表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第9章 魔族モドキ現る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/92

第2話 凶兆を告げるたんぽぽ爵

 審査会では皆さん首尾よく昇段できたご様子。ワカナさんを盛大に祝った翌日、若旦那とスズちゃんがヤマモトハシへ戻るのでわたしもご一緒する。隊商に同行するよりひとりで空をいく方が早いのだけど、稽古をつけてくれる約束だとスズちゃんが許してくれなかった。休憩の度に組手をせがまれながら、快適なバネ付き荷馬車に揺られてヤマモトハシの都へ向かう。


 御用商会となったエイチゴヤはお城に近い街の中心部にで~んと立派な社屋を構えていた。解体された兵務局と癒着していた商会をタダに近い安値で買い叩いたそうで、他に物流拠点となる集積所をふたつ持っているという話。順調に大商会へとのし上がっているみたい。


「ようこそおいで下さいました。まさかエイチゴヤに貴族の方をお迎えする日が来ようとは、私は生まれて初めて感慨深いという感情を味わっています」


 エイチゴヤに到着すれば、さっそく若旦那のお父さん。すなわち、商会長さんに紹介される。わたしを前にして、スズキムラで商売をしていた時は想像すらできなかったとプルプル震える商会長さん。八大魔皇の内の1体が訪れているのだと知ったらどうなってしまうのか、ついつい試してみたくなってしまう。


「官職のない名ばかり貴族です。大袈裟すぎますよ」

「若様もたんぽぽ爵様には一目置いていると耳にしております。相談役に就任したノミゾウ殿が、とんでもない情報を持ってひょっこり現れるから油断できないと漏らしていたとか……」


 王都に出向いた使節団で筆頭補佐官を務めていたノミゾウさんは若様の相談役。すなわち、次の領主の側近に抜擢されたそうな。思慮深く慎重な性格をしているので、ご意見番にちょうどいいと重宝されているという。わたしはすっかり凶兆を告げにくる悪魔と思われているみたい。

 まぁ、魔皇ですから間違っちゃいませんけどね……


 互いに挨拶を済ませた後は商会長さんと一緒にノミゾウさんの屋敷へ向かう。たんぽぽ爵は中央の貴族だし、わたしはヒジリ王女の一派と見做されているから、勝手に領都をうろついてはスパイ行為を働いていると勘違いされてもおかしくない。パーティーの招待状を手配してもらうのと併せて、お邪魔してますよとヤマモトハシ辺境伯へ仁義を切っておくため取次ぎをお願いしたいのである。前にチクミちゃんと訪れた屋敷に再びうかがえば、家主は仕事で出かけているからと奥様が応接間に通してくださった。


「すぐに人をやって呼び戻しますから、こちらで少々お待ちください」

「いえ、時間を作っていただければまたうかがいますので……」

「たんぽぽ爵様に出直させたりしては、主人に縁を切られてしまいます」


 わたしが姿を見せたなら自分が最優先で対応するとノミゾウさんから言い含められているそうで、世間話でもしておりましょうと奥様がお茶と茶菓子を勧めてくれる。さすがにヤマタナカ嬢の中庭で出されていたお茶には劣るものの、妄粋荘でがぶ飲みしている安物とは味も香りも段違い。すっかり舌が贅沢になってしまったなぁと感じ入りながら、ダンジョン島で勇者様がミスリル装備を手に入れた一件をお話しして時間を潰す。


「蒼爵夫人や王女殿下と懇意にされているだなんて……。いえ、たんぽぽ爵様であれば当然でございますわね。あのチクミという娘もなかなかに肝が据わっておりましたけど……」


 裸賊でなく討伐軍に包囲されているという書簡を届けに来た時も、兵務局の精鋭4名をひとりで足止めしておくよう頼んだのに、気負うどころか皆殺しにしていいかなどと尋ね返してきた。わたしであれば勇者の指南役を任されるのも納得だと奥様が頷いている。


「指南役は衛士隊から派遣されていた前任者が剣術試合の稽古ばかりつけて、野戦の心得なんかがさっぱりだったからですよ。訓練教官をしていた奥様の方が適任だったかもしれません。実際、王女殿下は野戦訓練場の教官を指南役につける腹案を持っていたみたいです」


 カナメ師匠とフウリちゃんをクビにして、後釜にマコト教官を据えることをヤマタナカ嬢は計画していたのだと思う。勇者の正体こそ明かしていなかったものの指南役の件は打診済みで、前任者をどうやって排除しようかと考えていたところへわたしが割り込んでしまったというのが実情ではなかろうか。たまたまタイミングがよかっただけなのだと話していると、えらく豪華な馬車が敷地へ入ってくるのが窓から見えた。ノミゾウさんがお帰りになったみたい。


「お久しぶりです、ナロシたんぽぽ爵様。ようこそヤマモトハシへ」

「ご無沙汰しております。え~と……どうして若様がこちらへ……」


 すごい装飾の馬車だなと思っていたら、なんとヤマモトハシ辺境伯家の馬車だった。ノミゾウさんは若様との打ち合わせ中だったのだけど、わたしが屋敷を訪れたと耳にして若様がすぐに向かおうと先に席を立ったそうな。


「たんぽぽ爵様はどこから、どんな情報を仕入れてくるかわかりません。緊急事態とも限りませんから、気になって他の仕事が手につきませんよ」


 わたしの用件を放置しているというだけで作業効率が落ちるから、さっさと済ませてしまうに限るのだと笑う若様。そこまで厄介者と認識されているなんて、なんだか悲しくなる。


「あなた。たんぽぽ爵様は夏の間、ナカサキアライの避暑地で蒼爵夫人や王女殿下とご一緒していたそうですわ」

「ほほぅ。王都の社交界でどのようなことが話題にあげられているのか、実に興味深いですな」


 世間話をさせる一方で、奥様はちゃっかりわたしの動向を探っていたみたい。こいつ、やんごとなき方々と一緒にいたぞと旦那さんにチクってくれる。それはぜひ話を聞かせてほしいとノミゾウさんが好奇心に目を輝かせた。


「そうですねぇ。ヤマモトハシ領に関することなら、辺境伯が手勢に反乱勢力のフリをさせて領軍を増強させているという疑いが――うわわっ?」


 領主が裸賊と裏でつながっているという疑惑が持ち上がっているのだと口にした途端、若様とノミゾウさんが口に含んでいたお茶を盛大に噴き出した。よそ行きの服が汚れては困るので、慌てて流動防殻を展開させ飛沫を逸らす。


「本当の緊急事態ではありませんかっ」

「たんぽぽ爵っ。そのお話、今すぐご領主様の前で拝聴させていただきたいっ」


 エライこっちゃといきり立った若様とノミゾウさんが、これから辺境伯のところに参上するぞと両側からわたしの腕を取る。約束もなしに領主のところへ押しかけるなんて失礼ではないかと尋ねてみたものの、そんなことを気にしている場合ではないと馬車に押し込められた。これは世間一般に拉致と称される行為ではなかろうか。


 お城まで大至急だと指示された御者さんはイエッサーと短く答えると、ひっくり返るんじゃないかって勢いで馬車をかっ飛ばし大きな門を減速せずに突っ切った。後ろの方からなんだか大騒ぎになっているような気配を感じるけど、若様もノミゾウさんもそれどころではないみたい。ジンクスは本当だった。たんぽぽ爵が持ち込んでくる話は洒落にならないと顔色を青褪めさせている。


「若様、領主様は只今……」

「火急の用であるっ。下がれっ!」


 おっきな建物に横付けされた馬車から飛び降りて、グイグイとわたしを引っ張っていく若様。途中で領主様のお付きと思われる方に止められたものの、最優先事項だと足を緩めようともしない。ぶ厚くて重そうな扉をノックもなしに勢いよく開く。そこでは都市総監さんが着ていたような高級服に身を包んだオジサン達が、難しそうな表情でなにやら話し合っていた。


「失礼します。父上、大至急お耳に入れておきたいことが……」


 一番奥の上座に腰かけて怪訝そうな視線を向けてくるオジサンに、一刻を争うのだと若様が歩み寄っていく。どうやら、あの人がヤマモトハシ辺境伯みたい。若様からゴニョゴニョと耳打ちされた辺境伯は、「ふぁっ?」っと妙な声を上げて目を見開いた。それだけで洒落にならない変事が生じたと察したのだろう。集まっていたオジサン達は余計な差し出口を叩かず、辺境伯が口を開くのを今か今かと固唾を呑んで見守っている。


「捨て置けぬことのようだ。たんぽぽ爵を私の執務室へご案内してくれ。すぐに行く」


 では解散と告げるかのように辺境伯がサッと手をひと振りすれば、オジサン達がバタバタとテーブルの上に広げられていた資料なんかを片付け始める。察しのよい人達みたいで、まだ十分な情報を得ていない辺境伯に何事か質問するようなマヌケはひとりとしていない。辺境伯のところから戻ってきた若様が、こちらへとわたしを指定された執務室に案内してくれた。


 ――ガランとしていて無駄にだだっ広いのは防諜対策ですね。わかりますよ。


 辺境伯の執務室は広さのわりに物が少なく、壁際に資料棚が並び中心にポツンと執務机と応接セットが置かれているだけという、実に寂しげな部屋だった。もっとも、執務机から一番近い壁でも8メートルくらい離れているから、この部屋の会話を盗み聞きするのは至難の業。音を吸収するぶ厚い壁より、距離の壁の方が厄介だと辺境伯はご存じなのだろう。すぐに行くとの言葉どおり、メイドさんがお茶を出し終わるより早く辺境伯が戻ってくる。


「父上、こちらが先ほどの情報を伝えてくださったナロシたんぽぽ爵です」

「終生名誉たんぽぽ爵のナロシ・ユウです。お約束もなしに失礼いたしました」

「お噂は聞き及んでおります。幾度となく危ういところでご助力いただいたとか」


 挨拶を済ませメイドさんがお茶と茶菓子を出し終えると、許可するまで誰ひとり通さないようにと辺境伯が人払いを命じる。メイドさんが部屋を出て扉が閉められた途端、辺境伯が青褪めた顔で脂汗をダラダラと流し始めた。どうやら、気合で平静を装っていたみたい。


「たんぽぽ爵。兵に裸賊のフリをさせて戦力を隠蔽しているという嫌疑が私にかけられているというのは本当なのですか?」

「そうであってくれれば都合がいいと考える人が噂話を吹聴しているだけで、まだ嫌疑という段階には至っていないと思います。蒼爵夫人やヒジリ王女の反応も、否定するにも肯定するにも情報がないので困っているという感じでした。春の時点での話ですけれど……」


 中央の目をごまかして戦力を整えているだなんて、それはもう反乱の嫌疑をかけられているも同然ではないかと口にする辺境伯。蒼爵夫人の話から察するに、肯定派も否定派も根拠となる情報を提示できていないのだろうとわたしの感触を伝える。もっとも、蒼爵夫人やヤマタナカ嬢からの情報は夏のバカンスで王都を離れる前のもの。今現在、どのような状況かはわからないことを補足しておく。


「中央の犬どもが……他人の苦労も知らずに疑いばかり口にしおって……」

「父上、私が至急王都へ赴いて嫌疑を晴らしてきましょう」

「それはお待ちになった方がよろしいかと……」


 辺境伯が真っ白になるほど強く握った拳をブルブル震わせる。明日にでも王都に発つと若様が言い張ったので、それは下策だと止めておいた。噂話のもみ消しに若様が出向くのは過剰反応というもので、逆に揚げ足を取られかねない。なにより、適任者はちゃんと別にいる。


「こういった場面こそノミゾウさんの出番でしょう。若様から相談役を取り上げることになってしまいますけど、重要なのは相手に口実を与えないことです。そういうのお得意ですよね?」

「不肖、このノミゾウ。慎重であることだけが唯一の取り柄であります」


 いきなり若様が出張って派手に動かれては、噂が真実だから焦ってもみ消そうとしているように思われてしまう。状況によっては、むしろもみ消す必要もないと無視する方がよい場合だってあるから、最初に派遣するのは目立たずにコソコソ動けるノミゾウさんが一番。辺境伯や若様が乗り込むのはそうする必要が明らかになってからでいい。


「スズキムラの瓦版で『海底の勇者チイト』の連載が始まりました。ヒジリ王女が興味を示していましたからお土産に持っていくといいでしょう。お目通りが叶うかもしれません」

「キクエモン。ノミゾウを借りることになるが、よいな?」


 上手いことノミゾウさんを遣わすよう誘導することができた。ここで対応を誤って、王国軍の目がヤマモトハシ領に向くことになっては夜皇ちゃんが困るのだ。わたしの家出を後押ししてくれたお礼に、諜報員1007の華麗なる仕事っぷりをご覧に入れてさしあげよう。


「お話が済んだのでしたら失礼させてといきたいところですが、実はノミゾウさんの屋敷にお邪魔したのは別件でして……」


 対応方針が定まったところで本来の用件を思い出し、この際なのでパーティーにお招きくださいと辺境伯にお願いする。


「ううむ……私としては賓客として城に逗留していただきたいところだが、それではエイチゴヤの顔を潰すことになってしまうか……」

「初対面の相手を過分にもてなしては裏があることを疑う者も出てくるでしょう。たんぽぽ爵をのけ者にしなかったというくらいで充分かと思います」


 わたしをお城に招待したいけど御用商会から手柄を取り上げるようなマネは憚られると辺境伯が難しい顔になったので、裏取引を疑われないよう適度な距離感は保っておいた方がよいと入れ知恵しておく。中央の貴族を排除したりしていませんよ。たんぽぽ爵にも招待状は渡しましたとノミゾウさんが言えるくらいでちょうどいい。


「いつもどおりを装うか……うむ、承知した。招待客に含めるよう指示だけして、招待状は配下の者にエイチゴヤまで届けさせよう」


 辺境伯はさすがに飲み込みが速い。自分がわたしを特別視していると覚られないよう、リストに追加させて後は配下にお任せすると約束してくれた。これでよし。後はパーティーでシマテン製品を見せびらかせば仕事はすべて完了。またスズキムラでのグータラ生活に戻れる。


 自分の完璧なエージェントっぷりに満足してお城を後にし、馬車でノミゾウさんの屋敷まで送っていただく。招待状の手配は済んだ旨を商会長さんに伝えエイチゴヤの社屋へと戻ったところ、門の手前ですかう太くんにとあるマーカーが表示された。所用を済ませてくると商会長さんと別れ、不審人物の潜んでいる生垣へ向かう。


「こんなところでなにをやってるんです? ナナシーちゃん」

「隠れている相手に声をかけるのはエチケット違反。たんぽぽ爵はマナーがなってない」


 いったい何用かと尋ねれば、生垣からいつもの黒覆面が頭をのぞかせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ