第10話 裸皇の義務
「首尾よくいったようね。殺っちまうエリアは獲物で溢れてるわ」
アンズさんたちを呼び戻してくるという名目でキタカミジョウ蒼爵家の別荘を出たわたしは、風に乗る魔法で海を渡って再びダンジョン島を訪れた。港やダンジョンの入口とは反対側にある従業員専用の裏口から管制室へお邪魔すれば、連隊がエリアDまで踏み込んできたと夜皇ちゃんがニヤニヤしている。冥皇ちゃんの浄玻璃鏡に映されているのはエリアEを目指して進む探索者達の姿。そんな欲の皮を突っ張らせたパーティーのひとつを、何も身に着けていない小柄なマッパがあっという間に壊滅させていく。
「海皇さん、修裸を雇ってたの?」
「獲物をこっそり始末していくのに便利だって冥皇が勧めてくれたの。助かってるわぁ」
浄玻璃鏡にはゴブリン出身と思われる修裸が遺体を水たまりに放り込む様子が映し出されていた。すぐにアトランティス族が這い上がってきて地面を洗い流し、残された探索者の持ち物を回収する。わずかの間に戦闘が行われた形跡はおろか、そこに探索者がいた証拠も消し去られ、映像は何事もなかったかのようなダンジョンの様子を移すだけとなった。
「鬼どもにも見習わせたい手際の良さだわ……」
目的を達成しても気を抜かず、すぐさま証拠隠滅にかかるところが素晴らしい。地獄の連中は獲物を喰い散らかして後片付けもしないのだと、冥皇ちゃんが疲れたように頬杖をついてため息を吐き出す。聞き分けの悪い配下に頭を痛めているのはわたしだけではなかったみたい。
「テイカーはほ~んと配下に恵まれてるわよねぇ。何もかもを見境なくふっ飛ばすしか能がないくせに、家出と称して遊び歩いててもシャチーがぜ~んぶ取り仕切ってくれるんだもの……」
まったく羨ましい限りだとボヤいているのはBITCHの総帥チェリーコレクターこと嬢皇さん。聞き捨てならない言葉である。
「コレクター、今回の情報拡散を成功させたのは誰ですか? ちゃんと答えてください」
「勇者にあの瓦版記者のおかげだと思うけど、ふたりを利用できるところにいたのは裸皇だけってのも事実ね。不死族としては諜報員1007に家出を続けていてもらいたいわ」
わたしの名前を言ってみろと迫ったものの、実際に働いたのはチイト君にスミエさんだろうと夜皇ちゃんが口を挟んできた。もっとも、上手に利用したってことは認めてくれるみたい。マッパの巣窟なんかに帰らせるのはもったいないと言ってくれる。冥皇ちゃんも同意見みたいで、修裸の国に戻したところで何の役にも立たないから、このまま人族社会に潜ませておこうと家出を後押ししてくれた。
「言われてみればそのとおりね。あの大陸にいさせたら、テイカーはただの置物だしぃ……」
すでに統一は果たし終え、大陸に人族の勢力圏は存在しない。修裸の国に攻め込むには海を渡る必要があるけれど、大艦隊なんて派遣しようものなら海皇さんの手下に見つかって壊滅させられるのがオチ。仕事がないとヒキコモリになられるくらいなら、好き勝手に出歩いててくれる方がマシだと嬢皇さんも納得してくれたみたい。持っていけと2枚のカードを渡される。
「BITCHの会員証ですか。フィッシャーのはわかりますけど、どうしてイーターに?」
「あの子、チチトレルに改名したって聞いたわよぉ」
「…………わたしから手渡せと?」
渡されたのはチクミちゃんとアスタレル改めチチトレルさんの会員証カードだった。嬢皇さんの向こう側で夜皇ちゃんがニヤニヤ薄笑いを浮かべている。こんなものを渡されたチチトレルさんがブチ切れて、裸賊の背後にいるのは魔族だと発覚してしまっても構わないと考えているのだろうか。
「渡すかどうかはテイカーに任せるわぁ。ところで冥皇、あなたは人族を魔族に作り替えることができたわよねぇ?」
「えっ、冥皇ちゃんそんなことできたの?」
「私にできるのは魂の変質。肉体は魂に引っ張られて自然に変わっていくだけよ」
唐突に人族を魔族に変える方法を問い質す嬢皇さん。わたしは初耳だったけど、冥皇ちゃんは魂を変質させて相手の種族を変えてしまうことができるそうな。
こんなことを尋ねるなんて、もしかして……
「じゃあ、不死族を人族にもできるの?」
「それは無理。死んだものを生き返らせることはできないわ」
配下を人族に偽装させられるかと夜皇ちゃんが尋ねてみたけれど、それはできないみたい。不死族の魂を人族に変えても、ただの死体に戻るだけだという。
「勇者の魂をひとつ用意する程度には労力もかかるから、あまりやりたくはないわね」
異世界から契約に応じた魂を呼び寄せるのと同じくらい大変なのだと語る冥皇ちゃん。聖櫃で召喚される勇者を用意しているのは、誰あろう彼女である。チイト君も召喚に応じる過程で女神を名乗る金髪幼女に出会っていると思うけど、その正体はかつらを被った冥皇ちゃんに他ならない。契約に応じたお調子者達の魂は地獄に保管されていて、聖櫃が起動されるとそのひとつが抽選されて肉体が与えられ、納められた財宝と入れ替わる仕組みとなっていた。
「とりあえず今は可能ってことだけわかればそれでいいわぁ」
手段があるということだけわかれば充分だと口にしながら、嬢皇さんがわたしに目配せしてきた。ツチナシさんを魔族にする方法をリンノスケから尋ねられていたのだろう。このことを伝えるかどうかの判断もわたしに任せるつもりみたい。
冥皇ちゃんの首を縦に振らせることなんて、あのヘタレにできっこないだろうに……
「さて、用も済んだことだしお暇させていただくわぁ」
「カニ、持ってく?」
「お土産までいただいちゃって悪いわねぇ。冥皇、送っていただけないかしらぁ」
送ってくれと嬢皇さんに頼まれた冥皇ちゃんがパッチンと指を鳴らすと、何もない空間に新たな浄玻璃鏡が現れた。映っているのはお座敷に大きな天蓋付きの寝台と衝立が置かれた部屋。ヨッコイショとディープクラブの脚を抱えた嬢皇さんが浄玻璃鏡をくぐると、管制室から消えて映像の中に映るようになった。冥皇ちゃんの能力はのぞき見だけでなく、映されている場所へ移動することもできたりする。
続いて夜皇ちゃんと冥皇ちゃんが浄玻璃鏡を抜けてそれぞれの居城に戻っていく。もちろん、ふたりともたっぷりのカニ脚をいただいていった。
「こいつら沈没船の中に数えるのがバカらしくなるほどいるんだけど、地上にはいないの?」
「洞窟の床から天井までビッシリとへばりついてる妖獣なら修裸の国にいますけど、食べても美味しくないです」
地上では高級食材のカニも、海皇さんにとってはいくらでも湧いてくる虫でしかない。沈没船のお宝を回収しにいくと、決まってカニの巣窟になっているそうな。羨ましくて涎がこぼれそうになる。どっちゃりとカニ脚の詰まった袋を担いでダンジョンの主へ暇を告げ、転送魔法陣でエリアDの入口へと移動。ちょうどアンズさんたちがエリアCの試練の間に挑んでいるところなのを管制室から確認できたので、抜けてくるのを待ち構えておく。
「どうしてユウがここで待ち伏せしている?」
「それはもちろん、ミスリルや黄金に引かれてエリアDを探索しないよう止めるためです」
「あらあら~、すっかり見抜かれていたわね~」
しばらく待っていると、転送魔法陣が輝いてアンズさんたち4人が姿を現す。わたしがここにいるのを見つけて目を丸くしていた。エリアDでミスリル探しをさせないためだと告げたところ、お前ら読まれてるぞとプリエルさんがクスクス笑う。
「帰ってくる途中で親切な方からカニをいただきました。戻って食べましょう」
「オーゥ、これはまたグゥレイトなクラブで~す」
「なんですか、この大きさと量はっ?」
宿に戻って食事にしようと皆をダンジョンの入口へ戻るよう説得する。今、このエリアをマッパがウロついているのだ。出くわしたが最後、皆殺しの目に遭うことは避けられない。袋に詰まっているカニ脚を見てなんだこれはと驚いているホムラさんとワカナさんには、海に沈んだ伝説の埋蔵金を探している方に出会ったと説明しておく。
「できれば、どんな魔物がいるのかだけでも確かめておきたい」
「ついさっき、連隊のパーティーがひとつ壊滅しましたよ。戦闘音や悲鳴が届いてくることもなく、瞬く間に魔力反応が消失していきました。覚悟があるなら止めませんけど……」
「無性にカニが食べたくなった。もう我慢できない」
情報収集くらいはしておきたいと言い張るアンズさんには、下手を打ったら熟練者のパーティーですらあっさり壊滅させられるのだと伝えておく。探索するなら覚悟して行くよう告げれば、もう辛抱堪らんとカニ脚の詰まった袋を持って転送魔法陣へ向かった。異論はないようでホムラさんとワカナさんも後に続き、最後にマルタカリバーを担いだプリエルさんが姿を消す。入口へ戻ろうとダンジョンパスを操作しようとしたとき、すかう太くんに味方を示すマーカーが表示された。味方と識別される相手とは……すなわち、修裸である。
「コノヨウナ場所デオ目通リガ叶イマストハ思イマセナンダ……」
部屋の出口に先ほど浄玻璃鏡に映っていたゴブリン出身の修裸が姿を現す。もちろん、小柄な体には何ひとつ身に着けていない。
「人族に正体を知られたくありません。用件は手短にお願いします」
「デハ、ゼンラ様……挑戦権ヲ行使イタシマス」
「ここでですか? あと、わたしはゼンナです」
挑戦権とはすべての修裸に一度だけ行使することが許されている金剛裸漢に挑む権利のこと。早い話がわたしに殺される権利である。そして、裸皇を名乗った際にわたしは拒否権を放棄すると宣言していた。この権利を行使する修裸は、残念なことに決して珍しくない。
「トウニ肉体ノ成長ハ限界ヲ迎エ、コノヨウナ仕事ヲ請ケ負ッテ衰エルノヲ防イデオリマシタ。デスガ、ソレモモウ……」
すかう太くんでサーチしたところ、この修羅は魔族種子などを用いておらず肉体はゴブリンのままであることが判明した。そうなれば当然、生き物としての寿命もゴブリンのままである。全力を振り絞ることが可能なうちに金剛裸漢へ挑みたい。そう考える修裸も少なくはなく、わたしはこれまで幾人もの配下を金剛力で消し飛ばしてきた。
「転送魔法陣を壊してはダンジョンの運営に支障をきたします。場所を移しましょう」
「我ガ願イヲ聞キ届ケテイタダイタコト、感謝イタシマス」
こんなところで金剛力を発動させたら転送魔法陣を使えなくしてしまう。邪魔の入らないところに移動すると告げたところ、修裸は感謝を口にしておとなしくついてきた。重い気分のまますかう太くんで周囲をサーチ。近くにあった探索者のいないちょっとした広場を使わせていただくことにして、消し飛ばしてしまわないよう身に着けているものをすべて脱ぐ。
「序列と名を聞かせてください」
「三桁ノ修羅、ゴブジョージト申シマス」
三桁は一番数の多い標準的な修裸。ひと桁とふた桁を合わせた99体はきっちり序列が決まっていてランカーと呼ばれる。それ以外は大雑把に三桁と四桁に区分されていて、三桁がベテランで四桁はルーキーといったところ。実際に999位まで三桁がいるわけではなく、最後に確認した時には500体ちょっとという話だった。
もっとも、魔族化せずゴブリンのまま三桁にまで到達するのはとんでもなく困難な道だったろう。日々、修行に明け暮れ自らを鍛えぬいてきたに違いない。そうまでして得た力が自分の中から零れ落ちていくのを感じつつ晩年を過ごせと命じるなんて、いかに魔皇といえどできるはずもなかった。修裸が命を捨てて放つ最後の輝きを受け止めるのは裸皇の義務。どんなに気が乗らなくても逃げることは許されない。
「いいでしょう。届かせてみせなさい。あなたの全身全霊を込めた一撃を……」
「ヌゥオォォォ――――ッ!」
金剛力をまとえば足元の地面が、肌に触れる空気が消し飛ばされて、わたしを束縛するものはいっさいなくなった。重力すら届かなくなり髪がフワリと周囲に広がる。準備が整ったことを察して、ゴブジョージが雄叫びを上げながら自らの右腕に裸力を収束させていく。防御を捨てて、すべてを攻撃に注ぎ込むつもりなのだろう。
「コレガ我ノォォォ――――ッ!」
スズちゃんの裸旋金剛撃をはるかに凌ぐ裸力の奔流をまとわせてゴブジョージが突っ込んでくる。まともにくらえばふた桁の修裸だって命を落としかねない。まぎれもなく渾身の力を振り絞った一撃。だからこそ、わたしはその想いに応えなければ、示さなければならないのだ。
これが、あなたの目指した絶対の力だと……
金剛力を一気に拡げてゴブジョージを呑み込む。わたしを貫かんとしていた裸力が、ゴブリンの小柄な体が、ひとりの修裸が生涯をかけて積み上げてきたもののすべてが無へと還っていく。なにを為したことにも、なにを証明することにもならないとわかっているだろうに、どうして修裸はこのような結末を望むのだろう。
金剛力を収めた時、そこにはもう骨のひと欠片すら残っていなかった。




