第8話 空中機動トーチカ
わたしが考えた作戦は即座に採用され、マコト教官が工作部隊の中から参加メンバーを選抜し始めた。用意するのは空は飛べないけど射程の長い魔法を覚えている兵と、クロスボウによる狙撃を得意とする兵士。なお、治癒術師であるヤマタナカ嬢にも参加してもらう。
「……こんな方法を思いついていたのに、どうして早く言わないのです?」
「怠けていた分は契約期間を延長する」
「サボってたわけじゃありません。皇国軍に見つかる前にさっさと逃げていれば、こんな不確実な作戦なんて必要なかったはずです」
仕事を放棄していたと思われるのは心外なので、あのバカ衛士が全部悪いと罪を擦り付けておく。そうこうしている間にマコト教官がメンバーの選抜を終えたので、チイト君にあの空を飛ぶ精霊獣を出させて乗り込ませた。
わたしの作戦とは、アオキノシタから王都まで乗ってきた精霊獣に本人は飛べないけど飛んでいる相手を打ち落とせる兵士を乗っけて空中機動トーチカとし、王国軍の左翼上空で好き放題している皇国の魔法兵を蹴散らそうというもの。空からの攻撃がやめば、3方向からの完全包囲は無理でも片側から側面攻撃ができる。
相手を殲滅とまではいかないものの、優勢を保ったまま今日の戦いを終えられるだろう。
この空を飛ぶ精霊獣には扉以外の7方向に窓がついているので、乗っている人は身を隠しながら攻撃できるうえ、万一傷を負っても治癒術師のヤマタナカ嬢がいる。敵に侵入されるとやっかいなので、マコト教官に扉を守ってくれるようお願いした。
「全速でかっ飛ばしてください。皇国軍の戦力が整ったら負けですよ」
王国軍は渡河ポイントを包囲しようと左右に軍を広げてしまっている。おそらく皇国軍は空からの攻撃で両翼を足止めしておいて、全軍が渡河を終えたところで司令部のある中央に突撃を敢行。包囲が完成する前にど真ん中を突き抜けようとするに違いない。その後は片側に回り込んで確固撃破を試みるもよし、王国軍の輜重隊を狙うのもまたよし。完全に主導権を皇国軍に握られてしまう。
「それじゃあ、空を飛べる方々は精霊獣の上方を守ってください。わたしは死角になる下方向を守ります。くれぐれも、精霊獣からの支援が届かない場所で戦わないように。交代要員なんていませんから、消耗したら無理せず戻って回復ですよ」
窓は横についているため、どうしても真上と真下が死角になりやすい。工作部隊に空を飛べる魔法兵が4人いたので、精霊獣の外で空中戦をしてもらう。魔法に対する耐性の高い精霊獣を上手く利用するよう言い含め、扉を出て空中に体を躍らせる。
王国軍の左翼上空に差しかかると、グルグルと円を描くように飛びまわりながら、やりたい放題に地上部隊を攻撃している皇国軍魔法兵の姿が見えてきた。ついてこいと手招きしながら精霊獣に先行し、地上に気を取られている隙に一気に距離を詰めてゆく。
「フハハハ……。見ろ、人がゴミのよう――」
「あなたが大佐ですかっ!」
「――ぐぶえっ!」
今まさに魔法を放とうとしていた魔法兵の顔面にパンチをくれてどつき倒す。いきなり横から殴られることは予想していなかったのか、気を失ったようでそのまま地上に落下していった。
防壁の魔法を過信し過ぎるから、周囲への警戒がおろそかになるんですよ……
「しょ、小隊長殿――――っ」
わたしがぶん殴った相手は小隊長で、残念ながら大佐ではなかったみたい。まぁ、後がないほどの負け戦でない限り、そんな高級士官が最前線で戦闘なんてしているわけがないので許そう。
「なんだ貴様っ。王国軍の新――くそっ、なんだアレはっ?」
指揮官を一撃で落とされた魔法兵がわたしを取り囲んだところで、チイト君の精霊獣が追いついてきた。乗り込んでいる工作部隊の人たちが窓から魔法を放ってくる。わたしから一瞬目が離れた隙に懐に飛び込み、渾身のアッパーカットを顎にお見舞いしてあげた。またひとり、皇国の魔法兵が地上で待ち構えるピラニア軍団の中に落っこちてゆく。
「体をロクに鍛えていないのは、皇国の魔法兵も変わりありませんか……」
「くっ、空中で格闘戦だとっ?」
どうも、空中戦とは魔法を撃ち合うものというのが人族の共通認識みたい。まぁ、優の知っていた有名バトルアニメも、主人公が飛べるようになった途端、気の様なエネルギーを放出する技の応酬になっていったから、世の中そういうものなのだと割り切ろう。
接近戦を挑んでくるわたしと魔法を放ってくる精霊獣トーチカの両方を相手にするのは分が悪いと判断したのか、皇国の魔法兵達が身をひるがえす。そこにクロスボウの矢が飛んできてブスリとわき腹に突き刺さった。突然襲ってきた痛みに進行方向を見失ったようで、憐れな魔法兵はネズミ花火のような軌跡を描きながら墜落してゆく。
これは、空でとどめを刺してあげるのが慈悲というものですね……
これまで蹂躙される一方だった王国軍の地上部隊は理性が吹っ飛ぶほど怒り狂っている。手の届くところに落っこちてきた魔法兵は生きていようが死んでいようが寄ってたかって八つ裂きにし、腹わたを引きずり出しては歓喜の雄叫びを上げていた。
すかう太くんのレーダーで空にいる相手を見つけて精霊獣を誘導し、皇国の魔法兵を撃墜してゆく。小隊のいくつかを潰したところで、皇国軍は先に精霊獣を叩き落とすことにしたみたい。チイト君の精霊獣はトーチカのくせに魔法兵に劣らないスピードで飛行しているので、無視して地上を攻撃していては死角から撃たれると判断したのだろう。続々と集まってきた皇国の魔法兵が精霊獣に魔法を放ってくる。
精霊獣トーチカを中心に王国軍の左翼上空で乱戦が始まった。
「寄るなっ、寄るなぁぁぁ――――っ!」
「エサに吸い寄せられてきたのはそっちでしょうに……」
へっぴり腰で突き出された杖をヒョイとかわして、側頭部に蹴りを叩き込むと同時に雷の魔法を流し込んで脳みそを焼く。空中戦が専門の魔法兵は武器の使い方がまるでなってない。新兵訓練を終えたばかりといったレベルである。
頭上を見上げてみれば、精霊獣トーチカが8の字を描くような軌道で飛び回りながら周囲に魔法を巻き散らかしていた。同じ場所を繰り返し攻撃されると修復が追いつかなくなるので、チイト君にはゆっくりと精霊獣を回転させて、相手に同じ面を向け続けないよう指示してある。まだ損傷よりも修復する速度の方が勝っているみたいで、壊れたままの部分は見当たらない。
工作部隊の人たちも上手く精霊獣からの攻撃が届くところに相手をおびき出すよう戦っている。深追いし過ぎた相手が横からクロスボウで狙い打たれ、落っこちそうになる味方を支えようとした別の魔法兵を強力な炎の槍が貫く。身を隠した状態で攻撃を準備したり、狙いを定めたりできる精霊獣トーチカは想像以上に強力だった。
「懲りもせずまだ来ますか。まぁ、真下が死角っていうのは見ればわかりますからね」
皇国の魔法兵8人がわたしの護る精霊獣の下側に潜り込んできた。防壁の魔法に護られている魔法兵は、よほど強力な魔法を直撃させない限り一撃では沈まない。むしろクロスボウの方が脅威なので、窓のない下方向から接近しようとする輩がちょくちょくやってくる。
そこに、相性最悪な相手が待ち構えているとも知らずに……
「ぐぶえ――――っ!」
4人が編隊を組んでわたしに向かってきたので、流動防殻で魔法を弾きながら真正面から突進。勢いを殺さず先頭にいた魔法兵の顔面に膝を叩き込む。相対速度では時速100キロを超えていたであろう正面衝突を喰らった相手は、クルクルと後方伸身宙返りを決めながら小さくなっていった。
素直にすれ違ってくれるとでも思ってたんですか? 甘いですよ……
「さっ、散開して取り囲めっ!」
残ったうちのひとりがとっさに声を上げた。互いに距離を取って魔法を撃ち合うなら正解だろうけど、接近戦を挑むわたしにそれは悪手。味方に当ててしまうことを恐れてロクな援護もできないまま、ひとりずつ潰されて終わりである。
「ばっ、化け物だっ、助けてくれっ!」
続けてふたりほど始末したところで、残ったひとりが失礼なことを言いながらもうひとつの4人編隊に助けを求める。皇国の魔法兵は教育がなってない。ここはミイラ取りがミイラになる愚を犯さず、仲間が目的を遂行できるよう時間稼ぎに徹する場面ではなかろうか。
救援を求められた編隊はわたしを迎撃するためにふたりを反転させた。残ったふたりはそのまま精霊獣に接近してゆく。どうやら外部からの攻撃で壊すことを諦めて、内部を直接攻撃する腹積もりみたい。
少ない戦力をさらに分けるなんて、相手を甘く見過ぎじゃありませんか?
「防壁がっ、どう……して……」
わたしの足止めに向かってきた3人を片付けて精霊獣に目をやったところ、残るふたりは扉を護るマコト教官と交戦している模様。盾でのぶちかましを受けて気を失ったのか、侵入を試みたひとりが精霊獣から弾き飛ばされて落ちていった。
最後のひとりが魔法を放つものの、防壁の魔法を展開した盾に阻まれてチイト君たちのいる内部までは届かない。ただ、マコト教官には空中にいる相手を攻撃する手段がないので、このままでは撃たれっぱなしである。と思ったところ、精霊獣から飛び出した小さな影が皇国の魔法兵に組み付いて首筋に刃を突き立てた。
なにやってるんですかあの子はっ?
素早く刃を引き抜き、相手の体を蹴ってとんぼ返りしながら精霊獣に戻ろうとするナナシーちゃん。
いや……あの……、精霊獣だって動いてるんだから……
残念ながら、華麗に着地を決めようとした場所に精霊獣はいなかった。空中に置き去りにされてしまったナナシーちゃんがポーズを決めたまま落っこちてくる。
「あの精霊獣は1秒で10メートル以上進むんです。元の場所にはいませんよ」
「ワタシにも空が飛べる気がした」
仕方ないので受け止めてあげたところ、気分で空が飛べるなどとアホなことを抜かす。
「邪魔をしてしまったのなら手を離しますけれど……」
「嘘、たんぽぽ爵なら受け止めてくれると信じていた」
精霊獣へと戻り、もうバカなマネはしないようにと言い含めて放り込むと、マコト教官とヤマタナカ嬢がふたりがかりで取り押さえにかかった。これからお説教だそうな。再び精霊獣の真下に陣取って寄ってくる敵を撃退していると、今度は王国の魔法兵が8人ほどやってきた。
「地上部隊から空飛ぶ花を援護してくれと要請があったっ。あれがそうなのかっ?」
「勇者の精霊獣です。魔法に対する耐性は高いですから、上手く利用してください」
王国軍の中央上空をカバーしている魔法兵にも余裕はないみたいで、左翼の援護に回せるのはこれで精一杯だという。それでも、交代要員がやって来たのは正直ありがたい。とりあえず直上の護りを交代してもらい、工作部隊の4人を精霊獣で休憩させる。
わたしの撃墜数が20を超えたあたりで工作部隊の4人が休憩を終え、交代するから精霊獣で魔力を回復するよう勧めてきた。さすがに消耗していたので、精霊獣へ戻らせてもらいヤマタナカ嬢から魔力と疲労を回復させる薬をいただく。
「チイト君の魔力は充分ですか?」
「よゆ~、まだ薬も飲んでない」
この精霊獣はわたしが思っていた以上に堅固だったみたい。一瞬だけイラッときたものの、余裕があるのはいいことだと思い直す。こんな戦場のど真ん中に安全地帯があるおかげで、負傷者こそいるものの未だ死亡者は出ていない。治癒術師のヤマタナカ嬢が控えていることもあって、消耗はしていても損害はゼロのままである。
「たんぽぽ爵、地上部隊の様子はいかがです?」
「横に広がっているせいで、統制を取り戻すには幾分時間がかかるかと……」
「急がせてください。地上部隊が動かないことには戦況が好転しません」
ヤマタナカ嬢の言うとおり、わたし達がいくら空の魔法兵を叩き落としたところで皇国軍の渡河は阻止できない。さっさと部隊をまとめて進軍を再開させるよう催促に出向いたところ、左翼部隊の指揮官だという髭モジャのオジサンがわたしを怒鳴りつけてきた。
「言われんでもわかっとるっ! 文官如きが知った風な口を叩くなっ!」
わたしに一喝くれると、今度は参謀達に向かって矢継ぎ早に指示を出す。内容を耳にする限り、もはやのんびりと包囲戦なんてしてられないから密集陣形で突入し一気に橋を切って落とそうという腹みたい。
一見、荒っぽい猪武者だけれど、時間がないということをちゃんと理解しているならわたしのしたことはただの差し出口。司令部に魔法兵の援軍を要請してくれたのもこのオジサンだろうから、わたしを怒鳴りつけたことは焦っていたのだと大目に見てあげよう。
「地上部隊が突入を開始したところで精霊獣を前に出します。橋の上空を占めさせますので目印にしてください」
それだけ伝えて左翼指揮官の前を辞する。文官であるたんぽぽ爵に指図されるのが気に入らないのか髭モジャの顔をしかめていたけれど、見失いようのない進軍目標の利点には気が付いているみたい。
沈黙を了解と受け取ったわたしは、精霊獣を誘導するべく再び空へと舞い上がった。




