第6話 はだか祭に行こう
トト君がメスブタを連れていた。軍死君はチクミちゃんに夢中なのだからイカちゃんと仲良くすればいいのに、どうしてメスブタを連れ歩く必要があるのだろう。不思議の思ったわたしは、メスブタと恋仲なのかとズバリ尋ねてみることにした。
「ユウさん。これは武器と交換するためのメスブタだから」
トト君は裸族との取引に応じるつもりみたい。これで自分の剣と軍死君の槍を正規兵が使うものにグレードアップできるのだと、丸々と太ったメスブタを愛おしそうに撫でている。ブタ一頭で鋼の剣と槍が手に入るのだから、警邏隊長さんの言っていたとおり破格の交換レートなのだろう。
「身の丈に合った武器にしておかないと後悔しますよ」
「そりゃ、ユウさんにしてみれば俺なんか弱っちいだろうけどさ……」
「剣術の腕のことではありません。わたしが言っているのは収入のことです」
刃のついた武器に本来の切れ味を発揮させるためには手入れが欠かせない。収入の乏しいうちから良質な武器なんて使っていると、整備代で首が回らなくなるという悪循環に陥ってしまうのだと説明してあげる。裸賊が奪っていったのは部隊で行動できるよう訓練された常備兵に配布される品質の整ったもの。無職達の間で多く使われている安物とはかかる費用が違う。
「せっかくの機会ですから止めはしませんけれど、今使っている武器を売り払ったりするんじゃありませんよ」
途端に苦虫を噛み潰したような顔になるトト君。案の定、これまで使っていた剣をお金に換えようと企んでいたに違いない。収入に応じて使い分けるよう忠告してトト君と別れる。市場をブラブラと歩き今晩の肴をいくつか購入して妄粋荘に戻ったところ、中庭に一頭のメスブタが繋がれていた。
「アンズさん。捌かないんですか?」
「それは交換用のメスブタ。食べてはいけない」
憩いのスペースでゴロゴロしていたアンズさんに尋ねたところ、裸賊と取引するための家畜だという答えが返ってきた。はて、いったい誰が使うのだろう?
アンズさんはトマホークしか使わない生粋のトマホーカー。軍の正式装備にトマホークなんてないから交換のしようがない。ホムラさんの使っている宝玉付き短杖とブレスレッドはお貴族様向けの超高級オーダーメイド品。品質が保証されたものとはいえ、兵士に配布される量産品を手に入れる必要なんてない。
残るはワカナさんだけど、兵士の使う弓は戦争用に特化したものだから、狩猟にも使う彼女にとっては取り回し難いはず。ほとんど使っているのを見たことがない剣を手に入れるつもりだろうか?
「ノオォォォウ。ミーがウォンテッドなのはマーチェットです」
もうトマホークは懲り懲りだ。ナタが欲しいと床に寝転がったままジタバタ暴れるホムラさん。シマテン狩りで山中にこもるための装備をアンズさんに整えさせたところ、刃物はこれがあれば充分だとトマホークしか用意していなかったそうな。おかげで、藪払いから料理まで慣れないトマホークでこなさなければならなかったという。
「山育ちのおヨネちゃんはナタの方が使いやすいって……」
ホムラさんは山間部にある農村の出身なので、ナタが一本あれば自在に山中を駆け回れる。領軍が装備している軍用ナタは使い道も多くあると便利なので、自分とホムラさんの分を交換することにしたのだとワカナさんが教えてくれた。
「トマホークは万能刃物。魚も下ろせるし、リンゴの皮だって剥ける」
およそ刃物を使うことでトマホークにできないことはないと、リンゴの桂剥きを始めるアンズさん。危険と隣り合わせの無職なんてやらなくても、トマホーク芸人として食べていけるような気がする。
「そ~んなナンセンスなことはクッソトマホーカーしかしませ~ん」
「ユウちゃんもナタが欲しくありませんか?」
独りでやっていやがれとゴロゴロ転がるホムラさんをよそに、メスブタ一頭で3本か4本交換できるのでわたしも入用ではないかとワカナさんが気を利かせてくれる。ナタではないのだけど、実はわたしも欲しいものがひとつあった。
「わたし、折り畳み式の軍用スコップがあるといいかなって……」
「確かにスコップはトマホークで代用できない」
「シャアラァァァプッ! いい加減、トマホークからセパレートしやがるです」
トマホークの話はもういいと叫びながらアンズさんが桂剥きにしていたリンゴをホムラさんが取り上げた。よっぽどトマホークに不満があったみたいで、そのままムシャムシャと食べてしまう。それではナタ2本とスコップ1本に交換しようということで話がまとまり、今日もまた裸族の宴が始まる。
家畜と装備品の交換が行われるのはスズキムラと裸賊の砦の中間地点にある集落。はだか祭と称して、いろいろな屋台にパフォーマンスなんかの出し物まであるというけれど、はっきり言って嫌な予感しかしない。出発の朝、メスブタを連れてはだか祭に出かけようとするわたし達のところにチクミちゃんが訪ねてきた。一緒に連れて行って欲しいという。
「チクミのスピアはオフィシャルなものよりハイグレード。トレードするニーズはナッシングではありませんか?」
ぼったくりグッズで荒稼ぎしているだけあって、ニート・フォーの皆さんはかなり上質な装備を整えていた。チクミちゃんの使っている槍も名のある職人の銘が刻まれた逸品。交換に応じる必要なんてないではないかとホムラさんが首をかしげる。
「私はその……確かめたいことがあるんです……」
はだか祭にいけばダメオさんに会えるはず。彼に真意を問い質したいという。
「乙女の前でブラブラさせたがる理由なんて、見られるのが気持ちいいという露出狂の変態だからに決まっています。改まって確かめることでもないでしょう」
「いえ、そっちの真意ではなくって……」
「ユウは時折空気を読み損なう」
服を着ないことではなく、裸賊の頭目なんかを始めた理由に決まっている。もしかして狙ってやっているのかと、アンズさんが失礼なことを言ってきた。皆さんにとってはけしからん賊でも、魔族にとっては利用するだけの手駒にすぎない。
本人の思惑なんてどうでもよかっただけですよ……
チクミちゃんを伴ってはだか祭へと向かえば、わたしたちと同じく家畜を連れた無職に、牛や羊を引き連れた隊商が道々列をなしていた。たくさんの家畜を引き連れているのはタケシ君が経営するゴウフクヤの隊商みたい。ミイカワヤは商人ギルドの顔役という立場を考慮したのか牛2頭だけ。領の御用商会となったエイチゴヤはもちろん取引に応じていない。
「なんですかこれは……」
「オーゥ、まるでフェスティバルですね~」
目的の集落についてみれば、装飾を凝らしたでっかい門がしつらえられていた。上には「はだか祭へウェルカム」と書かれた額縁が掲げられ、左右の門柱を飾るのはボディビルダーの如きポーズをとる男性の看板。もちろん全裸である。
門をくぐれば通りの左右に食べ物や遊びの屋台がずらりと並ぶ。看板に射的と書かれた屋台をのぞいてみたところ、水鉄砲で女性の形をした的を倒せば景品がもらえるという目を背けたくなるようなゲームを提供していた。けしからんのは水鉄砲の形状。あんなものの先っちょから液体を噴射するなんて、発案者は乙女の敵に違いない。
……行列までできてますよ。なんであんなに人気があるんですか?
順番を待っている人達ごとマッパでブラブラさせている店主を吹き飛ばしてしまいたくなるのをグッとこらえる。今日は肉祭りと立場が逆で、こちらが裸賊に取り囲まれている状況。もめ事を起こしたら街の人達を巻き込んでの乱闘になってしまう。
家畜と装備品の交換をしている広場にたどり着くと、わきの方にステージがあって裸レスリングと称する賭け試合で盛り上がっていた。ふたりの大男がフンハッフンハッ、オオウッと声を上げながら取っ組み合っている。背中を床につけられるかステージから押し出された方の負けみたいで、先に息が上がった方の大男が押し切られアッーと叫びながら落っこちていった。決まり手は寄り切りだそうな。
どっちも、もろだしで黒星つけちゃえばいいんですよ……
「飛び入り参加も受け付けてますよ。ユウちゃんに賭ければ大儲けできます」
「参加条件に全裸ってあるじゃないですかっ」
一見弱そうなわたしが参加すれば人気が相手に傾くから、そこを逆張りすれば鉄板だとワカナさんが言い出した。こんな観衆の前で乙女に肌をさらさせるつもりかと、わき腹のぜい肉をグワシと掴んでムニムニする。
「ひゃあぁぁぁ……、どうしてワカナの弱点をっ」
ひとしきりわき腹を攻撃し続けたところ、ワカナさんはとうとう自力で立っていられなくなり地面に転がった。ゼィゼィと荒い息をつきながらビクンビクンと身体を痙攣させる。これでよし。悪は滅びた。
さっさとナタとスコップをいただこうとメスブタを交換所へ連れていく。イカちゃん達が先に来ていたみたいで、トト君と軍死君が真新しい剣と槍を手にイッエーイとはしゃいでいた。もう、新しいおもちゃを手に入れた子供にしか見えない。ダメオさんの言葉に嘘はなく、剣も槍も手入れが行き届いていてピッカピカ。これなら安心して取引できる。
「チチチッ、チクミさんっっっ?」
チクミちゃんの姿を見つけた途端、トト君と腕を組んでヘイヘイと喜びのダンスを踊っていた軍死君が素っ頓狂な声を上げる。こんな危険な場所に連れてきて万が一のことがあったらどう責任を取るつもりなのだと、なぜだかわたしを問い詰めてきた。
「あの……、私が無理を言って連れてきていただいたのですが……」
「チクミさんは悪くありません。すべてはユウさんの責任。チクミさんは悪くないんですっ。大事なことなので2回……」
これはダメだ。ファンを通り越して信者と化してしまった軍死君には、もはやひと欠片の理性すら残されていないのだろう。きっと彼は、アイドル様は用を足さないという話を頑なに信じ込んでいるに違いない。
「不肖、このウカリ・グンシが命に代えてもチクミさんをお守りいたします」
「軽々しく命がけなんて口にするんじゃありません」
わたしだけならダメオさんは警戒して戦いを避けるだろうけれど、命がけで挑んでくる者があれば全力で応じるのが修裸のマナー。裸道を修めた者の前で自分は命がけだなんて宣言された日には話がどう転ぶか知れたものではない。ダメオさんをその気にさせられては堪らないので、さっさと連れて帰るようトト君に言い渡す。
「いい加減にしなさい。チクミさんがわざわざユウさんにお願いしたってことは、あんたなんかじゃお話にならないってことよ」
「チクミさんっ。僕はっ、僕は君のためなら死ねるっ」
「よしよし、わかったから帰るぞ」
イカちゃんとトト君に両腕を掴まれ軍死君は引きずられていった。普段はクールな彼がこうもダメ人間になってしまうなんて、アイドルとはまったくもって罪深い存在だと思う。
「チクミのエンスージアスツはユージュアルにクレイジーですね~」
「あれはもうファンではない。キチと言った方がいい」
相変わらず狂ってやがると肩をすくめるホムラさん。いずれ相手を応援するだけでは飽き足らず自分勝手な妄想を押し付け始めるから、近寄らせない方が身のためだとアンズさんも眉間にしわを寄せている。
「握手券10枚分もグッズを予約購入してくださった方ですので、そういうわけにも……」
予約特典としてチクミちゃんとの握手券をつけたところ、軍死君はなんと同じものを10個も前払いで購入したという。彼のようなファンがいるから運転資金に困らなくて済むのだと苦笑いを浮かべるトップアイドル様。彼女もまた、闇の業界に棲む一頭の獣だった。
首尾よくナタとスコップを手に入れたところでアンズさんたちと別れ、わたしとチクミちゃんはダメオさんに会いに行く。心配だからと3人も一緒に来たがったものの、わたし達だけなら空を飛んで離脱できるからとご遠慮いただいた。なにを寄り道しているのか、途中でグズグズしていた3人が集落から離れたことをすかう太くんで確認しダメオさんを探す。
このマーカーは……
予想外の相手が一般客に紛れてはだか祭をウロウロしていた。こんなところで彼女と顔を合わせるのは御免こうむりたい。見つからないよう大きく迂回し、祭の中心から離れた人気のない場所。ダメオさんともうひとりの反応があったところへチクミちゃんを案内する。
……誰かと密談中かな?
建物の陰からこっそり近づいてみたところ、ダメオさんと話しているのは女性と見まがうほど美しい顔に鋼の如く鍛え上げられた肉体を持った男性。シャチーの諜報員の一番弟子と言われた裸身館道場の道場主、御棒様だった。




