第2話 再会は突然に……
翌日、朝食を済ませて探索者ギルドを訪れたところ、昨日の混雑が嘘のようにガラガラだった。受付のお姉さんによれば、ダンジョン探索者はたいていお昼までゴロゴロしているので午前中は空いているそうな。ダンジョンパスを受け取って、次はダンジョンがオープンしたという島までの定期便を確認すべく船着き場へと足を運ぶ。
目的の船着き場には「トレジャーリゾート ダンジョン島行き」という看板がデカデカと掲げられていたため、迷うことなく探し当てることができた。どれどれと掲示されている時刻表に目を通す。
「船は午前と午後で一往復ずつありますけれど、午前の便は出港しちゃったみたいですね」
「午後便は混雑が予想される。明日の朝便を使う」
午後の便には昨日ギルドで見たガラの悪い探索者達が大挙して押しかけて来るに違いない。あんな連中と一緒では船が沈没しかねないので時間をずらそうとアンズさんが提案。反対する者はおらず、昨日に引き続きビーチで遊ぶことにする。
「ユウちゃん、のど自慢大会やってますよ。入賞者には豪華ペアお食事券」
「参加資格にアマチュアってあるじゃないですか」
海に入るのはホムラさんが怖がるので浜辺で催されているイベントを冷やかしていたところ、ワカナさんがのど自慢に出場しろと勧めてきた。でっちあげとはいえ、わたしはアイドルデビューを果たした身。アマチュアかと問われればノーと答えるしかないので参加条件に引っかかってしまう。
「ホムラちゃん、大食いコンテストやってますよ。優勝者にはタコス一年分」
「アンネセサリィ。バカナがエントリーすればいいで~す」
「プリエルさん、腕相撲大会だそうです。10人抜きで旨辛鍋食べ放題」
「この季節に辛い鍋はないわ~」
ワカナさんがいろいろ見つけてくるものの、賞品に魅力がないせいか誰も参加しようとしない。
「なぜ他人を参加させたがる?」
「どうせワカナは無芸ですよっ。アンズちゃんだって知ってるじゃないですかっ」
どうして自分で参加しないのだとアンズさんに尋ねられ、自力で賞品を手に入れられるならとっくにやっていると逆ギレするワカナさん。ちなみに現在の職能は弓術と縄術が二段で、他は全部初段。合計すれば十五段になるそうな。
「とはいえ、冷やかしてるだけじゃ記事になりませんね」
瓦版に載せるネタが欲しいスミエさんが、なにか皆で参加できる催し物はないものかとイベント案内のチラシを取り出した。すかさずワカナさんがノリの悪いスカした奴らは誰かが企画しなければ何もしないアゲチン主義者だと賛同する。そのアゲチンを先生と呼んでいたのはどこのどなた様だと問い詰めてあげたい。
「かくし芸コンテストはどうです?」
「ワカナ、そういうのは苦手です」
わたしがかくし芸ではどうかと言ってみたところ、何をやっても人並みなワカナさんは自慢できる芸なんてないとそっぽを向いた。
「何もできない奴は脱ぐ。昔からそう決まっている」
「脱ぎ芸じゃユウちゃんに敵いませんし……」
「裸力開放はかくし芸じゃありませんよっ」
とりあえず脱げば注目されるからとアンズさんがマッパを勧めたものの、アルティメットマッパーと比べられて惨めな思いをするだけだとワカナさんは唇を尖らせる。すっかり拗ねてしまい、こんなところで披露するつもりはないと言っても信じてくれない。
「元アイドルが脱いだとなれば絶好のネタになるのですけど……」
「ミユウは星になりました。総監府との約束を違えたら消されますよ」
盛大に追憶イベントまでやったのだから、今さらノコノコと姿を現されては総監府の立場がなくなってしまう。脱げ~脱げ~とスキャンダラスなネタを欲しがる瓦版記者を、暗殺されたくなかったらミユウを記事にするのは止めておけと黙らせ、もっと面白そうなイベントはないものかとチラシに目を通す。参加費がかかるものの、朝獲れた魚を加工して食べ放題という干物教室に行くことにした。有料イベントなら海の家に誘うような文無しに悩まされることもない。
「ここにも甲斐性無しがいましたか……」
「ユウ先生もバカンスですか?」
「待ってくれユウさんっ。どうして拳を握るんだっ?」
干物教室に行ったところ、割り当てられた調理台に見知った先客がいた。チイト君とミドリさんに加え、ひまわり模様の水着に黒覆面という不審者。ナナシーちゃんである。ちゃんと学院を卒業するよう言いつけたのに、どうしてこんなところにいるのだと問い詰めたところ、夏の王都は最悪なのでメイモン学院も夏休み。直轄領であるナカサキアライは中央の貴族たちにとって手頃な避暑地なので、ヤマタナカ嬢共々キタカミジョウ蒼爵家の別荘にお世話になっているという。
「朝食に干物がつかないのが不満だとチイトがうるさい。たんぽぽ爵がいなくなってわがままになった」
「海産物が特産なのに朝飯がパンケーキなんて、ユウさんだっておかしいと思うだろ?」
どうやら、チイト君が干物を食べたいというので食べ放題の干物教室にやって来た模様。わたしがいなくなった途端、わがままに拍車がかかったとナナシーちゃんに指差された勇者様が、漁港でパンケーキなんてあり得ない選択だと無罪を主張する。北側は米どころという話だったので、白いおまんまに干物を期待していたのにガッカリだそうな。おそらくは故郷の味が恋しいのだろう。転生して100年は過ぎているわたしですらサンマの塩焼きがご馳走に思えるのだから、その気持ちはわからなくもない。
「食べ物の好みは自分じゃ変えられませんからね。そのくらいは仕方のないことでしょう」
どう頑張ったところで美味しくないものを美味しいと感じるようにはなれない。舌というものはわがままなのだとナナシーちゃんに納得してもらう。
「これが天空の勇者? なんかイメージと違う……」
「そうだっ。あの瓦版小説、絶対にユウさんの差し金だろっ?」
チイト君を指差して詐欺だと口にするアンズさん。「天空の勇者チイト」の主人公は知略と武勇を兼ね備え、性格も高潔でストイックな完全無欠のヒーローとして描かれているので、実物と同じなのは髪の色くらい。あの小説はフィクションであり、実在の人物、団体とは関係ないのだと説明していたところ、思い出したようにチイト君が言いがかりをつけてきた。
「あの瓦版、王都でまで読まれてるんですか?」
「ヒジリ様がヤマモトハシから最新号を取り寄せて、ご婦人方の間に広めているんです」
スズキムラ限定のローカル瓦版が、いつに間にか王都進出を果たしていたみたい。とにかくチイト君が大活躍するストーリーは勇者の存在をアピールするのに最適だとヤマタナカ嬢が行く先々で勧めていて、中央の社交界で大評判なのだとミドリさんが教えてくれた。一方、チイト君はあんな世紀末救世主のような人格者が実在するものかと頭を抱えている。
「スミエのニュースペイパーがアンビリーバボーなことになってますね~」
「えっ、この方が書かれてるんですかっ?」
「ちょっ、このお姉さん人族なのっ?」
著者がいらっしゃることを知って驚くミドリさんと、ドグウバディから目を離せなくなるチイト君。天空の勇者は女性にエッチな視線を向けたりしないけど、実物はすぐこれだ……
「スミエさんはドグゥ界からやってきたドグゥ族で、口からデマカセを吐く能力を持っています」
「ユウちゃんっ。私はガセネタを流したことなんてありませんよっ」
ジャーナリストの魂を悪魔に売り渡した瓦版記者がなにを言っているのだろう。センセーショナルな見出し詐欺に取材対象と口裏を合わせてのでっちあげ記事と、スミエさんの悪事は数え上げたらきりがない。体制を批判するどころか裏で手を握り、総監府の世論操作に手を貸す小悪党なのだとミドリさん達に教えてあげる。
「つまり、たんぽぽ爵の同類と……」
「ユウさんの知り合いだけはあるな」
「実に興味深いお話です」
失礼なことを口にしているのはナナシーちゃんとチイト君。ミドリさんはといえば、それは都合がよろしいと目を輝かせている。考えてみれば、この3人は総監府以上に体制側。紹介の仕方を誤ったみたいなので、スミエさんを貴族達に利用させるのは許さんと釘を刺しておく。このドグウバディは数少ないわたしの癒し。ヤマタナカ嬢に召し上げられてはかなわない。
干物教室が始まると朝獲れたばかりのお魚たちがタライで運ばれてきた。新鮮どころか、まだピチピチと跳ねている。地元の奥様方に捌き方を教えてもらい、アジっぽい魚は干すので背開きに、イワシっぽい魚は燻製にするのでお腹から包丁を入れて腹わたを抜く。
「どうしてトマホークを使ってる子が一番手際いいのか?」
「トマホークは万能刃物。魚を下ろすくらい朝飯前……」
おぼつかない手つきで魚を捌いていたチイト君が、板前さんもビックリなアンズさんの早業に目を細める。ちなみに、アンズさんに次いで手際がいいのがナナシーちゃん。その次はなんと、何をやらせても人並みなワカナさんだった。もっとも他のメンバーが揃って人並み以下なだけで、彼女に料理の才能があったわけではない。
「お前、名はあるのか?」
「……ハバリ・アンズという」
「そうか……」
心の中でライバル認定したのか、サクサクと魚を捌きながらナナシーちゃんがアンズさんに名前を問い質していた。会話しながらでもふたりはまったく手を止めない。精密機械のように変わらないペースで次々と魚を処理していく。
「ユウ先生にも苦手なことがあったんですね」
「ミドリさんだって、グチャグチャじゃないですか」
「この魚、じっとしていてくれないんですよっ」
命尽きるまで運命に抗おうとする魚を指差して、こいつが暴れて手がつけられないせいだとケチをつけるミドリさん。生きている魚を捌くのは初めてだそうな。かくいうわたしも干物にするような魚を捌いた経験はほとんどなく、マグロのようなでっかい魚を八つ裂き氷輪でバラしたことがあるくらい。失敗しないようそっと包丁を入れているので、アンズさんの5倍くらい時間がかかっていた。
捌き終わったらしばらく塩水に漬けた後、ヒラキは網の上で天日干し。腹わたを抜いた魚は燻製にする。干物教室でやるのは一日で終わる簡易な製法だけど、お土産屋なんかで売られている干物には作るのに数週間かかるものもあるみたい。多少なりとも時間短縮になればと風に乗る魔法を使って気流を操作。干されているヒラキに風を送っておく。
「くぅ~、やっぱパンケーキより干物だよなぁ……」
空が黄昏色に染まるころ、七輪で炙られたヒラキをチイト君が涙を流しながら噛みしめていた。わたしもいただいてみたら、数時間干しただけにもかかわらずちゃんと干物の味がする。アンズさん達は燻製を肴に早くもお酒に手を出し始めていた。
「えっ、もうダンジョンに行ってきたんですか?」
「一昨日行って、その日のうちに戻って来た。アレに混じる気にはなれなくってね……」
焼きあがった干物をムシャムシャやりながら話を聞いたところ、チイト君たちはすでにダンジョンへ乗り込んできたという。とりあえずエリアAの試練の間前まで進んだものの、探索者達のマナーがあまりにも目に余ったので呆れて帰って来たそうな。
「マナーが悪いって、ゴミを持ち帰らないとか?」
「行ってみればわかる。精霊獣で送るよ。ユウさん達ならヒジリも文句は言わないだろうし」
ガラが悪いならわかるけれど、マナーが悪いというのはイメージがわかない。きちんと説明しなさいと問い質したものの、チイト君は行けばわかるの一点張り。同行していたであろうナナシーちゃんも無言で首を振るだけだった。「天空の勇者チイト」のクライマックスに登場する天空勇者城――空中機動トーチカのこと――に乗せてもらえると聞いてアンズさん達は大はしゃぎ。スミエさんも記事のネタが見つかったと笑みを漏らす。
「カナメの弟子のわりに太っ腹ね~。ユウちゃんの躾がよかったのかしら~」
「隠すほどのものじゃありませんから……って、カナメ師匠の知り合い?」
「仲が良かったとは言えないから~。しいて言うなら仇敵かな~」
師匠の仇とも知らず、【鉄棍鬼】の水着姿に鼻の下を伸ばしっぱなしなチイト君。エルフのお姉さんに頭をナデナデしてもらってすごく嬉しそうだ。装備の重量が何よりの武器というプリエルさんだから、バランスを崩しやすいうえ武器を全力で振るえない船上は苦手なのだろう。2時間かかるところが30分だと聞かされて、さっすが勇者様とチイト君を褒めちぎる。
人目につかないよう探索者達が動き始める前がいいということで、明日の早朝にダンジョンのある島まで送ってもらう約束になった。




