第1話 シーサイドでバカンスを
はだか祭から帰還してすぐ、わたしは悪質なストーカーにつきまとわれるようになった。妄粋荘の玄関前に堂々と仁王立ちしてわたしが姿を現すのを今か今かと待ち構えている。どこへ行くにしてもついてくるので目障りなことこの上ない。
「ユウちゃん。彼氏さんが迎えに来てますよ」
「彼氏じゃありませんよっ。あんな露出狂っ」
オレンジ色の袈裟をまとって玄関前を不法占拠している美丈夫を指さして、ワカナさんがお迎えだぞとクスクス笑っている。ストーカーの正体は、わたしを裸身館道場の師範にスカウトしようとしつこく勧誘してくる御棒様。それも、女人道場ではなく本道場の師範だという。
警邏隊長さんに訴えてみたものの、覗きや窃盗といった被害がないので拘束する理由はない。わたしが本道場の師範になればネイキッド小隊やノーガード小隊が強化されるので、むしろ引き受けてほしいと頼まれる始末。裸道の道場は男女別々にする約束ではなかったのかと尋ねてみても、わたしがたんぽぽ爵だから仕方がないと言われてしまった。
たんぽぽ爵は中央の文官なので、領主であるヤマモトハシ辺境伯の一存で裁いてしまうことができない。裁判にかけるにはわたしが国法を犯したという証拠をしっかり固め、王都にある貴族法院に申し立てるしかないという。スズキムラ総監府と裸身館道場の間で交わされたローカルルールに違反した罪などで拘束しようものなら、謀反の準備が露見しないよう中央の貴族を排除していると逆に疑いをかけられてしまうそうな。
「これでは街も歩けません。ほとぼりが冷めるまで、どこかに身を隠してしまいましょうか……」
「またダンジョンに行く。御棒は道場があるからスズキムラを離れられない」
「夏ですし。ワカナ、バカンスに行きたいです」
シマテンの毛皮で稼いだ資金にも限りがある。ここらで出稼ぎに行くのはどうかとアンズさんが提案してくれた。ワカナさんは旅行がいいという。
「オーゥ、ミーはシーをシーしたいで~す」
「お手洗いなら空いてますけど……」
「シーシーではありませんっ。シーサイドをビューイングしたいという意味で~す」
我慢しなくていいのにと告げたところ、自分は海が見たいのだとホムラさんがチキンウイングフェイスロックを仕掛けてきた。山奥の農村育ちなせいか、未だ海を見たことがないみたい。
「ユウちゃんは相変わらず変なところでボケますね」
「絶対にわざとやっている」
「わざとじゃありませんよっ。見てないで助けてくださいっ」
米俵で鍛えられた魔法使いは力が強いので、ガッチリと極められたら振りほどくのは容易ではない。アンズさんがお酒の注がれた杯を差し出してくれ、ホムラさんがグビグビ始めたのでようやく解放された。
「そんな皆さんにオススメしたいところがありますっ」
一枚のチラシを手にしたグルグル瓶底メガネにドグウバディが特徴的な瓦版記者、スミエさんが話に入ってきた。わたしから聞き出した話が元となっている連載小説「天空の勇者チイト」が好評で、瓦版が売れに売れて最近は懐が潤っているという。勇者デビューから皇国との戦争までを描いた作品なのだけど、このフィクション小説には指南役であるたんぽぽ爵が登場しない。わたしの発案や行動はすべてチイト君に割り振られているので、精霊獣を飛ばしていただけの勇者様が大活躍する内容となっている。
「連載もひと段落したところで、私もバカンスに出かけたいです」
そろそろ新しいネタを仕入れたいのだとチラシを差し出してくるスミエさん。どれどれと目を通してみれば、いったいどこの魔族が考えついたのかそれは新たにオープンしたダンジョンのチラシだった。
『魚の美味しい海底ダンジョン、新規オープン! ナカサキアライの港から船で2時間』
入場者にはもれなく記念品を贈呈。エリアCに到達した先着500組様には味自慢の干物セットをプレゼント。ご奉仕期間中は魔骨の出現率大幅アップだそうな。パチンコ屋かスーパーでも開店したのかと思えるような内容に頭を抱えたくなる。
「ど……どこから、こんなものを……?」
「東から来た隊商のおじさんが持ってました」
王国の東部で何かネタになりそうな話を耳にしなかったかと尋ねてみたら、瓦版と交換でダンジョンのチラシをくれたという。ちなみに、ナカサキアライはスズキムラの北側を流れる川を下った河口付近にあるみたい。川の北岸側が米どころで有名なオオタワラマチ領で、南岸側がナカサキアライ直轄領。海産物とビーチリゾートが売りだそうな。
「いいですねっ。魔骨でじゃんじゃん稼げる予感がしますよっ」
「お邪魔でなければ私も……。ドキュメンタリータッチの記事にできそうですし……」
アオキノシタのダンジョンでボーナスゴーレムを相手に荒稼ぎしたワカナさんが、二匹目のドジョウを狙ってひと儲けしようと言い出した。ジャーナリストの魂を悪魔に売り渡したスミエさんは、堂々とドキュメンタリーではなくそれっぽい記事にすると言い放つ。
「それって、ヤラセじゃないですか」
「ドキュメンタリー風エンターテイメントです。悪質なヤラセと一緒にしないでください」
どこがどう違うのかさっぱり理解できないけれど、「天空の勇者チイト」にたんぽぽ爵を登場させないようお願いしたわたしが言うのもなんなので聞かなかったことにする。プリエルさんまで加わってきて、今年の夏はビーチでダンジョンということに決まった。
数日かけて準備を整え、わたしを待ち構えていた御棒様をスベル先生とサグリさんにお願いして縛り上げてもらいスズキムラの街を後にする。ニート・フォーの皆さんもいかがかと誘ってみたものの、水着ライブと握手会の予定があるということで断られてしまった。水着姿で握手を餌に大量のグッズを購入させるチェリーフィッシャーはやっぱり毒婦なのだと実感する。
水に落ちても大丈夫な装備でおいでくださいとチラシに注意書きがあったので、鉄棍鬼の全身甲冑とヘックスカリバーはお留守番。プリエルさんは安物の革防具に身を包み、丸太に鉄の柄を挿し込んだ棍棒、マルタカリバーを手にしている。水に浮くよう調整済みだそうな。
わたしとホムラさんはいつもと変わらず、ワカナさんはロープに安物のナイフ。アンズさんも鋼の手甲を外し、どこからか水に浮くトマホークを調達してきた。斧頭の部分まで木製で、そこに鋼で出来た薄い刃を挟み込んで固定する。刃は使い捨てらしく、切れ味が鈍ってきたらスペアの刃と交換して使うという仕組みみたい。
「そんなもの、どこで見つけてくるんですか?」
「これは髭剃り用のトマホーク。以前、『節刊トマホーク』で紹介されていた」
川を下る船に揺られながら尋ねてみたところ、なんかもうツッコンだら負けと思えるような答えが返ってきた。トマホーカーにはトマホーカーの世界があるのだと自分を納得させる。
途中で2回ほど船を乗り換え、計4日の船旅を終えてわたし達はナカサキアライの街に到着した。とりあえずダンジョンパスをもらっておこうと探索者ギルドに足を運んでみたものの、貸店舗を使って急きょオープンさせたと思しきギルドはガラの悪そうな人達でいっぱい。待つことに慣れていないのか、早くしろだのと怒声を上げている探索者までいる。
こりゃダメだとダンジョンパスは諦めて、本日はビーチで遊ぶことに決定。ちょっと割高だけど浜辺に近く1階でお食事処を経営している宿屋さんで部屋をとり、水着に着替えて宿を出る。砂浜までは50メートルもなく、この宿専用の階段を下りていけば視界一杯に水平線が――
「オーゥ、グゥレイトなラッシュで~す」
――広がらなかった。ビーチはバカンスに訪れた人でごった返し、人ごみに遮られ海を目にすることも叶わない。そして、お約束の連中がわたし達の前に立ちふさがった。
「君達、女の子だけなの? 俺達と一緒にヤキソバ食べに行かない?」
「俺、カレーの美味い海の家を知ってるんだぜ」
海産物が売りのビーチリゾートで海の家のヤキソバとカレーに女の子を誘うという、ある意味天然記念物と言えるかもしれない男性3人組が声をかけてきた。はっきり言ってお金がありませんと白状しているようにしか聞こえない。高級レストランに誘えとは言わないけど、せめて魚介類の美味しいお店くらい思いつかないのだろうか。
「ワッツ? アンズ、ウミノイエとはなんですか~?」
「浜辺で軽食や飲み物を提供する飲食店。安さと手軽さが売りで、間違っても味に期待して足を運ぶところではない」
「ファァァァック……、チープなテイスツなんてノゥセンキューで~す」
せっかくはるばるやって来たのだから、そんな安っぽい食事はお断り。自分はこの領自慢の海の幸とやらを堪能したいのだとホムラさんが男どもを睨み付ける。
「ペッペッ……金のない奴に用なんかないんですよっ」
「誘う相手を間違えている。領外からバカンスに訪れた者に海の家はない」
いつも量だけが自慢のやっすい食事で済ませているから気の利いたところに誘うこともできないのだろう。貧乏人はお呼びでないとワカナさんが3人を追い払おうとする。アンズさんも、バカンスでこの街を訪れるのは懐に余裕のある人達。海の家は他にないという時の選択肢でしかないから地元の小娘でも誘っていろと冷たくあしらう。
わたし達はひとり残らずフリルやパレオ、リボン結びに紐での編み上げといった装飾があって、柄や模様の入った水着を身に着けていた。皆、懐に余裕があったので、ちょっとお高くても気に入ったものを選んだのである。気のまわる人なら海の家で満足するような相手ではないと装いから判断できるはず。ニブイ男はこれだからダメなのだとプリエルさんとスミエさんは3人をガン無視。待ってくれとの声も聞こえないとばかりに通り過ぎていく。
「ユウゥゥゥッ! シーサイドはどこですかっ? こいつらがウミですかっ?」
かわしてもかわしても次から次へと声をかけてくるロクデナシが現れるので、いつまでたっても波打ち際までたどり着けない。いちいちわたし達を通せんぼするかのごとく正面に回り込んで足を止めさせようとするものだから、とうとうホムラさんが切れてしまった。ふかし芋を食べに行かないかと誘ってきた愚か者を引っ掴むと、両手で頭の上に抱え上げ力一杯投げ飛ばす。
「ヌーサンスはイレミネートしてくれま~すっ!」
「それはマズイですよっ」
邪魔する者は抹殺してくれると、ぶん投げた男に魔法で追撃を加えようとするホムラさん。殲滅専門で半殺しにするような魔法は覚えてないのだから、こんな人ごみの中でぶっ放されたらお尋ね者にされてしまう。どうどうとなだめながら流動防殻を展開し、形をとる前の魔法を散らしにかかる。
「大丈夫。物わかりの良い人達が道を空けてくれた」
大の大人を軽々と放り投げた挙句、容赦なく魔法を撃ち込もうとしたホムラさんを怖れたのかアンズさんが指さした先では人ごみが割れて道ができていた。その向こうには青く輝く波打ち際。ヒャッホウと歓声を上げてホムラさんが駆け出していく。
「オオーゥ、こ~れがウミですか~。カウンターサイドがナッシングで~すっ」
サンダルを履いたままジャバジャバと海に入ったホムラさんが、向こう岸がまったく見えないぞと体を震わせていた。そのうち、足元の砂を波に流されたのか突然ひっくり返る。
「ノオォォォ――――ゥ! モンスターですっ。インビジボゥなエネミーがハイドしてますっ」
バランスを崩して尻もちをついただけなのに、何を思ったのかホムラさんは目に映らない魔物が潜んでいると大慌てで助けを求めてきた。もちろん、そんな魔物どこにもいないことはすかう太くんで確認済み。1体だけいる魔皇を除けば、この浜辺に人を襲うような生き物は生息していない。
「おヨネちゃん。こんなところに魔物なんていませんよ」
「ミーをドラッグしようとしたですっ」
ワカナさんが魔物ではないと答えたものの、自分を水中に引き摺り込もうとしやがったとホムラさんは信じない。どうやら、打ち寄せた波が戻る流れに巻き込まれてしまった模様。もの凄い力でグイグイ引っ張られたのだと繰り返し説明している。
「それは波の力。時としてそういうことが起こるから、海はひとつの魔物とも呼ばれる」
「マイガッ? シーとはモンスターのことですかっ?」
これだけの水が動いているのだから、波が重なって人の力では抗えないほどの流れを作り出すこともある。運悪くそれに捕らえられてしまうと沖に流されて二度と戻って来れないのだとアンズさんに脅され、ホムラさんは跳び上がって波の来ないところまで逃げていった。




