第4話 本当にあった非常識な奥義
淑女の社交場ではエライ目に遭った。キタカミジョウ蒼爵夫人は次の機会にも招待してくれるという。全力でお断りしたかったけれど、わたしがここにいる目的を考えればそうもいかない。淑女達は情報に通じていたのである。
まだチイト君が勇者であると発表されていないにもかかわらず、男どもが再び戦争を企てていることに淑女達は気付いていた。仕事で忙しくなった旦那がかまってくれなくなるのは珍しいことではない。ただ、忙しいことを隠そうと疲れているのに無理をしたり、なにかの記念日というわけでもないのに贈り物でご機嫌を取ってくる時は、決まって戦争の準備をしているのだそうな。
淑女の社交場はただの全裸ホストクラブではなく、ご婦人達の情報――愚痴とも言う――交換の場。王国軍の高官や商会を運営している貴族の奥方から話を聞いた蒼爵夫人は、次の出兵は数万から十数万といった大規模なものになりそうだと呆れていた。
『……というわけで、夏いっぱい軍を動かすなら数万。短期間であれば十万を超える動員数になりそうです。向かう先がわかったらまた知らせます』
『決まってからでは遅い。候補に挙げられているところが判明次第、順次報告すること』
さっそく伝言板の魔法具で夜皇ちゃんに報せたところ、返ってきたのはお小言だった。わたしは勇者の指南役という立場にいるのだから、上手いことこちらの意図したところに計画を誘導しろと無理難題を押し付けてくる。
『人族国家間の外交関係に関する情報が不足している。王族から情報を得られるスパイは他にいないのだから、この機会を逃さず探っておくように』
さらに追加注文まできた。夜皇ちゃんもヤマタナカ王国にスパイを放ってはいるけれど、無職ギルドにあった魔法具には魔法で正体を隠していても見破られてしまう。そのため、身分証明が必要とされるところには入り込めず、国民の誰もが知り得る程度の情報しか得られない。国王が布告したことは調べがつくけど、内心どう思っているかまではわからないそうな。
『修裸はあの魔法具を誤魔化す方法を知っているわけ?』
秘密であれば買い取りたいと夜皇ちゃんが取引を申し出てきた。
『それね。実はわたし、魔族じゃなくって裸族なんだって』
『死になさい。この変態露出マニア』
もちろん指南役就任に際して、わたしの身元調査もされている。魔族であればバレてしまうところを、わたしは裸族ということでパスしたと知った夜皇ちゃんは、あろうことか罵詈雑言の嵐を書き込み始めた。
『酷いよ。わたしだって好きで脱いでるわけじゃないのに』
『黙りなさい、この腐れビッチ。内心では見られたくて仕方がないんでしょう。頭ん中、ピンクじゃなくて肌色に染まってんじゃないの』
金剛力が衣服を吹き飛ばしてしまうことは夜皇ちゃんだって知っているはずなのに、完全に拗ねてしまったみたいで悪口が止む様子はない。こうなってしまっては、しばらく時間を置いてホブミちゃんがなだめてくれるのを待つしかないだろう。
ため息を吐きながら、わたしは画面が「死ね」の文字で埋め尽くされた魔法具を収納の魔法にしまい込んだ。
王城の一角。いろんなお役所が立ち並ぶエリアではロビー活動が活発化し、王都の外からやってきた人達の姿も珍しくない。本日のミドリ先生の授業は、官職にある貴族へ面会を申し込む方法。今の時期は実例が多くてちょうどいいみたい。バンチョウ君だけでなく、チイト君も覚えておくようにと説明を受けている。
「手土産に短いメッセージを添えるのが一般的です。官職にある方々は忙しいので、いきなり本題を長々と書いた手紙を渡しても目を通してくださいません。ゴミ箱行きです」
「それってつまり……袖の下ってこと?」
賄賂ではないのかと顔をしかめるチイト君。職権を用いてなにかを実現することと引き換えにしているわけではないので、クロではない行為というのがミドリさん答えだった。もっとも程度問題であり、価値の高すぎるものを贈れば捕らえられてしまうこともある。その辺りは監察庁のさじ加減だそうな。
「なんかいい加減なんだな」
「ふかしイモを受け取ったという理由でいちいち問題にはしていられないだろう」
監察官だって論功行賞の対象。ふかしイモの贈賄や串焼き肉収賄事件で牢屋をいっぱいにしてしまったら、俸禄に見合った働きがないと評価されてしまう。賄賂である以上、金銭的な価値は関係ないと主張するチイト君に、受け取る側にとっての価値次第ではないかとバンチョウ君が反論する。
残念なことに、バンチョウ君に諭されてもチイト君は受け入れなかった。少額でも犯罪は犯罪。それを見逃していいわけがあるものかと自説を曲げない。これは危険な兆候。再教育の必要がある。
「チイト君。国は誰のものですか?」
「それは……この国に住むみん――がっ」
やっぱりか。最後まで言わせずに、足の小指を踏んづけて発言を止めさせた。バンチョウ君への説明はミドリさんに任せ、チイト君の腕を引っ掴んで建物の外へと連れ出す。
「チイト君。監察官は国王にとって不都合な不正を取り締まるのが仕事なんです。公正な社会の実現は彼らの仕事ではないんですよ」
「なんだよそれ。税金から給料もらってんのにそれでいいのか?」
税金からか……それは民主主義国家であればこその発想だと気付かないほど、チイト君にとっては当たり前のことなのだろう。だけど、王国の税収とはすなわち国王の収入である。皆のために使うからと預かったお金ではない。
「彼らの雇い主は国王であって国民ではありません。この国の主権者は神々の末裔である貴族達だと教えられたでしょう」
「えっ。まさかユウさんまで、あんな話を信じてるの?」
ニブチンめ。勇者はニブチンでなければいけないという法則でもあるのかと疑いたくなる。なんのためにこの国のことを学ばせたと思っているのか。
「信じていないからといって、公の場で口にして良いことではないと言っているんです」
今、チイト君と係わりのある貴族は、「どこからか召喚された勇者なのだから、自分達と異なる常識を持っていても不思議ではない」という考えを受け入れてくれている。ただ、国王主催の大パーティーで出会う貴族達が同じ考えでいてくれるとは限らない。
生まれながらにしてこの国を支配する権利があると思い込んでいる人達にとって、国民主権などという考えは自らの地位を否定するもの。公の場で勇者が口にすれば、危険思想を広めていると面白く思わない貴族だっているだろう。
「命を狙う貴族が現れたって不思議ではないんですよ」
「勇者を暗殺するっていうのか……」
「支配権の根拠を否定するんですから、それくらいの反応はあって当然です」
周りが自分とは異なる常識や価値観を持っていることを思い出させておく。いつまでも元の世界の常識に囚われて、危険分子と見做されてしまっては困るのだ。勇者は人族の希望でなくてはならない。
二度と忘れないように、「学院で学んだことがこの国の常識であり正義です」と、20回ほど唱えさせてからミドリさん達のところに戻った。
「地位の高い方には他からも面会の申し込みが殺到しています。初めての相手なんて、まず無視されると思って間違いありません。相手に興味を持ってもらうためには……」
……これは?
ミドリさんの説明を聞いていたところで、すかう太くんのレーダーに反応があった。つけられている。彼女がミドリさんやチイト君を知っているとは思えないので、狙いは十中八九わたしだろう。王城でコソコソ人の後をつけ回すなんて、不審者として捕らえられても文句は言えないというのに……
用を済ませてくると伝えてその場を離れ、お役所が立ち並んでいるエリアを後にする。近くにある公園のようなエリアへ足を向けると、思ったとおり隠れている人物はわたしの後を追ってきた。
この公園には森の中を散歩できる遊歩道があって、隅っこの方にいけば人影もない。わたしは「う~、トイレ、トイレ」と口にしながら奥にある化粧室に向かい、近道をする振りをして木立の中へと足を踏み入れる。人目のないここなら彼女にも都合がいいだろう。
道から見えなくなった辺りで足を止めると、背後にある木立の向こうで魔力が膨れ上がり、そしてすぐに収束するのを感じた。すかう太くんに頼らなくってもわかる。これは修裸が防殻を纏った時の感覚だ。くるっ……
葉の落ちた森の中に、見慣れたお仕着せが舞った。まさか、こんなところでっ……
「裸力開放っ。裸旋金剛撃ぃぃぃ――――っ!」
「だからっ、脱ぐんじゃありませんっ!」
宙に脱ぎ捨てられたエイチゴヤのお仕着せの陰から、真っ裸になったスズちゃんが突進してくる。その右腕に纏った防殻には鋭い回転が与えられて……
なにこの裸力っ? これはマズイッ!
全力で流動防殻を両腕に展開し、後ろに倒れ込みながらスズちゃんの一撃を上へと受け流す。右脚から雷の魔法を流し込むと同時に巴投げの要領で投げ飛ばした。
あっ、危なかった……
体中から冷汗が噴き出している。今のは下級の修裸にも匹敵する一撃。正面から受け止めようとしていれば、流動防殻を打ち破られていただろう。まともに喰らったら金剛力の発動は免れ得ず、スズちゃんと二度と会えなくなるところだった。
「くううっ。ようやく会得した裸力開放も、ユウには通用しませんか……」
木に激突して全裸のままビクンビクン震えているスズちゃん。完全に乙女失格な姿のまま裸道の奥義が破られたと悔しがっている。
あんな出任せを実現させてしまうとは、なんてバカ……いや、非常識な子……
「まったく。誰が見ているかわからないところでホイホイと……」
体がシビレて動けないうちに脱ぎ捨てられたお仕着せを着せてしまう。あれが本当に裸力開放であるなら、服を着せてしまえば使えなくなる……と思う。
「ぬううっ。秋の間中かけて溜めた裸力ゲージが……」
どうやら裸力ゲージを使い果たしてしまったみたい。そんなあるはずもないものを溜めてあんな一撃を繰り出すなんて、思い込みとは恐ろしいものである。
「もう、せっかくのドレスが泥まみれですよ。どうしてスズちゃんが王都にいるんです?」
「領の使節団について来たのです」
どうもわたしがスズキムラを離れている間に、ヤマモトハシでずいぶんと動きがあったみたい。裸賊討伐軍の司令官が本当に謀反を企てていたのかどうかはわからず終いになってしまったものの、捜査の過程でさまざまな不正が明るみに出て、兵務局は解体されてしまったという。
それに伴って兵務局と癒着していた商会のいくつかもお取潰しになったけれど、潰しただけでは物資の調達に差し障りがある。内治局の推薦を受けて、エイチゴヤは御用商会のひとつに取りたてられた。
来年の予算編成にはもちろんヤマモトハシ領だって関心をもっているので、ロビー活動を行う使節団を毎年派遣している。御用商会となったからには王都の流行――賄賂にして喜ばれる品――を知っておかねばと若旦那が言い出し、使節団の末席に加えてもらったそうな。
「贈り物で喜ばれるのはまず装飾品だと、流行りものがあるか調べていたところでユウを見かけたのです」
「どうして普通に声をかけないんですか?」
「スズが裸道の奥義に目覚めたと、ユウに見せたかったのです」
そんな理由で官職にあるわたしに襲い掛かってくるなんて、警邏の兵隊さんに知れたら投獄ものだと教えておく。
「ユウは……もう戻ってこないのですか?」
「仕事を引き受けている間だけです。春になったら戻りますよ」
わたしが官職を得たと聞かされたスズちゃんが不安そうな顔をみせたけれど、一時的なものだと伝えたら安心してくれたみたい。一体なんの仕事なのだと尋ねられたので、さる人物の指南役だと答えたら、自分には稽古をつけてくれないのに、どこの馬の骨とも知れない相手の指南役は引き受けるのかとブーブー文句を言い出した。
もっとも、裸力開放を自力で習得……いや、開発してしまったスズちゃんに稽古をつける意味はあんまりないと思う。クリアする方法を自分で見つけることができるこの子には、課題さえ与えておけばいい。
指南が必要なのはチイト君。彼にとって知識や技術は教えてもらうもので、また教えてもらえて当然と思っている。だから、自分が思いもよらなかったことをされた時に、卑怯だの汚いだのと感じるのだろう。戦闘技術をどうこうする前に、攻略法は自ら編み出すという意識を叩き込まなければいけない。
「ダメダメだから指南がいるんです。しっかり者のスズちゃんは自分でできるでしょう」
「そっ、その言い方は卑怯ではありませんかっ」
プゥと頬を膨らませるスズちゃん。どうにか納得してもらえないものかと考えたところで、彼女のサンドバッグにちょうどいい連中がいたのを思い出す。
「スズちゃん。王都にある裸道の道場に行ってみませんか?」




