第3話 狙われたたんぽぽ爵
「たんぽぽ爵の話を鵜呑みにしましたでは説得力が薄い。ヒジリから裏を取るよう依頼されたので、あのスズメという娘が出てくるのを待ち構えていたところ、空気を読まない厄介者に邪魔された。これで説明になっているか?」
ダメオさんがスズちゃんや【矮躯】と共に裸道を学んだ同門であることはヤマタナカ嬢も承知している。わたしが言っていたというだけでは根拠として弱いので、別ルートでも確認が取れていることにしたかったみたい。わかったならあっちへ行けと、ナナシーちゃんが黒覆面の下から唸り声を上げて威嚇してきた。
わたしが信用できないのかとは言わない。重要な情報は複数の情報筋から確認しておくのが当たり前で、裏取りを怠って騙されるのはただのマヌケである。国王に報告を上げるとなれば、わたしから得た証言とは別に独自ルートで確認した補足情報くらい用意しておいて然るべき。蒼爵夫人やヤマタナカ嬢はもちろん、ミドリさんだってその程度の気は回すだろう。
後になって騙されたと喚くのはチイト君くらいだ。
「スズちゃんにご用なら一緒に来ます?」
「たんぽぽ爵の手は借りない。それではワタシが来た意味がない」
わたしと一緒なら堂々と中に入れるよと誘ってみたものの、お前の世話にはならんとナナシーちゃんは意地を張った。とってもかわいくない。
「意地悪な人がスズちゃんを唆して裏口を使わせるかもしれませんよ」
「……ミモリの娘はたんぽぽ爵と口裏を合わせて嘘を吐いたりしないと思う」
居場所はすかう太くんに筒抜けだから、毎回反対側にある門を使わせることもできるのだぞと告げたところ、スズちゃんは他人を騙したりしないとナナシーちゃんが生垣から出てきた。黒覆面に少女向けの花柄ワンピースというあからさまにちぐはぐな格好をしている。これで人目を忍んでいるつもりなのだろうか。
「その、頭隠して正体隠さずみたいな覆面はなんなんですか?」
「これは『季刊覆面ライフ』の特別付録。相当数が配布されているから被っていても怪しまれない。知らないのは流行に取り残された情報弱者だけ」
黒覆面を被っている不審人物なんて他に見たことないのだけど、雑誌の付録で出回っているから誰でも持っていると言い張るナナシーちゃん。知らないのは遅れている証拠だそうな。そんな覆面専門誌を購読している人の数なんて両手の指で足りてしまいそうな気がするものの、トマホーカーの世界があるならマスクマンの世界もあるのだろうと納得……というか、聞かなかったことにしておく。
お友達ですとナナシーちゃんを紹介して門を通してもらい、わたしが借りている客間へ案内する。スズちゃんはどうせすぐやってくるだろうと考えていたら、思ったとおり間をおかずに部屋の扉がノックされた。
「ユウ。戻ったのなら稽古をつけてくれる約束です」
「ミモリの娘……あなたに確認したいことがある」
「王女様のところにいた人ですね。ユウではなく、スズにですか?」
部屋に入ってきたスズちゃんに、裸賊の首領を知っているかとナナシーちゃんが尋ねる。
「あれは道を踏み外した不肖の弟弟子。スズの手で引導を渡してやりたかったのですが、ユウに邪魔されたせいで果たし損ねてしまいました」
スズキムラの街に姿を現したのがダメオさん本人であったことは間違いない。この手で葬ってくれようと決意したものの、わたしが邪魔立てしやがったのだと唇を尖らせるスズちゃん。空を飛べるにもかかわらずダメオさんを追撃せずみすみす逃がしたと、ここぞとばかりに悪意たっぷりの説明をしてくれる。まさか、反乱勢力に協力したのかとナナシーちゃんが黒覆面の下から睨みつけてきた。ダメオさんが総監府へ取引を持ちかけたので、辺境伯の判断を待たずに潰してしまうわけにはいかなかったのだと説明しておく。
「それは中央からの干渉にあたりますよね?」
「領内統治への介入は褒められたことではない。申し出に対する辺境伯の対応は?」
「無視ですね。辺境伯は取引に応じませんでしたけど、商人や無職が自己の判断で取引することを禁止したりはしませんでした」
ダメオさんの申し出に対して、辺境伯は考慮に値しないと回答すらしなかった。総監府がだんまりを決め込んでひと言の声明すら出さなかったので、これはもう勝手にしろということだなとはだか祭が開催される運びとなったのである。隙のない弁明を耳にして、チッ……とはしたなく舌打ちするナナシーちゃん。わたしが裸賊と通じていることに期待していたのだろうか。
とっくに裏で手を握っているんですけどね。その背後にいる夜皇ちゃんと……
「後は噂話をいくつか集めたい。領軍関係者が顔を揃えるようなサロンに心当たりは?」
「辺境伯主催のパーティーがありますよ。わたしの付き人としていらっしゃいます?」
事情聴取を終えたナナシーちゃんから軍関係者の話を盗み聞きできる場所を知らないかと尋ねられたので、堂々とパーティーに紛れこんでしまうよう勧めておく。招待客が親しい相手を同伴するのは珍しいことではないし、スズちゃんには若旦那のパートナーを務めていただく約束。ちょうどわたしの相方が空いている。
「なんだか、たんぽぽ爵に都合よく利用されているような気がする」
「招待客を選んでいるのは辺境伯ですし、ほとんどの人がわたしと初対面です。口裏を合わせているなんて心配はいりませんよ」
疑り深いナナシーちゃんに真相を言い当てられたものの、焦って尻尾を出すほど諜報員1007は甘くない。冥皇ちゃんや嬢皇さんはわたしのことを金剛力で何もかもをふっ飛ばすしか取り柄のない暴れん坊と考えているみたいだけど、大陸を平定する過程でひと通りの潜入工作は経験済み。誰が招待されているのかなんてわたしも知らないから、口裏なんて合わせようがないのだとナナシーちゃんを安心させておく。
「明日にでもドレスを合わせにいきましょう。既製品になりますけど我慢してくださいね」
「なんだか、たんぽぽ爵のおもちゃにされているような気がする」
ナナシーちゃんはアンズさんと同じくらいの体格をしていて、わたしともスズちゃんともサイズが合わない。仕立てている余裕はないから、縫製済みのドレスを用意することにした。勘のいいナナシーちゃんがまたまた真相を見破ってきたものの、せっかくの着せ替え人形を手放すほどわたしは甘くない。魔皇に魅入られたのが不運と諦めていただきましょう。
「こうなっては致し方なし。たんぽぽ爵は責任を取って――」
ヤマモトハシにいる間はわたしの世話になると、どうしてか花柄ワンピースを脱ぎ始めるナナシーちゃん。責任などと口にしながら下着まで脱いで覆面一丁になる。
「――ワタシがここにいる間は裸道を指導する」
「はっ、そうでしたっ。ユウ、稽古をつけてくれる約束ですっ」
なにかと思ったら裸道だった。わたしの客間を訪れた目的を思い出し、セイヤッ……とスズちゃんまでマッパになる。脱ぐ必要はないと言い聞かせても、裸心を鍛えるためだとふたりは頑なに服を着ようとしない。
「全裸になると、自分にはもうこの体しか残っていないのだと心が引き締まる気がする」
「わかってきましたね。武器や防具に頼る連中は、しょせん覚悟の決まっていない半端者。裸道に敵う道理がないのです」
頼れるものは体ひとつ。これが裸心かとナナシーちゃんが裸体をプルプルと震わせ、覚悟を決めた裸道の使い手に敵はないとスズちゃんが知った風な口を叩く。言ってもわからないなら裸身に叩き込んであげるだけ。防殻を扱う技術が伴わなければどんな覚悟も無意味だと、ひとつ道場で思い知らせてあげることに決めた。
エイチゴヤにパーティーの招待状が届けられ、ナナシーちゃんのドレスも準備できた。商会長さんの話によると、次のパーティーには勇者の指南役を務めていたたんぽぽ爵がいらっしゃると話題になっているみたい。情報をリークさせているのは、おそらく辺境伯自身。ヤマタナカ嬢がナナシーちゃんを差し向けてきたように、他の貴族や王国軍が情報収集をしていてもおかしくないから、後ろ暗いところなんてありませんよというポーズを示したいのだと思う。
パーティーの当日。馬車の窓から沈みゆく夕日を眺めながらお城へ向かう。周囲を人工の森に囲まれていて、街や人の多い区画からの喧騒が届かない迎賓館が会場だそうな。お城の門をくぐってから、木々に包まれてひっそりとした道を馬車が進む。行きと帰りでは通る道が別というお話で、途中で他の馬車とすれ違うこともなく迎賓館へ到着する。
「なぜ、そんなものを着ている?」
「スズキムラの特産品として売り出すためですよ。人々の目につくようにと頼まれているんです」
今はまだ初秋だから、日が落ちてもコートが必要になるほど冷え込んだりはしない。シマテンの毛皮で作られた帽子とコートで完全武装しているわたしを見て、頭がおかしくなってしまったのかと覆面に合わせた黒いイブニングドレスに身を包んだナナシーちゃんが首をかしげていた。パーティーに参加するそもそもの目的は商品宣伝のためなのだと説明しておく。
馬車から降りて玄関をくぐると、ホールのような場所でたくさんの人々が談笑している。受付と荷物を預ける順番を待っているようなのだけど、いちいち列を作ったりはしていない。窓口が空いていたらお喋りに区切りのついた人が向かうといった感じで、誰ひとりとして順番を気にしている様子がなかった。裕福な方々だから時間に追われているという感覚がないのだろう。
「おや、あなたが身に着けているものはもしかして――」
わたし達の姿を認めて、ひとりのオジサンが声をかけてきた。シマテンのことを知っている人だろうか。
「――昨年の春号についていた特別付録ではありませんか? 着け心地が最高だと聞き及んでおりますが、あいにく手に入れ損なってしまいまして……」
「よく見破った。なかなかに目の高い御仁とお見受けする」
……と思ったら、ただの変態マスクマンだった。懐から優の世界で悪役レスラーが着けていたようなマスクを取り出して被ると、覆面をしていると心が穏やかになると安心したように大きく息を吐き出す。話によればナナシーちゃんが着けている黒覆面は通気性に優れ、肌触りはフワフワで柔らかい赤ちゃんもニッコリの高級素材で作られているそうな。欲しかったのだけど、売り切れ続出で入手できなかったのだと悪役レスラーはしきりに残念がっている。
――もういい、放っておこう。気にしたら負けです……
頭が頭痛で痛むのを感じながら、苦労して手に入れたのだから絶対に譲ってやらんとふんぞり返るナナシーちゃんと、ハンカチを噛みしめて悔しがる悪役レスラーから目を背ける。わたしは自分の仕事をこなさなければならない。
「ヤマモトハシ領へようこそ、たんぽぽ爵様。変わったお召し物を着けてらっしゃいますね」
おあつらえ向きなタイミングで若様登場。中央の貴族とも仲の好いところを演出する狙いがあるのだろう。自然な流れでシマテン製品を紹介できるよう、さりげなく水を向けてくれる。こんな季節にけったいな格好をしているのがお貴族様と耳にして、ファッションに興味のありそうなご婦人方が集まってきた。
「シマテンの毛皮をあしらったものです。スズキムラの周辺には結構棲息しておりまして……」
今しかないというタイミングでエイチゴヤの若旦那が話しに割り込んできた。背後では花飾りをあしらったベールで顔を隠して、すっかり花嫁さんにしか見えなくなったスズちゃんが恥ずかしそうに縮こまっている。これでよし。御用商会の跡取りなんて狙い目もいいところなのだから、しっかり売約済みであると告知しておかなければならない。
若旦那の説明に合わせて、シマテンの縞々がよく見えるようポーズをとってみせる。ファッションモデルになったみたいで楽しい。やっぱり衣服とは偉大な文明なのだと実感する。商品の紹介がひと通り済んだところで帽子とコートをクロークに預け、ナナシーちゃんにたんぽぽの花簪を挿してもらった。コートの下に着ているのはヤマタナカ嬢が選び抜いた夜会服一式。あれがお貴族様のお召し物かと集まったご婦人方の息を呑む気配が伝わってくる。
「お招きいただきましたこと感謝いたします。辺境伯」
「たんぽぽ爵がいらしますと、見慣れたはずの光景も華やいでいるように感じますな」
若様の案内でパーティーが催されている広間へと足を踏み入れ、まずは辺境伯のところへ挨拶に向かう。どこに誰のスパイが潜んでいるとも知れないので、ほどほどの距離感を保ちながら社交辞令を交わすにとどめておいた。親しすぎるのも、いがみ合っているように見えるのも今はよろしくない。
本日は楽しませていただきますと辺境伯の前を辞すれば、さっそくご婦人方が寄ってくる。話題はもちろんファッション。衣服の話題で盛り上がるなんて、修裸の国ではおよそ考えられないことだった。家出して本当によかったと溢れそうになる涙を堪えながら、あちこちのご婦人グループを渡り歩いて若旦那とシマテン製品を売り込んでいく。
「今日は雲ひとつございません。庭へ出て星空でも楽しみませんか?」
日がすっかり落ちて迎賓館を囲む森が夜のとばりに覆われたころ、とてもよく星が見えるのだとご婦人のひとりが庭に誘ってきた。お酒を口にしたせいで体が火照っている。少し夜風にあたってくるのも悪くない。促されるがまま庭に出て、星を眺めながら涼やかな風を楽しむ。
「たんぽぽ爵っ。お覚悟っ!」
酔い醒ましにお庭を少し歩こうかと足を踏み出した瞬間、木立の陰から飛び出してきた名乗りでも上げているのかと疑いたくなるような大声でせっかくの不意打ちを台無しにするマヌケな3人組に襲いかかられた。




