第8話 隊商の護衛依頼
「ハッ! ハッ!」
石畳の中庭に並んだ全裸の男たちが大きく足を開き、どっしりと腰を落とした姿勢でかけ声に合わせて正拳突きを繰り出している。なんて嫌な光景だろう……
「ハッ! ハッ!」
左右の拳を交互に突き出すたびにネッチョリとした汗が飛び散り、大地を掴む両足の間では大切なモノがブラブラと揺れていた。はっきりって見るに堪えない。
「ここが裸道本流を名乗る裸身館道場で門下生は100人を超えます」
裸道の道場とはどんなところなのかとウッカリ口を滑らせたばっかりに、わたしはスズちゃんにこの街にある道場を案内されることになった。
「や・ら・な・い……って、スズさんでしたか。本日はどういったご用向きで?」
新規入門者の受付らしいベンチに座って足を組んだ全裸の男が声をかけてきた。ここの道場主はスズちゃんと一緒に師匠の下で修業していた兄弟子にあたる人らしい。師匠の直弟子のひとりであるスズちゃんは顔パスだという。
「ユウが道場を見たいって言うから案内してきたの。棒様いる?」
「これはようこそ裸身館へ。師範なら奥におられますよ」
ここの道場主はソマツナ・ゴボウという名で、それをもじって御棒様とか棒様とか呼ばれているとスズちゃんが解説してくれる。
道場の奥に上がらせてもらうと、そこではむくつけき男たちが「フンハッ!」、「オォウッ!」、「アッー!」などと奇声を発しながら全裸で激しくぶつかり合っていた。修裸の国かと見まがうような光景に吐き気を覚え、金剛力ですべて消し去ってやりたくなる。
「やあスズ。いらっしゃい」
鍛えぬいた肉体に髪を剃り上げた美青年がブラブラさせながら声をかけてきた。女性のような顎の細い輪郭に濡れたような瞳と長いまつ毛。この背景に薔薇を咲かせるのが似合いそうな女顔の美形が、スズちゃんの兄弟子で道場主の御棒様らしい。
「それ、叩き壊していいですか? 木っ端微塵にしてかまいませんよね?」
「待ってくださいお客人。どうしていきなりご本尊様を壊そうとするのです?」
道場の上座に檀のようなものが設けてあり、そこにとんでもないものが飾られているのを見つけてしまった。見る人を威嚇しているかのようなポーズを取った等身大の金剛裸漢像。すなわち、素っ裸のわたしの木像である。
着色されてないしメガネもかけていないけど、わたしがモデルにされたことは明らかで肖像権の侵害も甚だしい。
「これはこの世界に裸道を伝えてくださったという金剛裸漢様の像。師匠がこの街を離れる際に残してくださった裸道本流の証なのです」
大切なご本尊様なのだと、御棒様が金剛裸漢の由縁を説明してくれる。どうしてわたしに心当たりのないエピソードが半分以上を占めているのか小一時間問い詰めたい。
顔が映るくらいピッカピカに磨かれていて、大切にされていることはわかるんだけど、全裸の男たちがわたしの裸像を毎晩磨いているところを想像して泣きたくなった。
「裸賊となった道場のことですか?」
せっかくなので、山賊化してしまった道場のことを知っていないか尋ねてみる。
「おそらくは、門下生達が暴動を起こした結果ではないかと……」
「暴動?」
なんでも、裸道の道場を開くのに街の役人からいくつか条件を付けられた。その中に道場の外では服を着ることと、男性と女性の門下生は道場を分けることという条件があったらしい。実に常識的な対応だと思う。
ところが、それを不満に思った弟子のひとりが街から離れた山中に道場を開いた。
最初の内は本格派を名乗っていたのだけど、あまりの立地条件の悪さに門下生は集まらず、とうとう血迷ったらしい道場主は――
『瑞々しい肢体を躍らせる女性とイチャラブ裸道』
『裸道で逞しくなれば恋人だって思いどおり』
『ヤレばヤルほど強くなる。夜の格闘技裸道』
『道場には出逢いがある。時代は裸道婚』
――といったキャッチフレーズを垂れ流し、モテない、サエない、仕事もない騙されやすい男達を集めたという。
「そんなの本気にする人がいるんですか?」
「スズキムラだけでなく、周辺の街からも人を集めましてね。ざっと、200人以上の男たちが山に登っていきましたよ……」
きっと騙されたことに気付いた門下生達が激発し、帰ったところで仕事もないのでそのまま裸賊になって居着いてしまったのだろうと御棒様はため息を吐いた。
「裸刹女と呼ばれる人にお心当たりはありませんか?」
無職ギルドに引き渡した裸賊はあっさりと情報を吐き、わたし達はひとり小金貨2枚という礼金を手にしていた。詳しい内容はわたし達も教えてもらえなかったのだけど、裸刹女という人物に関する情報はないかと礼金を受け取る時に無職ギルドの職員さんに尋ねられたのだ。
どうもその裸刹女というのが裸賊の首領。というか正体不明の黒幕であるらしい。
「道場を開いた弟子は男でしたし、もしかしたら人物ではなく金剛裸漢様を指しているのでは?」
御棒様は首領ではなくご本尊ではないかという意見だ。スズちゃんも同意見で、女弟子の居所は全員掴んでいるから直弟子のひとりでないことは確かだという。裸刹女に関する情報が手に入れば追加の礼金がもらえたのに、ちょっと残念。
「スズを取り押さえたそうですね。ひとつお相手願えませんか? もちろん全裸で」
「お断りします」
ブラブラさせたまま流し目なんてくれて手を差し出してきた御棒様の誘いをきっぱりと断り、見学させてくれたお礼を告げて裸身館道場を後にする。
露出狂を量産するだけの破廉恥な道場なんて吹き飛ばしてしまいたかったけど、たとえ裸道モドキであれ門下生達は本気で修行に取り組んでいた。あれでは、わたしが気に入らないからと吹き飛ばしてしまうわけにもいかない。
スズちゃんによると今行ったのが裸身館の本道場で、他に女性用の女人道場を持っている。裸身館以外の道場は健康法であるとか、裸体美を追求するとか、本来の裸道とは異なるところを志向しているらしい。
「強さでは棒様に勝てないので、それも仕方ありません」
裸道は強さこそすべてというスズちゃんは、かつての兄弟弟子たちが理屈っぽくなってしまったと寂しそうに呟いていた。
泥を吐かせたコイやナマズたちをフタヨちゃんに料理してもらい、再び裸族の宴が開かれた日の翌日、わたしはアンズさん達に誘われて無職ギルドに来ていた。
「わたし達はこの依頼に参加する。ユウもどう?」
アンズさんが指し示したのはこの辺りを治める領主の本拠地、領都ヤマモトハシまで行く大規模な隊商の護衛依頼。自前の護衛部隊を持っている商会もあるけど、お金がかかるので人数はそう多くない。最近は裸賊が勢力を伸ばしているので、数を揃えるために無職を募集しているという。
「また裏切りに遭ったりしない?」
軍を裏切って裸賊に合流するくらいなのだから、無職なんて信用して大丈夫なのかと心配になる。
「そういう連中はすでに裸賊に身を落とした。いちおう面接もある」
名の通ったパーティーが中心になって護衛団を組織するらしく、採用面接を受けることになるらしい。
「不採用……」
面接を受けに行ったところ、アンズさん達は知った顔であるらしく問題なく採用されたのだけど、サマードレスにサンダル履きの新人なんて連れて行けるかと、わたしだけ門前払いにされてしまった。
「コスチュームでジャッジするなんて見る目ナッシングね」
「ワカナがお土産を買ってきますから気を落とさないでください」
ひとりでお留守番になってしまったわたしをホムラさんとワカナさんが慰めてくれる。面接会場にはトト君たち3人組も来ていて、彼らは無事採用されたみたいだった。面接をした人はサンダルに恨みでもあるのだろうか。
「ユウいますか~」
ガッツリとやる気を失い、妄粋荘の憩いのスペースでゴロゴロしていたわたしのところにスズちゃんが尋ねてきた。
「スズと若旦那はヤマモトハシまで出かけるので、しばらくスズキムラから離れます」
護衛を募集していた隊商はいくつかの商会が束になった連合隊商で、エイチゴヤ商会の主力隊商も参加するらしい。若旦那の隊商はそれとは別なのだけど、せっかく護衛が集まるのだからと便乗して一緒にくっついて行くという。
「不採用ですか。それは好都合です。ユウならきっと若旦那が雇います」
隊商の護衛を請け負おうとして不採用になったことを告げたら、ひとりだけあぶれてしまったのなら好都合だとスズちゃんがわたしをエイチゴヤ商会に連れて行く。荷馬車3台の隊商にアンズさん達まで雇う余裕はないけれど、新人ひとり分の負担で済むならと若旦那はあっさり納得してくれた。
ヤマモトハシへの出発の日、エイチゴヤ商会の仕事なのだからとエイチゴヤのお仕着せを着て若旦那の荷馬車に乗り込む。ヤマモトハシはスズキムラから見て南東の方角に位置するのだけど、山をぐるっと迂回するので、まっすぐ東にずうっと進んでから南に向かうルートを通る。
隊商の足では片道10日ほどかかるみたい。
護衛のつく大規模隊商が先を行き、便乗組である若旦那の隊商はその後ろをコソコソついて行く予定だったのだけど、わたし達は護衛に護られて大規模隊商の先頭近くにいた。若旦那をそんな場所に置いておけるかと、エイチゴヤの主力隊商の隊長さんが許してくれなかったからだ。
「どうして不採用だったユウちゃんだけバネ付き荷馬車に……」
「ユウはノゥマナーでダーティーです」
ワカナさんとホムラさんは怒っていた。夏の日差しが照り付ける中、護衛の依頼を請けて採用されたアンズさん達は徒歩で、若旦那に雇われたわたしだけ荷馬車に乗っているのが許せないらしい。
若旦那の持っている3台の荷馬車の内、1台は隊商の食料や飼い葉なんかを積むバネのない荷馬車。残りの2台には高価な美術品や工芸品、スズちゃんの作るポーションと呼ばれる液状の薬を運搬するために、乗り心地のいいバネ付き高級荷馬車が採用されていた。
もう、ちょ~楽チン。
「ユウだけ荷馬車なのはまだ許せる。だけど――」
今は馬達を休める休憩のお時間。近くにいたアンズさん達がやってきて、わたしを恨めしそうに睨んでいる。
「――そのカキゴオリという食べ物は許し難い」
魔法で作り出した氷を八つ裂き氷輪で削り、レモンのシロップをかけたカキ氷をわたしとスズちゃん、そして若旦那だけが楽しんでいた。自分達がこのクソ暑い中を汗だくになって歩いているのに、荷馬車の上で冷たい氷をこれ見よがしに食べるとは何事だと、アンズさんまで目を三角にして怒っている。
「氷くらい魔法で作り出せばいいのに……」
「貴重な魔法記憶領域をそんな魔法で潰すバカはいない」
どうも人族と魔族では魔法の覚え方がまったく異なるようで、わたしは魔法記憶領域なんてところに魔法を記憶したことなんて一度もない。そんな言葉自体、修裸の国では耳にしたこともなかった。
魔族だとバレないように適当に話を合わせているのだけど、人族はその魔法記憶領域なるところに記憶している魔法しか使えないらしい。記憶できる量は個人ごとに決まっていて、覚えたり忘れたりと限られた領域をやり繰りしているのだという。
そんなやり方をしているせいか人族の魔法は融通が利かない。氷の弾を撃ち出す魔法であれば撃ち出さずにはいられないらしく、手に取ってガリガリ齧ったりはできない。炎の魔法も火力の調整なんてできず、常に決まった威力で発射される。
もぉんのすっごく不便なやり方だと思う。
「カキ氷が欲しければ器を用意してください」
すぐに器が3つ差し出されたので、カキ氷を山盛りにしてシロップをかけてあげる。シロップは簡単に作れるのでケチケチする必要はない。
「それでいい。あなたは許された」
「オーゥ。ユウはミーのソウルフレンドね」
「さすがはユウちゃん。エイチゴヤの若旦那に雇われるのも納得です」
さっきまでの不機嫌が嘘だったみたいに、3人は歓声を上げながらカキ氷をシャクシャクと食べ始めた。まったくもう……
わたしは遠くからこちらをうかがっている相手の姿を確認しておきたいのに……