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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第5章 ミモリの娘

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第7話 狙われたヤマモトハシ

 数日逗留しただけで、愛しのイエィスター連合王国の第3王子様は帰国されてしまった。実績のある勇者ウラミの元でチイト君に実戦経験を積ませてはいかがかと交換留学を申し出てきたのだけれど、ヤマタナカ王国側は話にならんと突っぱねたという。


「あのウラミという勇者でなければ、誰と交換する予定だったのですか?」


 勇者ウラミを指導役にするのであれば、交換留学生は別の人ということになる。人質として勇者に見合うだけの相手ではなかったのかとヤマタナカ嬢に尋ねてみた。


「第3王子だそうです」

「なんで断っちゃうんですかっ!」

「たんぽぽ爵が発作を起こした。取り押さえる……」


 ナナシーちゃんの指示を受けて、メイドの振りをしていた護衛達が一斉に飛びかかってきた。ドウドウ落ち着けと、思わずヤマタナカ嬢に詰め寄ったわたしを羽交い絞めにする。


「交渉は、いずれ再開されるでしょう」


 イエィスター連合王国は王国という形を取ってはいるものの、実態は都市代表達による合議制。第3王子といえど、あらかじめ与えられた権限を逸脱して交渉を進めることはできない。


 魔王は姿を隠しているだけ。魔物達の勢いも衰えていないという前提で、勇者を貸せという軍事協力の申し入れとして話を進めようとするヤマタナカ王国に対して、連合王国側はチイト君を立派な勇者に育ててやろうという態度を崩さなかった。交換留学生を送ってもらうのと、援軍を送ってもらうのでは負担する費用が桁違いだから、留学という線で話をまとめるよう厳命されているというのが交渉に当たった人達の感触だそうな。


 あっさりと帰国したのは、留学などという建前を固持していては交渉にならないと判断したため。かの国は外交の使者に全権委任を与えないから、話が一度でまとまることはまずない。どうせそのうちまた来ると、ヤマタナカ嬢はわかっているかのように鼻を鳴らす。


「今度もまた第3王子が来るとは限らないじゃない――れふはっ」

「たんぽぽ爵は、いったい誰の味方なのですか……」


 目を三角にしてわたしの両頬を引っ張るヤマタナカ嬢。夜皇ちゃんのスパイですと正直に答えるわけにはいかないので、雇われている間は王女様のために働きますと無難な答えを返しておいた。






『…………というわけで、ここ数日連絡ができませんでしたが、怠惰な魔王を折檻しておいてくれると助かります』

『バカなこと言ってないで、もっとその連合王国とやらの情報を渡しなさい』


 軟禁されている間はヤマタナカ嬢の抱き枕にされていたので、伝言板の魔法具を使うわけにはいかなかった。久しぶりの自室で、魔王が手を抜いて勇者を放置したと言いつけたところ、夜皇ちゃんにお叱りの言葉を返されてしまう。


『王国なんだけど、議会があって合議制で物事を決めてるんだって。魔物の掃討作戦を2か所でやってるんだけど、勇者の召喚特典が反射なせいで思うように進んでないみたい』

『それはまたハズレを引き当てたもんね。あたしはむしろ魔王を褒めてやりたいわ。他国に援軍を求めないといけないほど、その国を消耗させてるんでしょ』


 こともあろうに、夜皇ちゃんはどこの魔王か調べ上げてご褒美をやろうと言い出した。ロクに進まない掃討作戦を続けようとすれば、労働力が減り税金は高くなるから、厭戦気分が広まって不満を口にする者も多くなる。しばらくの間、大きな軍事行動には踏み切れなくなるそうな。合議制の国であればなおさらだという。


『ゲリラって言うの? お腹を壊した修裸みたいな名前だけど、悪くない戦術だわ』

『そんなのどうでもいいよっ。魔王が怠慢なせいで、わたしの美少年が勇者に取られちゃったんだよっ』

『あんたの変態趣味こそどうでもよろしい』


 美少年を失って傷ついているわたしの心を、夜皇ちゃんはこれっぽっちも理解してくれなかった。ずいぶんと冷たいではないかと言ってみたものの、吸血鬼ヴァンパイアの血が温かいはずないと返されてしまう。それはそうなんだけど、わたしが言いたいのはそういうことではない。


『だいたい、人族のガキなんてどこがいいのよ?』

『えっ。異性を意識し始めたころの、抱きしめられると恥ずかしがりながらも興奮を隠せない男の子とか最高のご馳走でしょ』

『あんた、やっぱ痴女だわ』


 どうしてわかってくれないのだと、小さい男の子の愛おしさを説明してあげたのだけど、伝言板の魔法具は画面を埋め尽くす「変態」の文字に塗り替えられてしまった。






 勇者でございと公表されたため、チイト君の元には連日のように夜会や狩猟のお誘いが舞い込むようになった。指南役であるわたしもお目付け役として大忙し。有力な貴族からの招待ともなればヤマタナカ嬢も同行する。


 チイト君の後ろに控えて会話を耳にしていると、男性貴族は軍の動向。女性貴族はこの国のものではないファッションを話題にすることが多かった。バカ勇者が調子に乗ってミニスカ巫女服やビキニアーマーなるものを流行らせようとするので、その度にお尻を蹴っ飛ばさなければいけない。


 女性貴族はそれでよかったのだけれど、男性貴族との会話にわたしは違和感を覚えた。魔王討伐や外国への援軍を口にするのは主に土地を治める領主達。逆に国内安定化のためにオオタワラマチ領の防衛や、ヤマモトハシ領における反乱勢力――言わずと知れた裸賊のこと――の鎮圧を主張するのは王都に住む治める土地のない貴族達である。


 ……普通、逆じゃない?


 裸賊の鎮圧を国王に申し上げて欲しいと言ってきたのも、銀爵や銅爵といった王国軍の高官ばかり。コイツはおかしいと、わたしは時間の取れる日を見計らって若旦那にお願いし、ヤマモトハシ領から来た使節団の偉い人に面会を申し込んだ。


「こちらからご挨拶にお伺いするべきところ、このようなあばら家へと足をお運びいただき恐悦至極に存じます」

「やめてください、もうっ」


 使節団の代表である若様は不在なのだけど、筆頭補佐官が会ってくれるというので王都にある別邸を訪れたところ、たんぽぽ爵には過ぎた仰々しい挨拶で迎えられた。筆頭補佐官だというノミゾウおじさんに……


「急なお願いだったのに、妙に対応が素早いと思ったら……」

「あなたの持ち込んでくる話を後回しにすると、手遅れになることがありますからな」


 スズキムラが包囲されたという話も、監察局に先を越されていたら内治局まで疑われていた。事態を事前に察知できなかった監察局は、失点を取り戻そうと僅かでも疑わしいところがある者を片っ端から謀反人に仕立て上げていったのだとノミゾウさんは肩を震わせる。


「今回は危急の話ではなく、心当たりがあればとお尋ねしたいだけです」


 そんなに期待しないで欲しいと、わたしの感じた違和感について話してみたところ、ノミゾウさんの顔色がみるみるうちに真っ青になっていった。


「すぐに若様を呼び戻せっ。ヤマモトハシが狙われているぞっ!」


 若様は親しい領主の家に招かれて狩猟に出かけたらしいのだけど、今すぐ戻ってもらえとノミゾウさんが使者を走らせる。いったいどういうことなのかと思ったら、お家取り潰しの危機だそうな。要請があったわけでもないのに王国軍が出動した領は、決まって反乱の証拠を見つけられ、お取り潰しになったうえ直轄領にされてしまうのだという。


 ああ……つまり、軍の高官達は中央集権化の片棒を担いでいたわけね……


 直轄領にされると領主の代わりに代官が置かれる。領主の一族は女子供に至るまで反乱の罪を着せられているので、代官に任じられるのは王都にいる治める土地のない貴族。国内の安定を図るべしと主張する貴族達は、結局のところ領主を排して自分が代官になりたいだけだった。


「王国軍による裸賊鎮圧を主張しているのが誰かは……」

「話をしてしまった以上、お教えしますけれど、わたしはヒジリ王女に雇われの身で……」

「心得ております。情報源はノミゾウひとりの胸の内に秘めておきましょう」


 国王派vs領主派という対立構造の中で、わたしは間違いなく国王派に属している。少なくとも、周りはみんなそう思っているだろう。ノミゾウさんに話をしたことは、裏切り行為と言われかねない。


 仕方なく、憶えている範囲で裸賊鎮圧を口にしていた軍の高官を教え、これ以降のわたしへの接触はスズちゃんのみにしてもらった。






「急進的な者達が、頑なに国内への軍の出動を主張してるようですわね」


 今日はキタカミジョウ蒼爵婦人にお招きされてのパーティー。劇場ではなくお屋敷なのでマッパどもはいないと安心していたら、ボーイたちはひとり残らず全裸蝶ネクタイという変態的な格好だった。もちろん、キタカミジョウ裸劇団の皆さんである。


 わたしがノミゾウさんに情報を流したせいか領主達が警戒を強めており、王城にはギスギスした空気が流れ始めていた。その空気に気付いた察しの良い貴族は主張を収めたものの、国のためなんて大義を掲げたお調子者はまだ多い。


 彼らは皆若く、国王が自分たちの味方だと思っているから内乱を厭わない。むしろ、国内を改革する過程で犠牲は付きものだと口にする輩までいる。その正体は、貴族に迎合することでメイモン学院を優秀者として卒業していった若者達だと蒼爵婦人がため息を吐いた。


「かつては、どんな主張であっても論理的に展開してみせるというアピールだったのだが、近年は貴族に媚びへつらうだけの学生が増えましたからなぁ」


 国王や貴族の代弁をしている学生達も、元々は自分の信念と異なることでも論理を組み立てられるという技術ゆえに雇われていた。それが今では、ただの太鼓持ちだ。なんとも嘆かわしいと、蒼爵婦人の隣にいるお爺さんかオジサンか微妙な男性が首を振る。


 この男性が、誰あろうスケノベ桃爵であるという。


 文務大臣を務めていただけあって教育問題には造詣が深く、若い貴族達が上司の顔色をうかがうことしかしないのは、ヤラセを利用し過ぎた結果だと苦々しい笑みを浮かべていた。


「お会いするのを一日千秋の想いで待っていましたぞ。師範を超える使い手であるとか?」


 なんと、桃爵は【矮躯】の門下生でもあった。さすがに裸劇団の稽古場とはいかないので、お屋敷に稽古をつけに行っているという。年の割に兵隊さんみたいに背筋が伸びていて、相当鍛えていることがうかがえる。


「あのユキという娘は掘り出し物でしたな。孤児となる前の躾が行き届いていたのか、従順で他人への気遣いもできる」

「ユキちゃんのことを……」

「もちろん、耳にしておるとも。バンチョウヤ大使の息子が熱を上げておるとか……」


 バンチョウ君の両親は外交大使として外国に赴任しているそうな。なかなかのやり手と評判なので、その息子がどこまでできるか楽しみだと桃爵は意地悪そうに笑った。


「引き取った時はやせ細っておったが、ちゃんと食べさせて運動させれば美しく成長するであろう。儂と一緒に裸道を習わせることにしたのだよ。もちろん全裸で……」


 ヒャッヒャッヒャ……といやらしい笑い声を立てるスケベジジィ。

 間違いない。コイツは乙女の敵だっ!


「そんなに睨まんでくれるかな。ユキが自分から言い出したことですぞ」


 メガネさんは裸道の達人だと教えたら、自分にも習わせて欲しいとお願いされた。これまで女性に無理強いしたことなんか一度もないと、桃爵がわたしの前で胸を張る。それは本当のことなのだと、蒼爵婦人が請け負った。


 桃メイド達の多くは、なんだかんだで幸せな家庭を築いていて、たまに桃爵が同窓会と称してお屋敷を去った桃メイドを招待しているのだけど、子供が生まれたと赤ちゃんを連れて報告に来る娘までいるという。


「スケベジジィのくせして、どうしてか女性から慕われているのよ。怪しいクスリを使った形跡もないし……」


 薬物を使っているのではと疑っていた時期が私にもありましたと、蒼爵婦人が首を振る。


「ユキが成長すれば、多くの貴族達から求められることでしょうな。爵位を得るだけでは足りないと、大使の息子に伝えておいてくだされ」


 ライバルの貴族達に見劣りするような男にユキはやれんと、頑固な父親のように言い張る桃爵。わたしが想像していたとおりの人物のようでありながらどこか違う。なかなか複雑な人柄みたいで、被害者が名乗り出ない以上、一方的に乙女の敵と決めつけてしまうのは早計と思えた。


 バンチョウ君への言伝はわたしから伝えておくと約束し、話はまた若い貴族達のことへと戻る。国王派も決して一枚岩ではなく、今日ここに集まっているのは穏健派。領主達を追い詰め過ぎれば内乱は避けられないから、中央集権化を急ぐべきではないという考えの人達らしい。


 そして、痛みを伴う改革も辞さないという急進派の中心がミモリ紅爵。わたしの前任であるカナメ師匠の父親だそうな。


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