第5話 勇者チイトの初陣
夜の闇に紛れて男たちが佇んでいた。今日は捕り物の日。桃爵の息のかかった都市整備局次席が、身分を保証すると言われても権限のない使者の空手形では家族を預けることはできないとゴネたところ、信用に足る人物と引き合わせることを約束したそうな。
その人物を捕らえようというのである。
集まっているのはマコト教官率いる王国軍の特殊工作部隊。ハシモリ上将軍直轄の精鋭で、ミモリ紅爵の屋敷に突入した刺客部隊の皆さんでもある。それに加え、領主派からヤマモトハシ領の若様とノミゾウさんに護衛のスズちゃん。リーク情報だけでは国王派の陰謀を疑う領もあるということで、ヤラセでないことを証言してもらうために来てもらった。
そして、ハヤマル王子が引き連れてきた衛士隊という足手まとい……
隠密作戦にキラキラガチャガチャとした鎧を着けてくるなんて、野戦なんてさせられない儀仗兵というマコト教官の評価は正しかったみたい。
「現地へ向かう前に、邪魔者をどうにかする必要がありますね」
「とっとと片付けちまおう」
「お前たちっ、なにをっ……」
問答無用で衛士達を叩きのめす。わたしが雷の魔法を叩き込んで3人を動けなくしている間に、マコト教官がふたりを盾で殴り倒してくれた。残ったひとりが剣を抜いたものの、背後からスズちゃんの跳び後ろ回し蹴りを側頭部に喰らい意識を刈り取られる。
あっけに取られているハヤマル王子を捕まえて、装備を剥ぎ取って縄で縛りあげた。
「きっ、貴様らっ。これははんぎゃ……ぐぅぅっ」
面倒なので黙らせるためにさるぐつわをかましておく。
「お約束したとおり手柄は立てさせてあげますから、おとなしくしていてください」
どうして王太子なんて人がこんな作戦に参加しているのかというと、ミモリ紅爵の事件からこっちヤマタナカ嬢ばかりが点数を稼いでしまった。男は面子を潰されるとふて腐れて面倒になるから、少し手柄を譲っておけと蒼爵婦人が作戦指揮を王太子に任せたせいである。
功績さえ上げさせれば命令は無視してかまわないと伝えられていたので、勇み足でチャンスを潰される前に動きを封じておく。衛士達は縄で木に縛りつけ、工作部隊のひとりを見張りに残しハヤマル王子だけ連れて行くことにした。
「いくらなんでも問題にならんのかね……」
「作戦を成功させるために必要な犠牲です」
ノミゾウさんが顔を引きつらせていたけど、ヤマタナカ嬢の話によると王太子はもうひとりの王子に主導権を握られるのが嫌で焦っているとのこと。参謀部から試算結果を持ち出したのも、作戦の立案者として総指揮を任されたかったから。機会を待つということができない性格みたいなので、変なところで飛び出されては堪らない。
まあ、国王みたいに誰かがなんとかしてくれるのを待つのもどうかと思いますけど……
件の人物が待ち合わせ場所に指定してきた高級宿に近づいたところで、すかう太くんのレーダーで周囲を捜索する。まだ部隊は展開させない。
「皇国も監視しているのではないか?」
蚤の心臓と用心深さが売りのノミゾウさんはわたしと同じことを考えたみたい。今日の会合をマークしているのが自分達だけとは限らないと忠告してくれた。
「それらしいのがひと組……」
まだまだ夜は冷え込む時期。もう道行く人もほとんどいない時間だというのに、屋外でじっとして動かないペアが高級宿を見張るのに申し分ない路地に居座っている。
「生け捕りにしましょう。スズちゃん」
「スズに任せるのです」
隠密作戦に身分が割れるような格好でくる間抜けは衛士だけ。今日は久しぶりにエイチゴヤのお仕着せに袖を通した。スズちゃんも同じお仕着せなので、わたし達だけならこんな時間に用事を言いつけられた不運なメイドに見えるはず。
「こっちが近道なはずですよ」
高級宿のある広い通りを進み、あやしいペアが潜んでいる路地を指差して近道なのだとスズちゃんを誘う。路地に入ってすぐのところに、外套のフードを目深にかぶって顔を隠したふたり組がいた。体格からすると男性。あからさまに顔を隠しているあたり素人っぽい。
わたしとスズちゃんが路地に入ると壁によって道を空けてくれたので、急ぎ足で前を通り過ぎるふりをして、振り向きざまに殴り倒した。
「手際が良すぎだろう……まったく……」
わたしが合図を送ると、マコト教官が部隊を展開して高級宿を取り囲ませた。殴り倒した男ふたりを縛りあげているところにやってきて、手慣れ過ぎていやしないかと苦々し気に口にする。せっかくの精鋭部隊が文官と薬師の前に出番なしとは面目丸つぶれだそうな。
マコト教官が宿の支配人に御用改めである。邪魔立てするなら命はないぞと告げ、宿帳から都市整備局次席のいる部屋を確認。わたし達が部屋に突入したところで窓から逃げ出していく者がいたけど、外で待機していた部隊にあっさり取り押さえられた。
「そなたはっ!」
捕縛されたひとりを目にしたヤマモトハシの若様が色めき立つ。
「お知り合いですか?」
「こやつは……イシカワシタ領使節の代表だ……」
皇国との国境近くにある領から来た使節団の代表であるらしい。領主派の集まりで紹介されたので顔に覚えがあるという。どうして領主派がここにいるのだと若様が問い質した。
「私には、イシカワシタ領の副総督の地位を約束してくれるそうです」
「総督だとっ?」
次席のオジサンが取引内容を明かしてくれた。総督ってなんですかと顔色を悪くしているノミゾウさんに尋ねてみたところ、皇国における領主にあたる地位。皇国はヤマタナカ王国より中央集権化が進んでいて、皇王によって任命された総督が領を治めているそうな。
イシカワシタ領に総督が任じられるということは、領主が寝返ったということみたい。
こいつはエライこっちゃと、全員をしょっ引いて夜だというのに国王のところに突き出すことになった。さるぐつわを嵌められたままのハヤマル王子はフゴーフゴーと息を荒くしていたものの、まあ大手柄になったんだから文句もないでしょう。
わずか数日で王城の中にものものしい雰囲気が流れ始めた。領主のひとりが国を売ったと、軍が出撃の準備を始めたせいである。さすがに他国に寝返ったとあっては領主派にも弁護する者はおらず、王国軍はイシカワシタ領の逆賊討伐に向かうという。
捕らえられた人達が吐いたところによると、皇国は以前わたしが伝えた予測――負担に耐え切れなくなった領主が離反する――というのを意図的に演出しようと企んでいたみたい。王国軍が疲弊したところでイシカワシタ領が離脱を宣言。領主から要請を受けた皇国がこれを保護するというシナリオで、これなら隣国を侵略したことにはならない。力尽くで奪い返そうとすれば、ヤマタナカ王国が皇国に攻め込んだことにされてしまう。
領主がそのまま総督に任じられるとわかれば追従する領も現れかねず、王国南部をごっそり奪われる可能性もあったと国王はカンカンだそうな。
「国境付近の領主がいざという時、どっちにでも尻尾を振れるようにと考えるのは当たり前のことじゃありませんか。怒るほどのことなんですか?」
「だよなぁ。指揮官が曖昧な態度を取り続ければ、兵は戦況がどう動いてもいいように備えるもんだ……」
ヤマタナカ嬢の中庭で、わたしとマコト教官は全身でやる気のなさを主張していた。逆賊討伐に向かう王国軍に同行するよう命じられてしまったからである。
「なんですそのだらしない態度は。売国奴は誅するのが当然。同情など無用ですっ」
キタカミジョウ蒼爵婦人がしゃんとしろと怒っているものの、わたしとしてはまた国王の尻拭いを押し付けられた気しかしない。イシカワシタの領主は寝返ったわけではなく、いつでも寝返られる準備を整えていたに過ぎないというのがわたしの予想。ヤマタナカ王国が先の見えない戦争を続けるなら皇国に寝返ればいいし、そうでないなら地位を世襲できる領主のままでいればいい。
修裸の国が大陸の最大勢力となるまでは、同じようなことを考える配下はたくさんいた。彼らにも護りたいものがあるのだから、それを恨んでも仕方がない。裏切られたくなかったら、自分に従うことが最善の策であることを知らしめろとシャチーに教えられたものだ。
ことを露見させてしまったのはドジとしか言いようがないけれど、心を決めていたわけでもないだろう。それでも、王国が軍を動かした以上は皇国を頼るしか道は残されていない。結局のところ、国王は自らの手で領主を逆賊に追い込んだわけである。
「わかってますよぅ~。お仕事はちゃんとこなしますよぅ~」
バカバカしいことこの上ないものの、これは夜皇ちゃんの望んでいたシナリオ。わたしに協力しないという選択肢はなかった。上手いこと王国と皇国を交戦状態に陥れられたら、修裸の国への食糧供給を増やしてくれるようお願いしよう。
家出中でもこんなに仕事するなんて、わたしは国主として真面目すぎるのではなかろうか。
「まぁ、ヒジリの護衛は引き受けるよ。作戦総指揮が王太子でなきゃよかったのに……」
マコト教官が盛大にため息を吐いた。華々しく勇者デビューさせたのでチイト君の初陣としないわけにはいかないのだけれど、指揮を執るのがハヤマル王子では勇者にイシカワシタの領民を攻撃するよう命じかねない。自国の領民を勇者に殺して回らせたりしたら、それこそ他の領主達が警戒を強める結果になると、ヤマタナカ嬢がお目付け役として同行することになっている。
「お願いします。さすがに戦地とあってはメイドを連れて行くわけにもまいりません」
普段周りにいる護衛の皆さんは貴重な隠密メイドなので、戦場に連れ出して正体を明かさせるわけにはいかない。一緒に行くのはナナシーちゃんだけだそうな。衛士隊はあてにならんと蒼爵婦人が手を回し、例の特殊工作部隊とマコト教官がヤマタナカ嬢の護衛に任じられた。
今回はチイト君に従軍経験を積ませたいので、精霊獣は使わず王国軍と一緒にエッチラオッチラ進んで道中は野営である。これまで何度もしてきたのに面倒臭いなと感じてしまうのは、わたしが王城での暮らしに慣れてしまったせいだろうか。
そんなことなない……と思いたいですね。
出陣式の日を迎え、なにも決められないくせに口だけは威勢のいい国王が、売国の徒に然るべき制裁を加えよとハヤマル王子に総司令官の証である杖を授ける。ヤマタナカ嬢の話では、皇国の陰謀を暴いたのは自分なのだからと逆賊討伐を買って出たそうな。
続いて、チイト君に戦場を経験する良い機会だ。万が一、皇国が勇者を差し向けてくるようならこれを討つようにと剣を授ける。飾り物の剣なのだけど、これは生殺与奪の権利を与えるという意味。無期限ではなく作戦行動中に限られるものの、斬り捨て御免の証だという。
出陣式の後は、輿に乗ったハヤマル王子がイッエーィと王都をパレード。とりあえず準備の整った王国軍4万を率いて出発である。
「し、尻が……」
チイト君は行軍1日目にして音をあげていた。ずっと慣れない馬に乗っていてお尻の皮が擦りむけたとヤマタナカ嬢に治癒術をかけてもらっている。わたしとヤマタナカ嬢にナナシーちゃんは2頭曳きの輜重車を改造した装甲馬車なのだけど、勇者であるチイト君が馬車というのは恰好がつかないので仲間外れである。
「馬に乗ったこともないのか……」
「あまり必要とも思いませんでしたから……」
マコト教官が呆れているものの、空から身を隠せず魔法を打ち込まれれば簡単に制御不能になってしまうため、騎兵部隊なんてものは流行らない。馬はもっぱら輸送や伝令、そして偉い人が身分を示すための手段にしか使われていないのである。
乗れなくても困らないので、チイト君の騎乗訓練はさっぱり後回しにしていた。
「ヒジリはともかく、ユウさんまで馬車なのはズルいんじゃないか……」
指南役なんだから、自分と同じく馬に乗るべきだとチイト君が主張する。
「わたしはかよわい文官。馬車に乗せてもらう権利があります」
「なら、一撃で倒された私には当然馬車に乗る権利があるな」
やっぱり馬に跨っていたマコト教官が明日は交代しろと言ってきた。両手に盾というスタイルでは馬上からの攻撃手段がないから、馬に乗るくらいなら徒歩の方がマシだという。
「鋼爵は武官じゃないですか。馬車に乗っていいのは文官だけです」
「わたくしに馬車から降りろと?」
ヤマタナカ嬢がギロリと睨み付けてきた。予備役とされているものの、自分は王国軍所属の治癒術師。他にこれといった官職に就いているわけでもないので、文官か武官かと問われれば武官であるという。
「ここに文官はたんぽぽ爵しかいない。馬車の独占は許さない」
快適な馬車を独り占めするつもりかと、ナナシーちゃんが首絞め紐をブラブラさせる。明日はマコト教官に代わって馬に乗るようにとヤマタナカ嬢から申し付けられてしまった。
え~と……馬なんて乗ったことないんですけど……




