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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第7章 はだか祭の裸刹女

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第4話 悶紋の欠点

 裸賊は家畜を欲しているみたい。これまで奪ったもののうち、武器防具なんかはあまり使わないので、冬の間にきっちり修理しておいた。そのまま兵士に使わせてもいいくらいに整備してあるので、これを家畜と交換しないかと元道場主はいう。


 馬はどうせダメだろうから、牛、豚、羊、鶏でいい。鶏のみ雌鶏5羽につき1羽の割合で雄鶏を混ぜ、他はすべて食用のメスと指定してきた。


「なにぶん大喰らいの野郎どもばっかりなので、肉を喰わせてやらないと近くにある集落を襲いかねないのですよ。ご協力いただけるとありがたいのですが……」

「貴様らっ。罪のない領民をっ」


 川の北側にも農業や牧畜を営んでいる集落がいくつかあると聞いてはいた。スズキムラに避難してこなかったか、逃げられなかった集落がまだ残っているという。


「私とて彼らに危害を加えたくはありませんよ。なにしろ、徴税官を通さないことを条件に領主に納める分の7割を提供してくれるのですから」


 年貢3割引きと伝えたらとても協力的だった。知能の低い荒くれ者どもに襲われるのは忍びないから、彼らをかわいそうだと思うなら取引に応じてくれと元道場主は笑っている。


「君なら奴を取り押さえられるか?」

「できますけれど、無理ですね」


 なんだそれはと警邏隊長さんが睨み付けてきたので、耳打ちできるようしゃがんでもらう。


「たんぽぽ爵は中央の文官なんです。辺境伯に持ちかけられた交渉を勝手に潰すわけにはいかないんですよ」


 花位は中央の文官に与えられる爵位。相手が逆賊であろうとも、辺境伯を無視して話をポシャらせれば領主の統治権を侵害したことになる。襲いかかってきた暴漢を返り討ちにするのとはわけが違うのだと伝えたところ、警邏隊長さんは顔をクシャクシャにした。


「また面倒な立場になったものだな……」

「わたしも心からそう思っています」


 面倒臭いのはあなたたちですとは言わないでおく。とりあえず聞くべきことは聞いたので、あとはあの男に無事脱出してもらわなくてはならない。裸身館道場の門下生は半分以上が警邏隊の所属だと聞くし、悶紋があるからと余裕ぶっこいてヘタを打たれてはわたしが脱獄の片棒を担がなくてはいけなくなる。

 余計な仕事を増やされるのは御免ですからね……


「捕縛できるだけの人は集まりそうですか?」

「要人はいないということだったので、手練れの者が少ない。今は時間を稼ぐしかないな」


 奪われた装備品は元々領軍のものだ。取引ではなく返却せいなどと警邏隊長さんがゴネ出した。元道場主がそれに応じるはずもなく、奪った時点でこっちのものだと言い張る。


「ダメオさんっ。どうして裸賊なんかにっ?」

「ダモンイン・キメオです。その呼び方はやめるように言ったはずでしょう、チクミ」


 あの元道場主はダメオさんと言うらしい。いかにもダメそうな名前に、このまま放っておいたら本当に捕縛されてしまうのではと不安になってきた。家畜なんてすぐに数が揃うものでもなく、ダメオさんもブツを所持していないのだから、取引の場所と日時を告げてさっさと逃げて欲しい。

 用が済んだのならさっさと離脱しなさいよ。このアホタレ……


「私と共に裸賊の砦に来ませんか? チクミにもきっと、裸刹女様が真の裸道を授けてくださいますよ。あなたを捨てた師匠よりも強力な技を……」

「あの人のことは言わないでくださいっ!」


 むむっ。もしかしてシャチーの諜報員はチクミちゃんを弄んでいたのだろうか。そうだとしたら、シャチーに誰なのか聞き出して成敗しなければならない。たとえわたしの配下といえど、乙女の敵には死あるのみ。それは絶対の掟である。


「フハハハ……これがあなた達に伝えられなかった、真の裸道の姿です」


 そう言って、ダメオさんは右腕に炎を纏わせた。掌を天に向けて纏わせた炎を放ち、空中で爆発させてみせる。右腕に刻まれた悶紋が発光しているところから察するに、どこかの魔法使いから奪った力だろう。もしかしたら、裸賊討伐軍にいた誰かかもしれない。


「裸道と魔法を同時にっ?」


 それは裸道では当たり前のことなのだけど、どうしてだか人族は魔法と裸道は相いれないものと考えているみたい。やっぱり、魔法記憶領域とかいう覚え方に問題があるのかも……


 だけど、ダメオさんは自分が危ない橋を渡っているということに気が付いていない。強さを追及するのは同じでも、ひたすら己を鍛え上げる裸道と、他者の力を自分のものにする悶紋はアプローチが真逆。そのためか、修裸達は悶紋が大嫌いときていた。これが真の裸道などと吹聴していることが修裸の耳に入ろうものなら、裏にいるのが夜皇ちゃんであろうとお構いなしに裸賊の砦は山ごと吹き飛ばされてしまうだろう。

 そんなことされたら、せっかく夜皇ちゃんに作った貸しがパァである。


「こいつは……精鋭の警邏隊員でも手に負えるかどうか……」


 警邏隊長さんが渋い顔をしている。裸道だけならともかく魔法までとなると、相手の手のうちが読めない。いかに手練れの者でも初見では不覚を取ることも充分に考えられるという。


「話を潰さない程度に痛めつけて追っ払うことならできますけど……」

「その判断は警邏隊長としての職務を放棄したも同然だ」


 捕縛を諦めるということなら追い払ってあげますと言ってみたものの、それは立場上許されないそうな。実力が不足しているのだから被害の拡大を抑えることを優先しても良さそうなものなのに、わざと取り逃がすことなんてできないと警邏隊長さんは意地を張る。そのうち、緊急招集を受けたらしきイイガタイの隊員さん達が集まってきた。


「相手は裸賊と化した裸道の道場主だ。加えて魔法を使う。取り押さえられるか?」

「はっ、武装解除の許可をいただきたく存じます」

「許可するっ」


 相手は素っ裸で武装を解除する余地なんてないのだけれど、許可をもらった8人の警邏隊員さんがダメオさんの前に立ち塞がった。ダメオさんの方はといえば、余裕しゃくしゃくといった表情で相手の出方をうかがっている。


「ネイキッド小隊、全武装解除フルオープンっ!」

「「マッパダライズッ!」」


 威勢のいい掛け声とともに、むくつけき男どもがポーズを決めながら装備を脱ぎ捨てまっぱだ化していく。あんまりな光景に、わたしは反射的に警邏隊長さんのお尻を蹴り上げていた。


「なんですかアレ? 人をバカにしているんですか? 悪ふざけにも程がありますよ」

「待ってくれっ。ああ見えても実力の方は確か……」

「ぎゃあぁぁぁっ!」

「「小隊長どのぉぉぉ――――っ!」」


 相手はスズちゃんに次ぐ実力者だったという直弟子のひとり。加えて悶紋で強化されているものだから、裸身館の門下生達では相手にならなかった。鎧袖一触、あっという間に倒されて、だらしなくブラブラさせたまま地面に転がされる。すかう太くんで確認したところ、幸いなことに全員命に別状はない。


「全然、ダメじゃないですかっ。手加減されてますよっ」

「それに気付くとは、そちらのお嬢さんはなかなかの手練れのようですね。私と一手いかがですか? もちろん全裸で……」

「お断りですっ!」


 わたしに全裸でかかってこいと手招きするダメオさん。まったく頭が痛い。この人達はせっかくの衣服ぶんめいをなんだと思っているのだろう。衣服は着るためのものであって、脱ぎ捨てるためにあるわけではないのに……


「力を驕り弱者を虐げ、白昼堂々狼藉三昧。人それを悪というっ」

「なにものっ?」


 突如として時代がかった台詞が投げかけられた。声のした方を振り向くと、わざわざ木の枝に登って太陽を背にした小さな人影がへんてこなポーズをとっている。


「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶっ。悪を倒せとスズを呼ぶっ」

「姉弟子っ。やはり来ましたかっ」

「とうっ!」


 枝のしなりを利用して大きく跳んだスズちゃんが、空中でクルクルと3回転を決めてダメオさんの前に降り立つ。ようやく自分の相手が現れたと言わんばかりに、ダメオさんは喜色に満ちた笑みを浮かべていた。


「そんなものが真の裸道とは片腹痛いと復元薬。道を誤った不肖の弟弟子っ。スズが会得した裸道の奥義で葬られることを幸せに思うのですっ」


 スズちゃんは初っ端からる気マックスである。いやいや、殺されてしまってはこっちが困るのですけれど……


「裸道の奥義……姉弟子もまた、師匠を超えようとしていましたか。ならば、相手にとって不足はなしっ。私の全力を持って打ち破るのみっ」


 ダメオさんも負けじと全身の悶紋を発光させた。両者とも最初の一撃に全力攻撃をぶつける構えである。なんだかもう、当初の目的をすっかり忘れているっぽい。取引を持ちかけても脱出できなければ交渉が続かないというのに、こんなところで強敵と対峙することに何の意味があるのだろう。

 口調はインテリっぽいけど、やっぱり頭の中まで筋肉が詰まった人だったみたい。


「正義の怒りを思い知るのですっ。裸力開――」


 これは止めないとダメオさんが殺されてしまう。後で夜皇ちゃんに言いつけてこれも貸しにしてもらうことに決め、エイチゴヤのお仕着せに手をかけたスズちゃんの後頭部に拳骨を振り下ろした。


「――お゛うっ! なっ、なんで止めるのですかっ?」

「なんでじゃありませんっ。こんなところで全裸になるつもりですかっ?」


 涙目になってどうして邪魔するのだと唇を尖がらせるスズちゃん。なんでもなにも、こんなところでマッパになるのは公然わいせつの罪。正義が聞いてあきれる。


「だいたい、スズちゃんは裸力開放に頼り過ぎです。そんなことでは、いつまでたっても流動防殻は身に付きませんよっ」

「うぐっ……」


 裸力ゲージが切れたら無力だなんて、それは真の実力ではないとスズちゃんを諭す。悶紋で強化されているとはいえ、ダメオさんはしょせん裸道を齧ったに過ぎない人族。裸旋金剛撃を使わなければ倒せないような相手ではない。


「あの程度の相手に裸力開放は必要ありません。流動防殻で充分です」

「裸力開放……流動防殻……初めて耳にする言葉です。なるほど、あなたが姉弟子に奥義を授けた師でしたか……」


 その場しのぎのデマカセを本気にしたスズちゃんが自力で会得してしまった。というのが真相なのだけど、さすがにそれを口にするわけにもいかないので黙っておく。


「あなたにもひとつ忠告しておきます。そんな、借り物の力で真の裸道を名乗ったりしていると、そのうちこわ~いオジサン達にお仕置きされちゃいますよ」

「あなたはっ。まさか、裸傷紋らしょうもんの秘密を……」


 悶紋のことを裸傷紋と呼んでいるみたい。まぁ、悶紋と言うと背後に淫魔族がいることを疑う人も出てくるだろうから、呼び方を変えて誤魔化しているのだろう。


「警邏隊の手が尽きたということなら追い払います。まだ策がありますか?」

「待てっ、まだスターク小隊とノーガード小隊が……」

「ないようですね」


 あんな露出狂どもを追加されてはかなわない。どうせ結果はネイキッド小隊と同じなのだから、警邏隊は万策尽きたと考えるべき。まだ到着していないのをいいことに、警邏隊長さんの声は聞こえなかったことにしてダメオさんの前に進み出る。


「わたしは警邏隊じゃありませんから、あなたを捕縛する義務を負っていません。今のうちに逃げることをお勧めします」

「裸の道を歩む者に逃げろとは、私も軽く見られたものですね」


 悶紋とは他者の命を武装とする術。そんなものを頼みとした時点で道を踏み外しているのだけれど、ダメオさんにその自覚はないみたい。全身に流動防殻を展開しサンダルをペイッと脱ぎ捨てる。その力はしょせん借り物でしかないのだと思い知らせてあげよう。


「参りますっ」


 収束した風を足裏で炸裂させて加速。ひと息に懐へと飛び込んで流動防殻に覆われた拳を叩きつけた。さすがに直弟子だっただけあってガードされてしまったけれど、構わずにゲシゲシと連撃をつなげてゆく。互いに相手のガードをこじ開けようとするような力任せの攻防をしばらく続け、適当なところでいったん距離を取る。


「見かけによらず、力でごり押しするような裸道を使いますね」

「一番効率がいいからですよ。ご自慢の裸傷紋とやらをよくご覧になってはいかがです」

「これはっ?」


 悶紋もやはり魔法の一種。幾度も防殻を叩きつけられれば、塗装のように徐々に剥がれ落ちていく。そして、流動防殻はことさら相手の防殻を削る能力が高い。ダメオさんの裸傷紋はところどころ剥がれ落ち、一番使用頻度の高かった左腕に至ってはすでに機能を失っていた。


「壊れてしまう武器防具なんてアテにしない。裸道がどうして武装を用いないのか、忘れてしまいましたか?」

「一筋縄ではいかない御仁のようですね。今日のところは引き下がりましょう」


 しからば御免っと声を上げてダメオさんは空中へ飛び上がった。どうやら、空を飛ぶための悶紋を背中に刻んでいたみたい。隠すことなくブラブラ見せつけながら北の空へと飛び去ってゆく。


「ユウ、追わないのですか?」

「それはわたしの仕事じゃありません」


 あんな露出狂の変質者をわざわざ追いかけるなんて頼まれたってお断り。警邏隊から仕事を奪っては申し訳ないとスズちゃんをなだめすかし、料理を心待ちにしているであろうピラニア軍団の元へ戻ることにした。


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