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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第7章 はだか祭の裸刹女

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第9話 裸刹女の秘密

 大変だっ。チチタレルさんがチチトレルさんになってしまった。


「わざとじゃないんですよっ。もげろとは思いましたけど、本当にもぐつもりはっ……」


 なかったのだと口にしようとして、おかしなことに気がついた。血が噴き出していないのは理解できる。アスタレルさんは吸血鬼にされた時に死んじゃってるので、もう心臓が動いていない。そんなことは百も承知である。


 おかしなのは傷口。おっぱいがもげたその下から、血の気のない真っ白な皮膚が出てきた。そして、彼女の主にも劣らない残念なおっぱいも……


「つけ乳っ? イーターはつけ乳だったんですかっ?」


 チチトレルさんの正体はチチツケルさんだった。パッドとか寄せてあげるなんて生易しいものではない。目が肥えていないチェリーボーイを騙そうとする悪質な偽装である。


「裸刹女様。貧乳は希少価値と申しますから、どうかご安心ください」

「誰が貧乳よっ」

「ぐふあっ」


 裸賊に加わった男どもにとってはむしろステイタスなのだと口にしたダメオさんが裏拳を喰らって吹っ飛んだ。木造の粗末な小屋に叩きつけられ、壁をぶち破って中に転がる。

 これはマズイ。力加減を間違えてますよ……


「みぃ~た~わ~ね~」

「ひぃぃぃっ」


 秘密を知られたからにはとアスタレルさんがチクミちゃんに迫る。


「その乳、おいてけぇぇぇ――――っ」

「きゃあぁぁぁっ」

「同志を手にかけるつもりですかっ?」


 チクミちゃんのおっぱいに襲い掛かった妖怪乳おいてけを横から蹴り飛ばす。むちゃくちゃ重い。裸力で身体を強化して全力で蹴ったというのに、進路をわずかに逸らさせるのが精一杯。鉄の塊を蹴飛ばしたような衝撃に右脚がしびれてしまった。


「邪魔立てするというのなら……。テイカー、その乳もらい受けるっ」


 これはダメだ。もう半ば理性を失ってしまっている。身体の一部を欠損させれば間違いなく金剛力が発動してしまうというのに、どうやって乳を奪うというのだろう。アスタレルさんはまだ本性を現していないけど、それも時間の問題。このままでは、頭には羊のような巻いた角、背には蝙蝠の翼、お尻からは二股に分かれたサソリの尻尾という彼女本来の姿をさらしかねない。


 裸賊を裏で操っているのが魔族だと知られたら夜皇ちゃんに叱られちゃいますよ……


 せっかく貸しを作ったというのに、こんなことで戦略を破綻させたら修裸の国への食糧供給を減らされてしまう。シャチーは家出を許してくれているけれど、余計なことをして食糧危機を引き起こしたとなれば話は別。わたしは連れ戻されて、再びマッパどもにブラブラ見せつけられる日々を過ごさなければいけなくなる。


「死ねぇぇぇ――――っ」

「ひょわぁぁぁっ」


 突き出された貫手を間一髪のところでかわす。どうにか正気に戻さなければいけないのだけれど、アスタレルさんは魔王クラスの実力者。本性を隠した状態であっても、金剛力を使わずにどうこうできる相手ではない。


「イーター、本気でわたしと戦うつもりですかっ?」

「持つ者と持たざる者が存在するなんて、世界は不公平だわぁ。だけど、片一方がいなくなってしまえば公平になるわよねぇ……」


 持たざる者として生まれついたその時から、虐げられる運命を背負わされてきた。呪わしき運命の束縛を断ち切るために、持つ者を根絶やしにして皆に優しい世界を実現するのだとアスタレルさんがアゲチンのような理屈を口にする。


 アゲチン思想は、いったいどこまで広まっているのやら……

 最近は不働尊ふどうそんとかお不働ふどう様なんて呼ばれているみたいだし……


「テイカーッ。あんたを倒して、この哀しい世界を終わらせるっ!」


 わたしがいなくなったところで世界は変わらないし、そもそも金剛裸漢を倒すなんて八大魔皇の誰にもできない。夜皇ちゃんの全力攻撃ですら金剛力にはまったく通用しないって知っているはずなのに、世界のために抹殺すると目から大粒の涙を溢れさせるアスタレルさん。わたしよりチクミちゃんの方が明らかに大きいのだけれど、それはどうでもいいみたい。


「わたしを倒したところで、第2、第3のおっぱいが……」

「問答無用っ。すべてを焼き尽くす原初の炎よ、久遠の彼方より我が手に来たれっ」


 高々と掲げられたアスタレルさんの右手に漆黒と黄金色の混じった輝き。混沌の暗き炎(カオスフレイム)が閃き始めた。夜皇ちゃんのように全身にまとったりはできず、片手に発現させるのが精一杯なものの、それは彼女の必殺攻撃。使うためには魔族本来の姿を現さなければいけないはず。


 これは止めないとマズイッ!


 迷っている余裕はなかった。わたしの身を包んでいるエイチゴヤのお仕着せに手をかける。


「裸力開放っ――」


 下手に解放してはチクミちゃんや御棒様にまで危害が及びかねない。可能な限り狭い範囲、肌に薄く張り付けるようなイメージで金剛力をまとう。とっさに脱ぎきれなかった下着や靴下が弾け飛び、重力や空気の抵抗といった諸々の束縛から体が解放された。


「――アルティメットマッパァァァッ!」

「ぎゃあぁぁぁ――――っ」


 アスタレルさんの頭上に跳んで、混沌の暗き炎ごと右手を軽くキュっと掴む。それだけで、振り上げられていた右腕を肩のあたりまで消し飛ばしてしまった。手加減のできない力というものは本当に使い勝手が悪い。片乳に続いて片腕を失ったつけ乳吸血鬼は悲鳴を上げて地面を転げまわっているけれど、どうにか本性を現す前に止めることには成功したみたい。

 まぁ、吸血鬼の再生力なら明日の朝には元に戻っているでしょう。


「おっ、お客人っ。それが裸道の奥義なのですかっ?」

「近寄るんじゃありませんっ」

「ぐげはっ……」


 金剛力を消し、流動防殻をまとわせた拳で御棒様の顎にジャンピングアッパーを叩き込んで昏倒させる。全裸の乙女に鼻息を荒げながら迫るなんて変質者のすること。これは当然の報いであり、わたしは悪くない。


「裸刹女様の片腕を一撃で……まさか、姉弟子がこれを……」

「裸力開放は人によって発現形態が異なります。スズちゃんがわたしと同じとは限りません」


 呆然とした表情で、スズちゃんの会得した裸道の奥義がこれほどとはと呟くダメオさん。いそいそと脱いでしまったお仕着せを身に着けながら、またまた適当なデマカセを口にしてごまかす。こういうことをするから修裸達がおかしな考えを信じてしまうのだとわかってはいるものの、とりあえずこの場を取り繕っておくためには仕方がなかった。


「ずらかりますよ。運ぶのを手伝ってください」


 チクミちゃんに手伝ってもらい、気絶した御棒様を両脇から支えながら空を飛んではだか祭を後にした。わたし達がいなくなれば、チチツケルさんも冷静さを取り戻す……と思う。途中でテクテク歩いているアンズさん達を見つけて合流。御棒様の目を覚まさせて、かくかくしかじかと担いで逃げてきたことを説明する。


「オーゥ、あのアルティメッツマッパーとやらでフェスティバルをデストロイしたですか?」

「してません」


 以前、裸賊500人をまとめてふっ飛ばしたところを間近から見ていたホムラさんは、わたしが金剛力ではだか祭を壊滅させてきたと思ったみたい。今回はピンポイントで相手の腕だけふっ飛ばしたのだと訂正しておく。


「どうしてやっつけちゃわなかったんです?」

「あの力はホムラの魔法と一緒。迂闊に使えば敵味方の区別なく焼野原にする」

「ターゲットをマストでブレイクしやがるクソトマホーカーはマウスをシャットしておくで~す」


 わざわざ片腕だけにとどめる必要があったのかと首を傾げるワカナさん。それはチクミちゃん達まで巻き込むからだとわたしに代わってアンズさんが答えてくれ、必ず獲物をダメにする奴に言われたくないとホムラさんが抗議の声を上げた。


「私が未熟だったばかりに、ご迷惑をおかけしました」

「まったくです。はだか祭には街の人達も来ているのに、敵地のど真ん中で喧嘩を吹っかける人がありますか」

「あの……、ユウさんは裸刹女って人の片腕をふき飛ばしちゃいましたけど……」

「全部、フィッシャーと御棒様のせいです。わたしは悪くありませんっ。絶対にわたしは悪くありませんよっ」


 隠れたまま目的達成できたものを、飛び出してしまったチクミちゃんにわたしを責める資格はない。悪いのは状況をわきまえないふたりだと言い聞かせておく。


「ペナルティとして、御棒はアンズをキャリーしていくで~す」

「お安い御用です」


 スタミナがない癖に小柄で歩幅が小さいのを補おうとワッセワッセ歩くものだから、アンズさんはバテるのが早い。ちょうどいいから担いで行けとホムラさんに命じられ、御棒様がアンズさんを肩車した。【矮躯】と血がつながっているというのが信じられないくらい立派な体格をしているので、まるでお父さんと幼児である。


「これは恥ずかしい。降ろして……」

「ショルダーライドが嫌ならプリンセスホールドで~す」

「あうぅぅぅ……」


 肩車に不満があるならお姫様抱っこだとホムラさんに指示され、御棒様がアンズさんを横抱きにする。今のペースではスズキムラに着く前に日が暮れてしまうと降ろしてもらうことを許されず、アンズさんは顔を真っ赤に染めたまま運ばれることとなった。






『というわけで、アスタレルさんには然るべきお仕置きを要求します』


 妄粋荘の自室から伝言板の魔法具を使って、住民を懐柔させるためのはだか祭で混沌の暗き炎を使おうとしたのだと、上司である夜皇ちゃんに悪事の一切合切をバラす。調略を任されていながら目的を見失うなんてあるまじきこと。とっさにわたしが金剛力で止めなかったら、裸賊が魔族の手先だということが白日の下にさらされるところだった。

 この貸しは高くつきますよと念を押しておくことも忘れない。


『つけ乳? あいつ、つけ乳なんてしてたの? そこんとこ、もっと詳しく教えなさいよ』


 だけど、夜皇ちゃんはすっかりつけ乳に気を取られて、わたしの要求なんて耳に入らないみたい。どうやって暴いたのだと、詳しい状況の説明を求めてくる。


『いまあいつ呼び出すから、ちょっと待ってなさい』


 この伝言板の魔法具は1対1ではなく、複数人で書かれた内容を共有できるのだと部下を呼び出す夜皇ちゃん。アスタレルさんも同じものを持たされているそうな。


『なんのお呼び出しですか、マスター? 今ちょっと手がふさがっておりますの』

『あんたの呼び名、今日からチチトレルにしたからよろしくね』


 本人に事実を確認することもなく、お前は今日からチチトレルだと夜皇ちゃんが一方的に通告した。伝言板で使われているコールサインはすでに改名済み。明日中には不死族名簿の方も手続きを終わらせるという。


『なんですかそれはっ? じゃなくて、なんで知ってるんですかっ?』

『諜報員1007が知らせてくれたわ』


 わたしのコールサインは「諜報員1007」。夜皇ちゃんがわたしの名前をもじって勝手に決めたみたいで、この魔法具を渡された時にはすでにそうなっていた。


1007(センナナ)ってゼンナ? テイカー、まさか同志を売ったのっ?』

『売ったとかじゃなくて、きちんと報告しないとダメじゃないかな』


 売ったなんて人聞きの悪い。わたしはありのままを報告しただけだというのに、鉄の絆でつながれた同志を売るとはけしからんとアスタレルさん改めチチトレルさんはブーブー文句を書き込み始めた。その同志に混沌の暗き炎なんて物騒な力を向けたことは、すっかり頭の中から抜け落ちてしまっているみたい。


『それより、ダメオさんはチチトレルさんが魔族だって知ってるの? 腕が生えてきたりしたら怪しまれない?』

『チチトレル言うな。あいつは私の正体を知ってるわよ。故郷を襲った魔王に復讐を果たさせてやるって取引したの。その後は裏切るかもしれないけどね』


 ソトホリノウチ領が魔王に占拠されている間は従順な手駒として使える。目的を達成した先のことはわからないけれど、その頃には裸賊も用済み。領主でも王様でも好きにやらせておけばいいとチチトレルさんは考えているみたい。ちなみに、ターゲットの魔王は不死族ではなく、先代の翼皇に仕えていたひとり。今の翼皇さんとソリがあわずに独立した勢力だそうな。


『でも、乳が取れることまでは知らなかったんでしょ?』

『マスター、真面目な話をしている時に余計な茶々を入れないでください』

『あんたのつけ乳を笑うために呼んだんだけど』


 真面目な話なんてするつもりはないこのど貧乳。よくもこれまで他人の胸元を板だの壁だの蔑んでくれたなと、夜皇ちゃんがあらん限りの語彙を駆使してつけ乳を嘲り始めた。


『不死族公報に特集記事を載せるからインタビュアーを遣わすわ』

『公報を私的に利用するつもりですかっ? 組合が黙っていませんよっ』

『オーケェイ、組合新聞にスッパ抜かせた後に情報開示ってことで公開すりゃいいわね』


 不死族幹部のスキャンダルとして情報をリークし、都合の悪い情報を隠蔽していると組合が騒ぎ始めたところで包み隠さず開示する。公正な支配者というイメージを演出するのにうってつけな材料を眷属が提供してくれたのだから、無駄にするわけにはいかないと書き込んでくる夜皇ちゃん。後ろにwが10個もついているあたりに本心がうかがえる。


 チチトレルさんが必死に抵抗を試みるものの、すでに夜皇ちゃんの腹は決まっているだろう。わたしはそっと、画面が「つけ乳www」の文字で埋められた魔法具を閉じた。階下からわたしはどこに行ったと叫ぶ声が聞こえてくる。季節はまだ初夏だけど、今日は真夏のような熱帯夜。かき氷を求めて騒ぐマッパどもを鎮めるには、酒裸の宴へと踏み込むしか術はない。


「お腹壊しても知りませんよっ」

「キター、カキゴオリキター!」

「神降臨っ!」


 チンチンと器を鳴らしながら早く早くと急かしてくる全裸の住人達。行儀悪いったらありゃしない。もうお腹を痛くしてしまえと言わんばかりに、わたしは特大のかき氷を作ってあげた。


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