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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第5章 ミモリの娘

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第5話 セーラー服の勇者

「げえぇっ! スズッ!」


 スズちゃんを連れて劇場の裏手にあるキカミジョウ裸劇団の稽古場を訪れたところ、【矮躯】が潰されたカエルのような悲鳴を上げた。知り合いだろうか?


「兄弟子、こんなところにいましたかっ。今日こそ決着をつけるのですっ!」


 なんと、【矮躯】は裸身館の道場主である御棒様の実のお兄さん。シャチーの諜報員から裸道を伝えられた直弟子の中で一番強かったのが御棒様で、【矮躯】は3番目。4番目とされていたスズちゃんとはライバル関係にあったという。

 反応から察するに、スズちゃんが一方的にライバル視しているみたいだけど……


 ここで逢ったが百年目。御棒様に挑戦する前の景気づけにちょうどいいと、スズちゃんが挑戦状を叩きつけた。


「神聖な道場で服なんか着やがって、なんのつもりだっ!」


 服を着たまま足を踏み入れるのは道場を汚す行為みたいで、エイチゴヤのお仕着せを着たままのスズちゃんを【矮躯】が怒鳴りつける。なお、修裸の国にそのようなルールはない。

 季節や場所にかかわりなく、修裸はフルタイムで全裸だから……


「スズは裸道の奥義に目覚めたのですっ。兄弟子くらい、拘束衣をつけたままで充分なのですよっ」


 上等だこの野郎と【矮躯】がスズちゃんに襲い掛かった。裸道は礼に始まり礼に終わったりしない。裸の道を歩むと決めた時から、その身は常に戦場にあるというのが修裸の教えである。


「くそぉ……ヌルヌルしやがって……」


 結局、ふたりの試合――というか喧嘩――はダブルノックアウトで幕を閉じた。3番目に強かっただけあって、格闘術の技量や経験では【矮躯】が勝っていたものの、スズちゃんの両腕に展開された回転防殻に手こずらされたみたい。大の字にひっくり返って荒い息を吐きながら、なんだそのヌルヌルは、それが奥義なのかとスズちゃんに尋ねる。


「スズの奥義はこんなものではないのです。裸力ゲージさえあれば兄弟子なんて……」


 これまた大の字にうつ伏せになっているスズちゃんは、裸力ゲージが残っていれば勝てたのにと悔しそう。正直、頭が痛い。

 裸力開放を同門との試合で使う気ですかあの子は?


 裸旋金剛撃とやらの威力はプリエルさんのヘックスカリバーにも負けていない。あんな一撃を喰らったら、御棒様はどてっぱらに大穴を開けられて間違いなくチーンだ。試合での使用は禁止してしまおう。


「これはこれは、師範の妹弟子だけのことはありますな。今、介抱して差し上げ――ふぐおっ!」

「どさくさに紛れて脱がせようとするんじゃありませんっ」


 倒れているスズちゃんを介抱しようとお仕着せに手をかけた【紳士】の顔面に蹴りを叩き込む。隙あらば乙女から服を剥ぎ取ろうとするこの男は油断がならない。


「たんぽぽ爵……手加減をしておられますな?」


 鼻を押さえながら、先日受けたツッコミはこんなものではなかったと【紳士】が立ち上がった。


「手心を加えて紳士を愚弄なさるとは淑女らしからぬ振舞い。慎まれた方がよろしいですぞ」

「死にたいんですかあなたは?」


 修裸にとっては軽いツッコミでも、人族には致命傷になりかねないというのに、淑女の暴虐を笑って受け止められてこそ紳士だと【紳士】は言ってきかない。仕方なく急所を外してズドムッと打ち込んであげたら、うめき声を上げて床をのたうち回る。


「おふぅ……たんぽぽ爵の熱いっ……熱い一撃が……私のお腹の中にっ……」


 なんか顔を赤らめてハァハァ言いながらキモい台詞を吐く【紳士】。これはダメな人だ。ステージネームを【変態ジェントルメン】に変えてはいかがかと近くで見ていた【巨漢】に言ってみたところ、すでにバックダンサーにいるからと不採用にされてしまった。


「たんぽぽ爵のご指導をいただけましたおかげで、防殻の維持が楽になりました」


 動けなくなってしまったスズちゃんを道場の隅に運んで膝枕をしてあげていたら、淑女の社交場でわたしの指名した少年が「見てください」と防殻を見せびらかしに来た。こちらに半身を向けて前後に脚を開き、さりげなく大事なものが見えないポーズを取ってくれる。これくらいの心遣いを修裸にも期待したいと思うのは、決して我が儘ではないと思う。


 彼のステージネームは【敏感スリーカウント】に決まったそうな。どういうネーミングなのだとツッコミたいところだけれど、乙女の知るべきことではないと我慢しておく。


「どうしてユウはあんな未熟者ばかり指導して、スズに稽古をつけてくれないんですかっ」


 わたしの膝に頭を乗っけて話を聞いていたスズちゃんが拗ねてしまった。あのレベルの者ならば【矮躯】が充分指導できるはず。指導者のいない自分にこそ稽古をつけるべきだと、わたしの腰に両腕を回してギュウギュウと締め上げ始める。


「スズちゃんには流動防殻を教えてあげたじゃないですか。両腕の防殻を回転させるなんて、まだまだ序の口ですよっ」


 流動防殻の神髄は波状攻撃。動かない防殻は交代人員のいない兵士に護られた砦のようなもので、流動防殻は後ろに交代人員が控えている攻め手だ。ぶつかり合う裸力が同等でも、次から次へと裸力を送り込むことで相手の防殻をガリガリ削ってしまうところにある。

 スズちゃんの回転防殻はその第一歩に過ぎない。


 それがヌルヌルの正体なのかと【矮躯】が尋ねてきたけれど、裸道の奥義を独り占めしたいスズちゃんに追っ払われてしまった。






 思惑通り、スズちゃんをマッパどもに押し付けることができたわたしは、心置きなくチイト君を野戦訓練場でシゴキ抜いた。そのかいあって、チイト君はボーナスキャラを卒業。今では下士官候補の熟練兵からも強敵だと一目置かれている。


 元々剣の腕は確かなので、剣のように取回せる武器をもって、槍などの長物が使いにくい森林の試合場を選ぶことができれば普通の兵士に負けたりはしない。もっとも、勝ちパターンがそれひとつしかなく、自慢のすり足ステップが使えない砂場では弱いというところは変わっていなかった。これは今後の課題だろう。


 そして今日、チイト君が勇者デビューする大パーティーが催された。


 このパーティーは論功行賞の結果を表彰する場も兼ねていて、なんちゃら長官とかなにがし局長といった上級官僚の人達が一段高くなっているステージに呼ばれ、国王からお褒めの言葉とご褒美を賜る。順番としては、功績の高い人ほど後に呼ばれるのだとヤマタナカ嬢が教えてくれた。


 チイト君の紹介はそれが終わった後。最優秀とされた人がステージを降りたところで、ヤマタナカ嬢にエスコートされてチイト君が国王の前に進み出る。指南役もオマケで紹介されるというので、仕方なくわたしもその後ろに続く。


「この場を借りて、皆に紹介したい者がおる。至高神パイオーツの導きにより、我が国に勇者が遣わされた。かの者の名はナナヒカリ・チイト。悪逆なる魔族どもを蹴散らし、人族に希望をもたらす剣であるっ!」


 国王が固く握りしめた拳を突き上げ、今こそ反抗の時。魔族を討ち滅ぼし、失われた領土を取り戻すのだと気勢を上げれば、集まっていた貴族達の中から次々と賛同の声が上がった。もちろん、事前にヤマタナカ嬢が仕込んでおいたサクラである。


「これは神々のご意思であるっ。皆の者っ、立ち上がる時が来たのだっ!」


 サクラ達の上げた勇者万歳の声が列席している貴族達に広がってゆく。失われた領土もなにも、魔族と人族の支配領域はここ百年ほとんど変わっていないはず。魔族側では取ったり取られたりをするための緩衝地帯と考えられている土地を、人族は魔族に奪われた自分達の領域だと主張しているみたい。


 チイト君に続いて、悪逆なる魔族の首領であるわたしを勇者を導く指南役だと国王が紹介した。これが神々の意思だというのなら、ボウイン教の神様達はわたしになにを期待しているのだろう。


「これで旧ソトホリノウチ領を取り戻すという悲願が叶いますな」

「いや、ニシカワムラ領を脅かしている魔王を討伐する方が先でしょう」


 ヤマタナカ嬢に連れられて貴族達と挨拶を交わしていく中で、さっそく勇者に魔王をやっつけてもらおうという話が持ち上がる。どうやら、この国を脅かしているのは夜皇ちゃんだけでなく、近くに数体の魔王が巣喰っているみたい。


 魔王とか魔帝を名乗っているのは、8体いる魔皇の配下ではなく独立勢力を築いている魔族。世界にだいたい40体くらいいると言われていて、大陸を平定する過程でわたしが結構潰してしまったので、冥皇ちゃんから減らし過ぎだと苦情をもらった記憶がある。


 独立勢力といっても実態は魔王とその側近だけが魔族で、後は魔物の集団という場合がほとんど。たった数体の魔族で緩衝地帯を維持してくれる働き者達なので、人族との間に紛争を抱えている魔皇にとってはありがたい存在なのだそうな。


「最近、オオタワラマチ領でアンデッドどもの動きが活発だと申します。もしや、夜皇に目をつけられているのでは?」


 夜皇ちゃんが狙っているのはオオタワラマチ領といって、美味しいお米がとれる米どころであるという。魔族の食糧事情を口にしていたけれど、単に美味しいお米が食べたかっただけなのではないかと不安になる。

 もしかして、わたし騙されてる?


「八大魔皇ですか……噂だけは耳にしますものの、その姿を見た者はおらず、居城の位置すら把握できておりません。いかに勇者殿とてそれでは……」


 不死族のウヨウヨしている中に、行先もわからないまま軍を差し向けたところで壊滅は必至。まずは居場所の知れている手近な魔王討伐を優先するべきだと貴族のひとりが口にした。


 まあそれがいいだろう。魔皇には勇者を殺してはいけないというルールがあるけれど、引き連れている軍勢はまた別の話。軍を壊滅させられて、勝手に野垂れ死ぬ分にはいっこうにかまわない。その程度で死ぬ勇者ならそれまでのことである。


「噂もいったいどこまでが本当なのやら。裸皇ゼンラなどというのは、子供の考えた悪ふざけなのではありませんか?」


 全裸じゃありません。ゼンナです……


「西の果てにある大陸を治めるという魔皇ですな。気に入らなければ手下の魔王すら八つ裂きにするほど残酷であるとか……」


 修裸の国は、ここからなら船で東に向かう方が距離的には近い。ただし、海皇さんの頭の上を通過することになるから、無事に行きつくことはないだろう。西方にある国からもたらされた情報しかないせいか、わたしは西の果てに住んでいると思われているみたい。


 どうも修裸の国に歯向かった魔王を片っ端から消し飛ばした話が誇張されて伝わっている模様。わたしは一発ギャグがつまらなかったという理由で配下の魔王を死体も残らないほどバラバラに引き裂く、冷酷で非情な魔皇ということにされていた。


 真実は、わたしに敵対した魔王の1体が最低な下ネタを口にしたので、乙女の敵として成敗しただけである。


「聞いた話では、手下どもに服を着ることを禁じて、自らも裸身を晒す女魔族であるとか」


 うえぇぇぇ……っ! まってっ。それは全然違いますよっ!

 わたしは何度も服を着ろと言っているのに、修裸達が頑として着てくれないんですよっ!


 もちろんこの場で訂正するわけにもいかず、わたしは自分が露出狂の痴女で周囲に自らの性癖を押し付ける困った変態魔皇とされるのを黙って眺めているしかなかった。


「そんな魔皇がいるのなら、ぜひ一度会ってみたいものです」

「はっはっは、勇者殿は剛毅ですな」


 気の利いた冗談のつもりだろうか、チイト君が裸皇に会ってみたいなどと軽口を叩く。

 勇者がわたしの裸身を目にするのは、金剛力で消し飛ばされる瞬間だというのに……


「ビッグマウスは慎んだ方がいいわよ。黒歴史にしたくなければね……」


 黒髪を左右の三つ編みおさげにした女性が、恥をかきたくなかったら大口を叩くなと声をかけてきた。年のころはチイト君と同じくらいで、パーティーの場にはそぐわないとても奇抜な格好をしている。


 なんでセーラー服……?


 彼女が身に着けているのは、優が中学校に通っていた頃の女子用制服を再現したようなセーラー服だった。この世界で目にした記憶はない。多分、初めてだと思う。


「せぇらぁふくっ?」

「ふ~ん、これがセーラー服だって知ってるんだ」


 この子……その服装はチイト君の出身世界を探るため?

 セーラー服を知っているということは、この子も……


「初めましてナナヒカリ君。私はヤツザカ・ウラミ。イエィスター連合王国の勇者よ」


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