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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第6章 皇国の陰謀

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第9話 名もなき勇士を送る歌

 王国軍の左翼部隊が密集陣形をとって突入を開始した。ただし、指揮官に付き従うのは3分の1程度で、残りの3分の2は自分たちが出遅れたことに気付いてから追いかけてるといった感じ。参謀達が部隊を掌握し直すのを待ちきれなかったみたい。


 早まったとは言わない。すでに皇国軍の4分の3は渡河を終えている。左翼部隊を指揮する髭モジャは、おそらくわたしと同じ結論に達したのだろう。


 今しかないと……


 わずか4千弱の手勢で左翼部隊が敵陣に無理やり押し入っていく。地上部隊が動いた以上、こちらも約束を果たさないといけない。皇国軍の渡河ポイントには橋が2本かけられていたので、下流側にある橋の上空にチイト君の精霊獣を誘導した。


「最も重要な地点の上空を占められたというのに、思ったほどの抵抗はないな……」


 皇国軍の魔法兵がもっと死に物狂いで向かってくるかと覚悟していたのに、精霊獣に対する攻撃は激しくなるどころか弱まっているとマコト教官が口にした。それはわたしも感じている。


「皇国軍も余裕があったわけではないのでしょう」


 数の上での劣勢を航空戦力で補おうというのが皇国の考え。精霊獣の出現は想定外のイレギュラーで、中央で王国の魔法兵とやり合っている部隊も、王国軍の右翼を足止めしている部隊も応援に割ける戦力はないのだろう。今、攻撃を仕掛けてきている魔法兵は、疲弊しきった身体に鞭打って迎撃を試みているに違いない。


「作戦に綻びが生じているのは皇国の方。綱渡りなのは向こうも同じ」


 上手く進んでいないとはいえ、渡河中の敵を包囲殲滅しようという王国軍の作戦はまだ遂行可能。一方、渡河を終える前に橋を落とされれば皇国軍は方針転換を迫られる。崖っぷちなのは皇国軍の方だとナナシーちゃんは分析した。


「え~と、つまり王国軍の方が優勢ってこと?」


 空気の読めない勇者様は呆れるほどに呑気である。


「ここが踏ん張りどころってことです。最後まで気を抜くんじゃありませんよ」

「くっ、くるしいっ。首絞め紐はやめてっ」


 ナナシーちゃんから借りた首絞め紐をチイト君に巻きつけてギリギリと絞め上げる。勝敗の行方はまだ定まっておらず相手も必死なのだと言い聞かせて、お尻をポカリと蹴り飛ばしておいた。工作部隊のひとりが怪我を負ったらしく、仲間に肩を支えられて精霊獣に戻ってきたためわたしが交代で出撃する。


 回復しようと後方に下がったところでスクランブルを命じられましたかね……


 わたしに向かってきた魔法兵はもう魔力が尽きかけているのだろう。防壁の魔法が維持できていなかった。相討ちを狙っているのか、魔法兵なのに槍を構えて突っ込んでくる。


「そんなになってから特攻だなんて、なにもかも遅すぎるんです……」


 近づくこともできないまま八つ裂き氷輪に切り刻まれた魔法兵が地上へと落下してゆく。マコト教官の言っていたとおり、万全な状態で敵わなかった相手を消耗しきってから道連れにしようなんて上手くいきっこない。余力のあるうちに覚悟を決めておくべきである。


 あの髭モジャみたいに……


 地上では突出した左翼部隊の一部ががむしゃらな突撃を敢行していた。そぎ落とされるように味方が脱落していくのも構わず、精霊獣めがけて一直線に突き進んでくる。機動力を生かした一撃離脱ではない。敵軍のど真ん中で橋を切り落とすつもりだ。


 精霊獣の迎撃に当たっていた魔法兵の一部はその意図を察したみたい。目の前のわたしを無視して身をひるがえし、力任せに押し入って来る左翼部隊へと向かう。だけど、髭モジャの邪魔はさせない。ひとりづつ潰している余裕はないので、収納の魔法からカナメ師匠の魔剣を取り出し衝撃波を放って牽制する。


 側面からの突入とはいえ、最も守りの堅い場所に押し込んで破壊工作を行おうというのだから、退く道などどこにも残されていない。これは全滅必至の特攻。そして、それを催促したのは他でもないわたしだった。


 退路を切り開くなんてできないから、せめて露払いだけは務めますよ……


 魔剣の放つ衝撃波は八つ裂き氷輪よりも威力がある。防壁の上からでもかなりの衝撃を受けるから、相手も無視するわけにはいかない。精霊獣でひと休みしていた分、わたしにはまだ余裕があるので、近づいて来れないよう四方八方に衝撃波を放つ。


 皇国の魔法兵も必死みたい。防壁の魔法を維持するための魔力を攻撃に回したのか、地上に魔法を放とうとしたひとりが衝撃波の直撃を受けて空中で四散した。


「奴らを橋に近づけさせるなっ。あのメガネは俺がやるっ!」


 指揮官らしき魔法兵が、部下に地上攻撃を命じて単身わたしに向かってくる。


「いい加減落ちろ、この化け物ぉぉぉ――――っ!」


 その指揮官は、全身を魔法の炎で包み込みこれまでの3倍の勢いで突進してきた。

 体当たり? いや、タックルで組み付いてくるっ!


「その手を使うなら、普段から空中での格闘術を磨いておくべきでしたね」

「あぁ、あ゛っ……」


 全身に混沌の暗き炎(カオスフレイム)を纏って相手に肉薄し格闘戦を挑む。それは夜皇ちゃんの得意とする戦い方で、わたしはもうゲップが出るほど見慣れていた。こんなコケ脅しに今さら驚いたりしないし、とんぼ返りで上下を反転させただけでどうしていいか迷うような素人に捉えられるほどどん臭くもない。

 相手のお腹に突き刺した状態で魔剣を発動。衝撃波で真っ二つに引き裂く。


「分隊長ぉぉぉ――――っ」


 少しは偉い人なのかなと思ったら、むっちゃ小者だった。指揮官を失った分隊を片付けたあたりで左翼部隊の先頭が最後の防衛陣を突破。橋の袂までは200メートル。間にいるのは、渡河し終えたばかりで隊列の整っていない兵だけだ。


「ここで決めるぞっ。蹴っ散らせぇぇぇ――――っ!」


 髭モジャの吼える声が上空まで響いてきた。周りを固めるのは子飼いの精鋭達だろうか。もう付き従う味方は千人を割っているというのに、士気を衰えさせることなく喉も張り裂けんばかりに鬨の声を上げて指揮官に応える。部隊がごちゃ混ぜになっているところに殴り込みを受けた皇国兵は、その場で応戦しようとする者、慌てて逃げ出す者、状況が理解できず騒ぐだけの者が合わさって大混乱に陥った。


「橋だっ。筏を繋いでるロープを切って落とせっ!」


 数百にまで討ち減らされてしまった左翼部隊だけれど、橋という狭い場所では数の差など問題ではない。先頭が皇国兵を川に叩き落としながら橋の中ほどまで進み、それに続いた者達が筏同士を結び付けているロープに刃を叩きつけ始めた。橋の袂ではロープを切り落としている味方の邪魔はさせじと髭モジャが踏ん張っている。


「落ちたぞぉぉぉ――――っ!」


 聞こえてきた声に足元を見やれば、川の中ほどでバラバラになった筏がゆっくりと下流へ押し流され始めていた。橋はまだ1本残っているけれど、一度に渡河できる兵はこれで半分。部隊の移動や展開にかかる時間を含めれば、倍以上の時間を要するだろう。


 橋が落ちたことを味方に報せたいのか、左翼部隊の生き残りは声の限りに勝利を叫んでいた。少なくとも、今日の一戦で王国が敗北することは免れたと思う。だけど、敵陣のど真ん中で孤立した彼らがその先を知ることはもうない。完全に包囲された中で、王国の勝利を信じながらひとり、またひとりと地に伏していく。


 そんな中、上空にいるわたしを見上げた髭モジャと目が合った。どうだ見たかといわんばかりの笑みを浮かべ、自らの勝利を誇示するかのように拳を突き上げてみせる。


「我らの勝利だぁぁぁ――――っ!」


 そして、ひと声張り上げると矛を手に皇国軍の包囲へと切り込んでいった。彼が剣で斬られたのか、槍で貫かれたのか、はたまた弓で射られて最期を迎えたのかはわたしにもわからない。ただ、橋までたどり着いた王国兵が残らず討ち死にしたことだけは間違いようもなかった。






 橋が落ちるまでに渡河できた皇国兵はおよそ全体の8割といったところ。輜重隊や魔法兵を除いた地上戦力としては、ほぼこちらの中央部隊と同数。全体の数で比べれば半分以下である。王国軍の中央を突破するのは難しいと考えたのか、皇国軍は川の上流に向かって西進し混乱のさなかにある王国軍右翼部隊をグルリと迂回。イシカワシタ領の軍と合流すべく街へと退却していった。


 王国軍はもちろん追撃したかったのだけど、自軍の右翼部隊に邪魔されて先回りすることができず、仕方なく残っていた橋を切り落として元いた陣地へと引き上げる。わたし達は司令部の天幕に呼びつけられ、どうして報せも寄越さず勝手な介入をしたのかとハヤマル王子に問い詰められていた。


「この衛士が兵を率いて本隊を支援せよと伝えてきました。司令部が伝令に遣わしたのではないのですか?」


 ヤマタナカ嬢が動かしたのは指揮下にある工作部隊だけなので、別に独断だと答えてしまってもよかったけれど、それだとギャアギャアうるさそうなので全部バカ衛士が悪い事にした。衛士ともあろう者が偽の命令を伝えてくるなんて思いもよりませんでしたと、ヤマタナカ嬢が顔色ひとつ変えずにぬけぬけと答える。


 縛り上げられている衛士を見れば、それが虚報であることに気が付いていたことは明らかなのだけど、この衛士はハヤマル王子の腰巾着のひとり。そのことを問い質したところで、ヤマタナカ嬢にはすっとぼけられ、自分が部下を掌握しきれていなかったことが取り沙汰されるだけなので、苦々し気に顔を歪めながらも王子はそれ以上追及しなかった。


「ヒジリ、ものは相談だが……」

「チイトとたんぽぽ爵を寄越せという要求であれば応じるつもりはございません」


 耳を澄ませば天幕の外から勇者万歳の声が聞こえてくる。身動きの取れなかった王国軍左翼部隊を立て直し、皇国軍の渡河を遮断した立役者はチイト君とされていた。勇者とその指南役を軍の管理下に置こうという相談ならお断りだと、ヤマタナカ嬢がハヤマル王子の発言をピシャリと遮る。


「勇者をただの強力な兵士と考えられては困ります」


 勇者は魔族に対抗するために遣わされた者。いかに敵兵とはいえ、倒した魔族より手にかけた人族の方が多いというのではその名が汚されてしまう。チイト君を投入する局面は自分が判断するとヤマタナカ嬢は譲らない。


「ならせめて、たんぽぽ爵だけでも……」

「戦地で女官を欲するなど、兄様はもう少し言葉に気を配られた方がよろしいのでは?」


 大任を仰せつかったにもかかわらず、敵を目の前にして女性を侍らせるつもりかと言われたハヤマル王子が首を巡らす。参謀達はこれ以上ないほど冷え切った視線を総司令官に突き刺していた。天幕の主は弁解するのにお忙しいようなので、用が済んだのなら失礼させてもらうと司令部を後にする。


「皇国は後詰めを送って来るでしょうか?」

「まず、間違いなく準備しているだろうな」


 自分の天幕に戻り、皇国の増援はあるのかと口にしたヤマタナカ嬢に、それは間違いないとマコト教官が告げた。魔法兵を多くした編成に驚かされはしたものの、王国軍を退けるだけの決定力があるわけではない。あれは、数で勝る相手に負けないための編成だという。


「他からの援軍がない限り、こちらが壊滅させられることはないだろう。それは皇国の奴らだってわかっているさ。つまり、あいつらの目的は時間稼ぎだよ」


 イシカワシタ領への調略が露見してしまったため予定外の出兵となった。そこで、先遣隊で時間を稼ぎ、本隊の到着を待って決戦を挑むつもりなのだろう。わかっていたからこそ対応できたものの、陣を構築する部材を使って橋をかけるなんて思いついたその日に実行できることではない。研究を重ね、機会をうかがっていやがったのだとマコト教官が苛立たし気にテーブルを叩く。


「上手くいかないものですね……」


 夜皇との総力戦を避けようとした結果、皇国と総力戦になるとは頭が痛いとヤマタナカ嬢が長い溜息を吐き出した。






 ひんやりとした風を感じながら星空を見上げる。酔っぱらえるほどのお酒は振る舞われていないというのに、兵達の天幕が張られている辺りから上機嫌でチイト君を褒めたたえ、皇国をけなす言葉が響いてきた。


 今日のMVPはチイト君ではなく、部隊が集結するのを待っていたら手遅れになると判断し、その時動かせる兵だけで突撃を敢行した髭モジャとその部下達だと思う。副官に後を託していったらしく、王国軍の左翼部隊は3分の1を失ったものの健在である。


 魔族によってでっち上げられた勇者は称賛され、命がけで勝利をもぎ取った勇士たちは冷たい地面に転がされたまま忘れ去られていく。それはわたしの望んだこと。ヤマタナカ王国と皇国を交戦状態に陥らせ、有能な指揮官を人族同士の戦いで失わせる。魔族にしてみれば、これ以上ない結果に終わったと言えるだろう。


 これは戦争なのだ。ヤマタナカ王国と皇国のではない。人族と魔族の勢力争いである。魔族は人族ほど簡単に増えないし、魔王クラスにまで成長するには人の一生より長い時間がかかるから、謀略を用いて人族を仲違いさせるのも戦略のうち。シャチーなら、そんな手に引っかかる方が間抜けなのだと笑うに違いない。


 とはいえ、この後味の悪さには慣れませんね……


 戦いが終わったわけではない。少しでも休んで体力を回復させておかなければいけないのだけれど、目を閉じると髭モジャが最後に見せたドヤ顔が浮かんできて落ち着かなくなる。

 そうとわかっていて死地に向かわせたわたしを、彼らは恨んでいるだろうか?


 ミユウが歌っていた一曲をなんとなしに口ずさむ。愛を告げてくれた相手に、答えを伝えていなかったことを詫びる鎮魂歌だ。こんなことをしても、亡くなった人達には慰めにもならないとわかっている。


 それでも、彼らの魂に安らぎが訪れることを願わずにはいられなかった。


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