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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第6章 皇国の陰謀

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第2話 けしからん桃爵

「お待ちしておりました。たんぽぽ爵様っ」


 ずらりと並んだミニスカートのメイド服に身を包んだ桃メイド達がピンク色の声を揃えてわたしを歓迎してくれる。ここはスケノベ桃爵の屋敷。面会を申し入れたところ、翌日には屋敷にいらっしゃいと招待状が届けられた。


「ふんっ、ほりゃあっ!」

「んっ、んんっ!」


 主様はこちらですと案内されたのは稽古場。桃爵とユキちゃんが裸道の稽古に励んでいる。

 もちろん全裸で……


「ユウも稽古をつけに来たのですかっ」


 今日は裸道の稽古日だったみたい。師範である【矮躯ピギー】が桃爵の相手を、そしてユキちゃんを指導しているのはまさかのスズちゃんだった。もちろん、ふたりとも全裸である。


 桃爵に乙女の鉄槌を喰らわせてやりたいところだけれど、ユキちゃんは孤児院にいた時よりも体に肉がついて少女らしい体つきになってきていた。ひと目で充分な食事が摂れているとわかる。けしからん乙女の敵も、毎日の食事に事欠く孤児にとっては救世主。ぶっ飛ばしてしまうわけにもいかない。


 桃爵と【矮躯】は組み手を、ユキちゃんは重さが20キロくらいありそうな石を稽古場の端から端へと運んでは積み上げている。ひとつひとつの石は全部形が違うので、バランスが悪く持ち方もその都度変えなくてはならない。全身の筋肉を満遍なく鍛えるのにいいのだと、スズちゃんが得意顔で語っていた。


「メガネさんはどうして服を着ているのですか?」


 ユキちゃんはすっかり裸道に毒されてしまったみたいで、師範も敵わないほどの達人が何故服を着ているのだと不思議そうな顔をしている。普通、服を着ないことに疑問を覚えるのが乙女というものではなかろうか。


「ユウのあれは裸力を抑えておくためのもので、脱ぐとすんごいのです」

「そっ、そんなにすんごいんですかっ?」

「脱ぐと凄いとか、誤解を招くような言い方をするんじゃありませんっ」


 スズちゃんの頭にポカリと拳骨を喰らわせる。あの時のわたしは、どうしてもっとマシなでまかせを思いつかなかったのだろう。筋力を養うのに全裸になる必要がどこにあるのだとユキちゃんに服を着せようとしたものの、裸心らごころを鍛え上げるために服を着てはいけないそうな。


「なんですかそれは?」

「自分にあるのはこの裸身だけ。他の如何なるものにも頼らないという鋼の意思が、金剛裸漢様の力の源だそうです」


 なんかもう呆れて声も出ない。わたしがマッパだったのは金剛力が身に着けている物を全部吹き飛ばしてしまうからにすぎず、そんな心の在り様とはまったく無縁である。第一、国主としても魔皇としてもシャチーに頼ってばっかりなわたしに裸心なんてあるわけがない。

 ガックリと力の抜けてしまったところに、せっかくだから稽古をつけてくれと桃爵が声をかけてきた。


「わたしが申し込んだのは面会で、出稽古ではありませんよ」

「そうケチケチしなくてもよかろう。師範の妹弟子がまったく相手にならないと聞いたぞ」


 よいではないか、よいではないかとブラブラさせる桃爵。いっそのこと、この場で引導を渡してしまおうかという想いがこみ上げてくる。そこに、自分の方が先だと【矮躯】まで加わり、ダブルでブラブラさせながら迫ってきた。


 ……もう我慢できません。せいぜい、後悔させてあげようぢゃありませんか。


「時間が惜しいですから、ふたりまとめてお相手いたしましょう」


 ニッコリと笑みを浮かべながら全身に流動防殻を展開し、構えも取らず【矮躯】にツカツカと歩み寄る。一見無防備に見えるだろうけれど、この場でわたしの流動防殻を打ち破れるのはスズちゃんの裸旋金剛撃くらいしかない。圧倒的な裸力ぶつけて消し飛ばさない限り、攻撃を受け流されて隙を晒すだけに終わる。


 突き出された拳を受け流して一撃入れようとしたところ、【矮躯】は流された方向に大きく跳んでわたしから距離を取った。


「スズの表面を滑らされるようなヌルヌルとはまるで違う。ネットリと絡みついてくるみてぇだ。こいつが完成形か……」


 そういえば、【矮躯】はスズちゃんに回転防殻を教えたのがわたしだってことを知ってましたっけ。攻撃を受け流されることはあらかじめ予想済みだったみたいですね。

 まぁ、わかったところで打てる手はありませんけれど……


「隙だらけじゃっ!」

「やめろっ。迂闊に打ち込むなっ!」


 背後から桃爵が突きを放ってきた。【矮躯】が制止しようと声を上げたもののもう遅い。流動防殻に拳を逸らされ体が泳いだところを、掌から雷の魔法を流し込んで痺れさせる。鍛えているといってもお年寄りなので、拳を叩き込むのはやめておいた。


 後は【矮躯】だけ。壁際に追い詰め、堪らず攻撃を放ってきたところを受け流す。再び跳んで距離を取ろうとするものの、今度は逃げられないよう受け流した手首を掴んでしまう。


「ぐへえっ!」


 空中にあった体を引き寄せボディにアッパーを叩き込む。【矮躯】の体が地面に転がった。


「服で裸力を抑えているのに、師範が手も足も出ないなんて……」

「ユウが脱いだらこんなものではないのです」


 ビックリしているユキちゃんに、500人の賊を一撃で吹き飛ばしてしまったとスズちゃんが余計なことを吹き込んでいる。ユキちゃんは兵士になるわけではないのだから、裸力開放なんて覚えさせないで欲しい。

 脱いでパワーアップなんて非常識な存在はスズちゃんひとりで充分ですよもう……


「体が……痺れて動かん……」

「動けなくては稽古を続けるわけにもいきませんね」


 本日の稽古はここまでだと強引に打ち切らせた。だいたい、女性と面会を約束しているのに素っ裸で稽古している人がどこにいますか。まったく……


「仕方ない。汗を流してから話をうかがおう。ユキ、背中を流してはくれんか?」

「はいっ、桃爵様っ」


 なななっ……ユキちゃんと一緒にお風呂ですって?


 けしからん桃爵は痺れが取れるまでの間に汗を流してくると、ユキちゃんに肩を借りてお風呂場に行ってしまった。






「主様はユキを孫娘のように可愛がっておいですから……」


 応接室でお茶をいただきながら、けしからん。実にけしからんと歯ぎしりをしていたわたしを見かねたのか、お茶を出してくれたメイドさんが教えてくれた。裸道仲間ができたことがよっぽど嬉しかったらしく、お風呂はおろか寝るときも一緒。ユキちゃんもよく桃爵に懐いているという。


 おのれ、やはり始末しておくべきだったかと椅子から立ち上がったわたしを、お手付きにするのは桃メイドのためなのだから誤解しないでくれとメイドさんが制止してきた。


「この屋敷に来る娘がすべて生娘とは限りません。むしろ稀です」


 メイドさんが語ったところによると、性的虐待を受けていたり、お客を取らされたり、日々の糧を得るために自分を売るしかなかった娘だっている。いつか、誰かと一緒になる時にそういった過去が問題にならないよう、全員自分のお手付きにしてしまうのだという。


「桃メイドは主様のお手付き。皆さまそう思っていらっしゃいますから、思い出したくもない過去を探ろうとはいたしません」


 最初から生娘でないことは承知の上。相手は桃爵で、使用人が逆らうことなど許されないとわかっているからいちいち詮索されることもない。お手付きにされることで、桃メイド達は過去に悩まされずに済む。わたしにそのことを教えてくれたメイドさんは、父親が亡くなり母親の再婚相手にさんざん弄ばれた挙句、母親に子供ができた途端口減らしのために捨てられた。そんな娘は珍しくもなく、桃爵に拾われた自分は幸運なのだと口にする。


「屋敷を後にしたお姉さま方は皆、『主様が自分を生まれ変わらせてくれた』と感謝しています。どうか、主様を悪く思わないでくださいませ」

「あっ……」


 わたしに真実を語り終えたメイドさんがペコリと一礼して部屋を後にしてゆく。待ってと言いかけたところで、彼女に伝えるべき言葉がわたしの中にないことに気付いて口ごもった。わたしにできるのは乙女の敵を成敗することだけ。汚されてしまった乙女達をどうすることもできないのだから、なにを言っても見苦しい言い訳にしか聞こえないだろう。


「これでは、チイト君のことを笑えませんね……」


 過去をなかったことにはできない。だけど、忘れてしまうことならできる。桃爵は桃メイド達の知られたくない過去を引き受けることで、彼女達にやり直す機会を与えていた。そのことに気が付かないまま自分勝手な正義を押し付けてしまっては、桃メイド達の恨みを買ってしまう。


「待たせてしまったかな。まぁ、痺れて動けなくしたのはたんぽぽ爵なのだから、自業自得と思うてくれ」


 自分もまだまだ視野が狭いと反省していたところに、ひとっ風呂浴びてさっぱりした顔の桃爵がやって来て、ユキちゃんと洗いっこしていたのだと自慢気に口にし始めた。屋敷に来たばかりの頃はあばら骨が浮いて見えるほど痩せていたものの、裸道を習い始めてからは食事をしっかり摂るようになったおかげで、健康的で柔らかい女の子の体が出来てきたといやらしい笑い声を漏らす。


 ぐぬぬ……

 こやつは本当に乙女の敵ではないのか……


「バンチョウヤ大使の息子もなかなか目が高い。名前のとおり雪のように白く美しい肌をしておるうえ、最近は張りも出て手触りも滑らかに……」


 ぐぎぎ……

 なぜっ、なぜこんな乙女の敵を成敗してはいけないのかっ……


「他人に洗われることに慣れておらんのか、頬を染める辺りがまた可愛らしくてのう……」

「ぬぐわぁぁぁ――――っ!」

「うおっ、落ち着くのだたんぽぽ爵っ。屋敷を壊さんでくれっ」


 話を聞かされるのに我慢できず、どうにか鬱憤を晴らそうと柱に八つ当たりする。普通はガンガンと額を打ち付けるわたしを心配するところだろうに、桃爵は屋敷の方が大事みたい。柱をへし折られたら屋敷が潰れてしまうと後ろから羽交い絞めにしてきた。


「どこ触ってるんですかっ!」

「おおうっ、たんぽぽ爵は着痩せするタイプじゃなっ」


 どさくさに紛れて胸を触られた。乙女の鉄槌を下さんと振り返ったものの、桃爵はテーブルの向こうに逃げ去ってしまう。裸道をやっているだけあって動きが素早い。


「こうでもしなければ、たんぽぽ爵は正気に返らんじゃろう」

「わたしを屋敷を踏みつぶす怪獣とでも思っているんですかっ?」


 まったく失礼なスケベジジィである。もう、さっさと用を済ませて帰ろう。


 わたしが面会を申し込んだのは、早い話がサクラを提供して欲しいというお願いのため。あちこちのパーティーや集まりでギョフリーノ皇国の申し入れは陰謀だとふれ回るから、わたしの主張に反対して最後には言い負かされる役を桃爵や息のかかった貴族に引き受けてもらいたかった。


「自分を囮にするつもりか?」


 桃爵はわたしの狙いに気が付いたみたい。最も頑強に反対している邪魔者がわたしだと知れば、皇国がなにがしかの動きを見せるだろう。そのために、わたしひとりをなんとかすれば話が上手くまとまりそうだという雰囲気を演出する。

 そうすれば、わたし、若しくは言い負かされた貴族に接触を図って来るに違いない。


「皇国から接触があった時に、話に乗った振りをして情報を引き出してください」


 話を伝えたヤマタナカ嬢によると、国王は半信半疑といった様子であったものの、戦後統治に必要な人員や物資を試算するよう軍に命じた。得られた領域が大きいほど、負担が激増するということにいずれ気が付くだろう。そこにもうひと押し、国内の意見を誘導するために調略が用いられていたとなれば、皇国との関係は修復に数年を要するほど悪化するに違いない。


 勢力同士の関係なんてしょせん騙し合いだから、上手い言葉の裏には本当の目的が隠されている。貴国のための提案なんてものはありはしない。心というのは不思議なもので、互いに利用しあう仲だと理解していたにもかかわらず、相手の意図を第3者から伝えられたというだけで騙されたと感じ反発心を抱く。

 でっち上げた流言を広めるより、隠された真意を暴く方が効果的だとシャチーは言っていた。


「わたしを懐柔するにせよ、貴族達を唆すにせよ、なにかしら見返りを用意するはずです。吊り上げていけば、皇国がどの程度本気なのかもわかるでしょう」


 期待できる利益を超えた投資をする人なんていない。使者の手持ちの金銭で支払える程度ならともかく、それ以上のものを用意してくるなら、是が非でもこの国を総力戦に引きずり込みたいのだと知れる。


 どこまで出してくるか楽しみだと微笑むわたしを、桃爵が触れたくないものを見るような目で見つめていた。


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