第4話 魔族モドキ
流動防殻を全身に展開してくり出される攻撃を避けながら3人組を観察する。恰好はパーティーに参加する方々に雇われた御者さんとかポーターが着ている一般的な男性使用人の服で、武器は無職が使っているような安物の剣。腕前の方は訓練を終えたばかりの新兵といったところだろうか。動きは俊敏なものの太刀筋はトト君と大差ない。
覚悟っ……なんて叫んでいたけど、わたしを知っている人なら返り討ちにされて背後関係を探られる危険を冒してまでこの程度の刺客を送り込んできたりはしないと思う。武装していなくてもわたしが戦えることを知らない相手ということは、個人的な恨みである線は薄い。たんぽぽ爵という中央の貴族に消えてもらいたい者の仕業とみた。
「それでは、おとなしく捕縛されていただきましょうか……」
「がっ?」
突き出された剣を受け流しざまに電撃の魔法を流して相手を痺れさせる。先ほどの叫び声が届いていたのか、3人全員を動けなくしたところでスズちゃんが駆けつけてきた。わたしを庭に誘ったご婦人は……どこかへ姿を隠してしまったみたい。
「ユウッ、怪我はありませんかっ?」
「スズちゃんはこんな相手にわたしが不覚を取ると思ってるんですか?」
「まったく心配はしていませんが、形だけでも尋ねておくのがマナーだと思うのです」
「マナーを気にするなら本音を漏らすんじゃありません」
心配するフリをしていただけと悪びれることなく口にするスズちゃん。続いて、ナナシーちゃんや若様達が集まってくる。若様に付き添っているのはノミゾウさんの奥様だ。警邏隊の出身という話だったから、旦那さんが王都に派遣されている間の護衛を頼まれたのかもしれない。警戒するように周囲へ気を配っている。
「たんぽぽ爵が狙われた?」
「本当の標的はヤマモトハシ領でしょうね。中央との間に火種を作ることが目的ではないかと思います」
「どうしてそう思う?」
「わたしと面識のある相手であれば、こんな暗殺計画が成功するはずないとわかるはずです。わざわざ大声を上げて不意打ちを台無しにしたのも、狙われたのはたんぽぽ爵でたまたま巻き込まれたわけではないという証拠を残すためでしょう」
誰の仕業だと訝しむナナシーちゃんに、中央の貴族に危害が加えられたと辺境伯の責任を追及することを企んだ輩がいるのだろうとわたしの考えを伝えておく。理由を尋ねられたので、若様やノミゾウさんの奥様はわたしが非武装でも戦えることを承知している。成功する見込みのない杜撰な計画を実行に移して自らの立場を難しくするほど辺境伯も向こう見ずではない。犯人はこれまでわたしと関わりを持ったことがなく、たんぽぽ爵ということしか知らない相手だと告げたところ、その推測は筋が通っているとナナシーちゃんは納得してくれた。
「こいつらを吐かせて裏付けを取る」
さっさと縛り上げてしまえと転がっている3人を指差すナナシーちゃん。たんぽぽ爵は中央の貴族だからヤマモトハシ領ではなんの権限もない。収納の魔法から縄術用のロープを取り出し、捕縛してよろしいかと若様に向かって振ってみせる。若様が頷いたので縛り上げようと近づいた時、まるで信号のような規則性のある魔力の波を感じた。転がっていた3人が突如として激しく体を痙攣させ、獣のような唸り声を上げて地面をのたうち回る。
「……アレは誰だ?」
人族のはずだった3人の筋肉が異様に膨れ上がって、身に着けていた服がビリビリに裂けて落ちた。頭には牛のような角が生えて、下あごから猪みたいな牙が伸びてくる。もしかして、魔法で人族に擬態していた魔族だったのだろうか。それは珍しくないものの、本来の姿を現すのにこうも苦しむなんて聞いたことがない。
「下がるっ。こいつらは力尽きるまで手当たり次第に襲いかかる化け物。殺すしかない」
ナナシーちゃんにはこの人達の正体に心当たりがあるみたい。もう理性や判断力といったものは残っておらず、本能のまま死ぬまで暴れ続けるだけだと警告してくれる。となると、人族のフリをしていた魔族というわけではなさそう。
「ユウッ、背中の結び目を解いてくださいっ」
こんなものを着ていては奥義が使えないと訴えてくるスズちゃん。こんなところで脱ぐつもりかと頭が痛くなったものの、見た目どおり魔族の力で暴れまわるのだとしたらわたしひとりで抑えるのは難しい。手間取っては他の人達に被害が及びかねないので、1体はスズちゃんに片付けてもらうことに決め結び目を解く。
「ナナシーちゃんはこれを。慣れない裸道を実戦で使おうなんて考えないでください」
収納の魔法から魔剣を取り出してナナシーちゃんに手渡す。裸道はまだまだ実戦で通用するレベルではない。危険なので若様とノミゾウさんの奥様には下がっていてもらう。
「裸力開放っ――」
先手必勝とばかりにスズちゃんがせっかくのドレスを脱ぎ捨てる。3体の魔族モドキは変態を終えて、ゆっくりと立ち上がってきたところ。犠牲者が出る前にちゃっちゃと片付けたいので、初手に全力攻撃という判断は正しい。
「――裸旋金剛撃ぃぃぃっ!」
人族のものとはにわかに信じがたい裸力をまとったスズちゃんが魔族モドキの1体へ突撃していく。魔族モドキは元の倍くらいまで太くなった両腕をクロスさせてガードを試みたものの、威力だけなら四桁の修裸として充分通用する裸旋金剛撃を受け止めることはできず、両腕ごと上半身をバラバラにふっ飛ばされた。細胞がひとつでも残っていればそこから再生するという原生生物でない限り、間違いなく絶命しているだろう。
全力攻撃を放ったスズちゃんが狙われないよう、残った魔族モドキの片方に向けてナナシーちゃんが魔剣を振るう。もう片方はわたしが八つ裂き氷輪を飛ばして注意を引きつけておいた。ナナシーちゃんの説明どおり戦況を理解するだけの知性が残っていないのか、魔族モドキは互いに連携しようともせず、あっさりとそれぞれの相手へ向き直る。
「ンゴォォォ――――ッ!」
「魔獣ほどの知性も感じられませんね……」
怒りの咆哮を上げて目障りな八つ裂き氷輪を追い払おうとする魔族モドキ。魔獣には友好的な相手を記憶しておくだけの知能があるけど、これはもう動くものに本能的な反応を返す妖獣に近い。情報を引き出すのは無理と判断して顔の正面に向けて八つ裂き氷輪を放つ。白刃取りをするように掌で挟まれ潰されたものの、ガードが上がればそれで充分。どてっ腹に雷の魔法をまとわせた拳を叩き込み、フルパワーの電撃を流し込む。正体のはっきりしない相手だけど、生き物である以上ノーダメージでは済まないはず。期待どおりひっくり返って動かなくなった。
「ゴバッ……」
最後に残った方も決着がついたみたい。スズちゃんが背後から足を払って膝をつかせ、体勢が崩れた隙をついてナナシーちゃんが喉元に魔剣を突き刺す。その状態で魔剣を発動させて衝撃波で首を刎ねた。背後関係を吐かせられなかったのは残念だけど、とりあえず被害を出すことなく片付けられたので良しとしておく。
「これは……魔族の仕業だったのですか?」
騒ぎが耳に入ったみたいで、辺境伯が警備の兵隊さんを引き連れてやってきた。およそ人族には見えない屍を目にして、なんだこいつらはと目を丸くしている。わたしもこんなのは……まだ優だったころにアニメで観た記憶しかない。最初は人族の姿をしていたけど捕らえようとしたら化け物になったと確かなことだけを伝え、素っ裸のまま鼻をフンフン鳴らしているスズちゃんに拳骨をお見舞いしてドレスを着け直す。
ナナシーちゃんは何か知っているようだったけど、辺境伯に明かすつもりはないのか黙っていたので問い質すのはやめておく。パーティーはお開きとされ、会場にいたご婦人方を集めて面通ししたものの、わたしを庭へ誘った女性には逃げられてしまったみたい。残っている人の中に彼女の姿はなかった。
「たんぽぽ爵。これは決して私が企んだことでは……」
潜んでいる刺客がさっきので全部とは限らないため、わたしとナナシーちゃんは迎賓館にお部屋を借りてひと晩ご厄介になることに決めた。パーティーに参加していた方々がお帰りになるまでの間、ターゲットはここだぞとバルコニーに仁王立ちして姿を晒しておく。自分も残ると言い張るスズちゃんを、裸力ゲージを使い果たした者など足手まといでしかないと若旦那に引っ張っていかせたところで、気まずそうな表情を浮かべた辺境伯がやってきた。中央の貴族に知られて都合の悪いことがあったわけではないのだと弁解を口にする。
「辺境伯を疑ったりはしていませんよ。本気でわたしを暗殺するつもりなら、こんな不確実な手段なんて使わないでしょう?」
「それはまぁ、そうなのですが……答えにくいことを訊かないでくだされ」
今回の騒動を企てた者が誰なのかわからないけれど、ど素人も同然の刺客を送り込んでくるなんて確実に相手を仕留めようという意思が感じられない。魔族モドキはそこそこ手強い相手だったものの、知能が低すぎてターゲットを認識できているようには見えなかった。暗殺手段と言うより、口封じが目的だったのだと思う。ああなってしまって証言なんて得られないし、顔形が変わっているので身元の確認も取れない。
「どうにもこの相手からは殺る気が伝わってきません。暗殺自体は成功しようが失敗しようが構わないという考えが透けて見えます」
「あんな化け物まで用意していたのにですか?」
「たんぽぽ爵は血の海を泳いで渡る殺戮の申し子。感覚が常識人とはかけ離れている」
暗殺を狙っているにしては殺意が足りないと言ったところ、どう考えても殺る気MAXだろうと辺境伯が目を丸くしていた。こいつは反社会的勢力同士の抗争を渡り歩いてきた殺し屋に違いないとナナシーちゃんにまでドン引きされてしまう。わたし達魔族が反人族勢力であることに疑いの余地はないし、抗争の末に大陸を統一した魔皇なのだから間違ってはいないものの、だからといって非常識と評されるのは釈然としないものがある。
「冷静に分析すればそういう結論になるんです。血の海とか関係ありません」
失敗したら後がないという危機感が欠如しているのは、わたしへの襲撃が手段であって目的ではないから。この場にいればミドリさんだって同じように考えると思う。
「とりあえずヤマモトハシ辺境伯の催したパーティでたんぽぽ爵が命を狙われたという事実はできあがりました。もう何もしてこないでしょうから、余ったお食事を部屋に運ばせてください」
ここに残ったのはターゲットから離れれば帰り道で襲われる心配はないと皆さんに安心していただくため。次の襲撃に備えてのことではない。パーティーではシマテン製品を売り込むのに忙しく、ほとんど食事には手をつけられなかった。余らせてしまうのはもったいないから部屋に運んでくれるようお願いする。
「命を狙われたばかりだというのに……たんぽぽ爵は豪胆ですな」
「たんぽぽ爵は戦場でも食べ物のことばかり気にする食欲の申し子。胃袋が常識人とはかけ離れている」
「なに言ってるんですか。戦場でこそ食事をしっかりとらないと命を落とすハメになりますよ」
あんな化け物の屍を見た後でよく食欲が湧いてくるものだと呆れる辺境伯。こいつはイシカワシタ領でも食べ物に夢中だったと、まるでわたしが意地汚い食いしん坊であるかのようにナナシーちゃんがバラす。食事を残さず食べることも仕事の内であるとマコト教官に叩き込んでもらった方がいいかもしれない。
あてがわれた客間にパーティー料理をどっちゃり運び込んでもらい、ここからは女の子だけの時間ですと辺境伯を追い払う。貴族であろうと王様であろうと乙女の敵にかける慈悲はない。不埒なマネに及んだ代償は命で支払っていただくと、周辺警備にあたる兵隊さんたちにも周知するよう言い含めておく。
「さぁ、早くいただきましょう。お腹が空いていては頭も働きませんからね」
窮屈なドレスではお腹いっぱい食べられないので、ゆったりとしたガウンに着替えパーティー料理に手をつける。わたしのことを食欲の権化みたいに言ってたくせに、やっぱりナナシーちゃんもお腹が空いていたみたい。覆面を器用にズラして口元だけ露出させると、わたしに負けない勢いで料理を平らげ始めた。
「さて、領主のお城の中で兵隊さんに囲まれ、わたし達はふたりっきりです」
「……なにが言いたい?」
ローストされたお肉をゴックンと飲み込んで、今の状況をナナシーちゃんに説明する。襲撃があったせいで厳重な警備が敷かれているから、今夜は誰も近づいてこれないだろう。
「つまり、辺境伯がわたしを消したいなら今が絶好のチャンスということですよ」
「ぶごっ……」
周囲を固めているのは辺境伯の息がかかった領軍兵の皆さん。国王派のわたし達は孤立無援の状態に置かれているのだと告げたところ、ナナシーちゃんは妙な音を立てて口にしていたチキンを噴き出した。




