第11話 ダンジョン島の正体
ダンジョン島が震えていた。地震でも火山活動でもないのだけど、文字どおり島全体が揺さぶられている。少し派手にやり過ぎてしまったみたい。いそいそと脱いでしまった服を身に着けているわたしのところに、まなじりを吊り上げた管制官さんが駆けつけてきた。
「ちょっとっ、あたしの中で金剛力を使うってどういう了見よっ」
外見は管制官をしているアトランティス族なものの、中の人はもちろん海皇さんだ。こんな場所でそんな物騒な力を使うなんて非常識も甚だしいとご立腹である。
「すいません。痛かったですか?」
人族がダンジョン島と呼んでいるこの場所だけど、実は自然にできた地形ではない。数千キロメートルは離れているであろう深海から海皇アトランティスさんが伸ばしてきた触腕の先端部分なのだ。このダンジョンは海皇さんの体内に作られており、水たまりに溜まっているのは海水でなく体液。探索者達が魔物と勘違いしているアトランティス族は海皇さんの免疫細胞だった。当然、金剛力なんかで派手にぶっ壊せば痛覚を刺激してしまう。
「チクッと、チクッとしたわっ」
人に例えるなら指先を針で刺してしまった程度の痛みだろうに、それでも痛いものは痛いのだとプンスカ怒る海皇さん。最大の図体を誇る魔皇でありながら、メンタルは予防接種を嫌がるワンコかと呆れざるを得ない。
「それに、せっかく雇った修裸をふっ飛ばすってどういうつもりよっ? あんたの配下でしょ」
「派遣されていた修裸が挑戦権を行使したとシャチーに伝えてください。それで事情は察してくれます。すぐに交代要員を送ってくれるでしょう」
修裸達は挑戦権を最も尊重されるべき権利と考えている。横から口を挟んだり邪魔立てすることは非礼かつ不作法で、他のなによりもカッコ悪い振る舞いであるという共通認識を持っているのだ。挑戦権が行使されたと聞かされれば、シャチーはそれ以上の詮索はしないし文句も言わない。淡々と代わりの修裸を手配してくれるだろう。
「まったくもぅ、用が済んだんならさっさと出ていってちょうだい」
「はいはい、出ていきますとも……」
海皇さんに追い立てられて転送魔法陣のある部屋へ戻る。管制室の方からコントロールされているのだろう。ダンジョンパスを操作してないにもかかわらず魔法陣が勝手に発動し、わたしはダンジョンの入口へと戻された。
いただいたカニを肴に盛大に宴会をした翌日、わたしたちは温泉宿を引き払ってナカサキアライへ戻ることにした。桟橋に着いた船からは探索者達がゾロゾロ降りてきたものの、折り返す船に乗船する人はほとんどいない。貸し切り状態の船旅を楽しませていただき、港に到着したところで再びビーチ近くの宿に部屋をとる。キタカミジョウ蒼爵家の別荘にご厄介にならないのは、もちろんプリエルさんがいるから。蒼爵夫人をマルタカリバーの汚れにして指名手配されるなんて事態は避けたい。アンズさんたちをビーチに送り出して、わたしはスミエさんの回収に向かう。
「どうして、わざわざ宿をとったりしたんです?」
「わたし達はやんごとなきお方の傍に仕えるような教育を受けていませんからね。さっ、帰りますよ」
蒼爵家の別荘を訪れて暇を告げたところ、皆も連れてくればよいではないかとスミエさんが頬を膨らませた。ちょっと目を離していた隙に、すっかりヤマタナカ嬢に懐柔されてしまった模様。これは目を覚まさせてあげないといけない。
「いいですか、この国の王家は他人を利用するだけ利用してボロ雑巾のように捨てることを当たり前だと考えているんです。スミエさんだって用済みになったらポイですよ」
「たんぽぽ爵っ。そのような言い方がありますかっ」
「陛下のお考えはともかく、結果だけ見ればそうなっているからなぁ」
親切にしてくれるのは利用価値がある間だけなのだと真実を告げる。なんてことを言うのだとヤマタナカ嬢がまなじりを吊り上げたものの、裏側をすべて知られている相手に言い訳は通じないとマコト教官は天を仰いでため息を吐いた。
「わたしの前任者だったふたりは、そこにいるナナシーちゃんに始末されてます。新しい指南役を雇いたくなった途端、ブスリとやりましたよ」
「ひいっ!」
「任務に私情は挟まないというだけ。たんぽぽ爵の説明は悪意に満ちている」
用済みというのは事実だったものの、それが理由で始末したわけではない。自分はあくまで護衛対象の安全確保を優先しただけだと言い訳する血も涙もない覆面暗殺者。任務遂行のためなら同僚であっても躊躇わないと知ってスミエさんがこめかみを引きつらせる。
「スミエさんはなんでも記事にしたがるんですから。王族の裏の顔なんて知らない方が身のためです。さっさと荷物をまとめてください」
「おっ、おぉっ……お世話になりましゅたっ」
本当にヤバイ秘密を知ってしまったら口封じされるぞと告げたところ、スミエさんも自分の置かれている状況を察してくれた。命がけでスクープを世に出そうなんてジャーナリスト魂を持ち合わせているはずもなく、あっさり掌を返して帰り支度を始める。どうして連れ帰っちゃうのだとヤマタナカ嬢がハンカチを噛みしめていたけど、このドグゥバディはわたしの癒し。王家なんかに渡すわけにはいかない。
「仕方ありません。スミエ、海底の勇者チイトは……」
「作品は必ず完結させますからご安心ください」
勇者の存在をアピールするのにスミエさんのでっち上げフィクション小説が必要不可欠なのだと訴えてくるヤマタナカ嬢。間違いなく完成させるとスミエさんが請け負って、わたし達はキタカミジョウ蒼爵家の別荘を後にした。これで面倒事は全部片付いたはず。後は気の済むまでバカンスを楽しませてもらおう。
後はもう遊ぶだけと水着でビーチに繰り出したわたし達を待ち受けていたのは、ウザくてお金のない男達だった。見た目はおっとりしたピンク髪エルフのプリエルさんと、長身でスタイルのよいホムラさんが特に人気でひっきりなしに海の家へ誘われている。3番人気はドグゥバディのスミエさんで、小娘と思われているのかわたしとアンズさんをナンパしてくる者はいない。性懲りもなく行く手を遮るように立ち塞がった男が、海の家に興味はないとホムラさんに放り捨てられた。
「ガッデェェェム……ユウのゲットしてきたクラブくらいのオファーはないんですか~」
「アレは無理。海の魔物が出没する海域での漁になるから平民には回ってこない」
海皇さんがお土産に持たせてくれたディープクラブに匹敵するようなお誘いはないのかとホムラさんがギリギリ歯を鳴らす。あんな立派なカニを獲るとなれば命がけの漁になるから、残らずお貴族様に持っていかれてしまうのだとアンズさんがたしなめていた。バカンスにきている貴族も少なくないはずなのだけど、彼らにはプライベートビーチ付きの別荘があるからゴミゴミした海水浴場には来ないみたい。
「メガネの似合っていないお嬢さん。僕とイカソーメンでもご一緒にいかがですか?」
「誰かと思えば【貴公子】と【紳士】じゃないですか。似合ってないとかスミエさんに失礼ですよ」
「似合ってないのはユウちゃんだって一緒です。さらっと私のことにしないでください」
グルグル瓶底メガネのスミエさんに失礼な声をかけてきたのは裸劇団のふたり組だった。プライベートビーチではないためか、ギリギリこぼれない程度のきわどい水着を穿いている。鮮魚が自慢の食事処に心当たりがあるそうな。
「ワッツ? アンズ、イカソーメンとはなんですか?」
「イカの帽子を細切りにして生のまま食べる料理。ごくたまにアタリが入っている」
「オゥ……アタリをピックすると何があるんですか~?」
「アタればわかる」
海は初めてというホムラさんがイカソーメンなんて知っているはずもなく、なんだそれはとアンズさんに尋ねている。アタリ付きと耳にして絶対に引いてやると意気込んでいた。それはとっても危険な寄生虫のことのような気がするのだけれど、アンズさんは勘違いさせたままにするつもりみたい。お楽しみはサプライズだと食事処まで【貴公子】に案内させる。
「オーゥ、グッテイスティー」
連れて行ってもらったのは地元の漁師さんの家族が経営しているという食事処。その日に獲れた魚しか出さないそうで、不漁だった日は休業するというこだわりのお店だそうな。透き通って見えるくらい新鮮なイカソーメンを口にして、不思議な甘味があるぞとホムラさんが歓声を上げている。わたしはアジのタタキをオーダーさせていただいた。夜皇ちゃんが狙っている米どころオオタワラマチ領産の白米によく合っていて美味しい。
お刺身を口にする機会なんてそうそうないので、イサキとイワシとイカの3点盛りを追加でいただく。もちろん、裸劇団ふたりのおごりである。この国でも有数の貴族家に俳優兼ボディーガードとして雇われているだけあって、結構な収入を得ているみたい。身に着けるものにお金を使わないから余って仕方がないなどとほざいていた。
「アンズ、アタリはあったのですか~?」
「アタればすぐわかる。アタってないならハズレ」
懐かしい味に満足して食事処を出たところで、アタリはなかったのかとホムラさんがアンズさんにしつこく尋ねていた。わからないようならハズレだと、アンズさんは少し残念そうにしている。本当にアタったら大変なことになってしまうからハズレて良かったと思う。
「おふたりのおかげでゆっくり楽しめるようになりましたわね~」
「紳士とはご婦人に仕える者。ご用があるなら何なりとお声がけください」
海の家の常連どもが邪魔してこなくなったとニコニコしているのはプリエルさん。【巨漢】ほどの威圧感はないとはいえ、【貴公子】も【紳士】もひと目でガッチガチに鍛えられているとわかる身体つきをしている。スポーツマン程度の筋肉では貧弱な坊やに見えてしまうせいか、誰も声をかけようと近づいてこない。魔除けがいるおかげで、わたし達は思う存分ビーチで催されているイベントやアトラクションを楽しむことができた。
――うっ……これはまさか……
だけど、お腹に走った痛みと共にハッピータイムが終わりを告げる。タタキかお刺身のどちらかにあんちくしょうが混じっていたみたい。毒物なんかを警戒する必要がないせいで、美味しいものを口にするとついつい注意が疎かになってしまうという弱点をわたしは抱えていた。寄生虫ごときにやられるような金剛裸漢ではないものの、どうにかするためには身に着けている物をいったんすべて脱がなくてはならない。
「ううぅ……」
「ユウちゃん、どうかしましたか?」
お腹を押さえて砂浜にうずくまったわたしに気がついてワカナさんが心配そうに尋ねてくる。異変を察してアンズさんたちも集まってきた。
「どうやら、アタリを引いてしまわれたようですな。すぐに介抱してさしあげましょう」
「だから、脱がそうとするんじゃありませんっ」
「ぐごふっ! こ……これはまた一段と強烈な……」
体が締め付けられていては苦しいだろうとわたしの水着に手をかけてくる【紳士】。手加減している余裕はない。痛みをこらえながら流動防殻をまとわせたボディブローを打ち込む。
「ぐっ……危険です。離れてください……」
この場にいたら周囲の人達を巻き込んでしまう。根性で風に乗る魔法を操って体を宙に浮かべ、そのまま上昇させていく。しかしながら、すでに手遅れだった模様。どうにか10メートルほど高度を稼いだところでお腹の中からナイフを突き刺されたような痛みを感じ、抑え込もうとするわたしの意思を無視して金剛力が暴発した。胃袋にいるあんちくしょうもろとも、お気に入りだった水着が消し飛ばされていく。
「ぎゃあぁぁぁ――――っ。見るんじゃありませんっ。見るんじゃありませんよっ!」
毒物や寄生虫はおろか病原体だって金剛裸漢には脅威とならない。金剛力が丸っと消し飛ばし、肉体を元通りに修復させてくれるからだ。とはいえ、衆人環視の中で全裸を晒したという心の傷だけは金剛力をもってしても癒すことはできなかった。




