第3話 皇国からの使者
「王国軍の参謀部はヴァカの集まりなんですか?」
王城にあるヤマタナカ嬢の中庭で戦後統治にかかる費用を試算したという資料に目を通したわたしは、そう口に出さずにはいられなかった。ヤマタナカ嬢のお招きを受けてキタカミジョウ蒼爵婦人とマコト教官がいらしているのだけれど、やっぱりふたりとも渋い顔をしている。
手元の資料では、あり得ないような前提条件で試算が行われていた。
「なんですかこれ。防衛戦力と同程度のゾンビ軍団を逐次投入とか、攻める価値もない砦を力押ししてくるとか、魔皇にはゴブリン並みの知能しかないとでも思っているのですか?」
あまりにも酷い条件設定につい口が辛辣になってしまう。それは、一度に攻めてくる敵はこちらと同数まで。守りの堅い砦を攻め落としに来て、街道や開拓地は狙われない。攻められている最中でも物資の補給や兵員の補充は滞りなく可能という、明らかに結論ありきで条件を緩くしたのだとわかる代物だった。
「マコト、参謀部は本当にこんな試算を提出したのですか?」
「父の話では、試算を主導したのは王太子殿下という話でして……」
あいつら正気なのかと蒼爵婦人に尋ねられたマコト教官は、ヤマタナカ嬢の一番上のお兄さん、ハヤマル王子の差し金だと言い訳した。王国軍トップであるハシモリ金爵の承諾もないまま、国王には自分から報告すると試算結果を持ち出したそうな。軍関係者からの支持が厚いので、戦争で功績を上げたいと望む上級士官達に配慮したのではないかと口にする。
「まぁ次の王様はその方なのですから、国力が衰えることも厭わないというのであれば、やりたいようにやらせてはいかがです」
一気にやる気ゼロに叩き落とされたわたしは、椅子にだらしなく腰かけて試算結果を放り投げる。功績を上げるために戦争を起こしたいと考えるような連中は、臓物の雨が降るような凄惨な戦場にご招待しよう。大陸を平定して以来、大きな戦いがなくなってしまったから修裸達は力を持て余している。戦争しないかと誘えば大喜びで集まってくるに違いない。
家出中でも国民のことを考えるわたしは、思いやりに溢れた国主だと思う。
「なんですか、たんぽぽ爵。その投げやりな態度は……」
「気持ちはわかるよ。仕事でなければ、こんな連中の尻拭いなんてまっぴら御免だ」
ヤマタナカ嬢がしゃんとしろとプンスカ怒ってみせるものの、マコト教官は同感だとテーブルに突っ伏していた。軍の上層部は華々しい戦果を挙げて中央に凱旋する遠征がしたいだけ。ど田舎での国境警備は長く維持してもそれほど評価されないのに、土地を失えばとことん責任を追及されるという確実に出世が遅れるポストだそうな。
「男どもに任せていたらロクな結果にならないことはわかっています。上手くなだめすかして誘導するのがわたくし達のするべきことですよ」
一方、蒼爵婦人はこの程度のことは想定内。バカな男どもを上手にコントロールするのがデキる女の条件だと口にする。
「ど~せわたしはデキない女です」
デキる秘書シャチーの掌で転がされるだけの用心棒。それが裸皇の正体ですよ……
「雇われている間はヒジリのために働く約束。怠けた分は期間延長する」
「あら、それはいいアイデアですわね」
「ちょっと愚痴を零したくなっただけですっ。やる時はやる女ですよ、わたしっ!」
近くにあった茂みからガサリと黒覆面に包まれた頭だけ出したナナシーちゃんが、怠けるなら雇用期間を延長すると脅してきた。すかさずヤマタナカ嬢が同意しようとしたので、全身で頑張るポーズをとって怠けてなんかいませんよとアピールする。
王都シンヤマタナカは冬こそ過ごしやすくていいのだけれど、夏はジメジメして蒸し暑くて虫もいっぱい湧く3重苦が待っているという。さっさとスズキムラでのゆる~い生活に戻りたいので、期間延長なんて冗談ではない。
「スズメといい、たんぽぽ爵といい、いて欲しい者に限って野に下りたがるとは……」
王家に仕えるだけの魅力がないということかと蒼爵婦人が渋い顔をした。
「そりゃ、手柄欲しさから戦争を企てるような人に仕えろって言われましても……」
「だよなぁ。ミモリ紅爵の件だって、陛下は手をこまねいているだけだったし……」
わたしとマコト教官にダブルで同意され顔をクシャクシャにする蒼爵婦人。内心では否定して欲しかったのだろうけど、国王や王太子のやり様を見る限り、主導的立場を取りたがるくせに事態が悪い方向へ転がった時の収拾は他人任せなタイプとしか思えない。ぶっちゃけ、権力を握ったアゲチンではなかろうか。
「愚痴をいくら零したところで仕方がありません。マコト姉様、こちらで条件を指定しますから、試算をやり直すようハシモリ上将軍にお願いできませんか?」
「陛下にはわたくしから話を通しておきます。ハヤマルのことは知らなかった振りをして、参謀部に試算させた結果だと報告させなさい」
ヤマタナカ嬢がやり直せないかと尋ねたところ、蒼爵婦人が手元にある資料のことはなかったことにして別途報告するよう指示を出す。わたしとマコト教官で試算条件をまとめなければいけなくなった。
「砦を攻めてくるなんてあり得ませんよ。小集団を広く分散させて、街道で盗賊働きをさせたり、夜のうちに掘った水路を埋めてしまったりして、討伐の兵が来る前に撤収です」
拠点を定めず隠れ家をあっちこっちに作り、軍の護衛なしでは活動できないよう流通と土地開発に対して妨害工作を繰り返す。開発の済んでいない土地からは収入が得られず、維持コストばかりが積みあがるだろう。決戦を挑むのは、この国がそれ以上の負担に耐え切れなくなってからでいい。
「ちょっと待て。まるで、領土を取り返すよりこの国を消耗させることが目的のように聞こえるぞ」
「毒蛇は獲物に毒が回るのを待ってから飲み込むものですよ。蛇ですら考えつく程度のことを魔皇がしてこないって、どうして思うんです?」
もう死んじゃっているせいか、不死族の時間に対する感覚はわたし達とかな~りズレている。ルーズではないものの異常に気が長いので、最終的に土地を奪い返せるなら10年後が100年後になろうとも「ゼロがいっこ増えただけ」くらいにしか思わない。この国が音を上げるまでは、いつまでだって嫌がらせの妨害工作を続けてくるだろう。
「こんな条件で試算したら、砦から目に入る範囲の土地しか維持できないじゃないか……」
「土地を砦で埋め尽くせば解決ですね。侵略戦争を始めるのですから、それくらいの出費は覚悟しておくべきですよ」
わたしの言った条件を紙にまとめているマコト教官が、これでは試算するまでもなく失敗が約束されていると文句を垂れ始めた。だけど、ものを考えられる相手がいるのだから、起こり得る最悪の事態は必ず起きる。というか、引き起こされる。そうはならないかもしれないなんて、敵の甘さに期待する方がおかしい。
試算するのもバカらしくなるような条件ばかり羅列された紙を持って、マコト教官は軍司令部にいるお父さんのところへ向かった。蒼爵婦人も国王に話をつけてくると席を立つ。わたしとヤマタナカ嬢はパーティーの支度。チイト君がお招きを受けているのでそのお供である。皇国の使者も招かれているようなので、共同での侵攻作戦が話題になることは間違いない。
せいぜい派手に反対して、皇国の目を引き付けてあげよう。
チイト君を伴ってお招きされた夜会に顔を出してみると、招待客は軍の関係者が中心なのか、王国軍の礼服に身を包んだ男性が多い印象だった。パーティーの華ともいえる若い女性がいないわけではないのだけれど、連れ添っている男性のパートナーには見えない。秘書というか、副官のような雰囲気をバリバリ醸し出している。
「反対ですよ、反対。反対しかあり得ませんっ!」
目立つように流行のド・リールにまとめた髪を振りながら、皇国からの申し出には賛同できないと声高に繰り返す。主催者の目的は賛同したと取れるような言葉を勇者の口から引き出すことだろう。ゾンビの如く群がって来ては不死族をやっつけるべきだと主張する男どもに、片っ端からノーを突き付ける。
「戦後の領地安定化にかかる費用を考えますと、賛同し難い申し入れであるかと……」
反対とは口にしないものの、ヤマタナカ嬢もあれこれ問題点を挙げ連ねては安易に受け入れられる提案ではないと男どもをやり込めていた。
「ですが勇者を得た以上、魔族と戦わないというわけには……」
「それで連合王国と同じ轍を踏もうというのですか?」
勇者がいるのだぞと他国に大きな顔をするためにも、なにかしらの実績は必要だと口にする貴族。それはまさにイエィスター連合王国がやっちまったことである。調子こいて魔王2体を撃退なんて華々しく喧伝してしまったものだから、掃討作戦にどれほど費用がかかろうとも魔王のいた土地を手に入れないわけにはいかなくなった。手を引くには「すんません。自分、フカしてました」と認めるしかない。
魔王討伐を主導した政治指導者にとっては致命傷となるだろう。
「国王は優柔不断で判断の遅いヘタレですから、国内からの突き上げを恐れて手を引くタイミングを見誤るに決まっています。先の見えない開発事業に国富を全部吸い上げられますよっ」
「ちょっ……」
わたしに論戦を挑んできた貴族は目を真ん丸にして言葉を失っている。
「問題を解決する能力が皆無なくせに、自己顕示欲だけは強い無能な働き者なんです。最後には責任を被せられる生贄が必要になりますよっ。あなたが志願するのですかっ?」
「あの、ユウさん……」
わたし達を取り囲むように集まっていた貴族達が一斉に後ずさりした。それはそうだろう。誰だって自分の人生を他人の尻拭いなんかで終わらせたくはない。チイト君がなにか言ってるけど、後ひと押しで抜け作どもを黙らせられるところだから後回しでいいだろう。
「非難されたくないから話の着地点が見えてくるまで態度を保留し続けるなんてチキン野郎は、なにをやらせても後手後手に回るのが落ちですっ。引き返せないところまで行ってから気が付いたって遅いんですよっ」
「いや、だから……」
貴族達はなにも言い返せず、ビビリまくって近づこうともしない。わたしが一歩踏み出すと、その分人波が下がる始末。ここまで完全に論破できるとは、実にすがすがしい気分である。
ど~ですか。見てましたか。ちゃんと仕事してますよと振り向いたわたしの目に映ったのは、ド・リールを逆立てて怒り心頭に発しているヤマタナカ嬢の姿だった。
「このような場で、公然と陛下を批判する人がありますかっ!」
「いたっ、痛いですっ」
ペシペシと手にした扇子でわたしの額を引っ叩くヤマタナカ嬢。貴族達が寄ってこないのは論破されたわけではなく、国王批判を繰り返すわたしと下手に言葉を交わしては不敬罪に問われるのではないかと恐れたためだという。やる気がエキサイトし過ぎて、ついイケナイ言葉をバーストさせてしまったみたい。
貴族達はヤマタナカ嬢のお叱りを受けるわたしを遠巻きに眺めている。
なんとか誤魔化さなければ……
かくなるうえは……
「なっ、な~んちゃって……」
そう口にした瞬間、言葉では言い表せないような凄まじい沈黙がわたしに圧し掛かってきた。
これは……盛大にスベッた時の空気……
「ユウさん。それはないわ……」
空気の読めないチイト君が完全にタイミングを外したツッコミを入れてきた。
遅いよっ。今さらツッコんでも遅いよっ!
合いの手は間を空けずに入れてくれなくっちゃダメじゃないっ!
こういうのはテンポが大事なの。テンポがっ!
「裸皇ゼンラとやらが見たら、きっと八つ裂きですわね……」
ここまで寒い一発ギャグを披露した芸人は初めてだとヤマタナカ嬢も呆れ顔である。
いえ、裸皇ならここにいますから……
一発ギャグがスベッたくらいで配下を八つ裂きになんてしませんよ……
あと、全裸じゃなくってゼンナです……
貴族達はといえば、皆一様に光を失った瞳で乾いた笑い声を上げながら、当たり障りのない天気の話などをしていた。巻き込まれては堪らないので、なにも見なかったことにしたいらしい。誰も彼も、わたしと目を合わせようとはしない。
「人族の領域拡大に貢献することは、勇者を擁するすべての国家に期待されるところ。アンデッドどもの討伐は王国の果たすべき役割であり、賛否を論ずるものではありますまい」
そんな中、ひとりの男性が人波を割って進み出てきた。民族衣装だろうか。金襴緞子のような美しい模様が描かれた貫頭衣を身に着け、自ら買って出た役目に反対を唱えるなど思い違いも甚だしいとわたしを糾弾してくる。
「勇者を召喚したということは、魔族との戦いを引き受けるということに他なりません。皇国は崇高なる義務を自らに課した貴国に敬意を表し、協力を申し出ているのですよ」
どうやら、この男性がギョフリーノ皇国から来た使者であるみたい。一時はどうなることかと思ったけれど、上手いこと喰いついてくれたから良しとしましょう。というか、してください。




