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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第1章 全裸の魔皇
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第6話 裸族の宴

 しまったなぁ……

 わたしは暗殺される心配のない金剛裸漢。寿命なんかもさっぱりで、そもそも死ぬことができるのかもわからない。その必要がなかったので、周囲を警戒するということをすぐに忘れてしまう。


「囲まれてます。裸賊でしょうか?」

「そんな知恵のある相手は裸賊くらいしかいない」


 ワカナさんが矢をつがえ、ホムラさんも収納の魔法から杖を取り出した。アンズさんは両手にトマホークを構える。

 すかう太くんの表示を見る限りでは、わたしたちを囲んでいるのはざっと20人といったところ。金剛力を使わず、他の3人も傷つけないで切り抜けるのはちょっと厳しいかな……


「先手必勝。ホムラ」

「ブッ、ラジャー」


 相手を確認することなく強力な魔法で先制攻撃を加えることに、アンズさんは微塵の躊躇いも見せなかった。比較的固まっていそうな場所を指示したら、ホムラさんが炎の魔法を打ち込み周辺を火の海へと変える。

 数人巻き込めたみたいで、木立の向こうで男達の悲鳴が上がった。


「裸賊で間違いない。ホムラに裸賊を近づけさせないで」


 ホムラさんを固定砲台として、わたしたちで周囲を守ろうという作戦みたいだ。魔法四段は伊達ではなく、手加減の必要がない状況でならホムラさんの魔法は強力だった。


「来るんじゃないです。変態っ!」


 茂みの向こうから姿を現した裸で剣を持っている男の額に、ワカナさんの放った矢が突き刺さる。アンズさんの判断は正解だった。取り囲んだはいいものの、こちらの先制攻撃で出鼻をくじかれた裸賊達は襲いかかるタイミングを合わせられていない。


 これならばと、わたしはホムラさんが最初に火の海にした辺りを八つ裂き氷輪にブンブンと飛び回らせ、木も人もお構いなしに真っ二つにさせる。すかう太くんの表示を見れば、最初はロの字型だった包囲が今は一方が欠けたコの字型になっていた。


「あっちの包囲解けました。今なら抜けられます」

「ホムラ、ワカナ、走って」


 包囲を抜けたわたしたちを裸賊は逃がすものかと追ってくる。だけど、しょせん彼らはならず者の集まりでしかなかった。包囲陣形を維持したまま追いかけるのではなく、全員が真っすぐわたしたちに向かってきたのだ。

 コの字だった包囲陣形は崩れて、いつしか密集隊形になっていた。


「相手が固まってきてます」

「ホムラいける?」

「トラスツミー」


 アンズさんを中心にわたしとワカナさんが左右を固めて立ち塞がり、後方でホムラさんが魔法の準備を始める。

 先頭を走ってきて射線上にノコノコと姿を現した裸賊をまたひとりワカナさんが射抜く。その後ろから現れた全裸の男にアンズさんがトマホークを投擲した。

 トマホークは相手の持っていた戦斧で防がれてしまったものの、裸賊の足を止めさせることには成功する。


 そこにひと塊になった裸賊達が追い付いて姿を現した瞬間、周囲一帯を火の海へと変える業火の魔法が轟音と共に炸裂した。


「まだ動いてるのわかる?」

「端っこにいた4人はまだ息があるみたい。逃げようとしてる」


 全裸で乙女を襲った不届きな裸賊はホムラさんの魔法で一網打尽にされたけど、火の海の中心から離れていた者はしぶとく生き延びようともがいていた。身体を引き摺って逃げようとしている裸賊にアンズさんが死神のトマホークを振り下ろしていく。


「こんな魔法使って、山火事になったりしません?」

「このシーズンは木も草も水をベリーベリーホールドしているからノゥプロブレムよ」


 水をたくさん含んでいるから、火をつけようとしても燃えないらしい。山火事は乾燥する冬に起きやすいのだという。


「懸賞金でもかかっていれば良かったのに、稼ぎにならない奴らです」


 首謀者や中心人物が判明していないため、裸賊には未だ懸賞金がかけられていない。せめて高値で売れそうな武器くらい持って帰ろうと、ワカナさんが物色を始めた。


「ホムラ、ロープを貸して」


 ホムラさんが収納の魔法からひと巻きのロープを取り出してアンズさんに渡す。瀕死になった裸賊のひとりが元無職で、アンズさんの知っている相手らしい。連れて帰って無職ギルドに引き渡せば情報を吐かせられる。懸賞金はないけど、有益な情報が得られれば礼金くらいはあるかもしれないという。


「首を落とされたくなかったらキリキリ歩く」


 トマホークを手にペシペシと打ちつけながら、亀の甲羅みたいな模様に縛られた全裸の罪人をアンズさんが引っ立てていく。罪人は何か言いたそうだけど、猿ぐつわを噛ませられているので「ひぐぅ……ひぐぅ……」という唸り声しか出せない。

 アンズさんによれば、出来の悪い無職達を束ねる顔役みたいなことをしていた目端の利く男で、相手に取り入るのが上手い。裸賊の主犯格に関する情報も掴んでいるかもしれないそうだ。


 棒の代わりに背中に柄の長い戦斧を括り付けてあるので、前屈みになったりはできない。裸賊は裸賊らしく惜しげもなくブラブラと晒しながら街中を引き回され、子供に棒で突っつかれたりしながら無職ギルドに到着した。

 捕らえた裸賊を引き渡し、無職ギルド内にある食堂でひと息つくことにする。


「売ろうと思っていたのに取り上げるなんてっ」


 売ってお金に替えようと、ワカナさんが見栄えのいい武器を回収してきたのだけど、それが裸賊討伐に向かって返り討ちにあった軍が正規の兵に配備していた武器と判明した。証拠品として裸賊の身柄と一緒に押収されてしまい、苦労してここまで運んできたワカナさんはプリプリ怒っている。


「吐かせた情報を領主に売るためには、あの男が裸賊だという証拠が絶対に必要」


 有益な情報を得ることができれば無職ギルドはそれを領主様に売って、その代金の一部はわたしたちへの礼金に充てられる。情報の信憑性を裏付ける証拠があった方が交渉を有利に進められるから、礼金が増えることに期待しようとアンズさんがワカナさんを慰めていた。


「ヤマドリの方は1羽あたり小銀貨4枚。6羽で24枚よ」

「私の分はユウに渡して」


 ヤマドリの納品を済ませたホムラさんがひとり小銀貨6枚だと分配しようとしたところ、納品できる獲物を仕留めていないのだから分け前はいらないとアンズさんが言い出す。分け前は平等ではなく公平が原則。足手まといに分け前を与える必要はない。これは他の無職達も同様だという。


「アンズさんだって魔法で威嚇してましたよね?」

「あんなものは働いた内に入らない。今日はユウの勉強。間違って覚えられては困る」


 足手まといに分け前を与えるのは慈悲ではない。その分、分け前が減らされた他のメンバーに不満が残る。仲間割れの原因で2番目に多いのが分配ルールに対する不満だと、アンズさんは頑として受け取らない構えだ。

 ちなみに、1番目は仲間内での恋愛だそうな。


「じゃあ、この小銀貨6枚で――」


 テーブルの上、わたしの前に積まれた小銀貨6枚をアンズさんの前に滑らせる。


「――納品できなかったその3羽をわたしが買います」


 納品した分はわたしたちの獲物だと言うのなら、その3羽は仕留めたアンズさんのものだ。1羽につき納品したヤマドリの半値で買い叩かせていただく。


 アンズさんが足手まといであるはずがない。ホムラさんとワカナさんが一番年下である彼女の指示に従っているのは、状況判断が一番的確だと信頼しているからだろう。囲まれていると知らされて、躊躇いなく最大火力による先制攻撃を選ぶ。金剛裸漢であることに甘えているわたしにはできない。

 それがなければ包囲を突破できず、遠からずわたしは金剛力を発動させていたと思う。


「……なんのつもり?」

「背中からトマホークで潰されているとはいえ、たっぷりとお肉のついたモモの部分は無傷ですよね……」

「チキンを独り占めなんてアンズはメスオークみたいです」


 この欲張りの食いしん坊め、分け前を欲しがらないのはヤマドリを独占するためだろうとホムラさんが詰め寄る。


「ええっ。独り占めなんてズルいですっ?」


 今晩はヤマドリが食べられると期待していたのに、全部自分のものにするなんて酷いとワカナさんまでアンズさんを非難し始めた。


「ぐぬぬ……ユウ、憶えておきなさい」


 潔く分け前を辞退したつもりが食いしん坊を咎められることになったアンズさんは、歯ぎしりしながら小銀貨を受け取る。これでヤマドリはわたしのものだ。


「ヤマドリはフタヨちゃんに料理してもらいますね。香草焼きでどうでしょう?」


 フタヨちゃんはわたしの隣の部屋。妄粋荘の205号室に住んでいる14歳の女の子で、親方に弟子入りして料理店で修行している。材料を用意するだけで美味しい料理に仕上げてくれるという妄粋荘の自動調理器……もとい天使だ。


「スパイスとハーブはミーが用意するわ」

「付け合わせはワカナに任せるですよっ」

「…………わかった。酒は私が出す」


 今晩は宴会と決まった。善は急げと市場に繰り出して必要なものを買い集める。


「ヤマドリのハーブ焼きですか。任せてください」


 薄茶色の髪をショートボブにしたポチャっとして可愛らしいフタヨちゃんは、部屋からエプロンを取ってくるとさっそく料理に取りかかった。料理をするのが大好き。味見をするのはもっと大好きという少しばかり残念な女の子だ。


 日も落ちたころに料理は完成し、玄関前の憩いのスペースで宴会へと突入する。そこにふわっふわの金髪にもの凄い度の入った瓶底メガネをかけ、物理法則を疑いたくなるようなおっぱいを誇るお姉さんが帰宅してきた。


「スミエさ~ん。始めてますよ~」

「は~い。すぐいきま~す」


 ワカナさんに誘われると、荷物を置きにパタパタと階段を駆け上がっていった。208号室に住んでいるスミエさん。職業は瓦版記者でネタを追って日々スズキムラの街を駆けまわっているという。

 ちなみに、アンズさんの部屋は202号室。ホムラさんが203号室で、ワカナさんは207号室に住んでいる。


 わたし達にフタヨちゃんとスミエさんを加えて6人。ヤマドリの足も6本なので丁度いい。201号室に住んでいるツチナシさんは夜のお仕事なのでご出勤。16歳くらいかと思っていたら、なんと24歳のホステスさんだった。素で幼く見えるスズちゃんと違い、若作りなのはメイクによるものだそうな。


「ヤマドリを獲ってきたの? ありがたくお相伴にあずからせていただきますね」

「ドッ下手くそのトマホーカーがブレイクしやがったチキンデース」


 特にお酒を飲んではいけない年齢なんかは定められていないので、フタヨちゃんも普通にお酒を飲んでいる。ホムラさんは早くも酔いが回ってきたのか、アンズさんが全部潰してしまった話を持ち出して「ギャハハハ……」と大笑いしていた。


「おヨネちゃんは荷物持ちしかしてないのに……」

「ぐぎぎぎ……おのれホムラ……」


 ワカナさんは呆れ果て、アンズさんは歯を喰いしばって屈辱に耐えている。ホムラさんはお酒を飲むと気が大きくなるタイプだからとフタヨちゃんが苦笑いしていた。


「裸族のワンパンジョークをリクエストしま~す」


 すっかり酔っぱらいのおっさんと化したホムラさんが一発芸を要求してくる。というよりも、「お前も脱げ」ということみたい。

 春も終わりの時期に近づいてくる季節を彷彿とさせる熱帯夜。お酒を飲んで体が火照ってしまった女の子たちは、わたしを除いてすでに全員マッパになっていた。


「「脱~げっ。脱~げっ」」


 なにこのデジャブ……

 酔っぱらいの全裸どもが声を合わせて脱げコールという、マッパディアッカ城では珍しくなかった光景に頭が痛くなる。わたしは何のためにわざわざ海を越えて人族の国まで来たというのだろう。

 これじゃ家出する前となにも変わってないよ……


 時を忘れた裸族の宴は、わたしの涙が枯れ果てるまで続けられた。


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