第3話 全裸の襲撃者
今日は肉祭りが催される日。審査会でそれぞれ昇段を果たしたお祝いも兼ねて、妄粋荘の人たちと水辺公園に向かう。今日は管理人であるリンノスケまで一緒。ツチナシさんと腕を組んで歩いている。
ヘタレインキュバスは彼女をどうするつもりなのだろう……
無職にはちょっと厳しい入場料をまとめて支払い会場に足を踏み入れると、丸焼きにされている牛や豚や羊といった家畜が美味しそうな匂いを漂わせていた。削ぎ落とされた肉とそれを使った料理は食べ放題。お酒などの飲み物とおつまみ類はその都度精算となる。
大きなテーブル席をキープしたところで、アンズさん達3人組はお酒を買いに、プリエルさんとスミエさんは肉の塊を貰いに行く。わたしとフタヨちゃんで料理を探していたところ、フタヨちゃんが奉公している料理屋の親方が出している出店を見つけた。
「なんだフタヨ。今日は休みだって……」
「親方、フタヨはちゃんと入場料を払って来ているんです。自慢の逸品を出してください」
「客とあっちゃぁ手は抜けねえな。まかないとはひと味違うもんを喰わせてやるぜ」
親方自慢の料理をいただいてテーブルに戻ると、肉の山とたくさんのお酒がすでに用意されていた。料理が到着したところで、招待してくれたわたしのために肉という肉を食べ尽すのだとホムラさんが宣言。リンノスケ以外は全員女性というグループなのに、飢えた野獣たちは人目を気にすることなくガツガツと肉を平らげグビグビとお酒を飲み干す。
しばらくすると、チクミちゃん達ニート・フォーの皆さんもやって来た。バンドメンバーにグッズ担当、おまけのスベル先生も含めて20人近い大所帯なので、テーブルでは狭苦しいと地面にゴザを敷いて腰かける。ところどころに配置された木の板がテーブルの代わりみたい。
「君も無職なのかい? 今度一緒に依頼を受けてみない?」
バンドの皆さんもやっぱり無職。ステージは毎日あるわけではなく、むしろない日の方が多いので、普段は無職ギルドの依頼をこなして日銭を稼いでいるという。男性のひとりが共に依頼をこなさないかとプリエルさんに声をかけていた。もしかして、ナンパのつもりだろうか。全身鎧を脱いでしまえばタレ目気味でおっとりした感じのポワポワお姉さんにしか見えないけれど、そのエルフは王国衛士を平気で叩き潰す【鉄棍鬼】ですよ。
「まとまったお金が手元にあるから~。小娘はしばらくの~んびり過ごすの~」
あっさりとお断りされてしまった男性は、めげることなくスミエさんとフタヨちゃんに声をかけるものの、自分たちは無職でないと言われスゴスゴと引き下がる。どうやら、無職であることに後ろめたさを感じているみたい。
「あんたの受ける依頼ってぇ、報酬がやっすいのばっかりじゃなぁい」
「演奏家は指が命なんです。感覚を鈍らせたら音が死んでしまうんですよ」
ロクな職能がないから割のいい仕事が受けられないとサグリさんが指摘したところ、楽器を演奏するには繊細で器用な指が必須なので武器を扱ったりはできない。拳術なんて言語道断。自分たちは仕事が制限されるのも承知の上で、あえて鍛えないのだとバンドメンバーたちが口を揃えて抗議を始めた。
なんだか、アゲチンの主張に通じるものを感じる。
「ペッペッ……こいつらはアゲチン派ですよ。クビにした方がいいです」
ワカナさんも同じように感じたみたいで、アゲチン派なんて解雇してしまえと言い放つ。半年前までは自分もアゲチンを先生と呼んでいたことは忘れてしまったのだろうか。嫌なこと、思い出したくないことを全部忘れてしまえるなんて、羨ましい記憶力である。
「それほど繊細な演奏でしたっけ?」
「ユウは目と舌に加えて耳まで肥えている。片田舎の演奏家きどりと王都のお抱え楽士を比べてはかわいそう」
「ぐふうっ」
アンズさんから田舎のなりたがり屋と評されたバンドの人達が胸を抑えて地面に崩れ落ちた。
「とどめを刺したのはアンズさんですよね?」
「仕留めたのはユウ。私は屍を鞭打っただけ……」
街中で人を刺せば犯罪だけど、肉の塊に鞭をくれても罪にはならない。だから悪いのはわたしだと、すました顔のまま口にするアンズさん。それはそうかもしれないけれど、魔皇であるわたしより遥かに人の道を踏み外しているのではなかろうか。
「ソルティーなオーダーはノーセンキュー。ビッグマニーをテイクするで~す」
魔法五段になって、この街ではトップクラスの魔法使いとなったホムラさんが、しょっぱい依頼なんてやってられるか。狙うは一攫千金だと拳を振り上げた。これで空を飛びながら地上にいるのと同じことができれば、王国軍の魔法兵として採用されることも夢ではない。わたしにとってはカモだけど、空から地上を蹂躙できる魔法兵は新人でも士官待遇が約束されたエリートである。
もっとも、アンズさん達と別れて軍に志願するとは思えないけれど……
「君はまだ三段以上がないそうだね。僕と山菜取りなんてどうかな?」
わたしは魔法、拳術、縄術、魔族語が全部二段だということを知った男性が、この時期はいろんな山菜が取れるからレクチャーしてあげようと誘ってきた。キノコイモと違って栽培されたものも出回るため、稼ぎとしては浮草除去よりはマシといったところみたい。
「ユウさんは昇段していないだけで、ここにいる誰よりも強いし稼いでいますよ」
「マジっすか……」
魔法四段になったというチクミちゃんが、離れても近づいても自分には手も足も出ない。仕事なんて選びたい放題だからそんな依頼に誘うのは失礼だと、わたしに声をかけてきた男性をたしなめる。選ぶどころか、トト君達でさえ請けられた護衛依頼で不採用にされたことは黙っていよう。
なんてこった。せっかく女性ばっかりのグループとお近づきになれたのにと、バンドメンバーの皆さんがガックリと肩を落とす。ニート・フォーやグッズ担当の女性との恋愛は禁止というのがサグリさんの方針らしく、数少ない出会いの機会に期待していたそうな。新婚オーラをバリバリ醸し出しているリンノスケとツチナシさんのことは目に入らないというか、意識的に無視しているように感じる。
「甲斐性なしが女性と付き合いたいだなんて、ヒモになる気マンマンですねっ」
きちんと奉公して収入を得ているフタヨちゃんからヒモ認定され、バンドの皆さんはすっかりいじけてしまった。どうか強く生きて欲しいと願いながら、チクミちゃんと料理のおかわりを貰いに行く。
「あれ、警邏隊長さんじゃありませんか?」
「なんだ、参加しないのではなかったのか?」
最近は顔を見るのも嫌になってきた警邏隊長さんをチクミちゃんが発見した。今日はプライベートみたいで、いつもの警邏隊の制服ではなく地味な格好をして、奥さんらしき女性に5歳くらいの女の子と一緒。わたしはこの肉祭りに主賓としてお招きされたものの不参加と伝えておいたので、どうして来ているのだと苦虫を噛み潰したような顔を向けてくる。
「お招きを受けちゃったら貴賓席に縛り付けられて、料理も自由に食べられないじゃないですか。それより、警備任務はいいんですか?」
「君が不参加と伝えたところ、都市総監も代理の者を参加させることにした。ちょうどいい機会なので、部下に指揮を任せてある」
たんぽぽ爵も都市総監も不参加ならば、警備を部下に仕切らせてみるのもよかろうと自分も代理を立てたみたい。隠れてこっそりと部下の指揮っぷりを確認しているそうな。
「えっ、ユウさん招待されていたんですか?」
「当然だろう。彼女は――」
「よっけ~なことを言うんじゃありませんよっ!」
ガォーッと威嚇して警邏隊長さんの口を封じる。アゲチン派の次は畜生道に堕ちた誰かさん達と違って、良識派のチクミちゃんは数少ないわたしの癒し。彼女にまで腫れ物扱いされた挙句、厄介者はさっさといなくなればいいのになどと陰口を叩かれたくはない。王都から戻ってくるまでの間、ヤマモトハシの若様やノミゾウさんと一緒だったので都市総監が余計な気を回したのだと説明しておく。
「警邏隊長ぉぉぉ――――っ。大変です、今すぐ警備本部へお越しくださいっ」
そこへ、警備にあたっていた警邏隊のひとりが駆け込んできた。ここにいることは把握されていたみたいで、指揮を任された人の権限では処理しきれない問題が発生したから至急警備本部に戻ってくれと言う。
「自分では判断できんというのか? いったい何事だ?」
「裸賊ですっ。裸賊が肉祭りを襲撃してきましたっ!」
なんでも、服を身に着け一般の来場者に紛れて侵入を果たし、貴賓席なんかが設けられている会場のど真ん中で堂々と脱ぎ捨てて正体を明かしたみたい。会場は大混乱。ご婦人たちがキャアキャアと悲鳴だか歓声だかわからない声を上げているそうな。
「賊は何人だっ?」
「それが、ひとりだけでして……」
まだ仲間が潜んでいる可能性はあるけれど、正体を明かして裸賊と名乗った男はひとりだけ。警邏隊が囲んでいるものの、捕縛しようと近づいた者は返り討ちにされてしまったと警邏隊の人が教えてくれた。どうやら、相当腕に自信のある手練れみたい。
「なにか、要求してきてはいないんですか?」
ちょっと興味があったので、警邏隊長さんと一緒に現場に向かいながら警邏隊の人に尋ねてみる。夜皇ちゃんはスズキムラを占拠するのは負担に見合わないと言っていたし、せっかく南の国境線に向いている王国軍の注意をこちらに引き付けたくはないはず。陽動であれば襲撃事件を起こすこと自体が目的になるけれど、今の状況でそれはあり得ない。
「いえ……今のところはなにも……」
「どうしてそう思う?」
これといった要求はまだないと警邏隊の人が口にしたところ、どうして要求があると思ったのか警邏隊長さんに尋ね返されてしまった。
「堂々と姿を晒しておきながら捕縛しようとする相手を返り討ちにするだけなんて、交渉できる相手が出てくるのを待っているのではないですか」
裸賊を裏で操っているのは夜皇ちゃんで、スズキムラを攻め落とすつもりはない。なんて言えるはずもないので、標的が決まっているのであれば長引かせずにさっさと事を済ませて脱出すればよく、そうしないのは別の目的があるからだと答えておく。大騒ぎになっている会場に到着してみると、警邏隊に囲まれたまま不遜な態度で骨付き肉を齧る全裸の男の姿があった。
すかう太くんによれば人族のはずだけど……
その男の全身に施されている刺青のような彫り物に見覚えがあった。悶紋と言って、殺した相手の怨念を紋章の形で自分の体に掘り込むことで、肉体を強化したり相手の能力を使えるようにする術。淫魔族が好んで使う自己強化の魔法である。
悶紋を施したのは、おそらく今は裸刹女を名乗っている夜皇ちゃんの眷属だろう。つまり、あの男は裸刹女の正体を知らされるほど高い地位を占めている裸賊の幹部。もしかしたら、裏にいるのが夜皇ちゃんということまで知っているかもしれない。
捕まらないという自信があるのでしょうけど……
なにをしに来たのかはわからないけれど、こんなところで捕まって裸賊の背後に魔族がいることを暴露されてはわたしが困る。相手が魔族となれば王国は勇者を差し向けるだろうし、そうなればヤマタナカ嬢やナナシーちゃんまで同行してくることは確実。ぐぅぐぅたらたらと気ままに過ごす日々は地平線の彼方までぶっ飛ばされてしまう。
「あっ、あの人はっ」
「奴に心当たりがあるのか?」
裸賊の姿を確認したチクミちゃんが驚いたような声をあげた。どうやらお知合いだったみたいで、あいつはいったい何者だと警邏隊長さんが問いかける。
「今は裸賊の砦になっている道場を開いたお弟子さんのひとりです」
なんと、怪しげなキャッチフレーズで近隣からモテない、冴えない、仕事もない男達を集めた道場主だという。怒り狂った門下生達に嬲り殺しにされてしまったと思われていた男は、裸賊の幹部となって健在だった。
「そこにいるのはチクミですか。しばらく見ない間に、ずいぶんと美しく成長しましたね」
シャチーの諜報員から裸道を伝えられた直弟子の中では序列5位。スベル先生より強かったという男がチクミちゃんに声をかけてきた。初めて会った時にわたしが裸力を使っていると見破った彼女は、やはり裸道となにか関係があったみたい。
「警邏隊長のレツイチだ。貴様、いったいなにが目的だっ?」
「ようやく話のわかる者がきましたか。なに、そちらが手出ししてこない限り、私も乱暴狼藉を働くつもりはありません。今日は取引の申し出に来ただけです」
こいつはなかなかいい肉だと手にした骨付き肉を振りながら、裸賊に身を落とした元道場主は家畜が欲しいのだと交渉を持ちかけてきた。




