞から魔族モドキは作れない。牛のような角が生えていたことから、出所は獣型の魔族と交戦している国だろうとナナシーちゃんがあたりをつける。


 ――ということは、獣皇ちゃんと戦争してる国ですか……


 獣皇ちゃん達は温暖で起伏が少ない土地を好む。そこは人族の生息圏とガッツリ重なるため、かなり激しい縄張り争いが繰り広げられているという話だった。そんな場所であれば生け捕りにされる魔族がいてもおかしくはない。


「第3世代型が失敗作だったってことは、その次もあるんですか?」

「…………第4世代型は確認されている。第5と第6は構想だけ判明した……」


 ヤマタナカ王国で見つかったのは第4世代型の研究施設で、数年前に王国軍が踏み込んで潰したみたい。その時に得られた情報なので最新のものとは言えないそうな。


「魔族の細胞が得られないのに研究施設があったんですか?」

「第4世代型は人族から卵細胞を取り出して魔族因子を埋め込み、それを培養することで作り出される。つまり、女を集める必要があった」


 生まれながらに魔族因子を持っていれば知能への影響を抑えられるのではないかと考えられたのが第4世代型だったとナナシーちゃんは語る。研究に必要な卵細胞を確保するため人攫いまでしていたそうで、そこから足がついたみたい。踏み込んだ王国軍も人身売買組織のアジトだとすっかり勘違いしていたという。


「なるほど、許し難い乙女の敵ですね。見つけ次第殲滅しましょう」

「情報を吐かせる前に皆殺しにされては捜査が進展しない」


 女の子をさらってきて研究に利用するなんて言語道断。例え神様が許しても、この裸皇が許さない。同じことが繰り返されないよう、そういった研究がされていたという痕跡すら残さず消し去ってくれると心を決めたところで、末端の構成員を片っ端から始末して回られるのは困るとナナシーちゃんから水を差された。王国で見つかったのは第4世代型を培養するための施設で、魔族因子の供給元はまた別にあったみたい。組織の全貌はまったくつかめていないそうな。


「なにをグズグズしてるんですか。戦争なんてやってる場合じゃないでしょう」

「国内にあった研究施設は潰した。国外にある拠点は捜査のしようがない」


 戦争なんてしている暇があるなら乙女の敵をぶっ潰せと言ってやったものの、国内での捜査は続けているけど外国には手を出せないとナナシーちゃんは悠長なことを口にした。これだから人族の国家はアテにならない。かくなる上は、わたしひとりでも乙女の敵との戦いを遂行するまでだ。同胞が捕獲され研究に利用されていると知れば、他の魔皇だって手を貸してくれるはず。背後に国家がいるならば、修裸達をけしかけて国ごと解体してくれよう。


「とりあえず、あの逃げた女性をとっ捕まえて魔族モドキの調達先を吐かせましょう」

「たんぽぽ爵には犯罪捜査をする権限がない……」

「知ったこっちゃありません。乙女の敵を野放しにしているのなら、王国はわたしの敵です」


 乙女の敵撲滅は他のすべてに優先する。わたしは悪い魔皇なのだから、領土侵犯や統治権を侵害するくらい当たり前。人族の支配者たちも口を揃えてそう言ってるはずだ。期待に応えてあげたところで責められるいわれはないだろう。乙女の敵はひとり残らず地獄に叩き落とす。例外はない。


「ヒジリに相談するから少し待つ」

「待ちません。わたしの行動を合法にしたいなら、せいぜい急ぐことですね」

「こんな脅しは初めて……」


 堂々と違法行為を働くと宣言した挙句、嫌なら権限を寄越せと脅迫してくる奴なんて聞いたことがないと頭を抱えるナナシーちゃん。そうはいっても、この国の国王は優柔不断でいつまでも態度を明らかにしないことに定評がある。結論が出るのを待っていたらハヤマル陛下に代替わりしてましたなんて御免なので、ダメオさんと同じく自力で解決するまでよと申し渡しておく。


「第4世代型を研究していた連中は全員死んだ。乙女の敵はもういない」

「ど~してナナシーちゃんにそんなことがわかるんです」

「ワタシがこの手で始末した。この国にあった施設にいた研究者はひとり残らず……」


 女の子を研究に利用していた連中はすでに滅した。第3世代型は元となる魔族の細胞さえあれば作れるから、女性をさらってくる必要はない。いくら探したところで標的はもういないので、わたしのしようとしていることは空回りに終わるとナナシーちゃんは言う。


「踏み込んだ王国軍のひとりだったんですか?」

「…………ワタシは第4世代型の実験体。魔族因子が知能へ及ぼす影響を比較検証するため、不活性化処置を施した因子を組み込んで培養されたサンプル……」


 王国軍に踏み込まれた施設の研究者たちは魔族モドキを暴れさせて注意を集め、その隙に自分達だけ脱出しようと培養していた実験体の魔族因子を片っ端から活性化させたそうな。ただ、突然のことに慌てていたのか魔族モドキにならない個体まで一緒に解放してしまった。閉じ込められていた部屋から出されたナナシーちゃんは理性を失って暴れる仲間たちから離れ、研究資料を持って逃げようとしていた研究者を片付けて回った後、最初に突入してきた両腕に盾という変わった装備をしている女性仕官に投降したという。


「これを見る」


 スルスルとナナシーちゃんが覆面を外す。そこから現れたのは、目鼻立ちがアンズさんに瓜ふたつと言っても過言でないくらいそっくりな顔だった。


「アンズさん?」

「ワタシも生き残った仲間かと期待したけど違ったらしい。今、見るべきはこっち……」


 実験体は番号で呼ばれていたため名前がなかった。呼称がないのは不便だと、投降した時にマコト教官がナナシーと名付けたそうだ。干物教室で一緒になった際にお前も名無しかと探りを入れてみたものの、反応から察するに無関係のようだと肩を落とすナナシーちゃん。今はこっちだと前髪をかき上げれば、額の左右に人族にはないでっぱりがついていた。ホブミちゃんみたいでかわいらしい。


「これはもしかして角ですか?」

「そう。ワタシが実験体であることの証」


 魔族モドキにならない代わりか、外形に特徴が現れたのだそうな。これで自分が件の研究施設にいたことは証明されたはず。いもしない乙女の敵を探し回って無駄足を踏むことはないとナナシーちゃんがわたしを嗜める。


「そういうことでしたら一旦矛を収めましょう。ただの地下組織なんかに興味はありません」

「たんぽぽ爵ならわかってくれると信じていた」


 ナナシーちゃんに自分が魔族モドキの実験体であったことを明かすつもりがあったとは思えない。わたしを思いとどまらせるために、言いたくないことまで打ち明けてくれたのだと思う。なんだか悪いことを訊いてしまった気がするので、ここはわたしが引き下がることにした。

 もちろん、乙女の敵が残っているなら話は別ですけどね……


「ところで、ひとつお願いしたいことがあるのですが――」

「ワタシにできることなら何でも言う」


 ふと思いついたので、やってもらいたいことがあるとナナシーちゃんに提案する。


「――せっかく可愛らしい角があるんですからリボンを結んでみませんか?」

「不真面目なたんぽぽ爵のためにしてあげることなんてひとつもない」


 きっとドレスにも似合うと勧めてみたものの、ナナシーちゃんは頑なに断固拒否の姿勢を貫いた。話は終わりだと言わんばかりにパリパリの皮が美味しそうなローストチキンへかぶりつくと、魔族モドキであることを示すかのようにバリバリ音を立てて骨を噛み砕いてみせる。その昔、シャチーが飼っていた三毛虎の赤ちゃんみたいでかわいい。


「たんぽぽ爵は絶対にふざけている。いっぺん死んだ方がいい」


 ガツガツと料理を平らげながらシネシネと呪詛を放ってくるナナシーちゃん。やけ食いを始めた角っ娘にそっと料理の乗せられたお皿を差し出す。このペースで食べ続ければ、遠からずお腹いっぱいになって動けなくなるだろう。今晩はわたしの抱き枕になっていただく。思惑どおり食べ過ぎてしまったようで、お腹をさすりながら席を立つと長椅子に移動して横になった。こんなところで寝ていたら風邪をひいてしまうぞとお姫様抱っこして寝室へ運び込む。


「よしよし、お姉さんがさすってあげますね」

「ワタシとしたことが……こんな手に……」


 ベッドに放り込まれたところでナナシーちゃんはわたしの企みに感づいたご様子。だけど、今さら気づいたところでもう遅い。お腹パンパンで身動きが取れなくなっている獲物に掛け布団をかけ隣にもぐり込めば、あったかい人肌湯たんぽの温もりがじんわりと伝わってきた。


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