第3話 めちゃ混みダンジョン
「てめえっ、そいつは俺の獲物だっ」
「ファーストアタックは僕の方が先だった。横殴りはノーマナー」
「刺さりもしない投げナイフあてただけじゃねえかっ」
精霊獣でダンジョン島まで送ってもらい、意気揚々とエリアAに足を踏み入れたわたしたちの前で繰り広げられているのは、目を覆いたくなるような仁義なき獲物の取り合いだった。海底ダンジョンらしく周囲はサンゴみたいな多孔質の壁となっていて、大きめの穴ぼこから魔物が這い出てくるのだけど、獲物が姿を現すたびに最初に攻撃をあてたのは自分だの、とどめを刺したのは俺様だのと探索者同士で激しい論争が巻き起こる。
「ここは俺が湧き待ちしてたんだっ。後から来たくせに図々しいんだよっ」
「おいっ、そのロープの内側は私たちのエリアだっ。勝手に立ち入るなっ」
大きな穴ぼこの前で待ち構えていた探索者がここから出てくる獲物は自分のものだと言い張り、ダンジョンの一角をロープで区切ったパーティーはお花見の席取りよろしく縄張りを主張する。互いに自分ルールを押し付けあうヒトという生き物の身勝手さを凝縮したかのような光景に、チイト君がうんざりするのも頷けた。
「驚きの酷さですね……」
「どうしてエリアAなんかに集まっている?」
こんな場所ではロクな稼ぎにならないはず。並みの探索者では歯が立たないほどエリアBの魔物が強いのかと、アンズさんが手持ち無沙汰な様子の探索者を捕まえて問い質す。
「今はボーナス期間中だろ。危険を冒して奥に進むより、手前で数をこなした方がいいって考えた奴がいんのさ」
海底ダンジョンを名乗るだけあってところどころに水たまりがあるのだけれど、奥に行くほどこれが深くなっていく。エリアAでは足首まで、エリアBなら膝くらい、エリアCでは腰がつかるほどの池になるそうな。ここの魔物は水の中を素早く泳ぎ回るので、エリアD以降で大事な装備を落っことしたりしたら最悪回収不能となる。ご奉仕期間中はエリアCでもエリアD並みに稼げるから、安全なエリアに留まる方が賢いと誰かが考えたみたい。
「それだけなら良かったんだが、ベテランどもが手を組んでエリアCを独占しやがったんだ」
他のダンジョンならエリアD以降まで進むようなベテラン探索者パーティーが手を結び、入口からエリアCへ転送されたところにキャンプを設置。自分達の仲間以外を通せんぼし始めた。参加しているパーティーの数は20以上、総勢100人を超える規模があり、誰が呼んだか通称「連隊」。寄せ集めの烏合の衆ではとうてい敵わないので追い払うこともできず、それまでエリアCを探索していた者はエリアBへ。エリアBにいた探索者達はご覧のとおり、ここで不毛な争奪戦を繰り広げているのだという。
「エリアAでも20体に1体くらいは魔骨を持った奴が含まれているみたいでな。それが知れ渡ってこの有様さ」
ヤレヤレと肩をすくめるオニーサン探索者の肩越しに、天井近くの穴から這い出てきたタコのようなナニカがポタリと落っこちるのが見えた。次の瞬間、弓矢に投げ槍、投げナイフが四方八方から飛んできてタコさんを蜂の巣にし、探索者達が獲物のぶんどり合いを始める。
……アトランティス族ということは、ここの運営者は海皇さんですか。
蜂の巣にされる直前にすかう太くんで解析した結果はアトランティス族。海皇さんの眷族である。あの者たちが海皇さん以外の魔皇につき従うことは物理的にあり得ないから、このダンジョンを作ったのは魔族一の引きこもりお姉さんで間違いない。
「ぺっ、ぺっ……。20体で魔骨ひとつなんて、ワカナやってられませんっ」
アオキノシタのダンジョンで管制官がボーナスゴーレムを出しまくってくれたので、ワカナさんはもう魔骨があって当たり前だと思っているご様子。確率20分の1なんて非効率も甚だしい。さっさと進もうと先を促す。
「他のダンジョンはこうではないんですか?」
「エリアAなんてど新人しかいないから~。他の探索者と会うことの方が珍しいわ~」
今日は取材のためにスミエさんも同行している。職能は筆記で登録しておいた。ダンジョン探索者にはマッピングという、それまで通ってきたところの地図を作る役目もあるから、戦闘術を習得していない探索者も初めてではないそうな。
姿を現したアトランティス族は待ち構えている探索者達に片っ端から狩られていくので、邪魔されることなく試練の間へとたどり着く。そこでわたし達を待ち受けていたのは、とんでもない大行列と「最後尾はここ」という看板を持った探索者だった。
「君たち、試練の間に入るなら列に並んでくれ」
なんと順番待ちの列だという。最後尾の看板を持っている探索者にどうしてこんなに混んでいるのかと尋ねてみたところ、試練の間にいる魔物は確定で魔骨を持っているので、くり返し挑戦する探索者が後を絶たないのだという答えが返ってきた。突破しては一旦ダンジョンの入口まで戻って、また列に並び直しているみたい。
「おいっ、横入りすんなよっ」
「割り込みじゃない。仲間が並んでいた」
わたし達の後ろからきたパーティーが列の途中に割り込むと、あちこちから怒声が上がり始める。看板を持っていた探索者によれば、順番待ち専門の仲間数名を列に紛れ込ませておき、戻ってきては割り込む常習犯だそうな。最後尾に並んでいるところは見たことがないという。
「そういえばチイト君も、試練の間の前まで行って帰ってきたと言ってましたね……」
順番が回ってくるかどうかすら怪しい行列なんて並ぶ気にはならなかったのだろう。アンズさん達を見やれば、揃ったように表情を失った顔で途中から長くなる人の列を眺めている。もうすっかりやる気を削がれてしまったので、今日は宿に戻ってゴロゴロ過ごすことにした。
「キル&ピース。エクスプローラーどもをゼノサイドしてダンジョンをクリーンにするで~す」
わたし達が部屋を取った宿は天然温泉つき。真昼間から露天風呂でお酒をグビグビしているホムラさんが、探索者を皆殺しにしてダンジョンをきれいにしようと言い出した。生きた人間がいないから墓場は静かなのだと過激思想を口にする。生活感あふれる不死族の地下墓地を見たらなんて言うだろう。
「スミエも~ん。乾ききったわたしの心を癒してくださいよ~ぅ」
「ユウちゃんが甘えん坊さんになっちゃいましね」
スミエさんのドグウバディに抱かれていると、あんな人族どもは金剛力でまるっと吹き飛ばしてしまおうと首をもたげかけた裸皇の本能が鎮まっていくのを感じる。オープンしたばかりのダンジョンを金剛力で壊したりすれば、海皇さんからの苦情がシャチーのところに舞い込むことは確実。家出を認めてくれた義姉だけれど、トラブルの後始末を押し付けることまで許してくれたわけではない。
「あなた達も追い返された口かしら?」
グダグダくだを巻いていたわたし達に、金髪オカッパのお姉さんが声をかけてきた。この人もダンジョン探索者で、延々列に並んでようやくエリアBを突破したのに、エリアCで連隊に通せんぼされたそうな。
「わたし達はエリアBにすら行けてませんよ」
「この宿に泊まるくらいだから、相応の実力があるのでしょう」
稼ぎの少ない探索者は宿泊代の安い木賃宿が普通で、温泉に浸かってお酒を飲んでいられるのは腕に自信がある証拠。このままでは宿代すら稼げないから、皆で協力してエリアCを解放しないかとお姉さんが話を持ちかけてきた。
「探索者同士で戦うつもりですか?」
「それは向こうの出方次第ね。誰かさんみたいに連隊を皆殺しにするつもりはないわよ」
エリアCにキャンプしている連隊だって補給や交代はしている。今は誰も手が出せないから素通しだけど、追い払われた探索者達で手を結びダンジョンの入口を封鎖。キャンプを干上がらせて解放を迫ろうという計画みたい。エリアCに乗り込んで連隊を強制排除するわけじゃないから、入口の封鎖に手を貸してほしいという。
「小娘はお断りだけど~。アンズたちは好きにするといいわ~」
集団や組織は信用しないというプリエルさんが一抜け。これはまぁ、予想どおり。
「行き当たりばったりの計画に加担するつもりはない」
相手の出方次第なんて、なにも決まっていないのと同じこと。どう転がるかわからないような話に乗るほどお人好しではないと、アンズさんも迷うことなく却下した。考慮に値しないと言わんばかりの態度にお姉さんが額に青筋を浮かばせる。
「あなたには、聞くまでもないようね……」
「わたしはバカンスで来ているだけですから」
ドグウバディに抱っこしてもらいゴロゴロ喉を鳴らしているわたしを見て、こいつはやる気ゼロだと思ったみたい。ひとつため息を吐くと、肩を落として露天風呂から上がっていった。
翌朝、空が白み始める時間。この時間なら空いているだろうと試練の間へ向かい、1時間ほど列に並んだものの首尾よくエリアAを突破。そのままエリアBの探索を始める。時間が時間だけあって獲物の取り合いはそれほど激しくないものの、タイミングよく目の前に出てきたアトランティス族を15体ほど叩き潰してようやく最初の魔骨にありつけた。やってらんないとワカナさんがカニのような甲羅を蹴り飛ばす。
エリアBではタコ型の他、カニ型やヤドカリ型も現れた。アンズさん達は別種の魔物だと思っているみたいだけれど、これらはすべてアトランティス族。姿形は海皇さんの思うままで、いっくらでも湧いてくるから何体倒されようと痛くもかゆくもない。死骸は近くの水たまりに放り込んでおけば、そのうち溶けてなくなる。
探索を続けて試練の間にたどり着いたものの、探索者達が動き出す時間になっていたのか扉の前にはすでに長蛇の列。こりゃダメだと諦めてダンジョンから出たところ、お天道様が一番高い位置に差しかかる時刻になっていた。船着き場の近くにビーチがあるという話だったので水着に着替えて遊びに向かう。
「オーゥ、これはまたフィーチャレスなテイスツで~す」
「可もなく不可もない。まさに海の家……」
この島にあるのは探索者向けに安さと量が自慢のお食事処ばかり。味を求めるべきではないと海の家でお昼にしたところ、なんだこの特筆すべき特徴のないありきたりな焼き飯はとホムラさんが目を見張る。この貶すところも褒めるところもない味こそ海の家の持ち味なのだとアンズさんが解説していた。これでは記事にしようがないとスミエさんはご不満な様子。ある意味羨ましい。
「連隊をどうにかしないと、帰りの船賃も稼げないじゃないかっ」
「そうはいっても、あいつらベテラン揃いだぜ。俺たちじゃ敵いっこねぇよ」
お隣のテーブルではトト君達くらいのルーキーっぽいパーティが何やら口論していた。彼らもあのお姉さんに誘われた口のようで、ひとりが実力で敵わない分は数で補えばいいと仲間を説得している。
「お前はいいよな。後ろから魔法撃ってるだけなんだから」
だけど、仲間達は乗り気でない様子。数の理論で最終的に勝利を収められるとしても、それまでの間に犠牲者が出ることは避けられない。お前はその役目を自分達に押し付けて、ひとりだけ成果を手にするつもりなのだろうと魔法使いらしき男の子を黙らせる。
「相手の出方次第なんて言ってるからああなる。誰だって最前列には並びたくない」
出方次第とはつまるところ、相手に先制攻撃を許すということ。ダンジョンの入口を封鎖する一列目と二列目あたりに配置される人間が捨て駒にされることはわかりきっている。わざわざ損な役回りを買って出る人間がいるものかとアンズさんが鼻を鳴らす。
ことを構える以上、皆殺しにする覚悟はあって当然。そして、皆殺しにするならもっといいやり方はいくらでも考えつく。あの金髪オカッパお姉さんは何もかも中途半端。だから、二度と誘ってこないよう取り付く島もないような態度で断ったそうな。
「お姉さんたちも同盟の誘いを断ったんですか?」
隣のテーブルにいた女の子が声をかけてきた。連隊に対して呼び名がないのは不便なので、ダンジョンの入口封鎖を考えているグループは便宜上「同盟」と呼ばれているのだと教えてくれる。連隊がおとなしくエリアCを解放すると思うか尋ねられたので、下手に刺激すれば全面抗争になることは間違いない。放っておいてもそのうち解放されるから静観するよう伝えておく。
エリアCなんかで獲物をせき止められては、魔族が困りますからね……




