表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第6章 皇国の陰謀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/92

第4話 中庭の謀議

 皇国の使者はしきりにヤマタナカ王国は勇者を召喚したのだから、魔皇と戦わねばならない。それが勇者を擁する国の義務であり、皇国も連合王国も崇高なる目的に邁進してきた。無意味な聖櫃の所持は人族に対する背信行為であると繰り返す。


「皇国は魔族と戦争をしてないではありませんか」

「我が国は魔族の領域と国境を接しておりません。まことに遺憾ではありますが、友好国への援軍という形で協力するしかないのが現状です」


 魔皇でも魔王でも、魔族がいるならば討伐に乗り出すけれど、いないのだから仕方がない。間接的な形でしか人族の繁栄に貢献できないのは非常に残念だと、舞台役者のような大袈裟な身振りで遺憾の意を示す。


「では、魔皇がいれば討伐に向かうのですか?」

「当然ではありませんか。人族発展のためなら、我が国は如何なる苦難にも立ち向かう覚悟でおります」


 ずいぶんと威勢がいいですね。でも、皇国だってちゃんと魔皇の支配領域と接しているんですよ。言ったからには魔皇討伐に乗り出していただきましょうか。


「皇国にも海はありますよね。海皇を討伐して沿岸部以外も航海できるようにすれば、援軍なんかよりもよっぽど人族に貢献できるのではありませんか?」

「かいおう……?」


 人族の船が海皇さんの配下に襲われないのは浅い沿岸部だけである。そこでも半魚人みたいな種族に襲われたりもするのだけど、彼らは獣皇ちゃんや翼皇さんの配下。海皇さんの配下は海の深いところに潜んでいて、船なんか真っ二つにして沈めてしまうような大型魔族ばっかり揃っている。ぜひ、皇国の総力を挙げて戦いを挑んでいただきたい。


「船に巻きついて締め壊してしまうウミヘビとか、船底に体当たりしてバラバラにしてしまうクジラとか、皇国の力でやっつけちゃってくださいよ」


 他に魔族の支配領域と接していないのだから、海皇討伐こそ皇国のするべきことではないかと水を向ける。思ったとおり、使者はアレコレ理由をつけて尻込みを始めた。


「海皇など、どこにいるのかも知れないではありませんか」

「それは不死族を束ねる夜皇だって同じですね」

「海皇は人族の土地を攻めては来ますまい」

「国境付近に出没する不死族と小競り合いこそあるものの、夜皇も軍勢を率いて街を攻め落としに来てはいないそうですよ」


 他国のことに口出ししている暇があったら、さっさと海皇を始末して来いとけしかける。海皇さんの本体は水深8千メートルを超える海溝にずっぽしハマっていて、魔皇になって以来出てきたことはないというヒキコモリさんだから、なにを言っても迷惑はかからない。人族には近づく手段さえないとわかっている。


 大海原へ漕ぎ出そうZE。チイト君ひとりくらいなら貸してあげるからと言ってみたものの、皇国の使者は歯切れがよくない。しょせん使節団の一員に過ぎず、そんなことを決める権限はないのだから当たり前なのだけど、大口を叩いた責任は取ってもらおう。


「皇国も威勢がいいのは口だけみたいですね。協力とか言ってますけれど、ちょっとでも旗色が悪くなったらすっ飛んで逃げるのではありませんか」


 そんな援軍のために戦費を負担するなんてお金をドブに捨てるようなものだと、嘲るような高笑いを決める。


「皇国は貴国をそのように蔑んだことはありませんぞ……」

「盟主国の様に振る舞っておいてなにを? もしかして自覚がないのですか?」


 自らに課したものを義務とは言わない。それは決意というのである。ありもしない義務を押し付けて履行しないのは人族への背信だなど、まるで人族の規範を定めるのが自分達であるかの様な言い草。皇国の態度は属国に対するものだとわたしが口にした途端、周囲で話に耳を傾けていた貴族達がざわめき始めた。


 気位の高い人達は、たとえそれが理に適ったものであっても、他人から命じられたというだけで反発したくなるもの。アイツに言われたとおりにするのはカッコ悪いとか、他人の言うことを聞いたら負けとか、反抗期の中学生みたいなセンスの塊である。

 ちょちょいとプライドを刺激してあげればご覧のとおり……


「魔族を討伐するにしても、皇国から指図される謂れはありますまい」

「協力の申し出というわりには、皇国主導でことを進めたがっているように思えますな」

「皇国が不死族の領域を攻めたいなら海路で兵を送れば済むこと。国内に皇国軍を滞在させる必然性は薄いと申さざるを得ません」


 軍でそれなりの地位にある人達なので、頭の回転は悪くない。ちょっと方向性だけ示してあげれば、後は勝手に理屈を並べ立ててくれる。義務がどうこうなんて話より、「アイツが気に入らねぇ」という感情の方が動機としては強いに決まっていた。


 わたしの仕事はこれで終わり。後は頭のいい人達が皇国の言い分を袋叩きにしてくれるだろう。皇国の使者を取り囲んでいる人だかりからそっと離れて、パーティーのご馳走に手をつけさせていただく。


「皇国の使者がノコノコ現れてくれて助かりました。後日、お礼状を届けておきましょう」

「ユウさん。それはもう嫌味でしかないだろ……」


 相変わらず性格が悪いなどと、チイト君が呆れたように失礼なことを抜かしていた。自分はなんにもしていないくせに勇者様は実に偉そうである。夜皇ちゃんとの全面戦争に突入したら、この先一生ど田舎の砦で戦場暮らし。王都に戻る機会なんて数えるほどしかなくなると気が付いていないのだろうか。

 もっとわたしに感謝しなさい。感謝……






 雇用期間を延長されては堪らないので、わたし頑張った。パーティーに狩猟会に剣術披露会にとチイト君について行っては皇国の申し入れに反対を唱え、なにもない日はお役所の立ち並ぶエリアでゲリラライブを敢行。人が集まってきたところで「反対ガンバロー」などと気勢を上げれば、スケノベ桃爵の息のかかった貴族サクラが論戦を挑んでくるので、これを衆人環視の元コテンパンに論破してみせる。


 今、不死族との国境紛争は本格化していない。互いに国境線を勝手に定めてそこを守っているだけなので、オオタワラマチ領の軍と日雇いの無職達でポツポツと現れるグールなんかを相手にしていれば済んだ。国境線を超えて攻め込めば、戦争は総力戦へと移行する。夜皇を打倒しない限り戦争の終結は望めず、占領地の安定化はイエィスター連合王国が手こずっている掃討作戦が羨ましく思えるほどの負担をこの国に強いるだろう。

 軍は年内に決着をつけたい考えだけど、本当の戦争はその後にやって来るのだと説いて回った。


 予告なく人を集めたせいで警邏のおじさんに追っかけられたりもしたものの、そのかいあって多くの貴族達は王国の懐具合を話題にし始めた。彼らの矢面に立たされたのは、他でもないハヤマル王子。軍に批判の矛先が向かないよう、わたしとマコト教官がまとめた条件での試算結果をハシモリ上将軍が公表したせいである。


「兄様は参謀部に梯子を外された格好になりました。軍の高官達からの支持も失い不機嫌になっています。やかましくて仕方ありません」


 今日は再びヤマタナカ嬢の中庭でお茶会。キタカミジョウ蒼爵婦人とマコト教官に加え、スケノベ桃爵とミドリさんにスズちゃんの姿まである。顔を合わせるたびにお兄さんがグチグチうるさくて敵わないとヤマタナカ嬢がため息を吐いた。


「ハヤマルのことは放っておきなさい。どうせ、なにもできはしません」


 女が政治に口出しするななんて言ってはくるものの、わたしの主張は結局のところ「払いきれないローンを組むな」という至極当たり前のことに過ぎない。反論できない方がおかしいのだから、なにを言われても無視すればいいと蒼爵婦人が呆れた様子で口にする。


「それより、国王はなにをしてるんです。ちゃんと息してるんですか?」

「たんぽぽ爵は口が過ぎます」


 未だ国王は自分の見解を示していない。お亡くなりになったのを隠しているのではないかと言ってみたところ、国王が意を示せばそれが決定事項とされてしまう。ミモリ紅爵に続いてハヤマル王子が勇み足をしたばっかりなので、慎重になっているのだとヤマタナカ嬢にたしなめられた。


「スズメ。領主達の反応はいかがです?」

「ユウから渡された資料に目を通した筆頭補佐官は顔色を変えてました。各領の使節団を集めてこのことを広めるそうです」


 スケノベ桃爵のお付きでやって来たスズちゃんは領主派との連絡員。裸道つながりで蒼爵婦人や桃爵と接触する機会があり、商会の使用人でしかないからフットワークも軽い。本人が政治に明るいわけではないので、領主派としても機密漏洩を心配する必要がなくていいとノミゾウさんが貸してくれた。


 わたしが渡した資料というのは、デキる女ミドリさんがハシモリ上将軍の公表した試算結果の欠点を修正したもの。戦争が長引くことによる物価上昇が考慮されていないと計算をやり直したうえで、戦費を賄うために必要とされる増税率まで算出してくれたのである。増税と聞いて真っ先に反対するのは領主達。スズちゃんを通じてリークさせたのだけど、予想どおり動いてくれたみたい。


「参謀部も慎重になっているね。たんぽぽ爵の考えた戦術への対抗措置として、大軍を持って一気に掃討し国境を柵で封鎖したらどうかって考えたらしいけど、実現は無理だとさ」


 国境線をグルリと柵で囲い、防衛にあたる兵を配置しようと考えたのだけど、資材も工兵も全然足らないうえ補給にも難がある。柵を作り上げるだけで何年もかかるような大事業になるという結論に、参謀部は匙を投げたとマコト教官が肩をすくめた。


「国内には慎重論が浸透したようでなによりです。桃爵、皇国の動きはいかがです?」

「たんぽぽ爵に言い負かされた貴族の幾人かに接触があったようですな。お手伝いできることがあればと声をかけられたそうなのですが、そのうちのひとりが……」


 わたしの排除。というか暗殺を仄めかせているみたい。機転の利くひとりが、いざというとき家族に逃亡先がないことを心配してみせたところ、皇国での身分の保証を口にしたそうな。


「その者の官職は?」

「都市整備局の次席でして……」

「次期局長に内定させましょう。それ以上の地位を約束してくるか確かめさせなさい」


 蒼爵婦人によって、さっくりと幹部人事が決定された。上手いこと条件を引き出せたならそのまま就任させるという。バンチョウ君が知ったら、世の中は不公平だとアゲチン派に堕ちてしまいそうなお手軽さである。


「ユウ先生。私、気が遠くなりそうです……」


 局長の次は大臣の補佐官。その次は大臣という出世コースだとミドリさんの目が焦点を失ってさまよう。自分にとって雲の上ともいえる貴族の人生が、買い物をするように決められていくのかと乾いた笑い声を上げていた。


「ヒジリ、まさか伝えていないのですか?」

「申し訳ありません。まだ本人には……」


 蒼爵婦人がヤマタナカ嬢を問い質す。なんだろう。ミドリさんになにか?


「ミドリ。あなたは正式に王女付きの女官として採用され、蘭爵の身分が贈られます」


 ミドリさんの在学期間はまだ1年残っていたのだけれど、すでに手を回して今年で卒業。同時にヤマタナカ嬢に召し上げられ蘭爵となることが決定済みだそうな。


「きゅうぅ――――」


 あ、ミドリさんが気を失ってしまった。


「蒼爵婦人、伝え方というものがあろうに……」

「なにを言っているのです。ミドリには側近としてヒジリを支えてもらわねばなりません」


 言い方を考えろと桃爵がたしなめるものの、慣れなければ困るのは本人だと蒼爵婦人は気にもしない。どうやら参謀部の試算を修正しているのを見て、他に取られないうちにとヤマタナカ嬢が自分のものにしてしまったみたい。


「わたしはたんぽぽで、ミドリさんは蘭なんですか?」


 たんぽぽなんて子供っぽくて雑草くさいと口を尖がらせたところ、わたしは王城の人事を通していないからたんぽぽ爵しかなかった。ミドリさんはきちんと手続きを踏んで採用したから蘭爵なのだとヤマタナカ嬢が言い訳する。


「雇用期間の延長に同意していただけるなら王城での採用も……」

「たんぽぽも可愛らしくていいですよねっ」


 危ない、危ない。わたしはさっさと仕事を済ませて田舎でのスローライフに戻るのである。とっくに国主なのだから、今さら爵位なんてもらったって嬉しくない。


「たんぽぽ爵には緊張感が足りません。自分が狙われていると理解しているのですか?」

「ユウは裸の道を極めた者。何者も恐れず、何者にも頼らず、如何なる者にも屈しません」

「うむ、それでこそ裸道の達人よ」


 ちったぁ真面目になれと蒼爵婦人がわたしを睨み付けてきたものの、それが裸の道を歩む者の姿だとスズちゃんと桃爵が勝手に答えてしまった。


 誰のことですかそれは?


 冥皇ちゃんのお仕置きが怖くて、シャチーに頼ってばっかりで、ブラブラ見せつけられることに我慢できなくなって家出したわたしのことじゃありませんよね?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ