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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第5章 ミモリの娘

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第13話 受け継がれるもの

 ハシモリの屋敷はわたしも知らないので、貴族達の屋敷が立ち並ぶエリアの入り口付近でマコト教官を乗せた馬車がやってくるのを待つ。日が落ちて夜のとばりが王都を包み込んだころ、ようやくハシモリ家の馬車がやって来た。


「たんぽぽ爵? どうしてここに?」

「わたしは飛べますから。それよりも、この子をおばあ様のところへ」


 わたしの後ろに隠れているようにしているスズちゃんを紹介する。


「まて、スズメはもう18になる頃だぞ」

「スズは春になれば18になります。追っ手の目を誤魔化すために長寿の秘薬を飲んだのです」


 この子はどう見ても12かそこらにしか見えないと言うマコト教官に、成長が遅いのは秘薬の副作用であることを説明する。いずれ自分のところにも捜索の手が伸びてくるだろうけど、年の頃が合わなければ探している娘だとは気付くまい。ババちゃまはそう考えたみたいで、引き取ってすぐスズちゃんに秘薬を与えたという。

 まさに、今のマコト教官のように思わせるために……


「おばあ様であれば、秘薬のこともご存じなのではありませんか?」


 ハシモリ家のおばあ様はババちゃまの娘なのだから、母親の秘薬のことも知っているかもしれない。とりあえず会わせてみて、判断はおばあ様にしてもらえばいいと勧める。


「しかし、それはこの子がミモリ家の後継ということだ。大騒ぎになるぞ」

「スズが継ぐのはミモリの志だけです。家を継ぐつもりはありませんから、黙っておいて欲しいのです」


 功名や褒賞を求めず、ただ主に尽くすことを本懐とするのがミモリの志。自分はすでにエイチゴヤという主を得ている。王様に仕えるつもりはこれぽっちもないとスズちゃんは言い切った。


「ボウフラみたいに湧いてきた自称親戚連中とは違うようだね」


 マコト教官によると、紅爵とゲンジュウロウ坊ちゃまが亡くなったことで、我こそはミモリの末裔と名乗り出る者が後を絶たないみたい。ミモリ家と関係の深かったハシモリ家を味方につけようと、そんな連中が連日のように面会を申し込んできているという。マコト教官としては後継問題に足を突っ込みたくないそうな。


「まあ、いいだろう。わざわざそうは見えない娘を選ぶとは思えんからな」


 偽物をでっち上げるのなら、いかにもそれっぽく見える娘を用意するのが普通。明らかに年の頃が合わないスズちゃんに名乗り出させるバカもおるまいと、マコト教官が馬車に乗せてくれた。


 王国軍の将軍や参報を数多く輩出してきた家柄だけあって、ハシモリの屋敷は広いものの装飾は見苦しくない最低限に抑えられ、豪華というよりも重厚という表現がぴったりくる。まるで要塞であるかのようだ。

 おばあ様の部屋に案内してもらったところ、上品な老婦人が揺り椅子に腰かけてウトウトしている。


「スズメッ、あなた、スズメでしょう?」

「おばあ様、わかるのですか?」


 まだ名乗ってすらいないというのに、マコト教官の後ろに隠れるようにしていたスズちゃんを見つけたおばあ様は、彼女が行方不明とされていた孫だと見抜いた。


「幼い頃の面影がこんなにはっきりと……。あなた、お母様の秘薬を口にしたわね」


 説明するまでもなく長寿の秘薬が使われたことを悟ったおばあ様は、間違いなくミモリ・ジロウノスケの長女。スズメであるとスズちゃんを抱きしめる。秘薬の存在を知るものは少なく、成長期の子供に与えた場合の副作用を知る者はババちゃまと自分くらいだったという。


「よかった……あなたのことだけが、ずっと心に引っかかっていた……どこかで生きていてくれたらと……」


 おばあ様の娘。スズちゃんのお母さんは最後までハシモリ家を頼ることなく、夫と共にミモリ紅爵の手にかかった。せめて孫だけはと思ったものの、紅爵が行方を追っている以上、下手に見つけ出してしまうこともできない。母子ともども実家に身を寄せてくれたならともかく、両親を失ったスズちゃんを引き取る権利は紅爵にあったそうな。


「お母様は、ハシモリの家を巻き込みたくなかったのだと思うのです」

「そうね……あの子は、変なところばっかり頑固だったから……」


 話したいことが、伝えたいことがたくさんあるのだとスズちゃんを膝の上に抱き上げるおばあ様。つもる話は尽きることなく、ふたりは時が経つのも忘れて楽しそうに話し込んでいた。






 数日が過ぎ、ハシモリのおばあ様が亡くなった。家族に見守られる中、まるで幸せな夢でも見ているかように穏やかな微笑みを浮かべたまま、眠るように逝ったという。体が弱ってしまう前は交友の広い方だったみたいで、葬儀に訪れた人たちの中にはキタカミジョウ蒼爵婦人やスケノベ桃爵の姿も見える。


 国王の名代として訪れたヤマタナカ嬢がお悔やみを述べられると、喪主であるハシモリ金爵が丁寧なお礼を返し、庭の一角に築かれた祭壇に火を放った。遺体はそれが不可能な状況でない限り火葬される。そうしないと、魔族がやってきてゾンビにされてしまうそうな。


 それはおそらく、グールと勘違いしてますね……


 ゾンビを生み出すには、生きている間に死んだらゾンビになるよう処置してからブスリと殺る必要がある。遺体からゾンビを生み出すことはできないのだけれど、まぁ人族にとってはゾンビもグールもたいして変わらないのだろう。


 ヤマタナカ嬢とお供であるわたしがハシモリ金爵にもてなされていたところ、ドヤドヤと足音が聞こえてきたかと思ったら、蒼爵婦人が部屋に踏み込んできた。なにやらもの凄く怒っているご様子。その後ろですまなそうな顔をしたマコト教官が縮こまっている。


「スズメが見つかったそうですね。どうして隠していたのか、納得のいく説明を聞かせていただきましょうか」


 挨拶もそこそこに金爵に詰め寄る蒼爵婦人。いったいどういうことかとマコト教官に尋ねてみたところ、ミモリ紅爵が亡くなって孫を引き取れるようになった矢先に旅立ってしまうなんてとあんまり嘆くものだから、つい口を滑らしてしまったという。


「この国では秘密を守るということを兵隊さんに教えていないんですか?」

「いや……もちろん守秘義務というものは叩き込んでいるのだが……」


 訓練教官があっさり口を割ってどうしますか。まったく……


「ヒジリッ、スズメを連れてきたのはたんぽぽ爵だと言うではありませんか。いったい、なにを企んでいるのですかっ?」

「い、いえっ、わたくしも初耳でしゅっ!」


 今にも火を吐きそうな蒼爵婦人に問い詰められてヤマタナカ嬢が噛んだ。どういうことだ。聞いてないぞと貫くような視線をわたしに向けてくる。


「しかし、ミモリ家を継ぐ気はないから黙っておいて欲しいとスズメが……」

「それはあなたが決めてよいことではありませんっ!」


 スズちゃんにそう頼まれたのだと弁解する金爵を蒼爵婦人が怒鳴りつけた。自分が話をつけるから、今すぐここに連れてこいとマコト教官に命じてスズちゃんを呼びに行かせる。


「あなたという人は……。どうして秘密にしていたのですか?」


 次から次へと、お前はビックリ箱なのかとジト目になったヤマタナカ嬢が尋ねてきた。


「たまたま知っただけですし、探し出すように言われていたわけでもありませんでしたから……」

「たんぽぽ爵はチイトより鈍感……いえ、天然だということがよくわかりました」

「世の中にはいるのですよ。妙なところに居合わせる癖に、事の重大さに気付かない人間というものが……」


 そんな仕事頼まれてなかったよねと答えたところ、ヤマタナカ嬢はすっかり呆れ顔になり、蒼爵婦人は煤けてしまう。わたしが天然ボケだなんて、そんなはずはないと断固として抗議したものの、ふたりとも聞く耳など持たない構えだ。

 そうこうしている内に、マコト教官がスズちゃんを連れてくる。


「スズメ、家を継がないとはどういうつもりなのです。建国以来続いてきたミモリの家を絶やすおつもりなのですか?」

「ミモリが受け継いできたのは祖マガリノスケの志です。家など誰が継いでも同じこと。ミモリの血筋だと名乗り出ている者達にくじでも引かせておいてください」


 ミモリは王家と並んで古い家柄。それを自分の代で潰すなど、ご先祖様に申し訳ないと思わないのかと蒼爵婦人が説得にかかったものの、ミモリが守り抜いてきた志は自分が受け継ぐ。ご先祖様はそれで満足するだろう。家のことなど知らんとスズちゃんは頑として譲らない。


「爵位など受け継がせようとするから、タロウノスケのように志を見失う者が現れるのです。貴族の肩書きなど不要。裸の道を歩むと決めた時から、スズにあるのは己の肉体のみです」


 よくもまぁ、ここまで裸道に染まったものだと感心する。スズちゃんの師匠だった修羅は、諜報員なんか辞めて学校の先生にでもなった方がいいのでなかろうか。誰がこんな脳筋娘に育てたのだと蒼爵婦人は頭を抱えていた。


「たんぽぽ爵……どうにか……」


 ヤマタナカ嬢がなんとかしてくれと視線で訴えかけてくる。わたしを未来から来たネコ型ロボットと勘違いしているのではないかと問い詰めてやりたい。


「国王が欲しているのは領主達にとって代わる神々の末裔なのでしょう。スズちゃんよりも、ヒジリ王女を降嫁させられる男性の方が都合がよろしいのではありませんか?」

「「ぶひゅ――――っ!」」


 ヤマタナカ嬢と蒼爵婦人が同時に吹きだした。なにかを喉に詰まらせてしまったかのように、ゲホゲホとむせている。


「配下の功名心を煽り立てた挙句、御しきれなくなってしまうような人にスズちゃんみたいな頑固者は扱いきれませんよ。もっと利に敏く、聞き分けのいい人物を据えるべきでしょう」

「それは最早、ミモリではないな……」


 どうせ都合よく利用する腹積もりなのだから、最初から利用しやすい小者を選んでおけと提案したところ、ハシモリ金爵にそんな奴はミモリではないと呆れられてしまう。


「たんぽぽ爵っ。滅多なことを口走るものではありませんっ!」

「誰からそのような考えを吹き込まれたのですかっ?」


 復活した蒼爵婦人とヤマタナカ嬢が目を三角に怒らせて睨み付けてきた。もちろん推測に過ぎないのだけれど、わたしは当たっていると確信している。領主から宮廷貴族へと、国王は支配階層を再編したい考えだろう。


「違うんですか? 本当ぅ~に違うんですか?」

「口にするなと言っているんですっ!」

「ふごぉ――っ」


 口をつぐんでいられないのなら栓をしてやると、テーブルの上に出されていたお菓子を突っ込まれた。ヤマタナカ嬢はわたしをフォアグラ用のガチョウだと思っているに違いない。

 うん。甘くて美味しい……


「家を継ぐつもりはありません。無理にでもというのなら、勝手に抜け出していくまでです」

「ミモリは……王家を見限るというのですか……」


 ミモリが国王の元を去ったとなれば、それは著しく王家の威光を傷つける。建国以来の忠臣を野に下らせてしまった愚物と、この国の歴史に名を刻むかもしれない。お願いだから捨てないでくれと蒼爵婦人が泣き落としにかかった。


「ですから、絶やしてしまうべきなのです。家柄や血筋にこだわるのは、ご先祖様の威光にすがりたいという弱い心の表れ。王様がそんなだから、己の身体ひとつで偉業を為そうという者がいなくなってしまうのです」


 先人の威光にすがるのではなく、彼らを超える功績を打ち立ててこそご先祖様も喜ぶというもの。師を超えることが弟子の義務。ババちゃまからも師匠からも自分はそう教わった。受け継ぐのではなく、より高みを目指すことこそが先人に報いる道だとスズちゃんは主張する。


「裸道を国技に指定して人々の間に広めれば、家柄だの血筋だのを気にする輩などいなくなります。今、この国に必要なのはミモリではなく裸道です」


 ……スズちゃんはこの国を修裸の国にしたいんですか?

 本国から遠く離れたこんな場所に飛び地領なんてお断りですよ。

 どうやって統治するつもりなのだと、わたしがシャチーから大目玉をもらってしまいます。


 この国から衣服ぶんめいを失わせるなどあるまじきこと。どうにかして止めたいのだけれど、ヤマタナカ嬢が次から次へとわたしの口にお菓子を押し込んでくるので食べるのに忙しい。


「桃爵と同じようなことを言うのですね……」


 諦めたように蒼爵婦人がため息を吐いた。なんと、スケノベ桃爵が裸道を学校教育に取り入れるべきだと訴えているという。最近の貴族は上役の顔色をうかがってばかり。自らの進退を賭けて政策に打ち込もうという人はいなくなり、功績を上げるよりも責任を取らないことが栄達の道になってしまったと嘆いているそうな。


「まさか、あれほどまでに頑なだとは……」


 結局、蒼爵婦人も考えを改めさせることはできず、スズちゃんはまだ燃え続けている祭壇におばあ様の遺品を捧げてくると部屋を後にした。遺体と一緒に燃やすことで、天国に持っていけると信じられているみたい。


「スズメは骨の髄までミモリですよ。利に釣られず、義によってしか動きません。ジロウノスケの奴も鼻が高いでしょう」


 ミモリは途絶えたわけではない。いつかまた、彼女の志を継いだ者が仕官してくることもあるさと金爵が笑う。


「紅爵位を吊るされても眉ひとつ動かさないとは、あの子はまさにミモリだな……」


 建国に功のあった者達が次々と領主に封じられていく中、誰からも功第一位と認められるミモリ・マガリノスケ上将軍だけは生涯一武官として国王に仕え続けたという。伝え聞くその姿を見せられているようだとマコト教官が感心したように呟いた。


 建国以来続いてきたというミモリの家はゲンジュウロウ坊ちゃまを最後に潰え、ただ志だけがスズちゃんに受け継がれてゆく。それはいい。旧家なんてものは、遠からず既得権益を守るための道具に成り下がってしまうのだから……


 わたしはただ、彼女の露出癖を受け継ぐ者が現れないよう祈るばかりである。


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