第10話 真夜中の全裸
夜が明けたところで皇国軍の使者がやって来た。今日、日が沈むまでは一旦休戦にして、昨日発生した遺体を回収しないかとの申し入れだそうな。兵を休ませ、補給を整え、本隊がやって来るまでの時間を稼ぐのが目的であることは明らかだったけれど、司令部はこの提案を受け入れた。
「なんで相手に有利とわかっていて素直に応じるんだ?」
「兵が疲労しているのはこっちも同じだ。それに戦場跡はゾンビが発生しやすい」
そんな申し入れに応える必要があるのかと不満を漏らすチイト君を、自分がピンピンしているからって他の者まで同じだと思うなとマコト教官が叱りつける。
「たんぽぽ爵の歌を聴いて、兵達の士気が下がっている。気持ちを切り替える時間が必要」
「言わないでください……」
髭モジャ達の散った戦場まで届けばいいなと考えていたせいか、わたしの歌は風に乗って辺りに広がっていたみたい。少なくとも、王国軍が構えている陣の端から端まで届いていたことは確かだという。そのせいで、兵達に感傷的な雰囲気が広まっているとナナシーちゃんに言われてしまった。
「つまり、全部ユウさんが悪いと……」
「どっ、どのみち遺体を処理する時間は必要でしょうっ」
回収と言ってはいるものの、実際に行われるのは焼却処理。発生しやすいのはゾンビではなくグールなのだけれど、多くの人が非業の最期を迎えているだけあって、戦場跡というのは元になる怨念が生じやすい。
放っておけば、数日のうちに100体くらいはグールになると思う。
遺体回収部隊が出かけていくのを見送り、わたし達は陣の上空に浮かべた精霊獣の中で待機する。ハヤマル王子には皇国軍の斥候を牽制するためと伝えておいた。
本当は、だらしなくゴロゴロしている姿を見られては困るからだったけど……
一日ですべて処理するというわけにはいかなかったものの、グールになられて都合の悪い五体満足な遺体の大半は焼却できたみたい。欠損のある遺体はさほど脅威にならないため後回しにしたという。今日のうちに指揮官が兵達の間を巡り、友の仇を討つのだと鼓舞して回ったおかげで士気も回復できたそうな。
「夜襲は当然あるものと考えておいた方がいいな」
魔法兵多めという編成もしょせんビックリ箱。手の内がバレてしまった今、大軍同士のぶつかり合いは避けようと、あの手この手でこちらの動きを阻害してくるはず。そして、真っ先に狙われるのは食糧だとマコト教官が口にする。
「そのために日中休んでおいたわけですからね」
「えっ? そうだったの?」
先の展開を読むことができないチイト君が失礼なことを言う。
「わたしが意味もなくゴロゴロ怠けていたと思ってるんですか?」
「「思ってる」」
チイト君だけでなく、ヤマタナカ嬢にナナシーちゃん、マコト教官まで声を揃えてわたしを怠け者扱いした。王国を裏切って皇国に味方したくなる。
「あのダラけ方は本物だろう……」
「昨晩、夜更かししたからに決まっている」
マコト教官とナナシーちゃんが騙されないぞと胸を張った。どうしてここまで怠惰だと思われているのか不思議でならない。チイト君は勇者としての名声を得たし、王国と皇国の間に紛争が生じたから夜皇ちゃんも満足してくれるはず。指南役とスパイという二足の草鞋を完璧にこなしているのだから、むしろ働き者として表彰されてもいいと思う。
「夜の闇に紛れて食べ物を狙うのは得意なんですよ。わたし」
「たんぽぽ爵は深夜のつまみ食いが得意と……」
「ユウさん。性的搾取は男の子が対象でも許されないと、あれほど……」
「わたしがいつ、男の子をお持ち帰りしたっていうんですかっ!」
指南役に対して失礼なことを平然と宣う勇者様の鳩尾に拳を突き込む。フウリちゃんやミドリさんにさんざんお世話になってきた男が偉そうに……
「ぐおぉぉぉ……」
「お城からミドリさんを連れ去ったチイト君に言われたくありません」
クモ型精霊獣の糸で縛って色々と恥ずかしいことをさせたそうぢゃないかと言ってあげたところ、知られていると思っていなかったのかチイト君は真っ青になった。
「相手の食糧庫は外壁の向こうだぞ。忍び込んで蔵破りでもするつもりか?」
仮に首尾よく侵入できたとしても、蔵に火を放てばすぐに大騒ぎになる。脱出はまず不可能だ。そんな危険かつ不確実な作戦は許可できないとマコト教官が首を振る。もちろん、わたしだってそんなところを狙うつもりはない。
「渡河を途中で止められたんですから、充分な量の食べ物を持って行けたわけがないんです。夜陰に乗じてこそこそ運び込むに決まってるんですよ」
イシカワシタの街にも備蓄はあるだろうけど、新たに領軍の4倍という数の皇国軍が増えたとなれば消費量は5倍。100日分の蓄えを20日間で食べ尽してしまう計算になる。このままにしてはおけないだろう。
川の向こう側。皇国軍が陣を構えていた近くに食べ物が隠してあるに決まっている。詰めれば30人くらいは精霊獣に乗れるから、工作部隊を送り込んで焼き払ってしまおうと唆す。
なにも、夜襲されるのを待っていることはない。
「兄様には工作部隊の数名を斥候に放つと伝えておきましょう」
食糧の集積場所に夜襲をかけるなんて伝えると余計な指示を出しかねないので、たまたま見つけたので火を放ってきたことにしようとヤマタナカ嬢がひとつ頷く。司令部に伝えるべくナナシーちゃんが姿を消した。
「意外と持っていくものが多かったですね」
手投げ焼夷弾や火矢といった兵器に場所をとられ、最終的に精霊獣に乗っていくのは、わたしとチイト君を含めて22人となった。マコト教官とナナシーちゃんはヤマタナカ嬢の護衛として陣に残ってもらい、完全に日が沈んで辺りが真っ暗になった頃に国境である川を飛び越え皇国に不法入国する。
すかう太くんのレーダーが輸送部隊っぽい人たちを捉え、彼らがやって来た方向を探ると、案の定倉庫が立ち並ぶ場所が見つかった。チイト君が炎に包まれた鳥の精霊獣を暴れさせて警備にあたっていた兵達の注意を引き付けている間に、反対側から工作部隊の皆さんが侵入。精鋭という言葉に嘘はなく、わずか20人で倉庫の大半を焼き払ってみせた。
「チイト君は先に戻っていてください。わたしは少し偵察を済ませてから帰ります」
今晩の焼き討ちを成功させたことで、チイト君の勇者という肩書きも飾りではなくなっただろう。後はさっさとここでの戦争にケリをつけてしまえば、わたしは報酬をいただいてスズキムラでの田舎暮らしに戻ることができる。チイト君達と別れて近くの森林に身を潜め、すかう太くんのレーダーで近くに人がいないことを確認。念のため、煙幕も張っておく。
どこからも見られていないと確信したところで――
「他に方法もありません……」
――これも仕方のないことだと自分に言い聞かせながら、着ているものを全部脱いだ。
わたしのターゲットはあんなチンケな集積場所ではない。狙いは後から来るであろう、皇国軍本隊の食べ物が蓄えられている場所。軍が大きくなればなるほど必要な物資の量は膨れ上がり、それが失われた時の補充は簡単にはいかなくなる。アテにしている増援が来れなくなったと知れば、イシカワシタの街にいる皇国軍は自滅の道をたどるだろう。
のったりと風に乗る魔法で飛んでいたのでは夜が明けてしまうから、金剛力を纏って一気に高高度まで上昇。音速でかっ飛びながらすかう太くんで地上をサーチする。本隊が先遣隊と同じルートで来るとは限らないため、かなりの広範囲を探し回らなければならない。
最初に目星をつけたのは、たくさんの細長い建物が規則的に配置されたところ。こっそり忍び込んでみたところ、建物の中で行われていたのはキノコの栽培だった。大ハズレである。
養豚場や堆肥の保管施設などいくつかのハズレを引いた後、それっぽい場所を見つけた。周囲を柵で覆われ、見張り用の櫓まで設置された砦の様なところに倉庫らしき建物がたくさん並んでいる。位置はイシカワシタ領より下流にある別の領へ通じる街道の近く。ご丁寧に盛り土に植樹を施した人工の丘で囲まれ、街道を行く人から見えないよう細工されていた。
こいつはアヤシイ。今度こそアタリに違いない。
金剛力を解いて煙幕で体を包み込み砦に忍び込む。もちろん全裸で……
すかう太くんで巡回している見張りの位置を確認。物陰に隠れてやり過ごし、倉庫のひとつへと接近する。真夜中に人目を避けながらマッパで歩き回るなんて、やっていることは変態そのものだけれど、アタリなら金剛力で更地にしてしまうのだから服がもったいない。
侵入できそうな窓を見つけたものの、すぐそばに巡回中の見張りがいた。早くどっか行ってくれないかなと気を取られていたわたしは、後方から接近してくる別の見張りに気付くのが遅れてしまう。
マズイ、挟み撃ちにされる……ここはひとまず……
とっさに倉庫の軒下にしがみ付いたわたしの下を見張りが通り過ぎてゆく。どうか上を見ませんようにと、ヤマタナカ家の祖だというボウイン教の主神パイオーツに祈りをささげた。情けなさと恥ずかしさと、一抹の興奮に冷たい汗が背中を滴り落ちる。
あったこともない神様は、魔皇であるわたしの願いも聞き届けてくれたみたい。頭の上にいるわたしに気付かないまま通り過ぎていった見張りは、窓の近くにいた見張りと手を挙げて挨拶を交わし、それぞれ別の方向へと去っていった。今がチャンスと窓に駆け寄り、はめられている格子を外して倉庫へと潜り込む。もちろん、全裸で……
「ここは酒蔵でしたか……」
倉庫の中にあったのはお酒だった。このような贅沢品を戦場に持ち込むとはけしからん。罰として没収である。入れ物に装飾が施されていかにも高級そうなのをいくつか見繕い、収納の魔法に放り込んでおく。
何か所か見回って、燻製された牛のあばら肉にリンゴなどの果物をいくつか失敬し、とうとうわたしは目的の物を見つけた。武器庫である。ここに集積されているのは軍事物資で間違いない。位置関係から察するに、ここで最後の補給を整えてイシカワシタ領に陣を張っている王国軍の後方に回りこもうと考えていたのだろう。
途中で通過することになる領は、すでに調略が済んでいるというわけですか……
「貴様っ、そこでなに……はっ、裸の女っ?」
「ひょっ、ひょえぁぁぁ…………」
一糸まとわぬ裸身がサーチライトの様な魔法具の光に照らし出される。迂闊だった。考え事に没頭して、見回りが来たことに気付かないなんて……
「こっ、こないでくださいっ」
「待てっ、ここで何をしていたっ」
反射的に武器が収められている棚の陰に身を隠したものの、回りこんだ見回りの兵士がわたしの姿を捉えようとサーチライトを向けてくる。
「女の子を追いかけ回すのは犯罪ですよっ」
「公然わいせつの罪を犯しているのは貴様だっ。おとなしく出てこいっ」
棚の間をチョロチョロ逃げ回ったものの、兵士は諦めるどころか鼻息をいっそう荒くして追いかけてきた。しばらく追いかけっこを続けたところで、行き止まりに追い詰められてしまう。
「ヘヘッ……おとなしくしろよっ。おとなしくしてれば痛い目には……」
目を血走らせた兵士がにじり寄って来る。逃げ出す時間くらいは与えてあげようと思っていたけど、こうなっては致し方ない。もとより、全部吹き飛ばすつもりだったのだから……
「魔皇と出会ってしまうとは、運がありませんでしたね……」
「なにっ? 魔――」
ため息をひとつ吐いて金剛力を発動。ひと息に砦全体を覆うところまで拡大させた。目の前の兵士が、立ち並ぶ倉庫が、足元の大地までも、すべてがバラバラに吹き飛ばされ消し去られてゆく。
後に残ったのは、クレーターのようにまぁるくえぐり取られた地面だけだった。
川沿いでの戦いから10日、両軍は互いに大きな行動を起こさずにいた。数で劣るイシカワシタ領と皇国の混成軍は街から打って出るわけにもいかず、王国軍も魔法兵の数で負けているため攻城兵器を投入することができない。にらみ合いを続けるしかなかったのである。
終わりは突然訪れた。街中から煙が立ち昇ったかと思うと門が内側より開かれる。そこから出てきたのは、皇国軍ではなく街から逃げ出そうとするイシカワシタの領民たちだった。
「いったい何があった?」
「ひとつの街にふたつの軍。しかも、家主より居候の方が強いときてます。思いのほか早かったですけど、当然の結末でしょうね」
補給を絶たれ頼みの援軍も来ないとあっては、いずれ食べ物の奪い合いが始まることは目に見えていた。イシカワシタの街では、領主の軍と皇国軍が激しい市街戦を繰り広げていることだろう。皇国の魔法兵達は地上部隊を見捨てたようで、自分達だけ空を飛んで皇国へと逃げ帰ってゆく。
「仕事は終わりです。後のことはハヤマル王子に任せて引き上げましょう」
今が好機と進軍していく王国軍を遠目に見ながら、さっさと王都に戻ろうと催促する。戦後処理なんて勇者にさせる仕事ではない。お役目は果たしたとヤマタナカ嬢が帰還を宣言した。




