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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第7章 はだか祭の裸刹女

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第1話 やっかいな称号

 スズキムラへと帰ってから、わたしはひたすらダラダラとした毎日を送れるはずだった。しばらく贅沢三昧できるだけの報酬をいただいたのをいいことに、仕事もせずゴロゴロしていることが許されるはずだった。それをぶち壊してくれたのは総監府。どこから聞いたのか、わたしがたんぽぽ爵であることを知られてしまったのである。


 こんなド田舎の街に爵位を持った貴族なんて他にいない。身分だけならわたしは都市総監より上であり、夜会だの式典だのがあるたびに警邏隊長自ら招待状を持ってくるようになった。はっきり言って目障りで仕方がない。


 いっそのこと、たんぽぽ爵も亡くなったことにしてしまおうかと考えたけど、貴族が殺されるような大事件が起こったら、自分は弁明の機会さえ与えられずに首を刎ねられてしまう。娘はまだ5歳なのだと警邏隊長さんに泣かれてしまっては諦めるより他はなかった。


「またですか?」

「今回はそちらの3人も一緒だ」

「ミー達もですか~?」


 警邏隊長さんから渡されたのは、ミイカワヤ商会が主催するパーティーの招待状。ゴウフクヤ商会に代わり、今はこの街の商人ギルドの取りまとめ役だそうな。


「シマテンの毛皮で作った外套のお披露目?」

「ワカナ、頑張って獲りましたから」


 アンズさん達3人はこの冬に大儲けしていた。この辺りにはシマテンという夏は真っ黒なのだけど、冬毛になると背中に3本の白い筋が入るというイタチの仲間が生息していて、この毛皮が結構な高値で取引されている。


 毛皮というものは皮が腐り始める前になめさないといけなくて、山中にある猟師小屋にはその設備があるものの猟師ギルドの親方にしか使用権がない。そのため、無職の人はシマテンを捕まえても格安で猟師達に譲るしかなかった。


 そこで、アンズさんは考えた。ホムラさんに下処理をするための薬剤を入れた樽を担がせたのである。ワカナさんが罠で獲物を捕らえ、アンズさんが皮を剥ぎ、その場で薬剤に漬け込みながら街まで運ぶ。これをミイカワヤ商会に卸して、ギルドの親方並みの収入を得たそうな。

 その縁で、この度のパーティーに招待してくれたみたい。


「これから夏だというのに毛皮のコートですか?」

「そりゃ、秋までに注文しとかないと冬には着れないからな」


 こんな時期に冬物コートと言ったところ、受注生産で仕上がりまでに時間がかかるのだから、注文を受けるのは夏場だと警邏隊長さんに言われてしまった。それもそうでした……


 パーティー料理にありつけると大喜びしている3人に水を差すわけにもいかないので、今回はわたしも出席する旨を伝えてもらう。わたしは王都で着ていた夜会服があるけど、3人ともそんな服は持っていないので、恥ずかしくない程度の既製品を買いに行くことにした。

 アドバイザーはナンバー1ホステスのツチナシさんである。


「なんか、ホステスっぽくありません?」

「それは当たり前のことよっ」


 お店で試着した3人をみて率直な感想を述べたところ、高貴な身分でないお客さんにそれっぽい気分を味わってもらうのがホステスの仕事。見た目だけを取り繕えばホステスに似るのは当然だそうな。


「ホンモノはあっちへ行っていなさいっ」


 どうやら、王都にいる間に目が肥えてしまっていたみたい。ドレスも装飾品も、並んでいるものが全部安っぽく見えると言ったら、ツチナシさんにお店の外へ追い出されてしまった。


 買い物を終えた4人が出てきたので、大通りにあるお店で果汁を購入。今日もいい陽気なので、魔法の氷をポトリと落としてひと休みする。相変わらずニート・フォーは大人気で、ステージ横の物販ブースには大勢の男の人が行列を作っていた。本日はチクミちゃんの新曲と、それに合わせた新作グッズが発表されるという。


「よ~うワカナ。最近、羽振りがいいそうじゃねぇか?」


 木陰でチビチビとやっていたわたし達のところに、30歳くらいの冴えないオジサンが声をかけてきた。


「ワカナさんのお知り合いですか?」

「あれはアゲチンの仲間……」


 小声でアンズさんに尋ねてみたところ、どうやらアゲチン派のお友達みたい。


「いろいろ面倒見てやっただろ。ちったぁこっちにも回してくれよ。2枚でいいか――ぐへっ!」


 お小遣いを無心しようとした瞬間、間髪を入れずワカナさんが股間を蹴り上げた。堪らず地面に崩れ落ちたオジサンを容赦なく踏みつける。


「貧乏人が気安く声をかけるんじゃないです。ワカナとお前では住む世界が違うってわからないんですか?」


 うずくまっているお友達のわき腹に踵を叩き込んで転がすワカナさん。これは酷い……


「ここは視界にゴミが入って気分が悪いです」

「ミー達のサイトにカムインはノーモアーねっ」

「消えなさい……」


 嘲るような口調で場所を変えようと言って、ワカナさんはスタスタと歩き去ってしまった。もう二度と現れるなとオジサンのお尻を蹴っ飛ばしたホムラさんとアンズさんが続く。ツチナシさんも何も言わずに行ってしまった。


 確かにこのオジサンに同情の余地はない。面倒を見たとか言っていたけど、不働主義に走っている間も借金だけはしていなかった。お金を無心される筋合いなんてないだろう。

 だけど……それでも……そうであっても……


 これが半年前までアゲチンを先生と呼んでいた人間のすることだろうか?


 嬉々として集会に参加していたくせに、まとまったお金が手に入った途端これだ。あの3人がアゲチン派から足を洗ったことは喜ばしいけれど、代わりに人として大切なものを失ってしまったのではあるまいか……


 お金というものはここまで人を変えてしまうものなのかと空恐ろしくなる。あまりにもかわいそうだったので、痛みを和らげる魔法だけはかけておいた。






 ミイカワヤ商会のパーティーには都市総監さんを伴うことになり、妄粋荘で迎えの馬車に乗り込む。アンズさん達も一緒にどうかと警邏隊長さんが誘ってくれたものの、こともあろうに3人はわたしを裏切った。偉い人と一緒にいたらパーティー料理を堪能できないので、自分達の足で向かうという。


 ミユウの時と違って、今回は都市総監さんがわたしのお供。正直、断ってしまいたかったのだけど、それではわたしから相手にされていないように受け取られてしまうそうな。でっち上げとはいえミユウを売り出してくれたスポンサー様。無下に扱うのは心苦しかったのでこちらが折れることにした。

 わたしは魔皇だけど、あの3人のように人の心まで捨ててはいない。


「お久しぶりです、ナロシたんぽぽ爵殿。遅ればせながら、授爵のお祝いを申し上げます」


 都市総監さんがわたしの前にひざまずいて挨拶してくる。とっても落ち着かない。王都のパーティーでは相手もほとんど貴族だったし、そうでない人達も貴族への対応に慣れていたため、こんな挨拶をしてくる人なんていなかった。都市総監さんはヤマモトハシ辺境伯くらいしか貴族を知らないから、こんな主君にするような態度をわたしにも取るのだろう。


「官職のない名ばかり貴族です。堅苦しくする必要なんてありませんよ」

「世襲でない終生爵位を贈られるのは重職を務め上げた方々のみと聞き及んでおります」


 気持ちは嬉しいけど、終生名誉たんぽぽ爵にはなんの権限もない。ただの称号にすぎないのだから失礼にならない程度でいいのだと言ってみたものの逆効果だった。官職を辞した後まで爵位を有しているのは、スケノベ桃爵のような大臣経験者だけだという。


 まさか、名ばかり貴族の称号がこんな厄介なものだったなんて……


 ノミゾウさんのような気配りは誰にでも期待できるものではない。助けを求めて辺りを見回すも、警務監のウスイさんまでひざまずいて薄くなった頭をこっちに向けている。この先もずっと腫れ物みたいに扱われるのかと思うと泣きたくなった。


 なんてこったいとため息を吐きながらミイカワヤ商会のパーティーに顔を出す。最初に挨拶してくるのはもちろん主催者であるミイカワヤの商会長。番頭を務めるキチョウさんの旦那さんで、奥さんを伴ってこれまた領主にするような仰々しい挨拶をしてくる。


 もしかして、この恰好がマズかったのかも……


 今日は王都でヤマタナカ嬢に仕立てていただいた夜会服に、髪をお団子にしてたんぽぽの簪を挿してきたのだけれど、身に着けているもののグレードがひとりだけぶっ飛んでいた。夜会服に使われている生地の光沢が、精緻に施された刺繍が、装飾品に使われている金の鈍い輝きが、わたしだけ身分が違うという雰囲気をバリバリ醸し出している。


 キラキラピカピカと自己主張が激しい恰好をしているのはむしろ周りの人達。指南役という立場柄、わたしの夜会服は落ち着いた雰囲気でまとめられていたものの、素材に手間に仕上げた職人の技巧が段違いであることは一目瞭然だった。


「まさか、これほどとは……。装いには自信があったのですが、舌を巻かざるを得ません」


 今日は真っ黒なマーメイドラインのドレスでデメキン奥様となったキチョウさんが、お召し物自体もいい物だけど、それ以上に全体がひとつのものであるかのような調和のとれた組み合わせはエレガントという言葉だけでは言い表せない。余計なものも足りないものもない様は、完成された芸術のようだと目をシバシバさせている。


 そりゃ、王女殿下のコーディネートですからね……


 ヤマタナカ嬢が気合いを入れまくって厳選した装いなのだから、そのセンスの良さには並みの貴族ですら歯が立たない。わたし自身、何度か自分流にアレンジしてみようと思ったけれど、手を加えれば加えるほど違和感が増していくだけだった。


「こちらが本日ご覧いただきます、シマテンの毛皮を用いた外套でございます」


 キチョウさんがシマテンを使ったコートに円筒形の帽子、ファー付きのブーツなんかを紹介してくれた。さすがにコート全部をシマテンにするとシマウマになってしまうようで、襟や袖といった白いラインをデザインとして使えるところがシマテン。他は黒い毛皮が使われている。


「とても暖かそうですね。特にこの帽子は気に入りましたよ」


 わたしの目を引いたのはロシアの人が被っていたような円筒形の帽子。左右非対称に配置された白い筋がいかにも天然素材らしい。


 ひととおり見せていただいた後は歓談タイム。キチョウさんが訪れた方々を紹介してくれる。商人ギルドの取りまとめ役から降ろされたのを機にゴウフクヤは代替わりしたみたい。今はタケシ君が商会長だそうな。御用商会となってヤマモトハシに移ってしまったエイチゴヤからも支店長の人が招待されていた。


 覚悟してはいたものの、たんぽぽ爵はこのパーティーの主賓だからお料理に手を付けている暇などない。お酒で喉を湿らせるのがせいぜいといったところ。会場の隅に目を向ければ、わたしを見捨てた3人が他には目も向けずにパーティー料理を喰い漁っている。普通ならこの機会に顔と名前を売って商会専属として雇ってもらおうとするものだろうに、人の心を失った野獣は食べ物しか目に入らないみたい。


 わたしと目が合ったアンズさんが、口元に笑みを浮かべながらフォークに突き刺したおっきなエビを見せびらかすように振っていた。プリッとして美味しそうな身をこれ見よがしに口の中へと放り込む。許しがたい裏切り行為にあの3匹を引っ立ててこいと命じたくなったけれど、こんな機会はそうそうないのだからと思い直し、寛大な慈悲の心で見逃すことにした。






 パーティーから帰った後、お腹がペコペコなわたしはフタヨちゃんの作ってくれたふかし芋をモグモグしながら、どうにかしなければと頭を悩ませていた。仏の慈悲心を理解しない3人は、わたしを夜会に送り出しお土産を持ち帰らせることを画策し始めたのである。


 頼みの綱のプリエルさんは、ガーンと稼いでガーンと使い、お金が無くなったらまたガーンと働く主義であるらしく、稼いだ後に遊び呆ける分にはいいのだとゴロゴロしていて役に立たない。このままでは、あの3人の思うつぼ。お土産のために興味のないパーティーに出席させられるなんて冗談ではない。


「都市総監から晩餐会に招かれていると聞いた」

「立食パーティーじゃありませんから、お土産はユウちゃんの食べ残しだけです」

「リジェークツ……」


 晩餐会はどうだと言うアンズさんに、お土産には期待できないとスミエさんが答えた。ホムラさんが即座に却下する。


「わたしの意見は無視ですかっ?」

「スケジュールの調整はワカナ達に任せて、アイドル様はゆっくりしているといいです」

「もうアイドルじゃありませんよっ」


 敏腕マネージャーのつもりなのか細長いメガネをかけたワカナさんが、任せておけと隠すもののない胸を叩いた。これはダメだ。もうわたしのことをお土産持ち帰り人形くらいにしか考えていない。


 これでは王都にいるのと変わらない。いや、王都にいた方がマシでしたよ……


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