表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第6章 皇国の陰謀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/92

第7話 まさかの劣勢

 夜明けとともにヤマタナカ王国軍は進撃を開始した。参謀達の出した結論は、イシカワシタの街を包囲すると見せかけて、皇国軍が川を渡り始めたところで反転。渡河してきたばかりで隊列の整わないところを包囲殲滅するというもの。皇国軍の半分ほどが渡り終えた辺りで攻撃を開始できればベストだそうな。


 皇国軍の数が少ないのは、ことが発覚したことに気付いてから大急ぎで編成したせいというのが参謀達の考え。後詰めの軍が派遣されてくる可能性が高いので、合流される前に叩いてしまいたいという。


 輜重隊と護衛の兵、合わせて5千を野営した陣に残し、3万5千の王国軍がイシカワシタの街に攻め寄せていった。いったというのは、わたし達は輜重隊と一緒に残っているから。小高くなった丘の上からは、王国軍が田畑を踏み荒らしながら進んでいく様子がよく見える。


「あ~あ~、あの辺りの畑はもうグチャグチャですよ……」

「こんな時まで食べ物のことを気にするたんぽぽ爵は意地汚い」


 もったいないもったいないと繰り返していたせいか、ナナシーちゃんにはすっかりいやしん坊だと思われてしまったみたい。


「むしろ、こんな状況でも食べ物を気にかけていられることに感心するよ」


 そんな肝の据わっている文官がどこにいるのだと、マコト教官がクイッと親指で後ろを指し示す。そこには、これから始まる戦争に緊張してカチコチになっているチイト君の姿があった。隣でヤマタナカ嬢が、落ち着いてさえいればチイト君ならなにがあっても対処できるからと一生懸命励ましている。


「今さらなにを固くなっているんですか」

「だって、人間同士の殺し合いなんて……」

「なにがあっても悪いのは国王です。チイト君が気に病むことではありません」


 斬り捨て御免の証である剣を受け取っただろうと思い出させておく。


「たんぽぽ爵の言うとおりだ。お前は国王にでもなったつもりか?」


 責任はそれを命じた者にある。兵士は命令を遂行することと生き延びることだけ考えていればいい。そんなことは新兵だって承知しているぞとマコト教官もすっかり呆れていた。


「人族だって襲ってくるならゴブリンと変わりありませんよ。殺らなければ殺られるだけです」


 それがわかっていて召喚に応じたのではないのかと蹴っ飛ばしてやりたい。芋虫をピコピコ叩いていれば称賛されるとでも思っていたのだろうか。英雄と呼ばれる人は数多くの屍の上に立っている。それは、チイト君のいた世界でも変わらなかっただろうに……


「チイト君が戦わないなら、わたしがヒジリ王女の首を落とすことになります。皇国の兵に汚される前に……」

「そうですね。わたくしも武官の端くれ。覚悟はできています」

「ヒジリッ……」


 なんてこと言うのだとチイト君が味方を求めて視線を巡らすけど、ナナシーちゃんもマコト教官も、そうなった時にはもう自分は生きていないと首を振った。


「チイト、あなたの後ろには数多くの命がいるのです。それを忘れないでください」


 上目づかいで瞳をウルウルさせながら胸元で両手を組むあざとポーズを決めたヤマタナカ嬢に頼られて、チイト君も覚悟を決めたみたい。僕には護らなければいけないものがあるんだなどと安っぽい台詞を呟いている。

 そんなもの、ゴブリンにだってあるでしょうに……


 手のかかる勇者様は放っておいて、風に乗る魔法で上空へと舞い上がり戦場を俯瞰する。王国軍に取り囲まれたイシカワシタの街は徹底抗戦の構え。降伏を呼びかけたらしき軍の士官は弓矢の嵐をお見舞いされハリネズミに変えられてしまった。


 皇国軍とイシカワシタの領軍を合わせても王国軍より少ないことはわかっているはずなのに、勝利を確信しているのか外壁上で弓を構える領兵たちに動揺した様子はない。ここまではシナリオどおりということなのだろう。


 王国軍の魔法兵が魔法を放ち始めたところで皇国軍が動いた。予想どおり、陣を囲っていた柵や壁を筏に変えて橋をかけ始め、その動きを察知した王国軍の両翼が反転を始める。


 ほぼ作戦どおりといったところですね……


 筏の橋は一回使ってしまったら交戦中に回収することは難しい。橋を切り落として川に流してしまえば皇国軍は再び筏が用意できるまで川を渡ってこれなくなる。その間にイシカワシタの街を落としてしまえば皇国は諦めるしかなくなるだろう。


 王国軍が橋のかけられた渡河ポイントへと迫ってゆく。川を渡り終えた皇国の兵は軍全体の4分の1といったところ。川っぺリでは身を隠す場所もないから、多勢を相手に橋を死守しようとしたところで袋叩きにされるだけ。王国軍の完勝でチイト君の出番はないみたい。


 …………と思っていた時期がわたしにもありました。


 両軍から飛行の魔法を使える魔法兵達が空に飛びあがったところで、わたしは先ほどの考えを改めざるを得なかった。皇国は軍を編成する段階でこの事態を予想していたのか、大量の魔法兵を投入してきていたのである。ざっと見ただけで王国の3倍はいそう。


 王国の魔法兵はあっという間に防戦一方に追い込まれ、皇国の魔法兵が王国軍の地上部隊を攻撃し始めた。地上部隊も魔法や弓で応戦するものの、頭の上を好き放題に飛び回られてはどうしようもない。そして、先頭が足止めを喰らっている間にも皇国軍はドンドン橋を渡ってくる。


 …………とりあえず、ヤマタナカ嬢のところに戻りましょうか。


「王国軍の負けです。目をつけられないうちに食べ物を持って逃げましょう」

「ナナシー、たんぽぽ爵に吐かせてください」


 陣に戻って即時撤退を提案したところ、少しは状況を説明する努力くらいしたらどうだとヤマタナカ嬢がまなじりをつり上げた。ナナシーちゃんが首絞め紐を巻きつけてくる。


「皇国の魔法兵がいっぱいで、王国軍は足止めされています。皇国軍が川を渡り切れば形勢は逆転するでしょう。今が逃げ時です」

「ユウさん、逃げることしか考えていないのか……」


 戦況を立て直そうともしないで逃げるのかと、ついさっきまでブルっていたチキン勇者が批判してくるけれど、物資を積んだ輜重車は足が遅い。どうしようもなくなってから逃げたのでは食べ物を全部奪われてしまう。


「ユウさん、食べることしか考えていないのか……」

「なに言ってるんですか。食べ物がなくてどうやって戦争するんです」

「たんぽぽ爵の報告では状況が掴めん。魔法が使える工作部隊の者に偵察を命じよう」


 数は少ないものの、ヤマタナカ嬢を護衛する工作部隊にも空を飛べる魔法兵はいる。ふたりほど選んでマコト教官が斥候を命じた。これを食べて落ち着けと、小麦粉を薄くのばして焼いた生地で腸詰肉を包んだ食事をナナシーちゃんが差し出してくる。


「ナナシーちゃん。食べ物を渡しておけばわたしがおとなしくなると思っていませんか?」

「たんぽぽ爵は食いしん坊。アオキノシタでもしきりにカニを気にしていた」


 ぐぬぬ……まだ憶えていましたか……


「物事には優先順位があるんです。チイト君よりカニの方が大事に決まっているでしょう」

「それには同意せざるを得ない」

「ナナシーまで最近酷くないか? ユウさんが感染うつったんじゃ……」


 ブゥブゥと文句を言い続けるチイト君は無視しておかわりをいただく。冗談ではなく、今食べておかないと次の食事はいつになるかわからない。逃げるにせよ本隊に加勢するにせよ、しばらく忙しくなることは目に見えているのだから……


「皇国軍は半数以上が渡河を終えました。味方の魔法兵は司令部のある中央上空をカバーするのに手一杯です。空からの攻撃に晒されている左右両翼は隊列を整えられず、小隊単位でバラバラに逃げ惑う有様。皇国軍は伝令を優先的に狙い、軍全体の動きを鈍らせるよう図っているものと思われます」


 戻ってきた斥候の報告を受けたマコト教官は、これくらい報告せいとでも言いたげな視線をわたしにチラリと投げかけてきた。多少詳しくわかったところで、輜重隊とその護衛にできるのは逃げることくらいしかない。どうせわたしの出した結論と同じになるのだから、この斥候の報告はなんの役にも立っていないと思う。


「ど~せ逃げることになるんですから、時間を無駄にせずとっととトンズラしましょうよ」

「たんぽぽ爵は結論を急ぎ過ぎだろう」

「ぐずぐずしてたって、いいことなんてありませんよ」


 なにもしないまま時間が経ったところで状況が好転することなんてあり得ない。たいていの場合、判断を先延ばしにした分だけ悪化するのがお約束。そして、それはすぐにやってきた。

 馬に乗った衛士隊のひとりが伝令に到着してしまったのである。


「王女殿下っ、早急に予備兵力を率いて本隊を支援されたいっ」

「予備兵力とはなんのことです? わたくしは輜重隊の部隊長ではありませんよ」


 どこに予備兵力があるのだとヤマタナカ嬢がポカンとした顔で尋ねる。ヤマタナカ嬢の指揮下にあるのは王女の護衛を命じられた工作部隊100名足らず。輜重隊とそれを護衛する兵の指揮官はちゃんと別にいる。伝令を伝える相手を間違えているのではないかとマコト教官が指摘した。


「しかし、勇者殿がいればまだっ」

「いくら勇者がいるとはいえ、わずかな手勢でただ支援をしろなどという指令があるかっ。参謀達から他に言付かったことはないのか?」


 この数では戦場全体に介入することは不可能。隅っこの方でちょっとしたことをするのがせいぜいなのに、どの部隊の行動を支援しろという指示すらないとは司令部が壊滅したのかとマコト教官が問い質す。


「しかし、この陣にはまだ5千の兵が……」

「おいっ。こいつを縛り上げろっ!」

「なにをされるっ?」


 マコト教官が工作部隊の皆さんに命じて衛士を捕らえさせた。部隊長に行動を促すことはできても、ヤマタナカ嬢に輜重隊を指揮する権限はない。司令部がそのことを忘れるはずがなく、彼らを率いろなんて指揮系統を無視しているにも程があるという。


「お前、独断でここの兵を動かそうとしたな……」

「うっ……」


 どうやらこの衛士、窮地に援軍を呼んでくれば手柄になると思っていたみたい。どう考えても命令無視の独断専行でしかないと思うのだけれど、本人は機転を利かせたつもりでいたのだろうか。

 それが、狼につけられていたとも知らずに……


「マコト教官、皇国の魔法兵がこっち見てます。輜重隊を捉えられましたよ」

「なんだとっ?」


 遠見の魔法を使っているようで肉眼では豆粒ほどにしか見えない距離にいるけれど、すかう太くんの望遠モードにはこちらを監視する魔法兵の姿がしっかりと映されていた。目が合ってしまったので、わたしに気付かれたことを向こうも察知したのだろう。すぐさま転身して引き返してゆく。


「斥候を連れてくるバカがいるかぁぁぁ――っ!」

「そんなっ……」


 ドゲシッとマコト教官が縛られた衛士を蹴り飛ばした。戦場から離脱してどこかへ向かう騎馬がいれば、その先に援軍がいることを疑うのは当たり前。途中で身を隠すこともせずまっすぐここに来たのかと、今度は拳骨を振り下ろす。


「ナナシー、すぐにこのことを輜重隊に報せてください」


 ヤマタナカ嬢の指示を受けてナナシーちゃんが姿を消した。本隊が輜重隊を同行せず隠していたことを知られてしまった以上、こちらが狙われることは間違いない。


「ほぅ~ら、ぐずぐずしているからこ~いうことになるんですよ」

「えっ、衛士がここまでバカだと誰に予想できるっ!」


 ねぇ今どんな気持ちとスキップしてみせたところ、逆上したマコト教官に首を絞められてしまった。わたしは正しいことを言っていたのにあんまりだと思う。


「ハヤマル王子は軍をいったん後退させ隊列を再構築しようとするだろう。それが、敵に輜重隊を襲う時間を与えてしまうと知らずに……」


 相手を包囲しようと隊列を左右に広げ過ぎたせいで、数で劣る魔法兵が全域をカバーできなくなってしまった。損害を抑えるためには包囲を解いて軍を集結させるしかないのだけれど、そうすれば一気に皇国軍がこの陣に押し寄せてくるとマコト教官は言う。


「戦場を迂回して本隊と合流できればいいのだが……」


 その望みが薄いことはわたしにもわかる。捕捉されてしまった以上、輜重隊の足では追撃を振り切れない。となれば、どうにかして包囲したまま本隊の立て直しを図り、最悪でも痛み分けに持ち込んでもらうしか道は残されていないだろう。


「あのウラミって勇者が役立たずってのは、こういうことか……」


 いくら恩恵の力があっても、ひとりの人間が戦場に与える影響なんてたかが知れているとチイト君が落ち込んでいた。数万という軍勢がぶつかり合う戦場では、当たるを幸い千切っては投げ八面六臂の大活躍なんてしたところで、それを目にするのはたかだか数百人に過ぎない。9割方の人間には気付かれることなく終わる。


 本来であれば……


「なにを言ってるんです。チイト君の恩恵は勇者ウラミとは違うじゃありませんか」

「たんぽぽ爵っ、あなたはまたっ!」

「えっ……」


 気が付けば、わたしは首絞め紐を手にしたヤマタナカ嬢、マコト教官、ナナシーちゃんに取り囲まれていた。まだビックリ箱を隠していたのか、おとなしく吐けと三方から迫ってくる。


「いや……あの、チイト君が目立つだけで確実に上手くいくとは……」

「いいから吐きなさい……」


 この期に及んで秘密主義とはいい度胸だと、3人は容赦なく首絞め紐を巻きつけてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ