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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第5章 ミモリの娘

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第9話 おかしくなった勇者

 チイト君がおかしい。タナカ先生の話を聞いてからというもの、勇者とは果たしてなんなのかとか、人族の未来はどうあるべきかとか、妙に哲学的なことを口にするようになった。

 これは明らかにおかしい。


 そもそもチイト君は、生まれ落ちた世界の家族や友人を全部捨てて、異世界でチヤホヤされたいと願ったロクデナシ。ミドリさんのような才女が自分に好意的であることに疑いすら抱かず、毎晩の如く欲望を吐き出しまくっているケダモノ以下のゴミクズ野郎である。


 周りから褒めちぎられることにしか興味がない自己愛に満ちたチイト君が、人族の未来を真剣に考えるなんてあるまじきこと。なにかが原因で心を病んでしまったに違いない。


「思考を誘導されたのでしょうけれど、魔法や薬物が使われた形跡はありません」

「困りましたね。今のチイトは危険すぎます」


 この世界の常識に囚われない勇者が己の判断で行動を始めた場合どうするか。そんなのはもちろん、元の世界の常識、価値観の方が優れていると人々に強要しだすに決まっている。ヤマタナカ嬢はその危険性に気付き、チイト君がおかしくなった原因を取り除くようわたしに依頼してきた。


 問題は、それがさっぱりわからないことである。魔法や薬物が使用されたのであれば、すかう太くんがそれを見逃すはずはない。いくらチイト君が相手の言葉を真に受けると言っても、タナカ先生の話だけでここまで変わるのは不自然過ぎる。

 なにかされたことは明らかなのだ。


「いつまでも招待を断り続けるわけにもまいらないのですが……」


 紅爵はチイト君がおかしくなっていることを知っているのか、招待状が届かない日はないという。いっそのこと、紅爵を拷問にかけて吐かせてはいかがかと提案してみたものの、それは本当に最後の手段だと却下されてしまった。






 招待を断り続けても不自然と思われないよう、わたしはチイト君を野戦訓練場でしごき抜くことにした。もちろん泊まり込みである。そろそろ新兵では相手にならず、熟練兵でも手こずるようになってきているので、キタカミジョウ蒼爵婦人にお願いして裸劇団の変た……人達を貸してもらう。


「少し学院で調べたいことがあるんだけど……」

「勇者と公表された以上、軽々しく顔を出すことはできませんよ」


 嘘である。チイト君が学院で調べものなど、タナカ先生のところに行くに口実に決まっているのだ。なにをされたのかわからない以上、会わせるわけにはいかない。さっさとしろと馬車に押し込み、野戦訓練場に向けて出発させた。


「ふんっ。武器などに頼るからだ」

「ダメねェ。そんなんじゃアタシを満足させることなんてできないわヨ」


 裸劇団から来てくれたのは【巨漢】と【美形】のふたり。正体不明の力を持った者がいるということで、【矮躯】には蒼爵婦人の、【紳士】にはヤマタナカ嬢の護衛についてもらっている。わたし達が到着したのは、肩慣らしにと訓練兵の皆さんがズタボロにされた後だった。


「こいつら、舞台俳優じゃなかったのか?」


 この寒空の下、全裸で意気揚々とポーズを決めるふたりを見て、マコト教官が顔をしかめている。例の訓練をさせてみたところ、マッパのまま武器にも防具にも目をくれず一直線にゴールに駆け込む。試合場も、なにも考えずただ適当に選んでいるとしか思えず、予測不能で作戦がまったく立てられない。試合が始まれば熟練兵すら素手でのしてしまう。

 圧倒的な暴力の前に知恵など無意味だなんて覚えられては困ると頭を抱えていた。


「彼らにはチイト君のお相手だけしてもらいますよ」


 裸劇団の人に来てもらったのは精霊獣を使った訓練をするため。訓練兵を相手に精霊獣を使わせれば、チイト君が勝つことは目に見えている。それでは訓練にならないから、対抗手段を持っているふたりを呼んだ。


 わたしが相手をしないのは、指南役には負けても仕方がないとチイト君が敗北を受け入れてしまうから。本気で負けたくないと思う相手がいなければ、人は成長しない。


「こいつ、ユウさんと同じっ?」


 さっそく【美形】に相手をしてもらったところ、ご自慢の白銀の牙を叩き壊されてチイト君が唖然としていた。精霊獣を修復するか、放棄して自分で戦うか迷った隙を【美形】は見逃さず、チイト君の足を払って寝技に持ち込む。

 もちろん全裸で……


「服なんて着ているようじゃ、アタシには勝てないわヨ」

「おいっ! なんでズボンに手をっ!」


 マッパで絡みついたままチイト君を脱がせ始める【美形】。彼は裸劇団の中で一番身体が柔らかく、軟体芸を得意としていると【巨漢】が教えてくれる。


「いやぁぁぁ――――っ! 助けてっ、ユウさんっ! ユウさぁぁぁ――――ん!」


 話しているうちに、とうとうズボンを脱がされてしまったチイト君が声の限りに助けを求めてくる。こいつはマズイのではと思ったところ、【美形】はカマであってもホモではなく、春の終わりに15歳の可愛らしい奥さんをもらったばかりだと【巨漢】が話してくれた。


「おいっ、たんぽぽ爵っ。今すぐやめさせろっ!」


 それなら安心だと胸をなでおろしたところ、今度はマコト教官が怒鳴り込んできた。【美形】は幼な妻とのイチャラヴ新婚生活を楽しんでいるリア充だから心配はいりませんよと説明したものの、このままでは兵舎で禁欲生活を強いられている訓練兵達に不健全な風習が広まってしまうと許してくれない。


「ア゛ッ、ア゛ッ――――!」


 それでは仕方がないと試合を止めようとしたのだけれど、少しばかり手遅れだったみたい。先にチイト君がギブアップしてしまった。






 野戦訓練場に連れてきたのは正解だったらしく、チイト君は裸劇団のふたりを倒すことにかかりっきりになり、哲学者のようなことを口にしなくなった。「寄るな、近づくな」と目を血走らせながら武器を振るうのはどうかと思うけど、やはり手が届きそうなところに目標があるというのは人のやる気を引き出すのだろう。


 チイト君は自分でも戦いながら精霊獣を操作するということに慣れていない。それが求められる相手がいなかったのだから仕方がないけれど、追い込まれると一方がすぐお留守になってしまうのである。裸劇団のふたりは、それを矯正するのにも一役かってくれた。


「ふたつのことを同時にやろうとしてもダメですよ。精霊獣もまた、自分の体の一部と考えてください」


 いくつものことを同時並行して行えるという人はいるけれど、それは結局のところ注意力を分散させているだけ。だから、処理が追いつかなくなると簡単に思考停止してしまう。忙しくなるとイライラして人の話を聞かなくなるのもこのためである。


 動物が尻尾を扱うように、それがあって当たり前の自分の一部と意識できなければ、精霊獣はリモコンで動かすロボットの域を出ない。尻尾を手のように使って枝からぶら下がるお猿さんは優の世界にもいたのだから、4本の手足を操るのが人の限界ということはないはず。

 これは意識と慣れの問題だと思う。


「そりゃ、猿には尻尾があるけどさぁ……」

「自分がケダモノ以下の存在だと認めるのですね?」


 お猿さんにも劣るのかと言ってあげたら、チイト君はもの凄く酸っぱい梅干しを口にしたような顔になった。


 野戦訓練場に来て8日もたつと、そろそろ【美形】ではチイト君の相手にならなくなってくる。おそらくは、レベルアップしたのだろう。人族の誰も知らないと思うけれど、勇者は文字通りレベルアップする。


 いきなりとんでもないパワーを得たところで、手にするものを片っ端から握り潰してしまっては日常生活も満足に送れない。そのため、召喚直後は勇者として与えられた力に制限がかけられている。これが段階的に解除されていくそうなので、リミットブレイクと呼ぶ方がより正確かもしれない。


 精霊獣も1体増えて4体になった。雷雲を纏ったクモ型の精霊獣で、跳躍力に優れお尻から糸を出して高いところからぶら下がったり相手を捕らえたりする。この糸に雷を走らせてビリビリトラップにすることも可能と、なかなか使い勝手が良さそう。


「ウェーイッ!」


 クモ型の精霊獣を手に入れたチイト君は、さっそくニューヨークの摩天楼でロープアクションに精を出す全身タイツのマネゴトをし始める。操作をミスって木に激突していたけど、チイト君の召喚特典はアタリではないかと思えてきた。


 召喚特典は勇者ひとりにつきひとつだけ。それなのに、チイト君は精霊獣の数だけ異なる能力を有することになる。勇者ウラミの反射ほど絶対的な効果はないものの、さまざまな状況に対応できるので無力化されにくい。

 修裸を相手にしない限り、有用性は高いのではなかろうか。


 と思っていたところ、スケベ勇者は精霊獣を性犯罪に使うことを思いつきやがった。女性宿舎の壁をよじ登って、3階にあるわたしの部屋をのぞこうとしたのである。


「どうやら、命がいらないようですね」

「待ってくれユウさん。これは夜の散歩で、決してのぞこうと思ってたわけじゃない」


 チイト君の居場所は常にすかう太くんに表示されるようセットしてあるので、近づいてきた時点でバレバレである。窓から顔を出して、すぐ真下にいたチイト君に声をかけたところ、夜の散歩コースに女性宿舎の壁をチョイスしたなどとたわ言を抜かす。


「成敗っ」

「ちょっ! あぁぁぁ――――」


 問答無用で流動防殻を叩きつけ、クモ型精霊獣を消し飛ばしてしまう。支えを失ったチイト君は手足をバタバタさせながら暗闇へと落っこちていった。

 まあ勇者なんだし、死ぬことはないでしょう。


 チイト君が元のスケベなお調子者に戻ったかと思ったのも束の間、野戦訓練場に衛士隊がやって来た。先頭にいるのはミモリ紅爵の息子、ゲンジュウロウ坊ちゃま。そして、タナカ先生の姿もあった。


「儀仗兵どもがなんの用だい? 転属希望なら新兵訓練から受けてもらうよ」

「衛士に選抜された我々が、好き好んで左遷を希望するわけがなかろう。訓練部隊などに勇者の教導を任せてはおけぬから、わざわざ迎えに来てやったのだ」


 新兵からやり直せと言うマコト教官に、チイト君を連れ戻しに来たから渡せとゲンジュウロウ坊ちゃまは要求してきた。


 はて? ならば、タナカ先生が来る必要がどこにある?


 やはり、チイト君になにかしたのはタナカ先生ではなかろうか。連れ戻しに来たというのは口実で、チイト君と接触させるのが目的のように思える。


 ここは試案のしどころ。チイト君を隠してしまうのは簡単だけれども、あえて接触させることでなにか掴めるかもしれない。ただ、すかう太くんに感知されないトリックをわたしに見破れるかどうか……


 賭けではあったものの、わたしはふたりを接触させることにした。チイト君のこれまでの変化と、タナカ先生がここに来たということから、それがなんであれ長続きするものではないみたい。ダメならダメで、修行の成果を確認するとか言ってダンジョンに隔離してしまえばいい。


「タナカ先生とお喋りしていていいですよ。ただし、これをかけていてください」

「これ、ユウさんのメガネ?」


 念のため、チイト君にはすかう太くんをかけさせておく。視覚を利用した暗示なんかの類であれば、すかう太くんが記録しておいてくれるだろう。


 チイト君たちがお喋りしている間、衛士隊の人と訓練兵でを勝負をすることになった。実力の違いを思い知らせてくれるそうな。相手をするのはザキシオ訓練兵。最初にチイト君が来た時みたいに、槍を持って砂場を選べばいいと助言したにもかかわらず、あろうことか彼はそれを無視した。

 スコップを手に、草むらを指定したのである。


 誰かにやり返したいと思うほど、根に持っていたんだね……


 衛士が落とし穴に落っこちた途端、「ヒャッハーッ」と雄叫びを上げながら襲い掛かるザキシオ訓練兵。なにが彼を変えてしまったのか、執拗なまでにお尻の割れ目を攻撃していた。


「兵卒はやり方が汚いっ。正々堂々と勝負できる奴はおらんのかっ?」


 名誉ある戦いに罠の使用など認めないと坊ちゃまが言い出したので、今度はマコト教官が相手を買って出た。案の定、盾でボッコボコにされてしまう。剣の腕前はカナメ師匠に劣らないというふれ込みだったけれど、どうやら誇大広告であったみたい。


「剣を使わないなど品性に欠けるっ。貴族の誇りもないのかっ!」


 こんな名誉も誇りもない試合などやっていられるかと、衛士たちが王都に引き上げていく。


「貴族の誇りを口にするなんて……。ミモリは本当に終わっちまったみたいだね」


 武門の象徴であったミモリの家は絶えてしまったのだと呟くマコト教官の顔は、悔しそうであり、そして泣き出してしまいそうなほど寂しそうだった。


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