第2話 目覚め始めたチクミ
カラリと晴れ渡ったある日、わたしはニート・フォーのリーダーであり、縄術を指導してくれたサグリさんの実家である道場を訪れた。バラの花とハートに囲まれて「裸美按郎’s」の文字が描かれた看板がかけられているそこは、大繁盛しているバレエ教室であり、門下生の集まらない裸道の道場でもある。
サグリさん自身が裸道を学んでいたわけではなく、経営者であり師範でもあるのはサグリさんのお兄さんであるスベル先生。シャチーの諜報員から裸道を伝授された直弟子の中では序列6位だったという。
「あらぁ、今日は道場の日だから、教室はお休みよぉ」
「ちょっとスベル先生に相談したいことがありまして……」
「入門希望かしらぁ。兄さん、喜ぶわぁ」
「全然違います」
サグリさんにお願いしてスベル先生に取り次いでいただく。話だけだから道場に通してもらう必要はないと伝えたものの、その望みは叶わず稽古中のところに案内された。全裸の男達が見せつけるかの如く盛大にブラブラさせながら、頭の後ろに両手を組んでキャンキャン踊りのような激しいダンスを踊っている。
裸体美を標榜するだけあって、門下生達の身体はよく引き締まってキタカミジョウ裸劇団にも負けていない。力強さとしなやかさを同時に感じさせるダンスはつま先までしっかりと意識が届いていて、アオキノシタで見たキャンキャンガールズの2軍よりも上。バレエ教室に通うアイドルの卵なんて比べ物にならないほど洗練されていた。
「入門希望者きたわぁぁぁっ!」
「来てませんっ!」
いきなり【紳士】と【美形】を足して2で割らなかったような男性が華麗なステップで飛びついてきた。どれだけ門下生に飢えているのだと、タコみたいにしがみ付いてくるスベル先生を引き剥がす。
「裸道は強さがすべてです。美しさは無駄をそぎ落とした結果にすぎません」
「まっ、まさか道場破りっ?」
「あんなキモい看板、誰が欲しがるっていうんですかっ」
スベル先生の腕をとって、どうぇいっ……と背負い投げにしたものの、自ら跳んで高く放り投げられた先生は空中で体の向きを変え、両手を翼のように広げ片膝を突き上げたポーズをとって着地した。全裸でそのポーズはまるっきり変態である。乙女の敵として成敗してやりたい。
本日ここを訪れたのは、【矮躯】ことソマツナ・コブタ氏のことを裸身館の御棒様に伝えるべきか相談に乗って欲しかったから。王都で顔を合わせた時、スズちゃんは「こんなところにいましたか」と口にしていた。流浪の身ならいざ知らず、ずっと王都にいたのに居所を教えていなかったなんて、なにか理由があってのことかもしれない。
知らないままバラしてしまっては悪いだろう。
「ピギ……いえ、コブタさんがこの街を出られた理由をご存じではないですか?」
「あら? もしかして兄弟子に会ったの?」
王都とは言わずに、たまたま出会ったのだと伝えておく。
「御棒がね、裸身館の道場主にしたがっているの。それが嫌で逃げ出したのよ」
御棒様はお兄ちゃんっ子で、直弟子の中で一番強くなっても【矮躯】を立てようとする。それでは門下生に示しがつかないから、一番弟子だったお前が道場主になれと書置きを残して行方をくらませてしまったそうな。もっとも、強いのは御棒様でも指導が上手なのは【矮躯】だったので、お兄さんを道場主にという考えにも頷けるところはあったとスベル先生は言う。
「そういうことなら伝えない方が良さそうですね」
借金のかたに買い取られオーナーが別にいるとはいえ、裸劇団は【矮躯】の道場と言えなくもない。お弟子さん達もいるのに、今さら裸身館の道場主なんかにされても困るだろう。
「御棒には黙っておくから、アタクシには教えなさいよ」
内緒にしておくから自分には教えろとスベル先生がすり寄って来る。もちろん全裸で……
「げっ、劇団ですってぇぇぇ――――っ!」
誰かしら所在を知っている人が近くにいた方がいいだろうと王都の劇場で出演していることを伝えたところ、先生はブラブラをブルブルと震わせながらいきり立った。裸体美を売りにした劇場を開くのは自分の夢。いや、野望だったのに先を越されてしまったと泣き喚く。
「負けてらんないわっ。サグリッ、ニート・フォーを入門させてちょうだい。こっちは女性の裸体美で勝負よっ」
「兄さぁん。道場を続けていられるのは誰のおかげだと思っているのかしらぁ?」
門下生が集まらなくて困っていたところにバレエ教室を提案してヒットさせたのはサグリさんみたい。お金にならない道場を曲がりなりにも続けさせてやっているのに、ニート・フォーを脱がせるつもりかとお兄さんをロープでピシピシ引っ叩き始めた。
まぁ、淑女の社交場なんてものがやっていけるのは、暇とお金を持て余しているご婦人方の多い王都だからこそ。人口の少ないスズキムラは場所が悪いとしか言いようがない。ここで道場を続ける気なら、劇場を構えるより大きな都市にある劇団にダンサーを送り込む養成所と割り切るのが正解だと思う。
門下生を見る限り、少なくとも【敏感】よりは鍛えられているのだから……
もうすぐ縄術の昇段審査会があるから受けてみないかと勧められ、サグリさんに稽古をつけてもらうべく無職ギルドの訓練場を訪れる。この時期には審査会が多いらしく、チクミちゃん達ニート・フォーのメンバーの他、アンズさんとワカナさんに加え、ホムラさんの姿まであった。
「裏切者が冷やかしに来た」
「まだ根に持ってるんですかっ?」
「リセントメンツはフォーエバーにアンフォゲタボゥで~す」
アンズさん達が厳選したパーティーの招待をわたしが全部断ったものだから、3人はすっかりへそを曲げてしまっていた。恨みは永遠に晴れることがないのだとホムラさんが宣言する。
「お土産を持ってきてくれる優しいユウちゃんは死にました。残っているのは飽食の限りを尽くし、ワカナ達をあざ笑う悪魔だけです」
ミイカワヤのパーティーでロクに食べられなかったわたしは、つい粗食がそんなに嬉しいかと口にしてしまった。それは悔し紛れのひと言だったけれど、パーティー料理がみすぼらしく見えるほど王都の晩餐で舌が肥えているのだと3人はすっかり勘違いしている。
「だから、今度の肉祭りには皆さんを招待するって言ったじゃないですかっ」
スズキムラの北門近くには、川の水を引き込んで泳いだり釣りを楽しめる水辺公園がある。入場するだけでもお金を取られるので、貧乏な無職には縁のないところなのだけど、今度そこで肉食べ放題のお祭りが開かれる予定。ひねくれてしまった人達を懐柔するため、わたしは妄粋荘の皆さんを招待することにしていた。
「さすがはユウ。妄粋荘の女神」
「オーゥ、ユウこそソウルフレンドで~す」
「ワカナ。一生、ユウ先生について行きます」
女神だの心の友だの先生だのと、こういう時だけは調子のいい3人。だいたい、先生と呼んでいたアゲチンをあっさり捨てた人に一生ついて行くなんて言われても信用できない。
「あらぁ、あんた達も肉祭りに行くのぉ?」
肉祭りにはニート・フォーも参加するみたい。メンバー4人の他、後ろで演奏しているバンドの人達や物販ブースの売り子さんなんかもお招きしたのだとサグリさんが教えてくれる。新作ぼったくりグッズが売れに売れたので、裏方メンバーも含めての慰労だそうな。
「もうアイドル業に専念した方がいいんじゃないですか?」
「そういうわけにもいかないわぁ。スズキムラを離れたらただの無職なんだしぃ」
アイドルは潰しが効かない。ニート・フォーがビッグネームとして通用するのはスズキムラだけで、他の街に行けばただの無名アイドルに逆戻り。今の人気だっていつまで続くかわからないので、アイドル一本というのはリスクが高いのだとサグリさんは言う。
「マロミも早く三段にならないとぉ、人気が衰えたらアゲチン派の仲間入りよぉ」
新人だってなれるのだから、二段を持っている人は珍しくない。そのため、お仲間募集や割のいい仕事には三段以上という条件が付けられていることがほとんど。なにかひとつでも三段になっておかないと、夏は浮草除去、冬はトイレの汲み取りしか仕事がなくなるぞと脅されマロミちゃんは顔を青褪めさせた。
サグリさんに稽古をつけてもらうはずが、どうせわたしは一発で二段余裕なのだろうと練習台を仰せつかってしまう。フウリちゃんの遺品である宝玉ふたつを使いこなせるようになったホムラさんは、あの炎の槍を撃ち出す魔法で別々の目標を狙ったり、時間差を設けて発射させられるようになったそうな。次の審査会で五段を目指すという。
「ノォォォゥ、アイススライサーをドッジさせるのはアンフェアーで~す」
「回避なんてさせていません。軌道を読み違えてるんです」
八つ裂き氷輪を2枚飛ばしてクレー射撃の要領で何度か撃ち落とさせてみたところ、魔法を外したホムラさんが避けさせるのは卑怯だと言い掛かりをつけてきた。直線で飛ぶのと弧を描くのを混ぜているから、瞬間的にどちらか判断して動きを予測するよう説明する。
「チクミもトラーイするですか~?」
後ろから興味深そうに眺めていたチクミちゃんにホムラさんが声をかけた。お邪魔でなければと言って位置についたチクミちゃんは、ずいぶんと肩に力が入っているように見える。まだ自分はホムラさんのようでなければいけないと思い悩んでいるのだろうか。
「あうぅぅぅ……全然当たらなくなりました……」
同時発射できる魔法がないので、連射の利く魔法を使って八つ裂き氷輪を狙うチクミちゃん。真っすぐ飛ぶ標的だけならふたつ同時でもそこそこ命中させられるものの、弧を描いて飛ぶ標的を混ぜると一気に命中率がガタ落ちになった。真っすぐ飛ぶだけの標的まで外してしまい、今にも泣き出しそうな顔でこっちを見てくる。
「ホムラさん。なにかアドバイスを……」
「ドントシンク、フィィィィィルッ!」
人族が魔法を扱う感覚なんて知らないので、同じ魔法使いのホムラさんに助言を求めてみたところ、どこぞのカンフースターみたいなことを言い出した。感じるままに行動して上手くいくのは、経験という積み重ねがあってこそだと思うのはわたしだけだろうか。
「感じるですか……わかりました。やってみますっ」
「やるんですかっ?」
素直なのは美徳だと思うけれど、少しは疑ったらいかがなものかと思わざるを得ない。そんな方法で上手くいくものかと、直線と弧を描く八つ裂き氷輪を1枚ずつ。ちょっと意地悪に軌道が交差するよう飛ばしてあげる。
現実というものを思い知らせて差し上げましょう。
「ナイスフィールです、チクミ」
「見ましたかっ。やりましたよっ」
なんでやねん……
チクミちゃんの放った氷の弾丸は、互いに引かれ合う磁石のように八つ裂き氷輪に吸い込まれていった。もっともっとと急かすものだから、今度は軌道だけでなく速度も変化する標的を放ってみたのだけれど、これもあっさりと撃ち落とされてしまう。
「見えるっ。私にも的が見えますっ」
見た瞬間にピンときたところを狙えばいいのだと、まるで未来が視えているかのような口ぶりでキャッホゥと歓声を上げるチクミちゃん。もしかして、理力とか宇宙に適応した人類の新たなる能力に覚醒してしまったのだろうか。そのうち、亡くなった人の姿を都合よく脳内再生して、怪しげな独り言を呟きだすかもしれない。
「ユウさん。もっと難しいのをお願いしますっ」
電波系アイドルへと路線変更を果たしたチクミちゃんがさらなる難易度の上昇を求めてくる。なんか悔しいので、弧の曲率が徐々に増加する軌道と三次曲線のようなN字を描く八つ裂き氷輪を同時に飛ばす。
「そこですっ」
なんか目覚めてしまったチクミちゃんは、軌道が交差するポイントを狙ってふたつの標的を一撃で砕いてみせた。スズちゃんしかり、チクミちゃんしかり、人族は思い込みを実現させてしまう特殊能力でも持っているのだろうか。
「も~うやってられませんっ。世界は不公平ですっ!」
「どっ、どうしたんですかユウさんっ?」
こんなことが許されていいはずがない。わたしがそのレベルに達するまで、いったい何年かかったと思っていやがるのだ。それを、あんなアドバイスひとつで……
「アンズッ、ユウがアゲチン派にコラプションしたですっ」
「取り押さえる。放っておいたらスズキムラがアゲチン派の街にされてしまう」
「ユウちゃん。覚悟っ!」
誰がアゲチン派だと文句を言ってやる間もなく、わたしはサグリさんとワカナさんの連携縄術で絡めとられた。




