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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第5章 ミモリの娘

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第12話 裸皇の慈悲

 この金剛力の反応は……


 身体にダメージを負わされたわけでもないのに金剛力が発動していた。もちろん、意識的に発動させたわけでもない。衣服も装飾品も、下着に至るまですべて吹き飛ばされ、束ねていた髪が宙に広がる。


 そうかそうか……そうでしたか……

 すべて納得がいきましたよ……


 金剛力がこういった反応を示したのはこれが初めてではない。これは、わたしに対して致命的な変更が加えられようとした時の反応。石化とか隷属の魔法を使われるとこうなる。チイト君の変わりようから察するに、精神支配に類する攻撃を受けたのだろう。

 魔法でないとするならば、思い当たるものはひとつしかない。


「なるほど、先生は追っ手から逃れてきた元勇者でしたか。恩恵は精神支配の類ですね」


 わたしはずっと暗示による思考誘導を疑っていたのだけれど、暗示は本人がそう思い込むことなので金剛力は反応しない。金剛力が反応したということは、外部から強制的に思考を塗り替えられようとした証拠。おおかた、「先生をヤマタナカ嬢の元へ連れていく」という考えでも植え付けようとしたのだろう。


「意識を乗っ取っているのではなさそうですから、価値観や判断基準を狂わせるタイプですか。なるほど、召喚した国から危険視されるわけです」

「あなたは……それほどの知識を持ちながら、異世界の人間を使い捨てることに疑問を感じないのですかっ?」


 先に召喚した勇者が生きている限り、同じ聖櫃で新たな勇者を召喚することはできない。そのため、邪魔になったら人族の手で始末されるのが普通なのだけど、どうやら勇者を逃がしてしまったドジな国があったみたい。


「使い捨てとは人聞きの悪い言い方ですね。契約に同意したのでしょう?」


 問答無用で連れてきたわけではない。勇者はすべて同意の上でこの世界を訪れている。召喚された国で有益と見做されるか邪魔者と思われるかはその人次第。自分が身の振り方を間違えただけなのを使い捨てだなんて、見当違いも甚だしい。


「歴史を研究されたのに、自分の考えを口にし始めた勇者は疎んじられるって気が付かなかったのですか?」

「それはっ……」


 心当たりがあるのだろう。支配者にとって政治に口出ししてくる勇者は邪魔者。人望が厚く、多くの支持者を集めるような勇者は、もはや政敵と言っても過言ではない。他人の価値観を塗り替えるなんて召喚特典を有しているならなおさらである。


「だけどっ、私の考えは間違っていない。研究を重ねれば重ねるほど、正しいという確信は深まるばかりだ。マダム、あなたになら理解できるはずっ」

「もちろんですよ。先生のおっしゃっていることは間違っていません。勇者という存在は人族にとって害でしかないんです」


 勇者は無価値であるというタナカ理論は正しい。そんなことは言われるまでもなくわかっている。だからこそ、先生を生かしておくわけにはいかないのだ。勇者には手出し無用がルールだけれど、勇者を辞めてしまった元勇者ならば冥皇ちゃんもうるさいことは言うまい。


「どうして……マダム、あなたはいったい……」

「他の誰かがやってくれるなら、自分が危険を冒す必要はない。多くの人族がそう考えるようにと、聖櫃を与えることにしたそうですよ」


 自分は戦わずに済むという逃げ道が出来るように……


「私が探し求めてきた答え。勇者が存在することの意味を……あなたは知っているのか?」


 タナカ先生がブルブルと震えながら、知らない方がいい答えを尋ねてきた。知ってしまえば後悔しか残らないだろう。だけどまぁ、答えを得ないまま最期を迎えるというのもかわいそうだ。


「勇者の存在意義ですか。それは、魔族のピエロですよ」


 そう、人族は古代の遺物とか神様の創造物とか思っているみたいだけれど、聖櫃を作ったのは他でもない魔族である。繁殖力に優れた人族に、犠牲を顧みない消耗戦を挑まれるのは面白くない。種族のために命を捨てて戦うなどというのがバカらしく思えるように、魔王と戦ってくれる便利なよそ者を用意した。


「なん……だって……」

「人族が我が身かわいさから保身を第一に考えるようにと送り込まれた魔族の駒。それが勇者です。先生のお考えが正しかったことはわたしが保証しますよ」


 どんな答えを期待していたのかはわからないけれど、おもいっきりハズレたことだけは確かみたい。タナカ先生は愕然とした表情を張り付けたまま、その目は焦点を失いしきりに揺れ動いている。


「だっ、騙したのかっ。勇者などと俺達を騙して連れてきたのかっ!」

「それは被害妄想というものです。今のチイト君みたいにお楽しみだった時期が先生にもあったでしょう。精神支配なんて召喚特典を得て、いったい幾人の女性を従属させたのですか?」


 契約したとおり、勇者としての力と地位は与えたはず。勝手に辞めてしまったことこそ債務不履行にあたる。その力でさんざんいい思いをしてきたのだろうと言われたタナカ先生は、ギョッとしたように目を見開いた。


 他人の心を塗り替えるなんて召喚特典を望んだ最低男だ。思い当たる節など数えきれないくらいあるに違いない。まごうことなき乙女の敵。コイツは絶対に死刑である。


「おっ、お前はいったい何者だっ?」

「この国にもわたしの名は伝わっているようですよ。耳にしていませんか――」


 雲が風に流されて、雲間から差し込んだ月明りがわたしの裸身を照らし出す。


「――西の果てに住むという、冷酷非情な魔皇の名を?」

「まさか……裸皇ゼンラ……どうしてこんなところに……」


 だから全裸じゃなくって、ゼンナですってば……


「ふっ、ふざけるなっ! 俺はお前たちに利用されるためにこの世界に来たんじゃないっ!」


 元勇者だけあって、タナカ先生はそれなりに強力な魔法を放ってきた。相手をブリザードで包み込み氷の刃でズタズタにする魔法のようだ。もちろん金剛力にはまったく通用しない。


「元の世界に居場所がなく、別の世界に逃避してチヤホヤされたかったからですね。わかります」

「違うっ、俺はっ! 俺は……やり直したかっただけだ……過去に囚われない場所で……」


 やり直すとは、なにを都合のいいことを考えていたのやら……


 人は異世界に来たくらいで変わりはしない。力と地位を与えられ、好き放題できる環境を整えられているのだからなおさらだ。これまで以上に欲望を肥大化させ、同じことを繰り返すに決まっている。

 やり直せるような人間であれば、元の世界でやり直せていただろう。


「やり直すために選んだ召喚特典が精神支配ですか。これはまた、ずいぶんと素敵な性格をお持ちのようで……」


 他の勇者と同じものはダメとかいくつかの制約があるものの、召喚特典は選ぶことができる。そのため、そこには勇者の性格とか願望が反映されているのだ。他人を自分の思いどおりにしたいなんて、女性にこっぴどくフラれた過去でもあるのだろうか。


「違う……違うんだ……突き落とす気なんてなかった……ただ、受け入れて欲しかっただけなんだ……」


 苛めすぎたろうか、タナカ先生は錯乱してしまったみたい。地面にうずくまって、泣きながら元の世界の誰かに言い訳している様子だ。


「成司……君がいてくれたら……こんなはずじゃなかったのに……」


 ……成司? 突き落とした?

 今、優の名前を出しましたか?

 え~と、前世でわたしを屋上から落っことした先輩の名は……


 もう顔も名前も思い出せない。なにしろ、わたしにとっては100年も昔の記憶になるし、憶えておきたいと思うような思い出でもなかった。


「忘れることができなかった……胸を押しつぶすような後悔と……届くことのない想いだけが残った……それを……それを他の誰かに忘れさせて欲しいと願うことがっ――」


 涙でグシャグシャになった顔でわたしを見上げるタナカ先生。その目は狂おしいほどにナニカを求め血走っていた。


「――そんなに悪いことだって言うのかよっ! 答えろっ、裸皇ぉぉぉ――――っ!」


 雷の迸る氷の太刀を魔法で作り出し、絶叫を上げながら頭の上に大きく振り上げる。先生が優のお断りした先輩だったのか確かめる方法は……ひとつだけあった。

 金剛力を解き、魔法で髪と瞳の色を変える。


「な……成司……」


 この姿に反応するということは、やっぱり……


 振り下ろされようとしていた太刀が先生の手から滑り落ちて地面に転がった。イヤイヤをするように首を振って後ずさる。黒髪黒瞳のミユウは、亡くなった頃の優にうりふたつなのだ。


「違うんだ……苦しかったんだ……頼むから、そんな目で……」


 あの後、なにがあったのかはわからないけれど、15歳の少女を屋上から転落死させたなんて経歴を持ってしまったら、まともな人生なんて歩みようがなかったろう。そこから逃げ出したいと願った先生をこれ以上責めるのは、あまりにも無慈悲に思えた。


「もう、苦しまなくていいですよ……」


 苦しくて辛くて、それでもたったひとつの想いを忘れることができず、ひたすらに救済を求めた憐れな先輩を抱きしめる。


「成司……俺を……許して……」

「これが……わたしの慈悲です……」


 ぴったりと抱き合った状態で金剛力を発動させた。先生の身体が、身に着けていた物が、零れた涙さえ、そのすべてが消し去られていく。忘れさせてあげることも、やり直させてあげることもわたしにはできない。


 だから、せめて終わりにはしてあげます……


 王国軍に取り囲まれる屋敷の片隅で、ただひとり真実へとたどり着いていた勇者は、その存在の痕跡すら残すことなく姿を消した。






 凶悪な魔族の襲撃を受けて、勇敢にもこれに立ち向かったミモリ紅爵とその息子ゲンジュウロウは、自らの命と引き換えに魔族を討ち果たし王都に被害が拡大することを見事防いだ。というのが、国王の発した公式見解である。

 亡くなったふたりは王都を護った英雄として祭り上げられ、国葬が執り行われた。


 ミモリ紅爵を失った急進派は後釜をめぐって互いに激しく対立し、意見をまとめられないどころか、翌日には違うことを主張しだす始末。国葬のおりに、「暴虐非道な魔族には必ずや報いを与えん」と国王が敵討ちを宣言したこともあり、領主達も警戒を緩めつつあるという。


「ユウさん。いったいいつまでここに……」

「それはチイト君次第ですね」


 行く当てを失いトボトボと王城に戻ってきた節操のないバカ勇者におあずけを与えるべく、わたしはチイト君を野戦訓練場で缶詰にすることにした。【巨漢】を倒すまではミドリさんの顔を拝むことは許さない。

 【矮躯】の一番弟子というだけあって、防殻も身体強化もなかなかのものだ。


「夜、ひとりでいるのが寂しいのなら――」

「さっ、寂しいのならっ?」


 なにを期待したのか、チイト君が目を血走らせてわたしを凝視してきた。


「――【美形】を呼んであげます」

「そんなところだと思ったよ。ちくしょうっ!」


 ゴロゴロと地面を転がるチイト君を蹴飛ばして訓練に戻らせる。そこに、マコト教官がやって来た。これから王都に戻るから、ヤマタナカ嬢に伝えることがあるなら聞いておくという。


「今からですか?」


 もう日が沈もうという時間。明日ではいけないような急用でもできたのだろうか?


「ばあ様がね、そろそろ危ないらしい」


 数年前から体が弱ってきていて、今年の冬は超えられないんじゃないかと思われているみたい。孫の顔が見たいとしきりに口にするので戻ってこいと報せが来たそうな。


「ばあ様のいう孫ってのは、私じゃないんだけどね……」


 代用品とわかっているけど、そばにいてあげたいのだとマコト教官が頭を掻いた。

 マコト教官でない孫って、もしかして……


 ハシモリ家の馬車が野戦訓練場から出ていくのを見送った後、風に乗る魔法を使ってひと足先に王都に戻る。すかう太くんのサーチでスズちゃんの居場所を探し、エイチゴヤの若旦那と市場調査しているところに舞い降りた。


「ユウ、いったい……」

「ハシモリ家のおばあ様が危ないそうです。孫の顔が見たいと……」


 若旦那はお店を出している商人と世間話という名の情報交換に夢中だ。小声でスズちゃんにだけ伝える。


「その孫というのは……」

「ハシモリのお嬢さんは、自分ではないと言っていました」


 幾人の孫を儲けたのかは知らないけれど、最後に会いたいというのであれば、もうずっと顔を会わせていない消息不明の孫である可能性は高い。スズちゃんもそれに気が付いたのだろう。どうすればいいのだと泣き出しそうな顔をしている。

 会いに行けば、ミモリの娘として名乗り出ることになるけれど……


「……ユウ、スズをハシモリの屋敷に連れて行ってください」


 しばらく俯いていたスズちゃんは、心を決めたのか顔を上げてそう言った。


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