第7話 現れた裸刹女
「どうして裸賊なんかに手を貸すのです、ダメオ。裸道を……師匠の名を汚すおつもりか?」
「もちろん、裸道の力を知らしめるためですよ。この国のボンクラ貴族どもに……」
好都合なことに、御棒様がチクミちゃんの尋ねようとしていたことを問い質してくれている。これなら姿を現さずとも、聞くべきことだけ聞いてドロンしてしまってもいい。
「ソトホリノウチ領が魔王に襲われてから、もう20年になりますか……。そこに暮らしていた人々は埋葬もされないまま打ち捨てられているというのに、国王を始めとする貴族どもには魔族に報復してやろうという気概すらない」
自分の故郷が魔王に奪われ、報復を約束してくれた前国王も亡くなって久しい。この国の貴族たちは魔族と戦うより国内の利権を取り合うことにばかり熱心で、犠牲となった人々はすっかり忘れられてしまった。だから、自分が思い出させてやるのだとダメオさんは言う。
「私も王国軍に期待して身を寄せていた時期がありました。これでも士官だったのですよ。ですが、言いつけられる仕事は領主達の粗探しばかり。上官達は自分が栄達することしか頭にありませんでした」
王国軍上層部の腐敗っぷりに絶望し、退役を願い出て足の向くままスズキムラに流れてきたところで裸道に出会った。そこで、他人に期待したのが間違いだったのだと考えを改めさせられたそうな。
「今、この国に必要なのは裸道です。勇者などというよそ者に頼らず、自分たちの力で魔王を撃滅するのだと裸心を叩き込んでやらねばなりません」
「それと裸賊がどう関係するというのです?」
「すでに領軍は打ち破りました。次は王国軍がやってきてくれると期待していたのですがね……」
裸賊を討伐しようとやってくる軍を次々と返り討ちにする。裸道の力を示すのに、これ以上わかりやすいアピールはあるまいとダメオさんが不敵に笑った。裸賊の砦が難攻不落とわかれば、いずれ懐柔策に出てくることは必至。話に乗ったふりをしてソトホリノウチ領奪還に向かう軍を興させ、指揮権を掌握して魔王を粉砕する。その武力を背景にソトホリノウチ領を裸道の聖地とし、代官の置かれない自治領として認めさせるという。
「ナニモキネイ領と改称して領民に裸道を広め、服を着るような軟弱者は著しく権利を制限します。領民全員が裸道の使い手となれば、魔族ですら恐れて近づかなくなるでしょう」
いつの日か、王国から独立することも夢ではないと高笑いするダメオさん。
……ソレナンテ修裸の国?
修裸でなければ魔族にあらず。ダメオさんが口にしたことは、わたしの国の方針そのものだった。彼が修裸の国を知っているはずが……さては、裸刹女を名乗って裸賊を裏で操っている夜皇ちゃんの眷属、アスタレルさんが漏らしましたね。
「内乱を起こそうというのですか、あなたは? いったいどれほどの犠牲者が出ると……」
「どう多く見積もっても、ソトホリノウチ領で魔族に殺された同胞の数には及びませんよ」
裸道を広めるためなら犠牲も厭わないなど正気の沙汰ではない。そんなことは師匠も口にしなかった。考え直せと説得を始める御棒様。だけど、魔王に襲われたソトホリノウチ領では逃げ遅れた領民達まで犠牲になった。命を落とすのは兵士だけなのだから、それに比べればかわいいものだとダメオさんは譲らない。
「言葉では、わかっていただけませんか……」
「あなたは人が好過ぎますよ、御棒。姉弟子は問答無用で葬ってやると言ってくれました」
それはスズちゃんが何も考えてないだけです……
タイのお坊さんが身につけていたようなオレンジ色の袈裟をペイッと脱ぎ捨てる御棒様。元から何も身に着けていなかったダメオさんが、裸の道を歩む者の間に言葉など不要と構えを取った。見つめあうマッパの間を風が吹き抜けていく……
「ふんはぁぁぁ――――っ」
「ほうりゃぁぁぁ――――っ」
雄々しい掛け声とともに全裸の取っ組み合いが始まった。もうここに用はない。
「チクミちゃん。帰りますよ……」
「ええっ、放っておくんですかっ」
「あれは感染力が非常に強い変態です。近づいてはいけません」
ダメオさんの意図は聞き出せたのだからさっさとスズキムラに退散しようと主張したものの、チクミちゃんはふたりを放っておけないみたい。このままではどちらかが大怪我をしてしまうと慌てふためいている。まぁ、ダメオさんが倒されたらはだか祭の裸賊どもが暴徒となりかねないし、御棒様がやられてしまったら連れて帰らないといけない。気が重いけれど、適当なところで仲裁に入らなければいけないだろう。
「賊の頭領などしていても、腕を鈍らせてはいないようですね……」
「ふっ……さすがは御棒。まだまだ私では及びませんか……」
ふたりの戦いに目を戻してみれば、やや御棒様が優勢な様子。だけど、すでに結果は見えていた。ダメオさんがまだ裸傷紋を使っていないにもかかわらず倒しきれずにいるのだから、このまま攻め続けたところで御棒様に勝ち目はないだろう。なにか隠し玉でもあれば別だけれど、そういったものを用意しておくような性格とも思えない。
「ですが御棒っ。あなたの裸道は師匠が去った時から何ひとつ変わっていないっ」
ここからが本当の勝負とでも言うかのように、ダメオさんが全身の裸傷紋を発光させた。右腕から火球を放ち、それに身を隠すようにして一気に間合いを詰める。
「これはっ――ぐふっ」
突然放たれた魔法を腕で防ぐ御棒様。ガードが上がってがら空きとなったボディに、狙いすましたようなダメオさんの拳が突き刺さる。防殻があるのだから、あの程度の魔法はわざわざ防がなくてもいいのだけれど、御棒様は魔法を併用してくる相手と戦うのは初めてみたい。とっさに体が反応した隙を突かれて、いい様に攻撃を受けてしまっていた。
「ぐっ……魔法を覚えては防殻が維持できなくなってしまうはず……」
「正確ではありませんね。魔法記憶領域に余裕がなくなってはでしょう」
ほほぅ。裸道にそんな秘密があったなんて……
私も修裸達も魔法記憶領域なんて知らないので、試しようもありませんでしたからね。
「そうなんですか?」
「はい。私が魔法を覚えるたびに防殻も身体強化も弱くなって、しまいには使えなくなってしまいましたから……」
どうやら、チクミちゃんがそうだったので魔法を覚えると裸道が使えなくなると思い込んでいるご様子。修裸達が当たり前に魔法を使っていることから、人族特有の魔法の覚え方と相性が悪いのかもしれない。
「ですから、別のところに記憶する分には問題ないのですよっ」
「ぐわっ」
それで悶紋ということみたい。確かに魔法を発動させているのは刺青の方なのだから、理屈は通っている。ダメオさんの後ろ蹴りをどてっぱらに叩き込まれた御棒様が地面に転がった。
「くっ……魔法などに……」
「御棒、師匠の最後の言葉を憶えておいでですか?」
「いつの日かでいい。自分を超えろと……」
「そうです。これが私の見出した新たな裸道の姿ですよ。教えられたことを頑なに守っているだけのあなたより、姉弟子の方がよっぽど倒しがいがありそうでしたね」
技とは発展させていくもの。ただ受け継いでいくだけでは、決して先人に追いつけない。裸力開放に流動防殻と、自分が耳にしたこともない技を身につけたスズちゃんの方が手強かっただろうとダメオさんが語る。
「そんな技をスズが?」
「御棒はご存じではありませんでしたか? あの似合わないメガネをかけた女人を……」
余計なお世話ですよっ。金剛力に吹き飛ばされないのがメガネしかないんだから、仕方がないじゃないですかっ。
「三丁目のコタツムラさんですか?」
「それはパン屋のオバちゃんじゃないですか。銀とも紅ともつかない髪をした方ですよ」
わたしの髪はかなり特徴的なはずなのに、どうしてか誰も彼もまず最初にメガネのことを口にする。いろいろ機能を組み込み過ぎたせいでおしゃれとは程遠いデザインになってしまったことは認めざるを得ないものの、髪色より先に第一印象として記憶に残るほどすかう太くんが似合ってないのだろうか。
「あのお客人が……」
「師匠の教えてくれたことが裸道のすべてではない。御棒、あなたの敗因はそれに気づかなかったことです」
とどめを刺すつもりなのか、ダメオさんが右腕に炎をまとわせる。
「ダメオさんっ、やめてくださいっ!」
「ダモンイン・キメオです。邪魔が入ってしまいましたか……」
たまらず、チクミちゃんが飛び出してしまった。直弟子同士で殺しあうなんてと、全裸で倒れている御棒様を庇うようにマッパの前に立ちふさがる。あんなブラブラさせている変態どもの間に立つなんてアイドルとしてあるまじき行為だと思うのだけれど、シャチーの諜報員に養われているうちに感覚がマヒしてしまったのだろう。
「チクミがひとりとは思えませんね。出ていらしたらどうです……」
「これは追加料金をいただきますよ。覚悟しておいてくださいね、チクミちゃん」
わたしが隠れている建物の陰に視線を向けてくるダメオさん。バレてしまっては仕方がないので、ヤレヤレと隠れ場所から歩み出て姿を現す。
「誰に死なれても都合が悪いものですから、ここまでとしていただきましょうか」
首領がやられたと知れれば裸賊どもが暴れ出す。師範がやられたと知れれば門弟達が仇討ちを画策しかねない。チクミちゃんが亡くなったとなればファンが黙っていないだろう。はだか祭の目的はスズキムラの住人を懐柔し、裸賊が深刻な脅威ではないと思わせること。敵を作ってどうするのだと暗に示す。
ダメオさんにとっては不本意かもしれないけれど、せっかく蒔いた火種は必要な時まで温存しておきたいと夜皇ちゃんなら考えるはず。今はまだ、伏せたカードを開く時ではない。
「戦いとは命を懸けたやり取り。チクミ、お客人、下がっていてください」
元よりこの命はないものと覚悟してきた。くっ……殺せと御棒様が口にする。それは防具として役に立たないほど露出の多いアーマーを身につけた女騎士の使う命乞いで、ブラブラ丸出しのお兄さんが言ってもその場で殺されて終わりだと思う。もっとも、御棒様は顔だけなら女性がうらやむほどの美形なので、お約束の展開が待っているかもしれないけど……
「これほどの肉体、殺す前に――」
ちょおぉぉぉ――――っ! マジですかっ? やっちゃうんですかっ?
第二ラウンドは私とチクミちゃんがいなくなってからにしてくださいよっ!
「――裸刹女様に献上してさしあげねば、私が責められてしまいます」
よかった。そっちかと胸をなでおろす。んんっ? アスタレルさんに献上?
「チクミちゃん。御棒様って女性とお付き合いしていたことは?」
「御棒様は裸道一筋で、どなたかと交際しているという噂ひとつ耳にしたことがありません」
「彼女に見つかる前に急いで持って帰りましょう」
ガチガチに鍛え上げたチェリーボーイですか。こいつはマズイですね。匂いを嗅ぎつけられる前に急いで離脱しないと……
「もう、遅いわよぉ……」
背後から聞き覚えのある声がかけられた。すかう太くんのレーダーには、先ほどまでわたし達が隠れていた場所にお友達を示すマーカーが表示されている。正体がバレてはお互い困るので、無理に接触を図っては来ないだろうと期待していたのだけれど、ご馳走があるとなれば話は別。みすみす見逃してくれるような彼女ではなかった。
「こぉんなところで逢うなんて奇遇ねぇ……」
「裸刹女様、この方をご存じなのですか?」
ちょっ……なんでわざわざ自分からバラすんですかっ?
わたしは夜皇ちゃんのためにひと仕事終えたところですよっ。
人族の貴族社会にまで潜り込んだ工作員を使えなくしたらお仕置きされますよっ。
それ以上口にしてはいけない。ここはお互いアカの他人のふりをしようぢゃないかという視線をバチバチ送ったものの、花魁の人が着る艶やかな着物の裾をミニスカート並みに短く切り詰めたような破廉恥衣装に身を包んだお姉さん。裸刹女ことアスタレルさんは止まってくれない。ここで逢ったが百年目と言わんばかりに、カランコロンと下駄を鳴らしながら近づいてくる。
「もちろん知ってるわよぉ……。お久しぶりねぇ――」
助けて夜皇ちゃんっ。配下が暴走しているよっ。
ここにいられなくなったら、また衣服のない国に戻らなきゃいけなくなっちゃうっ。
ヘルプミーと夜皇ちゃんに念を送ってみたものの、もちろん返事なんて返ってくるわけもなく、アスタレルさんは無情にもわたしの正体を口にした。
「――組織の裏切り者。チェリーテイカー……」




