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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第6章 皇国の陰謀

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第6話 皇国軍の筏陣

 いざ目の前にしてみるとお馬さんというのはけっこう背が高く、わたしの頭より高い位置までよじ登らなければならない。風に乗る魔法を使って体を浮かべたところ、不自然な風の流れを怖がった馬に逃げられてしまった。それならばとジャンプして跳び乗ってみたのだけれど、背にドスンと落ちてきたわたしにビックリした馬が棹立ちになり無様に落っことされてしまう。


「神は言っています。馬に乗る運命ではないと……」

「ユウさん。もしかして乗馬の訓練をしなかったのは……自分が乗れないからとか……」


 これまで騎乗訓練をしなかったのは、馬に乗れないことを知られたくなかったからだろうとダメ勇者が笑っていた。


「なに言ってるんですかっ。チイト君が不甲斐ないから時間が取れなかっただけですっ!」


 わたしは馬に乗れないのではない。ただ、その機会がなかっただけ。凶悪な妖魔や妖獣がウヨウヨしている修裸の国ではあっという間に食べられてしまうので、馬なんて誰も使わないのである。


「こうするんだ。よく見ていろ」


 マコト教官がお手本を見せてくれたのでマネをしてみる。馬の左側に立ち鐙に右足を引っかけ、鞍を掴んで体をグイと持ち上げて跨ってみると、なぜかわたしの目の前には馬のお尻があった。


「ユウさん。左側から乗るんだから、鐙には左足をかけないと……」

「…………こうしないと後ろが見えないじゃないですか」

「もっと前を向いて生きようよ……」


 失礼な。わたしは生まれた世界から逃げ出してきたチイト君よりよっぽど前向きに生きているはずだ。新天地を求めて飛び出した先でも国主としての仕事は忘れてないし、魔族の企みにもちゃんと協力している。自らの役割すら知らない勇者にアゲチン呼ばわりされるいわれはない。


「後方はわたしが警戒します。チイト君は手綱を持って馬を誘導するように……」

「ヘイヘイ……」


 トコトコとチイト君に馬を進めさせる。春先とはいえ今日は風が冷たくて、壁に囲まれた馬車が羨ましい。風を防ごうと防殻を纏った瞬間、裸力を敏感に感じ取ったのか馬が暴れ出した。


「ちょっ、うわっ……」


 自分の馬に跨ってわたしの馬を誘導していたチイト君が驚いて手綱を離してしまう。制止する者のいなくなったお馬さんは、わたしを乗せたままナニカから逃げるように突っ走る。


「ひゃあぁぁぁ――――っ」

「おいっ、たんぽぽ爵っ!」


 落っことされないようにと防殻を纏ったまましがみつこうとしたのがいけなかったのか、お馬さんはわたしを振り落とそうとロデオのように暴れ始めた。後ろ脚を大きく跳ね上げられた際に、馬のお尻に顔をしたたかに打ち付けて鞍から放り出される。


「いったぁぁぁ……」


 どうも、防殻がお馬さんをビックリさせてしまうみたい。馬上では裸道を使えないということがわかったので良しとしよう。壊れていないことを確認してすかう太くんをかけ直し、なにをやっているのだと呆れ顔のマコト教官には防殻が馬に与える影響を調べるための実験だと言い訳しておく。


 結局、馬にはマコト教官が乗り、ナナシーちゃんに裸道の手ほどきをするという条件でわたしは馬車に乗ることを許された。


「さっそく始める」

「だから、脱がなくていいです」


 馬車の中でできるのは裸力を収束させて防殻を形成する訓練くらい。服を着ていてもできると黒装束を脱ごうとするナナシーちゃんを制止する。裸道五段のスズちゃんはともかく、ユキちゃんやナナシーちゃんまで脱ぎたがるのは正直解せない。ひょっとして、裸力には脳みそを汚染する作用があるのではなかろうか。


「外から力を加えて形成しようとしないでください。打たれ弱くなります」

「むむっ……」


 ナナシーちゃんが右手に纏わせた防殻を突いて弾けさせる。裸力をギュウギュウ押し込んで形成した防殻は水風船のようなもの。固いのは表面だけなので、穴をあけられると簡単に中身が飛び散ってしまう。初心者が必ず陥る失敗なのだけれど、このままだとすぐ限界にぶち当たってしまうので矯正しなければならない。


 まだまだ【敏感スリーカウント】にも及ばないけれど、飲み込みは早いのでイシカワシタ領に到着する頃にはどうにか形にできるだろう。時間潰しにはもってこいである。ゴトゴト揺れる馬車の中で、せめて片腕だけでも覆えるよう防殻形成の指南を続けた。






 王国南部にあるイシカワシタ領の南には一本の川が流れていて、そこが皇国との国境になっている。わたし達が到着した時には、川向うに皇国軍が陣を構えていた。もっとも、大急ぎで動員したらしく規模はこちらの半分といったところ。国境を越えてくる様子はない。


 大声が自慢という人が川の向こうに呼びかけたところ、王国が軍を差し向けてきたのだから国境の守りを固めるのは当然だと怒鳴り返してきた。


「どこまで信用してよいのやら。ハヤマル王子は渡河してくるようなら叩き潰すまでだと言っているらしいが……」


 王国軍はイシカワシタの街の東側に布陣した。街とふたつの軍で三角形を作る様な位置である。両方を監視でき、挟み撃ちにされず、合流を図るようなら好きな方を殲滅できると、ヤマタナカ嬢の天幕に広げられた地図を前にマコト教官が解説してくれる。


「数で負けているなら、なおさら策を用意していると考えて然るべきですね」


 イシカワシタ領の常備軍はせいぜい4千人くらい。皇国軍と合わせてもまだこちらの方が有利だけれど、そんなことは相手もわかっているのだから、なにか手を打ってくるに違いない。無策のまま待ち構えるくらいなら皇国に逃亡しているはずだと警戒を促しておく。


「街の門を閉ざして籠城してるってことは、援軍を待ってるってことだろ……」


 チイト君がまともなことを口にし始めた。肝心な時にこれは一大事である。


「勇者様が熱を出してしまったようです。すぐに軍医の先生を……」

「ユウさん。いくらなんでも酷くない?」


 自分だってまったく戦術が理解できないわけではないぞと抗議してくるチイト君。数で勝ってはいるものの、軍をわけて両方同時に相手できるほどの余裕はない。いっそのこと、皇国軍を先に叩きのめしてしまえばイシカワシタ領は降るのではないかと参謀気取りで口にした。


「戦術的には正しいのでしょうが、それでは皇国に侵攻するために謀反をでっち上げたと考える領主も出てくるでしょう」


 イシカワシタの逆賊を無視して皇国に攻め入れば、実はそっちが本命で領主は謀反人に仕立て上げられたのだと同情が集まる。国境を破られれば皇国も本腰を上げてくるだろうから、王国は内と外に敵を抱え込みかねないとヤマタナカ嬢が首を振った。


「いずれにせよ、総指揮は兄様ですしわたくし達が考えを巡らせても仕方ありません」

「ハヤマル王子も伏兵を警戒して空と地上両方に斥候を放ったそうだ。参謀達もついているし、作戦を考えるのは我々の仕事ではないさ」


 自分たちがするべきは、なにがあってもいいように警戒を怠らないことだとマコト教官は見回りをしに天幕を後にする。


「チイトはワタシのために白銀の牙を出す」

「ヘイヘイ……」


 なんとか右腕にだけ防殻を纏えるようになったナナシーちゃんは、チイト君の氷オオカミをサンドバッグ代わりにペチペチ叩き始めた。もう【巨漢】も一撃では消し飛ばせないくらいに強度が上がってきているので、ナナシーちゃんでは修復される速度に攻撃が追いつかない。右腕の防殻の方が先にダメになってしまう。


「なんでユウさんには一瞬で消し飛ばされるん?」

「年季が違います」


 わたしだけではない。回転防殻を使うスズちゃんだって、裸旋金剛撃を使うまでもなく一撃で消し飛ばせる。精霊獣にとって裸道は天敵。多少強くなったくらいでは、その優位は揺るがない。


「暗くなってきたので、わたしはちょっと皇国の陣をのぞいてきますね」

「ワタシも行く」

「ナナシーちゃんはヒジリ王女の護衛です」


 上空から眺めるだけなので、空が飛べなくてはついて来れないと言って諦めさせる。すかう太くんの望遠モードで判別できればよく、国境を超えるつもりもない。不機嫌そうに唸っているナナシーちゃんを置いて、わたしは星が瞬き始めた夜空に舞い上がった。






「皇国は攻めてくる気マンマンですね。柵も壁も防御のためのものじゃありませんよアレは」

「たんぽぽ爵。詳しく説明してください」


 上空からの偵察を終え、ヤマタナカ嬢の天幕に戻り皇国は国境を守る気ゼロだと伝えたところ、なにを見たのか全部話せとヤマタナカ嬢が首絞め紐をブラブラさせる。わざわざ脅さなくてもいいと思うのだけど、こうでもしないとわたしが話さないと思っているみたい。


「分解した筏を並べて柵や壁に見せかけているんです。杭は地面に打ち込まれてませんし、壁の四隅にはロープを結ぶ鉄の輪っかがついていましたよ」


 立てかけてあるだけで、いつでも動かせるようになっていた。今は川の水が少ない時期なので、筏をつなげて橋を作るつもりではないかとわたしの推測を聞かせる。すぐにナナシーちゃんがマコト教官とチイト君を連れてきて、今から司令部に伺おうということになった。


「こんな時間に何事だ? 今は作戦会議中だぞ」

「たんぽぽ爵が面白いものを見たようですので、念のためお知らせしておこうかと……」


 司令部の天幕では参謀達が集まってああでもないこうでもないと言いあっていた。わたし達が通されると、ハヤマル王子が不機嫌な顔を隠さずさっさと要件を言えと催促してくる。ヤマタナカ嬢にした話を繰り返したところ、参謀達が色めき立って斥候からの報告はどこだと辺りをひっくり返し始めた。


「報告を改めるより、再度斥候を放ち確認させた方が早いと思われます」


 比較的若い参謀のひとりが、そんな仔細なところまで観察した報告は見覚えがない。時間を無駄にせず、夜が明ける前に偵察を済ませるべきだと主張する。


「また貴様か……」


 隠密作戦の時に縄でグルグル巻きにされたハヤマル王子は忌々し気な顔でわたしを睨み付けていたものの、すぐに斥候を放つよう参謀達に命じた。憎らしい相手の報告とはいえ、戦地で私情を優先するほど間抜けではないみたい。


「まあいい。たんぽぽ爵は以後、司令部に……」

「彼女はわたくし付きの文官です。兄様に命令権はありません」


 ハヤマル王子がわたしを司令部でこき使おうとしたものの、ヤマタナカ嬢は最後まで言わせず、武官ではないのだから王国軍の指揮下にはないと拒否した。


「ヒジリ、このような時に……」

「これだけの武官がいて、なお文官ひとりに劣るとでも?」


 わたしの代わりに動かせる武官には困っていないだろう。それとも、文官に頼らなければならないほど王国軍は人材不足なのかと睨まれた参謀達は、口を揃えてヤマタナカ嬢の援護に回った。そもそも士官教育を受けておらず、兵士の誓約もしていないわたしを機密に触れさせるのは重大な軍規違反だと言われてはハヤマル王子も引き下がるしかない。

 これ以上余計なことを言われないうちに、さっさと司令部の天幕を後にする。


「あれでは参謀連中も大変だな」


 思い付きで文官を司令部付きにしようと言い出すなんて、なんのために参謀がつけられているのかまったく理解していないとマコト教官は呆れていた。


「自分の考えが最高に優れたアイデアだと思っているんですよ。誰かさんみたいに……」

「ちょっ、なんでそこで僕を見るんだっ?」


 向けられた視線の意味を察したのかチイト君が一緒にしないでくれと抗議するけど、お金のないトト君に道場通いを勧めたり、作法も知らないユキちゃんをヤマタナカ嬢に引き取らせようとしたことをわたしは忘れていない。相手の置かれている状況や将来のことを考慮せず、他人任せの安易な解決策ばかり口にしていたのはいったい誰だと思い出させておく。


「いや……それは……」

「チイトにこそ裸道を学ばせるべき」

「それはダメです」


 ナナシーちゃんが裸道を学ばせろと言うものの、チイト君は他人より優れた力をすでに与えられているのだからそれで充分だと反対しておく。


「恩恵を持った勇者が誰にも頼らずに世直しを始めたら、そんなの魔族とどこが違うんです?」

「ユウさん。さすがに魔族ってのは言い過ぎじゃない?」

「人族にない能力を有し、社会規範に縛られずその力を振るう。姿形はどうあれ、それは魔族そのものだな」


 自分が非常識なことを自覚して周囲に助言を求めろ。勇者がハヤマル王子みたいになったら目も当てられんとマコト教官に言われ、チイト君はしょぼくれてしまった。そのために自分やミドリがいるのだからとヤマタナカ嬢に慰められて鼻の下を伸ばしている。


 そうそう。勇者なんて与えられた力でヒャッハーして、女の子からチヤホヤされることに満足していればいいんです。余計なことで頭を悩ませたって自分が苦しむだけなんですから……


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