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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第7章 はだか祭の裸刹女

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第5話 チクミの過去

「どっ、どれだけスズをバカにすれば気が済むのですかっ!」


 スズちゃんが荒れていた。なんでも、スズキムラとヤマモトハシの間にある山の北側と南側では生息している生き物が異なっていて、オオボラガエルは北側にしか生息していない。わざわざスズキムラまで捕まえに来たにもかかわらず、針にかかるのはスッポンやナマズといった外道ばかり。もはや勘弁ならぬと、竿をバチャバチャ水面に叩きつけて怒りを表している。


「スッポンに怒ったって仕方ありませんよ」


 わたしはエサ用のザリガニを釣っていた。尻尾をもいでむき身にしスズちゃんに渡す。すかう太くんで周囲をサーチしてみれば、例によって例の如くトト君達の反応が近くにあった。どうせ向こうはカエルばっかり釣れているだろうから、後で交換すればいい。


「ところで、スズちゃんのお師匠様とチクミちゃんはどういう関係だったんです?」


 今日、スズちゃんにつき合ってカエル釣りにきたのは、チクミちゃんのことを聞き出すため。さすがに本人の前で聞き出すわけにもいかないので、肉祭り時は気付かない振りをしておいたけど、修裸に乙女の敵がいるなら死刑である。今晩中にも執行してくれよう。


「チクミは師匠の養女だったのです」

「乙女の敵に加えてロリコンですか。罪が増えましたね」

「そっちの幼女ではないです」


 なんでも、今裸賊の砦となっている場所は、服を着ないのでスズキムラの街に出入り禁止を言い渡されたシャチーの諜報員が庵を構えていたところ。そして、チクミちゃんはその近くにあった集落に両親と暮らしていたそうな。変装を嫌がって街から追い出されるとか、そいつは諜報員の仕事を何だと思っていたのか問い詰めてやりたい。


 そこに根城を追い出されたらしき山賊が流れて来て、その集落を新たな拠点にしようと乱暴狼藉の限りを尽くした。スズキムラへの道は封鎖され村人たちが襲われる中、チクミちゃんだけは服を着ないおじちゃんのところに逃げ込んだみたい。シャチーの諜報員によって山賊達は成敗されたものの、チクミちゃんは天涯孤独の身の上となり、これまで暮らしていた集落は放棄された。


 帰るところを失った幼女を憐れに思ったのか、シャチーの諜報員はチクミちゃんを養女とし、外出の際は腰ミノをつけるという条件に同意してスズキムラに住むことを許されたという。裸道の道場も、元々は彼女の養育費を稼ぐために始めたものだそうな。


「チクミは直弟子ではありませんでしたが、見よう見まねで裸道を身につけました」


 養父のマネゴトをしているうちに、防殻なんかを形成できるようになっていた。おそらく三段くらいの実力はあるはずだとスズちゃんは言う。


「ですが、ある日突然、師匠が街を出ていくと言い出したのです」


 チクミちゃんは一緒に連れて行ってくれと泣いて縋ったけれど、危険な旅になるからと断られてしまった。直弟子たちに彼女のことを任せると、シャチーの諜報員はスズキムラを去り、その後の足取りはまったくつかめていないという。


 それは多分、シャチーから帰還命令が出されたに違いない。行き先が修裸の国であるならば、チクミちゃんを連れていけないのも理解できる。流動防殻をスズちゃんが知らなかったということは、シャチーの諜報員はまだ使えなかったと考えるべき。自分の力では修裸の国で彼女を護りきれないと判断したのだろう。

 とりあえず、乙女の敵でなくてよかった。


「それ以来、チクミは裸道を捨ててしまったのです」


 養父に捨てられたと思ったのか、魔法や槍術を習い始め、裸道は昇段審査すら受けなかったとスズちゃんがため息を吐いた。


 誰かに置いて行かれることを恐れるのは、そのためですか……


 オールラウンダーなのは自分が仲間を信用していないせいだと涙を流していたことを思い出す。幼くして両親を失い、養父にも置き去りにされた。それがトラウマになって、ニート・フォーの皆さんもいつか自分の元から去ってしまうという不安に苛まれているのだろう。仲間に自分を委ねないのは、どうせ元から独りだったのだと自分を納得させたいからみたい。


「何ものにも頼らない。それは確かに裸道の心得ではあるのですけれど……」


 なにかに頼ることを良しとしないのは、いかなる相手も倒せる強さを求めてのこと。捨てられるのが嫌だから独りでいるのとはわけが違う。おせっかいであることは重々承知しているものの、わたしはチクミちゃんに泣いていて欲しくなかった。それに、部下の不始末をフォローするのはデキる上司の条件である。


「ユウはチクミを裸道に引き戻すつもりなのですか?」

「そんなつもりはありません。それよりスズちゃん、引いていますよ」


 裸力開放の独占を企むスズちゃんが、チクミちゃんにまで裸道の奥義を伝授するつもりなのかと睨み付けてきた。あんな非常識な技、伝授のしようがないから安心して欲しい。獲物が喰いついていることを教えてあげると、6匹目になるスッポンを釣り上げたスズちゃんが怒りの咆哮を轟かせた。


「なにっ? 魔獣っ? こんなところでっ?」

「グズグズするなトトッ。急いで引き上げるぞっ」


 辺りを震わせたスズちゃんの咆哮を耳にして、葦の茂みの中からトト君達が転がり出てきた。こんな街の目と鼻の先で魔獣に出くわすとは考えていなかったのだろう。さすがにわたし達みたいな薄着ではないものの、武器も防具も身につけていない。


「イカちゃん。カエルは何匹釣れました?」

「あれ、ユウさん。魔獣は?」


 おとなしくカエルを捧げなければ魔獣が解き放たれるであろうと伝えたところ、イカちゃんは頭から湯気を立てているスズちゃんを見て察したみたい。カエルばっかり7匹釣れたと正直に白状する。


「ここにスッポンが6匹います」

「どうぞお持ちになってください」


 首尾よくカエルとスッポンを交換してスズキムラへと戻る。道すがら、薬師に需要があるのにどうして無職ギルドはカエルを買ってくれないのだと軍死君が首を捻っていた。オオボラガエルは飼育していると次第に毒を分泌しなくなる。つまり、在庫として飼っている間もどんどん劣化して、しまいには価値がなくなってしまう商品。リスクが大きいので労力に見合った買取金額を提示できないのだとスズちゃんが解説する。


「どうでもいいけど、ユウさん達そんな恰好で大丈夫なのか?」

「ほんっとうにどうでもいいことですね」

「ひでぇ……」


 今日は日差しが強かったので、夏にはまだ少し早いのだけどスズちゃんは半袖の、わたしはノースリーブのワンピース姿である。後で肌がヒリヒリするのではないかと、トト君が思春期の少年にありがちなイヤらしい視線を向けてきた。


「植物如きに傷つけられるほど、スズの肌は脆くないのです」


 防殻で保護されているため、草がこすれたくらいで傷つくことはない。ちなみに、虫に刺されることもなければ、日焼け防止にも効果があるのだと教えてあげる。


「なにそれ? 裸道ってそんなに便利なのっ?」

「裸身館をオススメしたいところですが、裸道健康法を教えている道場の方が安いのです」


 美容にも良いと耳にしたイカちゃんが興味を示す。裸身館はガチな分、入門料などの負担もバカにならないからスッポン釣りをしているような無職には厳しい。健康道場なら体験入門も受け付けていてお手頃だと、スズちゃんの営業はスズキムラの街に到着するまで続いた。






 肉祭りの日以来、スズキムラの上層部が揺れている。高級レストランの一室で、警邏隊長さんがわたしに愚痴をこぼしていた。ディナーにお土産も用意するから相談に乗ってくれとせがまれ、こっそり盗み聞きしていたアンズさん達に無理やり送り出されたのである。まぁ、美味しい料理が食べられるのなら許そう。


「商人ギルドが裸賊との取引に前向きな姿勢を示している。安全が確保できんと言っているのだが聞く耳を持たん」


 すぐにも使えるくらい整備してあるという言葉に嘘がなければ、裸賊の申し出てきた交換レートはかなり良心的だった。それはもう、商人なら間違いなく飛びつくほどだという。護衛はこちらで用意するからと言って商人達が警告に耳を貸さないのだと、警邏隊長さんは眉間に皺を寄せている。総監府では裸賊との取引禁止令を出すことを検討中だそうな。


「まあ、無駄でしょうね」

「君もそう思うか……」


 こっそり取引して、足がつかないよう他領に持って行って売り捌けばいいだけのこと。領内の家畜は減り、討伐軍の物であった装備品は領外に流れてしまう。ヤマモトハシ領にとって得になることはひとつもない。警務監のウスイさんも同意見。最悪、商人達を検挙しようとする警邏隊と彼らを護ろうとする裸賊が戦闘になれば、街の中に敵を作ることになりかねないと薄い頭を悩ませているという。


「だが、裸賊が商人達を襲うことは……」

「あり得ませんよ」


 商人達が襲われて、馬や荷馬車が奪われることを警邏隊長さんは心配しているみたい。訓練された軍馬ではないとはいえ、賊の手に馬が渡ることは避けたいのだろう。裸賊が商人を襲撃することはないと安心させてあげる。


「なぜそう思う?」

「今は一度しか使えないカードを出す場面ではないでしょう」


 取引を持ちかけてだまし討ちなんて手が通用するのは一度だけ。切り札はいざという時のため手元に残しておきたいのが人情というものである。常備軍の半数以上を失ったヤマモトハシ領軍は再編中で身動きが取れない。数だけ揃えるならともかく、部隊として運用できるまで訓練するにはそれなりの時間がかかるし、工作兵や衛生兵といった支援部隊を失った損失は大きすぎた。補充に数年を要するということは裸賊も承知しているから、今はむしろ周辺の街を懐柔してくるはずだとわたしの予想を伝えておく。


「すべて奴らの思惑どおりと言うことか?」

「2回も討伐に失敗したんです。主導権を奪われるのも仕方ありませんね」


 相手は領軍の動向まで考慮して動いているのだから、これはもう都市総監や警邏隊長さんが頭を悩ませる問題ではない。街の防衛だけはしっかりやって、後のことは辺境伯に丸投げしてしまえと唆す。権限もないのに責任だけ背負い込むことはない。


「ヤマモトハシに書簡を送るよう都市総監にかけあってみよう。君からの助言だとしたためさせてもらいたいのだが……」


 都市総監の私見とすると、泣き言を漏らしているように受け取られてしまう。誰か見識のある者からの助言ということにしたいと警邏隊長さんが頭を下げた。そんなことで誠意を感じるほどわたしは甘くない。グラスに注がれたリンゴの発泡酒をググイッと飲み干す。


「たんぽぽ爵を酔わせたら、そんなことを口にしていたと添えていただけるなら」


 空になったグラスを突き出してみせたところ、察しのいい警邏隊長さんはこのお店で一番高いお酒を注文してくれた。






 お土産の料理と追加でいただいた高級酒を持ち帰ったわたしを待っていたのは、もちろん酒裸しゅらの宴だった。というか、全員揃って全裸待機してるって何なのだろう。女性しかいない空間というものはここまで乱れるものなのかとため息が出る。もしかしたら、前世で優が進学しようと考えていた女子高もこんな感じだったのかもしれない。


「イィィィヤッフゥゥゥ――――ッ! さっすがはユウ。ブーティーもグゥレイトで~す」

「うわぁぁぁ……いくら冬に稼いだとはいえ、こんなお酒はとても手が出ませんよ~」


 これはまた豪華な戦利品を持ち帰りやがったと、ホムラさんが高いお酒を皆の杯に注いでゆく。ギルドの親方程度の稼ぎでは全然足りない。商会の会長クラスのお金持ちが嗜むお酒だとワカナさんも目をウルウルさせていた。


「警邏隊長のポケットマネーで出せるとは思えない。総監府の経費から支払われた……」


 こいつには裏金が使われているに違いない。とうとう公金横領の悪事に手を染めたのかとアンズさんが目を細める。


「ちょっと、たんぽぽ爵の肩書きを貸してあげただけですよ」

「やっぱり世界は不公平だった。だけど、今回は目を瞑るのもやぶさかではない」


 悪事ではなく標準的な貴族のやり方だと説明したところ、特別に目を瞑ってやろうとアンズさんが空になった杯をさし出してきた。ハイハイとおかわりを注いであげる。かつて総監府のことを体制などと罵倒していた革命の闘士はどこへいってしまったのだろう。


「小娘は集団に利用されたくないから独りでいたけど~。ユウちゃんは独りで集団を手玉に取る悪党ね~」


 清廉潔白な自分にはマネできないとプリエルさんがにこやかに笑いながらお酒を口にしていた。王国衛士を不意打ちで叩き潰した【鉄棍鬼】が何を言っているのかさっぱり理解できない。


「わたしは頼まれた依頼をこなしただけです。悪党なんて言われる覚えはありませんよ」

「ひとりだけ仲間にならない悪党がいるわね~」


 わたしだけ仲間ではないと覆いかぶさってくるスミエさん。仲間にならない奴は悪党だと耳に息を吹きかけてくる。


「わたしたちの仲間だと言うなら脱ぐのよっ」

「ひゃあぁぁぁっ。下着を引っ張らないでくださいっ」

「ユウちゃん、覚悟っ!」


 ここぞとばかりに皆が襲いかかってくる。スミエさんのドグウバディに押さえ込まれているわたしには、もはや抗う術など残されてはいなかった。


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