第8話 試練の間での戦い
「さすがにエリアDまでくると手ごたえが違ってくるな。ヒジリ、水たまりには近づくなよ」
エリアCを突破した翌日、勇者様ご一行はここから殺っちまうエリアとなるエリアDに足を踏み入れた。水たまりは人族が胸まで浸かるくらいの深さになり、長い触腕や鋭い牙を持ったアトランティス族が落っこちてくる獲物を今か今かと待ち構えている。地面のあるところに這い上がってくる相手にばかり集中していると、突然水たまりから跳ね上がって不意打ちを仕掛けてくるので油断できない。ヤマタナカ嬢を狙って跳びかかってきたウツボ型アトランティス族を盾で殴りつけたマコト教官が、水中に引き摺り込まれたらひとりでは上がってこれないぞと注意を促す。
「スミエさんは何があってもわたしから離れないでください」
これでは迂闊にメモも取れないと悲鳴を上げているスミエさんに、自分の近くにいる間は安心して大丈夫だと伝えておく。もちろん皆さんには秘密だけど、ダンジョンパスが運営スタッフの識別信号を発しているのでわたしは標的から外されているのだ。すぐ隣にいれば、スミエさんなんて目に入らないかのようにアトランティス族はチイト君達の下へまっすぐ向かう。
「ユウちゃんのところには全然魔物がきませんね~」
「鬼だから仲間だと思われてるんじゃないか?」
「たんぽぽ爵は師範すら子供扱いされる裸道の使い手。魔物にも手を出してはいけない相手だとわかるのでしょう」
本当に魔物が避けているようだとドグウバディを抱きつかせてくるスミエさん。チイト君がなんだか失礼な理由で正解を言い当てたものの、上手いこと【巨漢】がフォローを入れてくれた。そりゃぁ魔物だって命は惜しいだろうとマコト教官が頷いているけど、それは間違っている。目の前に現れるアトランティス族はそもそも個々の生命体ではないので命を惜しんだりしない。
ノソノソと向かってくるアトランティス族を倒している内に、自然と試練の間までたどり着く。もちろん、こちらを誘導するように海皇さんがアトランティス族を小出しにしてくれたからに決まっている。ダンジョンパスが常に位置情報を発信しているので、探索者の動きは管制室に筒抜けなのだ。わたしとスミエさんは戦闘に参加しないので、残りの6人で突破するよう申し渡す。
「僕とハシモリ教官が前衛、ヒジリと魔法使いさんが後衛。ナナシーと【巨漢】さんは後衛のふたりに向かってくる魔物がいたら撃退してくれ。魔法使いさんは強そうな相手から潰してほしいんだけど、すばしこくて狙うのが難しそうなら後回しでいい。そいつは雷で痺れさせる」
「コピー、オーライ」
控えの間でなんともオーソドックスかつ面白みに欠ける布陣を指示するチイト君。アオキノシタのダンジョンで出会った鬼回避ガーゴイルみたいなのを警戒しているのか、魔法を空撃ちして消耗しないようホムラさんを気遣っている。
「先頭で足を踏み入れたチイト君が、何も言わず内側から扉を閉めてしまうくらいのサプライズはあってもいいんですよ」
「それ、絶対生きて帰れないフラグだよね……」
ひとつカッコイイところを見せてはいかがかと勧めてみたものの、それをやった者は例外なく助からない定め。いくら勇者と言えど、お約束の束縛からは逃げられないのだとチイト君は嫌がった。頭が回るようになった分、小心者になってきたみたい。
作戦会議を終えて試練の間に足を踏み入れてみれば、そこは入口から手前半分が陸地で、奥側半分が池となっている広間だった。ところどころに天井と地面をつなぐ鍾乳石のような柱が立っている。出口の扉が見当たらないぞとチイト君がキョロキョロしていたので、主を倒すと出現する仕掛けだろうと伝えておく。
「ちょうどよさそうなでっぱりがありますから、わたしとスミエさんはそこで観戦させてもらいます」
鍾乳石の柱の途中に足場になりそうな場所を発見したので、抱えたスミエさんごと風に乗る魔法を使って飛び上がる。ここの様子は管制室にモニターされているはずだから、勇者様が財宝を手に入れたとラッパを吹き鳴らす役がこのドグゥ星人だってことはこれで伝わったはず。こうしておけば間違って襲われる心配はない。
「きたぞっ。魔法使いさん、あのデカいカニに一発お見舞いしてくれっ」
「イーエッサー」
控えの間とつながる扉が閉じられた途端、池の底からゴボゴボと泡が湧き上がって、【巨漢】より体高がありそうなタラバガニ型アトランティス族が水面に浮かび上がってきた。チイト君たちのいる陸地に這い上がろうとしてきたところを、ホムラさんの放った炎の槍に貫かれる。
「こいつ、再生すんのかっ? ハシモリ教官は足止めをっ。倒し方がわかるまで魔法使いさんは魔力の消耗を抑えていてくれっ」
胴体に穴をあけられてボチャリと池に落っこちたものの、タラバはまだ動いている。甲羅の損傷が徐々に塞がっていくのを確認して、魔法でぶっ飛ばすだけじゃダメだとチイト君が声を上げた。油断せず仕留め切れたか観察するようになっているあたり、これはもう指南役の指導が良かったのだと自画自賛せざるを得ない。
「チイトッ。端から小さいのが回り込もうとしていますっ」
「ナナシー、【巨漢】さんっ。横からくる奴の撃退を頼むっ」
チイト君たちの正面から陸に這い上がろうとする巨大タラバを囮にして、左右の端からナナシーちゃんサイズの半魚人型アトランティス族がこっそり上陸したのをヤマタナカ嬢が目敏く見つけた。注意喚起されたチイト君が、後衛を狙ってくるようなら迎撃するようナナシーちゃんと【巨漢】に指示を出す。本人はタラバの弱点を探ることにしたご様子。クモ型精霊獣の電撃を浴びせるものの、相手が大きいのと脚でガードされることもあって全身を痺れさせるには至らないみたい。魔剣を叩きつけても硬い甲羅に弾き返されてしまう。
「ユウちゃん、加勢しなくて大丈夫なんですか?」
「平気です。仮にチイト君たちが全滅してもわたしひとりでどうとでもなります」
スミエさんが心配して声をかけてきたけど、すでにタネは割れている。あとはチイト君が気づくかどうかなので、いよいよとなったらこっそり八つ裂き氷輪を飛ばせばことは済む。
「逃げるかっ? 待てっ」
変態の相手をするのが嫌になったのか、右側から回り込んで【巨漢】とやり合っていた半魚人が後退。鍾乳石の柱を盾にするように反対側へと身を隠す。それを追っていった【巨漢】がちょうど死角に入るタイミングで、別の柱の陰に潜んでいたシオマネキ型アトランティス族が飛び出してきた。大きい方の鋏脚を振り上げて、無防備となったホムラさんに襲いかかる。
「ヨネは大ガニの動きに集中していてくださいっ」
「コールサインはホムラだとデクレアーしたはずで~す」
だけど、隣にいたヤマタナカ嬢がホムラさんを守るように立ち塞がった。予備役とはいえ王国軍所属の武官ということで、一応は戦闘訓練も受けている模様。手にしていた杖をゴルフクラブのように振り回して鋏脚を弾き飛ばす。罠にかかったのだと気づいた【巨漢】が大慌てで引き返してきてシオマネキを捕まえ、力任せに近くの柱へ叩きつけた。
「【巨漢】っ、地の利は相手にあるっ。深追いはするなっ。チイトッ、こいつら統率が取れてる。部隊を相手にしていると思えっ」
巨大タラバの攻撃を両腕に装備した盾で受け止めながら、マコト教官はしっかり後方の様子も把握していたみたい。集団戦に不慣れなマッパとチイト君に注意を促す。もうここから動かんぞと【巨漢】がホムラさんに寄り添い、その隙に半魚人が傷ついたシオマネキを回収していく。
「看護兵がいるのですかっ? あっ……チイトッ、あれを見てくださいっ」
「池かっ、池で回復してんのかっ」
半魚人がシオマネキを池に投げ込むと、千切れてしまった鋏脚が生え変わってくる。ヤマタナカ嬢から指摘されて、チイト君はカラクリのひとつに気がついたみたい。みんな海水だと思っているけど、池の水はアトランティス族の体液と成分がほぼ同じ。アトランティス族はあの水から産まれてくるのだから、傷を癒すくらいお茶の子さいさいなのだ。
「水から完全に上がったところを叩こうっ」
タラバを陸地に引き摺り込もうとマコト教官を後退させるチイト君。実は悪手なのだけど、今は黙ってやりたいようにやらせておく。簡単には水中へ逃げられない位置までおびき寄せたところで巨大タラバをホムラさんの炎の槍が貫いた。どてっぱらに大穴を開けられたタラバがひっくり返って動かなくなる。
「やったかっ?」
「ユウさんっ。どうしてわざわざフラグを立てるんだっ」
観戦席からお約束の台詞をお届けしたところ、余計なことすんなとチイト君はまなじりを吊り上げた。そうは言っても、すでに新手が動き始めている。アレを見ろと新たな巨大タラバ2体が池から這い上がってこようとしているのを指差したところ、わたしのせいで敵が増えたとチイト君は言い張った。酷い言い掛かりだと思う。
「1体ずつ、同じように仕留めようっ」
同じことをくり返していけば、いずれ敵はいなくなると甘っちょろいことを口にするチイト君。マコト教官の忠告を忘れてしまったのだろうか?
新たに現れたタラバBがマコト教官に襲いかかる。チイト君はタラバCを受け持つつもりのようで、クモ型精霊獣の隣で魔剣を構えた。
いけませんねぇ。敵は部隊だって言われたでしょうに……
「ちょっ? 待っ、おいっ!」
タラバCはチイト君の予想を裏切って、敵に襲いかからずひっくり返ったタラバAを鋏脚でつかむとズリズリ引きずって後退を始めた。追いかけようとしたチイト君の前にマコト教官の相手をしていたタラバBが立ち塞がる。そんなのアリかと苦情を申し立てている勇者様の前で池に放り込まれるタラバA。天を向いていた脚が再びピクピク動き出す。
「きっ、きったねぇぇぇ――――っ。ユウさんの考えたクソゲーかよっ!」
「なに甘えたこと言ってるんですか。これが戦争ですよ」
なんだかとっても失礼な咆哮を上げるチイト君。自分だって治癒術師のヤマタナカ嬢を連れているのに、どうして敵も同じことをしてくると考えられないのか不思議でならない。
「認めるのは癪だがたんぽぽ爵の言うとおりだっ。どうするっ? このままでは消耗戦だぞっ」
ナナシーちゃんと【巨漢】の方もシオマネキ型とザリガニ型のアトランティス族が戦闘を受け持ち、片方がやられると半魚人型が回収して池で回復させるという無限ループに陥っている。互いに戦力をすり潰し合えば、先に体力と武器の尽きた方が負けるは必定。自分の盾とナナシーちゃんの武器が耐えられなくなる前に戦況をひっくり返す策を考えろとマコト教官から声をかけられ、どうすりゃいいのだとチイト君は頭を抱えてしまった。
相手の補給線を断てないなら、次に狙うところがあるでしょうに……
「ほ~らほら、早く陣形を組み替えないと手遅れになりますよ」
「ちっきしょ――――っ。安全な場所にいる奴が上から目線でっ…………うえ……上かっ」
決断を先延ばしにするほど状況は悪化していくぞと教えてあげたところ、何もしてない奴が偉そうな口を叩くなとチイト君が叫び返してきた。だけど、どうやらカラクリに気づいたみたい。なにかを探すように天井付近を凝視していたチイト君の視線が一点で止まる。そこにいるのは天井に張り付いているタコ型のアトランティス族。仲間に指示を出している試練の間の主だ。
「魔法使いさんっ。1体でいい、大ガニを戦闘不能にしてくれっ」
「レッツ、デストローイッ」
ホムラさんがズバゴンと炎の槍でタラバBを撃ち抜く。すぐにタラバCが動かなくなった仲間を運び始め、邪魔はさせじとタラバAが立ち塞がった。
「ハシモリ教官っ。少しの間、ひとりで耐えてくれっ」
「策があるんだなっ。任せろっ」
マコト教官にタラバAの相手を任せたチイト君がクモ型精霊獣を消して、代わりに炎をまとった鳥型精霊獣を呼び出した。天井にいるタコ型アトランティス族にまっすぐ向かわせる。自分が狙われていることを知ったタコさんは穴ぼこに身を隠そうとしたものの時すでに遅く、精霊獣の突進をくらい丸焼きにされてしまう。
「なるほど、たんぽぽ爵と同じことをしている奴がいたか……」
戦場を俯瞰して指示を出している指揮官がいやがったかと吐き捨てるマコト教官。どうしてわたしが同類にされるのかまったく理解できない。タコ指揮官を失ったアトランティス族は統率を失い、バラバラに襲いかかってくるだけになった。ナナシーちゃんと【巨漢】が小物をあっさりと片付けて、巨大タラバもホムラさんの魔法の前に沈黙する。
「まあまあでしたね。最初に【巨漢】が引っかけられた時に気づいてもよさそうなものですけど……」
「ユウさん、知ってたの?」
「そりゃ、あの足場に飛び乗った時に目が合いましたから」
スミエさんを抱えて床に降りギリギリ及第点と感想を述べたところ、気づいていて黙っていたのかとチイト君はまなじりを吊り上げた。成長を確認するための試験なのだから、そんなの当たり前。わたしはなにも悪くない。
「あんな完璧なタイミングで出てくるなんて、両者の位置関係を把握できる者が合図したに決まってるじゃないですか」
「言われてみれば確かにそうなのだが……。それを戦闘中に察するのは……」
「マコト教官、チイト君を甘やかさないでください」
勇者様に魔王を倒せるくらい強くなってもらわなければ困るのは人族……と魔族。優しさは本人のためにならないとはっきり告げておく。負け犬に言い訳する権利なんてありはしないのだ。
「見てください。水が引いていきますよ」
相手は部隊だと言われたはず。ならば、指揮官を潰すことは常に頭の中にあって然るべきだとチイト君を叱りつけていたところ、水位が下がっているとスミエさんが池を指差した。徐々に水が減っていき、左右の壁沿いに下へと降りる階段が姿を現す。池の深さは3メートルくらいだったみたい。すっかり水が抜けるのを待って階段を下りる。水中に隠されていた扉の前には、ピカピカのミスリル鎧とおっきな宝箱が置かれていた。




