第7話 無職の新人たち
繰り出される相手の拳をくぐって懐に潜り込み、裸力を纏った一撃を叩き込む。特にシビれて動けなくなるような魔法は付加していないのだけど、相手は地面に崩れ落ちて動かなくなった。
「なんでサマードレスに素足の女に勝てないんだ?」
「あいつ、集中講座で成績トップだったのに……」
季節は夏。今日は無職ギルドで拳術の昇段審査会が行われている。審査方法は受審者同士の試合で、わたしはすでに男性の受審者3人を地面に沈めていた。
今回は初段・二段の審査会なので、受審者は皆素人に毛が生えたようなもの。わたしは裸力を使えるし、大陸ひとつを平定した程度には実戦経験もあるので、拳術を覚えたての人達に後れは取らない。
服装に規定はないので、わたしは青い袖なしサマードレスにサンダルを履いてきた。最近、革のショートブーツを仕立てたのだけど、暑いのと蒸れるのが嫌で街中で履く気にはならない。お気に入りのサンダルを壊したくないので、試合中は素足のままでいる。
たった今倒れた人は、2週間の短期集中講座を受けていた人みたい。そこで成績トップということは、だいたい二段になれるくらいの実力。多少腕に覚えのある新兵といったところで、まだまだ力任せで動きも洗練されていない。動くたびにどこかしらのガードが開いてしまっていた。
「君は格闘術の経験があるのかい?」
「え~と。齧った程度には……」
受審者の待機場所に戻ると、隣にいた14歳くらいの男の子が声をかけてきた。やっぱり短期集中講座を受けてきたらしく、自分がまったく敵わず最強と思った相手があっさり崩れ落ちるのはショックだという。
「集中講座の最強なんて、新兵の中で一番強いってだけじゃないですか」
「言われてみればその通りなんだけど……」
わたしと話していた男の子はそもそも戦闘に慣れていないみたいで、試合に呼ばれるとボッコボコになって最後は負けた。最初の内は拳術の形を取っているのだけど、打ち合いが激しくなってくると足が止まり、最後は互いに足を止めての殴り合いだ。
多分、本番になると頭が真っ白になって、それまで練習してきたことを忘れてしまうタイプなのだろう。
「勝たないと段位がもらえないわけじゃないんですから、勝つことより練習したとおりに動くことを優先した方がいいですよ」
試合の成績が全敗でも、拳術がそれなりの形になっていれば初段はもらえる。この審査会で二段になろうというのでなければ、試合の結果を気にする必要はまったくないと、最初に説明されているのに……
「負けていいなんて思っていたら実力が出せないだろ」
「勝つことに焦っているから練習したことを忘れてしまうんですよ。出し切れない実力なんてないとの同じです」
足を止めての殴り合いなんてやっていたら、初段すらもらえないかもしれないと脅しておく。彼とは初対面だし、別に審査で落とされようと知ったことではないのだけど、あんまり悔しそうな顔をしているものだからついつい口出ししてしまった。
名前を呼ばれたので前に出ると、次の相手は灰色の髪を頭の後ろでお団子にした女の子だった。派手な技を好むのか、空中に跳びあがっての後ろ回し蹴りなんて繰り出してきたので、ヒョイと避けてお尻にアッパーを叩き込んで終わらせる。
最終的にわたしは5戦して全勝し拳術二段にしてもらった。わたしに声をかけてきた男の子も初段はもらえたみたいだった。
「ユウに口答えするとは生意気ですね。スズが叩きのめしてやります」
「スズちゃんにやられたら、本当に死んじゃいかねないからヤメテ」
今日はスズキムラの街からほど近い葦の茂った川っぺりで、オオボラガエルという薬の材料になる毒を分泌するカエルを探している。エサでカエルを釣っているスズちゃんに昇段審査会でのことを話したら、口の利き方を知らない生意気な新人には教育が必要だと物騒なことを言いだした。
拳道初段の相手にボコボコにされるようなへっぽこの彼だ。裸道五段のスズちゃんを相手にしては一撃死すらありえる。
「ぬううっ。またスッポンですかっ。スズをバカにしているのですかっ」
釣り針に挿したザリガニの尻尾をエサにしているのだけど、スッポンにコイにナマズといったハズレばかり釣れるので、スズちゃんのイライラは最高潮に達していた。
なんでも、オオボラガエルは飼育下では段々と毒を分泌しなくなる。季節がひとつ過ぎるころには使えなくなってしまうので、定期的に捕まえる必要があるらしい。
3匹目のスッポンを縄で縛る。すでにコイが1匹、ナマズが2匹釣れているのに、お目当てのカエルは1匹も釣れていない。スッポンなんて持って帰ったら、また今日も裸族の宴が始まってしまうなぁ……
スズちゃんがコイとナマズを1匹ずつ釣果に追加したところで近くの茂みがガサガサと動いた。さすがに街から歩いて1時間とかからない場所に裸賊が出ることはない。この辺りは獲物が豊富だから、他の釣客が来たのだろう。
「なんだよ。カエルしか獲れねぇじゃんか」
「これで釣れると聞いたんだが……」
「勘弁してよもぅ……」
いかにも新人の無職っぽい3人組が葦の茂みをかき分けて現れた。ひとりは先日の昇段審査会でわたしに話しかけてきた男の子だ。
「ん……君はメイドだったのか?」
わたしに気付いた男の子が話しかけてきた。今日のわたしはエイチゴヤのお仕着せにショートブーツという格好だ。いくらわたしでも、サマードレスにサンダルでカエル釣りにやって来たりはしない。
「あなた達がスズのカエルを横取りしていたのですね……」
「いや、俺らスッポンを獲りに来ただけだから」
彼らはスズちゃんが探していたカエルを3匹ほど捕らえていた。釣れなかったのは横取りされていたからだとスズちゃんが無茶苦茶な言い掛かりをつける。
「いらないならスッポンと交換しませんか? 3匹いますよ」
「いいんですかっ?」
わたしが釣果の交換を申し出ると、3人組の中にひとりだけいた女の子が、もうこんな茂みの中を歩き回らなくて済むと快く応じてくれた。
「裕福な人達の間でスッポンがブームなっているらしくて、最近値上がりしているんだ」
互いに用は済んだと街に戻る途中で3人組の内のひとり、黒髪でロン毛の男の子が教えてくれた。彼はウカリ・グンシという名で通称「軍死」と呼ばれているらしい。
昇段審査会であった茶色い髪をした男の子はトドロキ・トラシロウで通称「トト」。チョコレートみたいな暗い茶色の髪をツーサイドアップした女の子はシントウ・イカリといって、通称は「イカ」だそうだ。
3人とも今年の春に無職ギルドに登録したばかりだという。
「今年は暑くなりそうなので、夏バテ予防にスッポンが人気だって若旦那が話してました」
スズキムラの街では5本の指に入る大手商会エイチゴヤに勤めているスズちゃんが教えてくれた。
「重くないのそれ?」
スズちゃんはカエルをいれた竹カゴを背負い、わたしは天秤棒の両端にコイを入れたタライとナマズを入れたタライを吊るして担いでいる。泥を吐かせる前に死んでもらっては困るので、川から汲んだ水も一緒だ。
そんなに担いで休まなくて平気なのかとトト君が尋ねてきた。
「このくらい何ともないです」
裸力を体内に巡らして身体能力を強化しているから、この程度の重さはなんてこともない。全然大丈夫だと答えると、いきなり二段になる人は鍛え方が違うのかとトト君はガックリしていた。
「ユウさんも新人なの? パーティーは決まっているの?」
イカちゃんが尋ねているパーティーというのは、この3人組やアンズさん達みたいなメンバーが決まっている仲間のことだろう。わたしはソロ。つまり、基本ひとりで活動して、パーティーには臨時メンバーとして参加することにしていた。
アンズさん達に一緒にやらないかと誘われた時、わたしはそれを断った。アンズさん達が何を目的に無職をしているのかは知らないけど、わたしの立身出世物語は魔皇のひとりとなった時点ですでに終わっている。
残る余生を衣服のある文明世界で過ごせればいいという、意識低い系のわたしがパーティーに加わるのはなんだかいけない気がした。
「わたしはソロです。他の方々とは足並みが揃わないでしょうから」
大金を稼ごうとも、名を上げて有力者に仕えたいとも思わない。どうしてアゲチンの差し出した杯を断ったのか不思議なくらい、わたしはダラダラとした日々を送るだけのダメ人間である。
パーティーに加われば、きっと仲間にダメ人間を感染してしまうに違いない。
「新人がソロなんてやっていけるの?」
決まった仲間を持たず、その都度臨時メンバーとして加わるソロは早い話が用心棒。腕っぷしが強いか、何らかのスペシャリストでなければ相手にしてもらえない。イカちゃんが疑問に思うのは当然といえた。
「その子、めっちゃ強いから。俺が1勝もできなかった審査会で全試合ワンパンだったから」
「それでは彼女が強いのか、お前が弱いのかわからんな……」
話を聞くと軍死君は魔法二段で、イカちゃんは斧術二段なのに、トト君だけは剣、斧、弓、拳術と全部初段止まり。ワカナさんと同じく、手を広げるけど伸びないタイプみたい。
「適性が問題になるのは四段以上か魔法くらいです。誰だって訓練を重ねれば三段まではいけますよ」
才能がないのかと嘆くトト君にスズちゃんは厳しかった。
「ま~た、クソトマホーカーがやらかしやがったで~す」
アンズさん達3人は今日はウサギを狩ってきたのだけど、毛皮を取るから背中の部分には傷がない事という条件にもかかわらず、アンズさんのトマホークはことごとくウサギの背中に命中したらしい。
3羽ほど持ち帰ってきたので、フタヨちゃんに料理してもらって今日もまた宴会が始まった。
「ぐぬぬぬ……荷物持ちが偉そうに……」
ホムラさんは威力と効果範囲ばかりを重視するので、相手を傷つけずに無力化するとか、生かしたまま捕らえるといったことに使える魔法は覚えていないらしい。獲物を丸焼きにしてしまうから狩猟ではいつも荷物持ちなのに、なんであんなに偉そうなのだとアンズさんは怒りに震えていた。
「コイとナマズは泥を吐かせてから料理しますね」
わたしの持ち帰った魚は大きなタライに移して泥を吐かせている。フタヨちゃんに任せておけば一番いいタイミングでシメてくれるだろう。
「ど~して裸族だけクロースオンしているのですか~?」
「もう銭湯にもご一緒したじゃないですか~」
すっかりいい気分に酔っ払ったホムラさんとスミエさんがわたしの着ているお仕着せに手をかけてくる。すでに他の人たちは全員マッパ。修裸の国を飛び出してたどり着いた先は、やっぱり酒裸の国だった。
「どこからあの管理人が覗いているかわかりませんよっ」
「ヘタレのリンノスケにはせいぜいウォッチさせてやればいいで~す」
あのインキュバスの管理人はチョウゼツ・リンノスケと名乗っている。まあ、わたしのナロシ・ユウと同じく偽名なのだろうけど……
「あの人、ヘタレなんですか?」
「ヘタレもヘタレ、キングオブヘタレとはあのヘタレのことで~す」
「ツチナシさんはあんなに積極的なのに、もう必死に気付かない振りしてるんですよっ」
ツチナシさんはわたしの知らないところで、もう内縁の妻かってくらいあのインキュバスのお世話を焼いているという。花の命は短いのに、いつまで放っておくのだとスミエさんが憤慨していた。
おっぱいが大きいのや若い子がいいのかと、スミエさんとワカナさんがモーションをかけてもまったく相手にせず、ズルズルとツチナシさんの好意に甘えているだけのヘタレだそうな。
「え~と、実はホモにしか興味がないとか……」
「「あんのやろうっ!」」
わたしの不用意なひと言を真に受けた酒裸達が管理人室へと殺到し、ドアをガンガンと殴りつけ「ホモならホモと白状しろ」と開門を迫る。閉め切られたドアの向こうでは、「違うっ。俺はホモじゃないっ!」とインキュバスが魂の叫びを上げていた。
酔っぱらいに迂闊なことを言ってはいけなかったね……