第4話 マトモじゃない連中
「耳にしていたより不甲斐ないと感じてはいましたが、足止めをしている者どもがいましたか。ご忠告いたみいります、ゼンラ様」
「ゼンナです。修裸みたいな間違え方をしないでください」
アンズさん達を酔い潰した後、わたしはひとり海底ダンジョンにもぐり込み、アオキノシタでやったのと同じ要領で管制室まで案内してもらった。目の前にいる美人半魚人みたいなお姉さんはこのダンジョンを任されている管制官。タコ型やヤドカリ型と違って会話をこなしユーモアだって理解するけれど、やっぱりアトランティス族である。
この管制官さん、エリアDまでくる獲物が少ないのは人族が不甲斐ないからだと思っていたみたい。エリアCで通せんぼしている連隊のことを伝えたところ、さっそく強制排除の指示を出した。一網打尽にしては恐ろしいダンジョンだと探索者が寄り付かなくなってしまうため、殺っちまうリストに挙がったターゲットを確実に始末するための刺客を使い、こっそり数を減らしていくよう入れ知恵しておく。
「お礼と言えるほどのものではございませんが、よろしければお持ちください」
「でかっ……」
話のわかる管制官さんはでっかいディープクラブの脚をお土産にくれた。大きさからして、水深400メートルくらいの海域で獲れたカニだと思う。それぐらいの深さになると海皇さんの手下もウロウロしているので、人族の漁船なんて見つかったが最後木っ端微塵。水揚げされることは稀な超高級食材である。もっとも、アトランティス族の故郷は深海に存在する海底都市。地上では高級なカニも、道端で勝手に繁殖している虫程度のものでしかない。
遠慮なくお土産をいただいてダンジョンを後にした。
「シィィィ――――ット! ま~たユウだけリッチメンとランデブーしやがったで~す」
お土産のカニを見たホムラさんが、またわたしだけご馳走されてきやがったと騒ぎ出す。朝のお散歩で出会った親切な人からお喋りのお礼にいただいたと説明したものの、そんな都合のいい話があってたまるかと全然信じてくれない。親切な管制官さんが情報提供のお礼にくれたのだから、嘘は言っていないと思う。
「大きすぎて鍋に入らない。焼きガニにする」
「朝からカニなんて豪勢ね~」
「ワカナ、焼き網を借りてきますね」
ホムラさんの魔法ではカニごと消し炭にされてしまうので、宿の庭に備え付けられているバーベキュー用のかまどを借りて火をおこす。食べやすいようあらかじめ殻に裂け目をいれたカニを並べれば、ほどなくして食欲をそそられる香ばしい匂いが漂い始めた。
「これって、ダンジョンの魔物じゃないわよね?」
同じ宿に泊まっている金髪オカッパのお姉さんが匂いにつられてやってきた。ダンジョンの魔物はタコやカニの姿をしていても食べられないのだと教えてくれる。火を通すとドロリとした液状になってしまうし、生で口にしようものならお腹を壊してしまうそうな。
それもそのはず。アトランティス族は別々の固体に見えても、それぞれ独立した生き物というわけではないのである。そのため生存に必要となる栄養素なんかはごく僅かしか含まれておらず、食材として考えるなら塩水の詰まった水風船といったところ。彼らが何であるのか知っていれば、食べようなんて気にはならないだろう。
「これは正真正銘のディープクラブです」
「お前にわけてやる分はない。あっちにいく」
こんなに大きなディープクラブなんて見たことないと訝しむお姉さんを、さっさと消えろとアンズさんが素っ気なく追い払った。同盟に引っ張り込まれたくないのか、下手に親しくなられないよう防衛線を張っているみたい。ちょうどいい機会なので、連隊と同盟の抗争に巻き込まれないよう、しばらくダンジョンには行かないことを提案する。
「偶然近くに居合わせたという理由で襲われては堪りません」
「どちらも相手の構成員を完璧に把握しているとは思えない。抗争になれば疑わしい相手に片っ端から襲いかかるはず……」
探索者の知能なんてゴブリン並み。味方とわかっている者以外は全部敵と、手当たり次第に襲いかかるバカが現れてもおかしくない。浜辺で美味しい干物の研究でもしていようとアンズさんが賛成してくれた。魔骨を持っていない探索者を相手にするくらいなら食べられる魚の方がマシだと、ホムラさんとワカナさんも同意。焼けたカニを堪能した後はビーチに繰り出すことになった。
「ユーゥ……。ちょっとはアンビエンスをリーディングするで~す」
わたしが干物にする魚を捕らえたところ、ホムラさんが少しは空気を読めと唇を尖らせた。ひとつ大物を釣り上げてやろうと盛り上がっていたのに、お前のせいでぶち壊しだと海の家で借りてきた釣竿を振り回す。
「ユウは非常識が過ぎる。異論は認めない」
「周りの人達も残らずシラケちゃってます。全部ユウちゃんのせいですね」
ビーチの端っこからは岩礁地帯になっていて、わたし達と同じくダンジョンを諦めた探索者達が所狭しと竿を並べている。空いている場所が見つかりそうもないと判断したわたしは、風に乗る魔法を使って50メートルほど沖合に突き出た岩場まで移動。すかう太くんで見つけた魚の群れに雷の魔法を放ち、浮いてきた獲物を網ですくって戻ったところ、こともあろうにアンズさん達は風情がないなどと文句を言い出した。
「スミエも~ん。怒られましたよ~ぅ」
「はいはい、大丈夫ですよ。これくらいやってくれた方が記事になりますから」
あの人達は勝手なことばかり言うとドグウバディに慰めてもらう。わたしのやり方は修裸の国で行われている伝統的な漁法。風情がないはずがない。
「そのうちユウの魚が欲しくなるから~。放っておけばいいわぁ~」
どうせ大物なんて釣れはしない。わたしの獲ってきた魚は形のいい奴が揃っているから、それを干物にすればいいとプリエルさんは糸を手に足元の水たまりを探っている。何を狙っているのかと思ったら、20センチくらいある美味しそうなエビを釣り上げた。近くの岩陰に隠れていることが多いので、長い竿で遠くに餌を放り込むより狙い目だそうな。
結局、アンズさん達はお昼近くまでかけて手のひらサイズの魚しか釣れなかった。わたしのせいでやる気が削がれたなどと言い訳して、往生際が悪いことこの上ない。見事に予言を的中させたプリエルさんはエビを6匹にタコを1匹捕まえて、今夜の肴は茹でダコだとニコニコしている。海の家の裏手にある干し台を借りて開いた魚を並べ、タコとエビをまとめてボイルしていたところ、ビーチだというのに武器をぶら下げた探索者の一団がこのヒラキは売り物かと話しかけてきた。
「気前よく払ってくれるなら譲ってもいい。貧乏人に用はない」
「おいっ、そいつらは連隊だぞっ」
交渉次第だとアンズさんが応えたところ、周りで物欲しそうに見ていた探索者達が連隊に食べ物を渡すなと騒ぎ始める。もっとも、遠巻きにして文句を言うだけで近づいてはこない。わたし達に声をかけてきたのは、エリアCで通せんぼしている連隊の食料調達班だそうな。
「はっ。人ごみに紛れなければ声も上げられないチキンがっ。文句があるなら出て来いよっ」
連隊のひとりが剣の柄に手をかければ、騒いでいた人達がゾゾッと波のように後ずさった。探索者達の中には武装している人もいるのだけれど、装備をみれば実力の違いは一目瞭然。武器の品質自体にさしたる差はないのだけれど、連隊の方は手入れが行き届いている。切れ味は段違いだろう。
「ヒラキ1枚につき、小銀貨2枚で連隊に売る。ただし、小銀貨3枚を出す者がいるならそちらを優先してもいい」
「面も出せねぇ、金も出せねぇカスどもは引っ込んでろよっ」
値段交渉を終えたアンズさんが、連隊より高く買ってくれる者はいないかと探索者達に声をかけたものの、名乗り出てくる者はいなかった。こいつらは誰かがお金を出してくれることに期待するだけで、自分の懐からはビタ一文出さない連中。自分達より高く買う奴なんているものかと連隊のひとりがゲラゲラ笑い声を上げる。人ごみの中から響いてくる「どうして誰も買わないんだ」の声に、わたしは全身から力が抜けていくのを感じていた。
もしかして、まだ理性的な人達がならず者を排除しようと集まったのが連隊なのでは……
エリアCに入れてもらえず、仁義なき獲物の取り合いをしていた探索者達の姿が頭に浮かぶ。あんな自分ルールを振りかざすだけな人達と一緒なんて誰だって嫌だろう。そのあおりでわたし達まで足止めされているものの、縄張りを荒らされたくないという気持ちは理解できる。結局のところ、通せんぼされるのはされるなりの理由があったからみたい。
もうしばらく干した方がいいので後ほど取りに来てもらうことにし、売約済みの札を立てておく。怖い連隊がいなくなった途端、どうしてあんな奴らに売り渡すのだとアンズさんを責め始める探索者達。ホムラさんとプリエルさんがうるさいのを捕まえて放り投げようとしたところ、それは先日海の家で口論していたルーキー達のひとりだった。同盟への参加を訴えていた魔法使い君である。
「君たちは連隊に味方したんだぞっ」
「ドラーイフィッシュがニードなら、どうしてバイアウトしなかったですか~?」
「魚が欲しいわけじゃない。あいつらに売るなと言ってるんだっ」
小銀貨3枚で優先的に購入できたはず。どうして買い占めなかったのだとホムラさんに尋ねられた魔法使い君は、それが当然であるかのようにわたし達に商いをするなと言ってきた。探索者というのがここまで頭の悪い生き物であったことに驚愕を覚えずにはいられない。
「ハンジョウが何か失礼なことでもしましたか?」
そこに、魔法使い君と一緒にいた男の子が実に礼儀正しく声をかけてくる。このハンジョウなる男がわたし達の商売を邪魔するのだと伝え、飼い主ならちゃんと紐につないでおけと突っ返す。商品を売ることを禁じて収入も補償しないのだと聞かされた男の子は、むちゃくちゃ苦い汁を口の中に流し込まれたように顔をしかめた。
「連隊に食料を売るなんて奴らの仲間も同然だろっ」
「いい加減にしろっ。大銀貨4枚分の損失をお前が穴埋めするのかっ?」
ヒラキは20枚ほどある。1枚小銀貨2枚だから、全部で大銀貨4枚。お前が払うのかと言われたハンジョウ君は、売らないだけで商品がなくなるわけではないのだから損はさせていないと勝手なことをぬかす。
彼を連れに来た男の子はミナト君というみたい。販売機会を潰すことはれっきとした営業妨害だとハンジョウ君の頭に拳骨を落っことし、こちらにペコリを頭を下げると暴れる魔法使いの首根っこを掴んで引きずっていった。
「あそこまで酷いのはワカナ初めてです」
「探索者に比べれば~、無職はまだ世の中との接点があるわ~」
あんなのはアゲチン派にもいなかったと目を丸くするワカナさん。仕事の内容が幅広い分、無職は職人や商人とかかわる機会も多い。探索者は手に入れた素材の買い取り窓口と、酒場のウェイトレスさんくらいしか相手にすることがないから世間ずれしているのだとプリエルさんはクスクス笑っている。一方、あれくらい尖っていてくれた方がネタにしやすいとスミエさんは黒い笑みを浮かべていた。
「ダンジョンの中に法はない。わかっていますね」
夕刻、干物を受け取りに来た連隊にひとつ忠告しておく。
「なんだい。力尽くで追い出そうってかい?」
「そうではありません。それはつまり、人族の統治が及ばない領域だということです」
どうも、わたしが実力行使に出ると勘違いされてしまったみたい。他の探索者を仮想敵と見做しているせいか、ダンジョンが本来誰の縄張りなのか忘れてしまっているご様子。人族の統治が及ばない場所とは、すなわち魔族の支配領域に決まっている。
「そんな場所に長居するなんて、賢い選択とは思えません」
理解してくれたかどうかはわからないけど警告はした。干物を買ってくれたお客さんがアトランティス族の手にかかるのは忍びないけれど、いつ魔族が襲ってきてもおかしくないような場所にキャンプしているのだから、それなりのリスクがあることは覚悟しておくべき。運と察しが良ければ命を捨てずに済むだろう。
この干物が最後の晩餐とならなければよいのですけど……




