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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第9章 魔族モドキ現る

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第1話 お貴族様は広告塔

 夏のバカンスを終えたわたしは心に深い傷を負ってスズキムラへと帰還した。暦の上ではもう秋なものの、今年は残暑が厳しい様子。真夏のような暑さに耐えかねた妄粋荘の住人たちがひっきりなしにカキ氷をねだってくる。


「ワカナ、もうしばらく海で遊んでいたかったです~」


 夜皇ちゃんの提案でドロップ品が修正されたこともあって、海底ダンジョンのエリアCは期待していた以上に稼げたみたい。懐に余裕があるのだからもっとバカンスを堪能してくればよかったと、憩いのスペースだというのにパンツにTシャツだけというだらしない恰好のワカナさんがゴロゴロ床を転げまわる。アンズさんとホムラさんもすっかり暑さにやられて、グッタリと体を床に横たえていた。


「ユウちゃ~ん。警邏隊長さんがいらしたわよ~」


 こう暑くては堪らんとカキ氷をムシャムシャしているところへ、ツチナシさんが面倒な来客を告げてきた。わたしというか、たんぽぽ爵への用事だろう。ヤレヤレと重い腰を上げて玄関へ向かってみれば、案の定どっちゃりとパーティーなんかの招待状を渡される。いくつかは都市総監さんも出席を予定しているので、お貴族様のご意向を確認しておきたいそうな。


「注文を受けていたシマテンの外套一式ができあがったので、パーティーでお披露目させてもらいたいとミイカワヤから託っている」

「それは出席しないわけにはまいりませんね。他は全部パスで……」

「総監府主催の晩餐会もあるのだが……」


 ミイカワヤさんの招待状だけ受け取って、残りは全部突っ返す。総監府主催の晩餐会なんてもちろんお断り。ミイカワヤさんのパーティーに同行すれば都市総監さんの顔は立つと思う。一緒に招かれていることを告げれば、シマテンの毛皮を獲ってきたアンズさんたちはまたパーティー料理にありつけると大はしゃぎしていた。






 パーティーの当日。お貴族様と一緒では料理に集中できないとアンズさんたちに見捨てられたわたしは、控室でミイカワヤの番頭を務めるキチョウさんにできあがったばかりの外套を着せらた。要は列席しているご婦人方に商品の宣伝をしてもらいたいのだろう。シマテンの帽子と外套に身を包み、都市総監さんのエスコートでパーティー会場にデデーンと参上すれば、あっという間に列席者の方々に取り囲まれる。もちろん、料理に手を付けている余裕なんてない。アイドルをやっていた時と何も変わってないように感じるのは気のせいだろうか。


「よくお似合いです。ナロシたんぽぽ爵様」

「若旦那じゃありませんか。スズちゃんは一緒じゃないんですか?」

「ヒラヒラした恰好が恥ずかしいと姿を隠してしまいました」


 声をかけてきた人の中にエイチゴヤの若旦那がいらっしゃった。ミイカワヤの商会長さんとしては、御用商会となったエイチゴヤを通じてシマテン製品をヤマモトハシの富裕層に広めたい考え。その商談のためにスズキムラを訪れていたみたい。スズちゃんは一緒でないのかと尋ねてみたところ、ドレス姿を見られるのが恥ずかしいと行方をくらませてしまったそうな。


 わたしの目はごまかせても、すかう太くんから逃げられると思ったら大間違いですよ……


 スズちゃんの魔力反応はすかう太くんに記憶させてある。サーチしてみたところ、わたしを裏切った3人の陰に隠れてパーティー料理に舌鼓を打っているご様子。ひとりだけ美味しい思いをするなんて許してはおけない。


「そんなところに隠れてないで、スズちゃんはこっちに来るんです」

「ひょわぁぁぁっ? どうしてスズの居場所がっ?」


 山盛りにしたローストビーフをモグモグしているスズちゃんを捕まえて引っ張り出す。薄いオレンジ色をしたドレスに身を包んだ姿はなかなか可愛らしく、肩紐のない胸元が大きく露出するデザインに長手袋という組み合わせにはウエディングドレスのような趣があった。若旦那と並べれば結婚情報誌に載せたくなるような新郎新婦ができあがると思う。


「若旦那に自分ひとりでは脱げないドレスを着けさせられたのです……」


 耳まで真っ赤に染まった顔を俯かせて、背中側でギッチリ縛り上げられているため他人の手を借りなければ脱げないのだと呟くスズちゃん。人前でマッパになるのは平気なくせにドレスを着けるのが恥ずかしいだなんて、女の子としてを通り越し文明人としていかがなものかと心配になる。


「せっかくドレスアップしたんです。若旦那にエスコートしていただくといいですよ」

「よく似合ってる。魅力的だよスズ……」

「ひゃわわわ……」


 ほれほれと若旦那の前に押し出してやれば、よくわかっている男は背の低いスズちゃんのために片膝をついて手を差し出してきた。御用商会として王都で情報収集している間に貴族相手の対応をきちんと学んできたのだろう。以前に比べて所作が洗練されている。異世界からの召喚に応じれば勉強から逃げられると期待していたどこかの勇者様に見習わせてやりたい。


「それで、たんぽぽ爵様にお願いがあるのですが……」


 意中の相手に手を取られて頭から湯気を噴き上げている少女からしか得られない栄養分を摂取していたところ、わたしにやってもらいたいことがあるのだと若旦那から声をかけられる。何事かと尋ねてみたところ、領都ヤマモトハシで催されるパーティーにシマテンセットを身に着けて出席してほしいそうな。もちろん、会場の入口で脱いでしまってかまわない。中央の貴族様がお召しになっていたという噂だけで充分だという。


「私からもお願いいたします。街の特産品が話題になるのは喜ばしいことでして……」


 どうやら、みんなして裏でつながっていたみたい。若旦那に続いて都市総監さんとミイカワヤの商会長さんがどうかひとつと頭を下げてきた。エイチゴヤとミイカワヤはシマテンの毛皮を流行らせたく、都市総監さんは裸賊のせいでついてしまった厄介者というイメージを払拭する必要があると感じているみたい。スズキムラが好意的に受け取られる話題を作りたいそうな。


「引き受けてもかまいませんけど、若旦那とスズちゃんにもつき合ってもらいますよ」

「承りました」

「うえぇぇぇ……」


 裸賊問題から目を逸らさせるための話題作りとあっては断るわけにもいかない。アゲチン派の不働主義者と違って諜報員1007は勤勉なのだ。わたしだけでは寂しいのでスズちゃんを道連れにする。こう恥ずかしがっていてはいつまで経っても小学生の交際より先に進まないから、ひとつこの裸皇が外堀を埋め立ててあげましょう。


 一緒にいる間は稽古をつけてあげるからとスズちゃんを納得させ、シマテン製品の広告塔役を引き受ける。すでに目星はつけてあったようで、近いうちにヤマモトハシ辺境伯主催の夜会が予定されているとのこと。わたしを招くことについては、先んじてノミゾウさんに話を通してあるみたい。招待状はいつでも用意できるよう手配してあると若旦那は自信たっぷりに手回しのよさを見せつけた。






 ミイカワヤさんのパーティーに顔を出した翌日はスズちゃんとカエルを獲りに行き、本日は無職ギルドの昇段審査会にきている。今回はワカナさんが縄術の3段に挑戦するということで、わたしも冷やかし……ではなく、応援のために会場へと足を運んだ。縄術は正確な動きが命。落ち着け、落ち着けと師匠のサグリさんがイレ込むワカナさんの緊張をほぐしている。


 ニート・フォーのメンバーからはマスコット担当のマロミちゃんが拳術3段の審査を受けるみたい。こっちも落ち着かない様子でフンフンとシャドーボクシングのような動きをしている。これは少し体を動かさせておいた方がよさそうだとサグリさんが判断し、練習に使っていいスペースへふたりを連れていくことにした。


「多少、息が上がるくらいがいいわぁ。その方が力も抜けるしぃ」

「なら、ボディブローがいいですね?」

「ユウちゃんのボディブローなんてもらったら息が止まっちゃいますよっ」


 一発くらわしてさくっと息を上げさせてしまおうとしたものの、バッキバキに鍛えた裸道の使い手が昏倒するほどのボディーブローなんて叩き込まれた日には二度と息を吹き返さなくなってしまうとワカナさんに全力でお断りされた。手加減するからと言っても信じてくれない。


「ワカナ達はふたりで練習してます。ユウちゃんは裸身館の人達にでも稽古つけていてください」

「嫌ですよ。あんな露出狂の相手なんて……」


 今日は裸道の昇段審査も行われている。審査や練習中はもちろん全裸なので、他の人達とは別に専用のスペースが与えられていた。裸族は裸族同士で突きあっていろとマロミちゃんを相手に組手稽古を始めるワカナさん。あんまりな言い種ではなかろうか。やることもないので隅っこに置かれたベンチに腰掛けて練習場を見渡していたところ、イカちゃんたち3人組の姿があった。昨日もスッポンとカエルの交換に快く応じてくれたので、お礼にちょっとばかり指導してあげようと席を立つ。


「イカちゃんたちも昇段審査ですか?」

「昨日は毎度どうも。トトが剣術、チクキチが槍術の2段を受ける予定です」


 イカちゃんは付き添いでトト君と軍死君が共に2段に挑戦するそうな。熱狂的過ぎるチクミファンの軍死君は、とうとうチクキチと呼ばれるようになってしまったみたい。アオキノシタで教えたことを忘れていないか確認するぞとトト君の前に立ち、収納の魔法からロープを取り出す。


 ロープの先端に結び目を作ってクルーリとゆっくり振り回せば、タネも仕掛けもないのにトト君は結び目の動きを目で追う。すかさず足を払ってあげれば、ポカンとした表情を浮かべたままあっさり地面に転がった。これはダメだ。常に相手の全身を視界に捉えておくよう口を酸っぱくして言ったはずなのに、すっかり忘れてしまっている。


「きっ、汚えっ」

「トト、今のはどう見ても囮だろう……」


 不意打ちとは卑怯なりと声を上げるトト君。簡単に引っかかる方が悪いと軍死改めチクキチ君が呆れたように呟く。当の本人はどうなのか試してみましょう。


「チクミちゃん。来てたんですか?」

「なっ? チクミさんっ?」


 チクキチ君の肩越しに誰もいない場所に向かって視線を投げながらアイドル様の名前を口にすれば、相変わらずなチクミファンは反射的に振り向いた。その隙を逃さず膝カックンで下半身を崩し羽交い締めにする。


「あんたもそのチクミって聞いただけで理性を失う癖、どうにかしなさいよ」

「なんだよ。軍死だってあっさり引っかかってるじゃんか」


 わたしの腕から必死に抜け出そうともがくチクキチ君を見下ろして、ファンをやめろとは言わないけど節度は保てとイカちゃんがため息を漏らす。偉そうな口を叩いていたくせにこのザマかとドシドシ足を踏み鳴らすトト君。他人を非難する前に、まず自分ができるようになるべきだと思う。


「アオキノシタで教えたことを実践できれば2段にはなれるはずです。昇段できないようならイカちゃんに首を刎ねてもらいますからねっ」

「ひでぇ……」


 この程度のこともこなせないようなら、遠からず欲求を溜め込んだ裸賊のおじさんに捕まってメスブタのような悲鳴を上げさせられるのがオチ。魂まで堕落してしまう前に命を絶ってあげるのが慈悲というものだ。優しさの欠片もないと訴えるトト君を無視して、時には諦めることも肝心だとイカちゃんに言い含めていたところ、練習場にスズちゃんが入ってくるのが見えた。わたしを見つけてまっすぐ向かってくる。


「またこんな未熟者の相手をしていたのですか。来るなら来ると報せてください。妄粋荘まで迎えに行ってしまったではないですか」

「今日、なにか約束してましたっけ?」


 無駄足を踏ませやがってとスズちゃんがプンスカ頬を膨らませる。そんなこと言われても、一緒に出かける予定なんてなかったはず。スズちゃんが訪ねてくるなんて思ってもいなかった。


「さっ、ユウはこっちです。もう昇段審査が始まってしまいますよ」

「えっ、わたし昇段申請なんて出してないよ?」


 すぐに審査が始まるからと、わたしの手を取って引っ張っていくスズちゃん。悪い予感というのは当たるもので、連れていかれた先はもちろん裸道の審査会場だった。裸身館の門下生と思われるマッパどもが盛大にブラブラさせながら試合を行っている。審査員はサグリさんのお兄さん、スベル先生みたい。


「昇段申請はスズがしておきました。アゲチンたちが騒いだおかげで、審査料を収めれば本人じゃなくてもできるようになったんです」

「おのれ、あいつら……」


 アゲチン派の尽力により、本人でなくとも昇段申請が受理されるようになったそうな。そんな要求をしていったい何の得があったのかさっぱり理解できない。もとよりロクデナシの集まりと思っていたものの、ここまで迷惑な連中だとは予想していなかった。


 わたしが裸道無段なんてあり得ない。審査料は支払っておいたから気にすんなと得意気に語るスズちゃん。なんだか裸力ゲージMAXな気分だ。今ならわたしにも裸旋金剛撃が放てそうな気がする。


「門下生じゃ相手にならないだろうから、ユウのお相手はアタクシが務めさせてもらうわぁ」


 今回は4段までの審査会。見事自分に勝てたら4段をくれてやろうと、全然ありがたくもない申し出を口にしながら全裸のスベル先生がわたしと対峙する。両脚を肩幅に開いて仁王立ちの姿勢をとると、はぁぁぁ……と大きく息を吐き出しながら両腕を左右に広げた。そのまま円を描くように頭の上へと振り上げていき――


「さぁ、あなたの裸道をみせてちょうだいっ」


 ――内股気味に両膝をピタリとくっつけると、両手の指をあわせてハートマークを形作った。ルーペのように顔の前に掲げられたハートの向こうからギュピーンとウインクを送ってくるスベル先生。これはっちまってもよい人に違いない。


「それでは遠慮なく……」

「ぐげはぁぁぁ――――っ!」


 全身を流動防殻で包み込みスタスタと無造作に間合いを詰める。堪らず放ってきた拳を受け流し、がら空きになったどてっ腹に裸力ゲージをすべて消費する覚悟で渾身の一撃をぶち込んだ。スベル先生が白目を剥いてぶっ倒れる。


 こうして、わたしの無職カードに裸道4段が追記された。


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