第8話 汚れのない美味しい男の子を祝福する会
「待ってくださいっ。わたしは組織を裏切ってなんていませんよっ」
「アレが裏切り行為でなくて何なのよぉ?」
もはや言い訳は通用しないこの裏切り者めとわたしを睨み付けてくるアスタレルさん。確かにわたしは社会の闇に根を張る地下組織に所属していたけど、同志を裏切ったことなんてない。
アレってなに?
「裸刹女様、組織というのは……」
「汚れのない美味しい男の子を祝福する会。Bless for Innocent and Tasty CHildren。略してBITCH。この女はねぇ――」
なんですかっ? わたしがなにをしたって言うんですかっ?
「――物心ついた時から女性は見るだけ。組織が5年の歳月を費やして純粋培養した男の子を連れ去って、こともあろうに独り占めしたのよっ。皆、楽しみにしてたのにっ」
「な、なんてうらやま……じゃなくって、恐ろしいことを……」
アスタレルさんがわたしの罪を告発し、チクミちゃんがポロッと本音を漏らす。
なるほど、同志でしたか……
「誤解です、同志チェリーイーター。あの子はちゃんと返したじゃないですかっ」
「さんざん弄んだ挙句、毛が生えてきたと返品してきやがったクソアマがなにを言っているのかしらぁ」
「ユウさん。それはルール違反ですよ」
お肉屋さんで購入した肉を腐らせてしまってから返品に応じるよう求めるのは、悪質なクレーマーのすることだと眉をひそめさせるチクミちゃん。背後でアスタレルさんがそうだろう、そうだろうと頷いている。
「それは違います。わたしは愛でるだけでゴチソウサマしてませんし、他の同志達にとっては充分賞味期限内。クーリングオフが適用されて然るべきです」
腐らせたのではなく、表面にちょっとカビが生えただけ。削り落とせばまだ食べられるのだと自分の正当性を主張する。だいたい、我慢できずにイタダキマスしてしまうイーターやクラッシャーの方がよっぽど男の子を消費しているはず。わたしが裏切り者呼ばわりされるのには納得がいかない。
「自分の好みでなくなったら捨てるなんてぇ。あんた最低の女よぉ。自覚ないのぉ?」
「捨てたわけじゃありません。同志にアフターケアをお任せしただけです」
「ユウさん。それもちょっと……」
アスタレルさんだけでなく、ポイ捨ては良くないとチクミちゃんまでわたしのことを糾弾してくる。どうせ同志の誰かが美味しくいただいて、男の子もそれで満足したはず。さんざんグッズでぼったくっておいて握手10回で済ませるアイドル様の方がよっぽど酷いと思う。
「チクミちゃん。イーターは初めてなら妖精さんだろうが仙人様だろうが構わないんですよ。一番フレッシュでシャイニングな時期をわたしが独占したって、なにも問題はないはずです」
「構うわよっ。残りモンより新鮮な方がいいに決まってるじゃないっ」
いやしん坊のアスタレルさんが贅沢なことを言い出した。ど~せ、味の違いなんてわからない癖に銘酒ばかり飲みたがる呑兵衛さんなんだから、残り物で充分。ゴチソウサマしないわたしに優先権があるのは当然と言える。
「ユウさん。悪いことをした時はゴメンナサイしないと……」
「悪くありませんっ。わたしは悪くありませんよっ。たかだか握手で女性と縁のない男どもからぼったくってるチクミちゃんの方が、よっぼど悪いことしてるじゃないですかっ」
「あっ、あれはファンサービスですよっ。いっぱい応援してくれた方に、なにか特別なお礼をと考えた結果ですっ」
ダウトだ。嘘に決まっている。性を売り物にして、いたいけなチェリーボーイからお金を巻き上げる毒婦の言うことなんてわたしは信じない。
「ダメオぉ、それって本当なのぅ?」
「はい。彼女はスズキムラで一番の人気を誇るトップアイドルでして……」
むむっ、握手で初物が釣れると耳にしたアスタレルさんが本当なのかと確認している。これこれしかじか、彼女が呼びかければ大勢の若者がやってくる。実は裸賊の中にもファンが多いのだとダメオさんが説明する。
「ようこそBITCHへ。組織はあなたの参加を心より歓迎するわぁ」
「コードネームはチェリーフィッシャーですね。異論は認めません」
「ふええっ? チェリーアイドルとかじゃダメなんですかっ?」
餌がいいから魚は入れ食いだと聞かされたアスタレルさんがチクミちゃんを組織に誘う。ならばと、わたしが彼女に相応しいコードネームを考えてあげた。本人は不本意そうだけれど、組織でのコードネームは同志から贈られるもの。自分で選ぶことはできない。それが許されたなら、わたしはチェリーピュアガールと名乗っていただろう。
「お待ちくださいお客人。師匠から託されたチクミを裸賊の手になど……」
「BITCHは裸賊じゃありませんよ。あんな変態どもと一緒にしないでください」
地面に転がされていた御棒様が文句を言ってきた。BITCHはピュアな男の子を愛する女性の集まりあって、断じて露出狂の群れではないと言い聞かせ、負け犬はさっさとスズキムラに帰るように促す。
「お待ちなさあぃ。まぁた、他人の獲物を連れ去るつもりかしらぁ?」
「チェリーボーイなら裸賊にたくさんいるじゃないですか。まさか、もう全部ゴチソウサマしちゃったんですか?」
「ふ……冬の間に手持無沙汰だったから、つい……」
下手くそな口笛を吹きながら目を逸らすチェリーイーター。ダメオさんの怪しげなキャッチコピーに騙されて集まったロクデナシと、討伐軍を裏切って合流してしまった無職を合わせれば、心は汚れていても体はきれいなままという男性は相当な数に上ったはず。それを残らず食べ尽してしまうとは、つまみ食いもいい加減にしろと言ってやりたい。
「500を超えたであろう初物を独り占めですか。これは組織に報告しなければいけませんね」
「テイカー。私達、友達よね?」
ひとりも回さなかったと知れたら自分が裏切り者にされてしまう。組織には内緒にしておいてくれと、前屈みになったアスタレルさんが元淫魔族らしい豊かな胸元をチラチラとのぞかせながら上目遣いでわたしにお願いしてきた。初心なチェリーならイチコロだろうけど、あいにくとわたしにそんな手は通用しない。
っていうか、同性にそれやってもあざといとしか思われませんよ……
「イーターは少しダイエットした方がいいですね。悪い誘惑はわたしが持って帰ります」
食べ過ぎは体に毒。秘密にする代わりにご馳走は持って帰ると物欲しそうな顔をしているいやしん坊を黙らせ、脱ぎ捨ててしまった袈裟を拾ってさっさと着るよう御棒様に投げ渡す。
「そうは参りません。戦いを挑んで敗れた以上は覚悟していただきませんと……」
裸刹女が召し上がらないのならと、ダメオさんが右腕の裸傷紋を発光させた。敗者にわざわざとどめを刺すなんて、シャチーの諜報員の教育が足りなかったとみえる。修裸であればそんな手間をかけたりはしない。
「裸の道を歩む者が、ずいぶんとまた臆病なことですね」
「臆病ですと?」
「とどめを刺さないのは甘さだなんて臆病者の言い訳です。つまりは、報復されるのが怖いのでしょう」
戦いのさなかであれば相手を死に至らしめることも躊躇わないけど、決着がついてから相手にとどめを刺すような修裸はいない。倒した相手が今よりも強くなって再挑戦してくれること。そして、そんな相手を返り討ちにすることこそ無上の喜び。自分に挑んできてくれる挑戦者を殺してしまったら、二度と楽しめなくなってしまう。
報復を怖れる者に、裸の道を歩む資格などないのである。
「報復を怖れるは臆病者の証。これは第3版以降の『金剛裸漢様のお言葉』なら収録されているはずです。あなたたちの師は持っていませんでしたか?」
「師匠はサイン入り初版本を大切にしておられました。我らには読むことが叶いませんでしたが……」
それはまた懐かしいものを……
この『金剛裸漢様のお言葉』は、わたしが場当たり的に口にしたデマカセや言い訳をシャチーが編纂して出版したもの。サイン入りの初版本は、わたしが大陸を統一すると宣言した記念に発行された。先ほどの言葉は魔皇に就任したばかりの夜皇ちゃんに襲われ、金剛力で撃退した時に発したものなので初版本には収録されていない。
「まぁ、敵がいなくなって喜ぶような小心者には理解できないかもしれませんけれど……」
「いや……まさか……、師匠が口にしておられたのはそのこと……」
なんでも、シャチーの諜報員は裸道の力を見せつけるため、スズキムラ中の道場から看板を奪ってきた。取返しに来た相手を叩きのめしてはチクミちゃんに手当てさせ、またいつでも来いと言って追い返していたそうな。やり方が温いと抗議するダメオさん達に、強くなればわかると笑っていたという。
「私の弱さゆえに……師匠のなさりようを理解できなかったというのですか……」
言葉にせずとも、ちゃんと教えてくれていた。自分の中にある敵を怖れる弱い心が理解することを阻んでいたのかと、ダメオさんがガックリと地面に膝をつく。その両目から、とめどなく涙を溢れさせながら……
「他人に裸心を叩き込むなんて思い上がる前に、自らをもっと鍛え上げるべきですね」
これ幸いとダメオさんを丸め込む。本当のところは、わたしが裸皇を名乗り始めたころ、先代の獣皇、翼皇、夜皇が妾にするのは早い者勝ちだと襲ってきたので、乙女の敵として金剛力でまるっと消し飛ばした。いきなり3体もの魔皇を失った魔族は大混乱に陥り、新たに魔皇となった夜皇ちゃんにはどうにか不死族をまとめ上げてもらいたかった。殺すなと冥皇ちゃんが睨んでいたので、殺してしまえというビマシッターラやシャチーをとりあえず納得させるために口にした、その場しのぎのデマカセを修裸達が真に受けてしまったというのが真相だったりする。
「こんな場所に長居して変態が感染ったら大変です。とっとと帰りましょう」
チクミちゃんと御棒様に、今のうちに早くトンズラしようと催促する。このふたりが裸賊の手に落ちればチクミファンと裸身館の門下生が裸賊化しかねない。そうなれば、スズキムラはマッパどもに乗っ取られ、ようやく手に入れた安息の地が失われてしまう。
衣服のない国なんて、修裸の国だけで充分なんですよ。
「ねぇ、テイカー。ひと口だけ。先っちょだけでいいから、ひと口だけ……」
「ダメです。ひと口とか言って、ど~せ丸呑みしちゃうんですから」
再びチェリーボーイをイチコロにするポーズを取ったアスタレルさんが、5分だけでいいから目を瞑っていてくれとすがってくる。意地汚いことこの上ない。
「少しはダイエットしたらどうなんです。こんなタコの頭みたいなのふたつもぶら下げてるから、同志達にチチタレルなんて呼ばれるんですよっ」
ブニョリンとぶら下がっているタコ頭を鷲掴みにしてブルブルと振動を送り込む。この振動が片手には収まらずはみ出てくるような大ダコの中で共振し内部から破壊……するかどうかはわからないけれど、とりあえずこの大きさこそすべてと言わんばかりの下品なおっぱいは爆発してしまえばいいと思う。
「ちょっと、やめなさいよっ。せっかくの美乳が崩れちゃうじゃないっ」
「美乳っていうのはフィッシャーみたいなのを言うんです。これはタコ乳ですよっ」
「タッ、タコ乳ですってぇ? なによっ、垂れるほどの乳もないくせにっ」
アスタレルさんが失礼なことを言ってきた。わたしの見た目は15歳くらい。年齢にしては恵まれた方だと思っている。金剛力が余計なお肉を消し飛ばしてしまうため、今より膨らませても発動させれば元の木阿弥。つまり、この大きさが適正と考えて間違いない。
「わたしはこれでちょうどいいんですっ。こんなぜい肉の塊はもげてしまえばいいんですよっ」
「いい気になるんじゃないわよっ。あんたの弱点くらいお見通しなんだからっ」
「いだっ!」
おのれ……小賢しいマネを……
わたし、というか金剛力の弱点はわかっているのだと、アスタレルさんがビシビシとデコピンを連打してきた。身体に損傷を負わせない限り金剛力が勝手に発動することはないから、わたしが根を上げるまで痛みを積み重ねようという魂胆みたい。もちろん、わたしの意思で発動させてしまえばそれまでだけど、ダメオさん達の目があるところで自ら全裸にはならないと考えているのだろう。
わたしは変態ではないので、もちろんこんなところで肌をさらすつもりはない。こうなったら、どっちが先に我慢できなくなるかの根比べ。受けて立つとタコ乳を掴んでいる右腕を力の限り震わせる。
「痛いでしょっ。痛いでしょっ。早くゴメンナサイしてその男を差し出しなさいっ」
「なんのこれしき……震えろわたしの右腕っ。魂の鼓動をこの手に刻めっ」
身体強化に加えて右腕にまとった流動防殻を旋回させ、その勢いまで利用して高速で腕を振動させる。これによって生じる共鳴波は機械的な強度にかかわりなく分子間の結合を崩壊させ対象物を破壊する……かもしれない。
「パイトニングゥブレイカァァァ――――ッ!」
――ブツッ……
「……へっ?」
何かが千切れるような音と同時に右腕が軽くなる。気がつけば、わたしの右手にはもぎ取れたタコの頭があった。




