第3話 淑女の社交場
本格的な政治の季節を迎え、王城にも見慣れない人達が増えてきた。この時期に行われるのは今年の論功行賞と来年の予算編成。今年がんばった人は自分の功績を必死にアピールし、来年なにかやりたい人は自分の提案に予算を割いてくれるようロビー活動に駆けずり回る。
そんな中、チイト君の勇者デビューも決まった。論功行賞が終わったタイミングで国王主催のパーティーが盛大に催されるので、そこで我が国の勇者であると発表するみたい。もっとも、本当にサプライズというわけにはいかないらしく、有力な貴族にはヤマタナカ嬢が情報をリークさせているという。
そして、わたしの淑女の社交場デビューの日もやってきた。
「ここが……淑女の社交場なんですか……」
「ええ。伯母様が経営してらっしゃる劇場です」
あのキタカミジョウ蒼爵夫人が所有している劇場だとヤマタナカ嬢が教えてくれた。大劇場というほど大きくはないものの、正面玄関前には馬車が3台は止められる広い車寄せがあり、装飾の凝らされた建物はいかにも上流階級ご用達といった趣がある。
それはいい。問題はそこではない。
わたしの前にある上演中の演目を紹介した大きなパネル。「ゲマニティ」というタイトルと一緒に描かれているのは、ムキムキと筋肉を誇示する全裸の男達の姿絵であった。出演は「キタカミジョウ裸劇団」とある。
「なんですか、この裸劇団というのは? なにかの間違いではないんですか?」
「淑女の嗜みだと伯母様が……」
どうやらアオキノシタにもあった女性向けのショーらしい。淑女の社交場なんて言うから、どんなところなのかと期待していたのに、ただの修裸の国とは騙されたような気分だ。
普段はお金を払えば入れて貰えるのだけど、本日は貸し切りなのでお招きを受けた人しか入れない。ナナシーちゃんは馬車でお留守番。わたしとヤマタナカ嬢に連れの楽士だけで玄関をくぐる。
ううっ……さっそくか……
金ぴかの裸像のようなものが置いてあるのだけれど、すかう太くんをかけているわたしには、それが金色の塗料を全身に塗った生身の人間だとわかってしまう。ピクリとも動かないので、ヤマタナカ嬢は彫像だと思っているみたい。来るたびに違う像が置いてあるのだと感心したように教えてくれた。
「よく来てくれたわ。たんぽぽ爵の出番は第1部の最後よ」
劇場内は映画館のような列席ではなく、ディナーショーのようなテーブル席。案内されたステージに一番近いかぶりつきの席で、キタカミジョウ蒼爵夫人からステージは途中に食事を挟む2部構成になっていて、わたしの出番は第1部のラストだと指示される。さっそく楽屋で支度をと楽士の女性と席を離れた。これで、少なくとも半分は見なくて済む。
……と、考えていた時期がわたしにもありました。楽屋はキタカミジョウ裸劇団の人たちと一緒で、あっという間に男達に取り囲まれてしまう。
「今夜のゲスト、ナロシたんぽぽ爵ですね。オーナーから話は伺っております」
裸劇団の看板スターであるらしい【巨漢】という筋肉ムキムキの大男が、外見に似合わない丁寧な挨拶をしてきた。その他、金髪イケメンの【貴公子】、髭を生やしているのが【紳士】、長髪で女性のように細身なのが【美形】で、わたしより小柄なのが【矮躯】だと紹介される。この5人がメインで、後はバックダンサーの皆さんだそうな。
「ご丁寧な紹介、痛み入ります。が――」
ソレが視界に入らないように【巨漢】の顔を見上げる。
「――どうして楽屋でまで全裸でいる必要があるんですっ?」
裸劇団の皆さんはひとり残らず素っ裸だった。ソレが売りなのだからステージの上では仕方がないにしても、楽屋でまでブラブラさせておく必要はないはず。いくら言葉遣いが丁寧でも、そんな格好で挨拶をされて喜ぶ乙女がいると思っているのだろうか。
「服というものは外出時に身に着けるものでは?」
目を点にしてわけがわからないとでも言いたげに首を傾げる【巨漢】。コレは修裸と同じダメな人だ。もう全裸でいることが当たり前になっていて、衣服は特別な場面で着用するものという認識でいる。
「装いとは人に見せるためのもの。ここにお客様の目はありませんから、どうぞたんぽぽ爵も遠慮せず楽になさってください」
「しれっとドレスに手をかけないでくださいっ」
口元に渋い笑みを浮かべた【紳士】が楽にしろとわたしのドレスを脱がそうとする。それは上着などを脱いでという意味で、決して全裸になることを勧める言葉ではない。乙女の素肌をなんと心得ると振り向きざまにボディーブローを叩き込んだのだけど、カチカチに鍛えられた腹筋にわたしの拳が弾かれた。
「ふっ……女性にしては腰の入った拳ですが、紳士の腹筋を甘く見ないでいただきたい」
ふんふんと腹筋を見せつける【紳士】。ピクピクと筋肉が脈動するたびにその下でブラブラと揺れるものに心が汚されそう。でも、この拳に残った感触を、わたしが間違えるわけがない。
今のは……防殻を殴りつけた時の感触……
普通の人を裸力で殴り飛ばしたら大怪我を負わせてしまうので、今放ったのは身体強化も流動防殻も使っていないただの小娘パンチ。鍛えた肉体に防殻まで使われたら通用するはずもなかった。
「たんぽぽ爵は拳術を修めておいでのようですな」
普通の女性が【紳士】の腹を殴ったら手を挫いてしまう。文官なのに正しい殴り方を身に付けているとは珍しいと【矮躯】が口にする。
「いかがでしょう。僕達と共に裸道を極めませんか?」
わたしの前に跪いて手を取った【貴公子】が、拳術よりも一緒に裸道を学ばないかと潤んだ眼差しで見上げてきた。絶対にお断りである。なにが悲しくて家出した先でまでマッパどもと一緒にいなければならないのか。
きっぱりとお断りしたところ、【矮躯】はわたしより小さい女の子だって【巨漢】より強くなれるのにと残念そうに呟いていた。どうやら【矮躯】が裸道を伝えたらしく、キタカミジョウ裸劇団はひとり残らず彼の門下生だという。
まったく、こんなところにまで裸道が広まっているなんて頭が痛くなる。国元に戻ってシャチーの諜報員を調べ出し、文句のひとつも言ってやりたい。
この世界から衣服を失くすつもりですか?
「まもなく、たんぽぽ爵のお時間です」
【紳士】がわたしの出番だと教えてくれる。第1部はストーリーのあるお芝居。第2部はダンスなどを披露するレビューという構成になっていて、今はちょうど第1部のラストシーン。わたしの歌は第1部のエンディングテーマという位置づけみたい。
ステージの上に目を向ければ、自分を護るために命を捨てた【貴公子】の亡骸を【美形】が抱きしめて熱烈なチュウをしていた。このまま眺めていたら心が腐ってしまいそう。わたしは目を背けたけれど、お客さんの淑女たちは喰い入るように見つめていて、隣で待機している楽士の女性も息を荒げてモジモジしている。
伴奏は大丈夫だろうかと不安があったものの、そこは王女様専属の楽士。きっちりと仕事はこなしてくれて、亡くなった想い人に語りかけるバラードがお芝居のストーリーともマッチしていたこともあり、聴いてくれている淑女の中にはハンカチを取り出す人までいた。
「素敵でしたわ。招待したわたくしも鼻が高いというものです」
第1部と2部の間にはちょっとした食事がサーブされる。キタカミジョウ蒼爵夫人からこのまま裸劇団の歌い手にならないかとお誘いがあったものの、只今の雇い主であるヤマタナカ嬢に「あげません」と断られてしまった。
第2部が始まると【巨漢】が怪力。【貴公子】と【紳士】がペアのダンス。【美形】がポールダンスに【矮躯】が軽業を披露してゆく。それだけならまだ良かったのだけれど、バックダンサーの皆さんによる全裸キャンキャン踊りという暴挙に、わたしは本能が金剛力を発動させようとするのを必死で押しとどめなければならなかった。歯を喰いしばって耐えるわたしの周りで、淑女たちはブラブラが揺れるたびにキャアキャアと歓声を上げている。
「皆さまはお楽しみみたいですけど、これは社交なのですか……」
社交というのはもっと世間話なんかをするものだと思っていたのだけれど、これではショーを楽しんだだけで終わってしまう。
「ここまでは下準備。淑女の社交はこれからですのよ」
第2部が終わったところで尋ねてみたところ、キタカミジョウ蒼爵夫人がこれからだと言ってわたし達を別室に案内する。ゆったりとした長椅子がたくさん置いてあるその部屋では、裸劇団の皆さんがズラリと並んで淑女達を待ち構えていた。もちろん全裸で……
「本日のスペシャルゲストには特別に最優先で指名させてあげますわ」
「指名っ? 指名って……まさか、ここは……」
優だった頃の記憶の中にホストクラブなるものの知識がある。もちろん行ったことはなく、テレビで紹介されているところを見ただけなものの、わたしの記憶が確かであれば、ホストのオニーサンというのはピシッとタキシードに身を包んでいたはず。
あれはテレビで流すためで、本当は全裸がスタンダードなのだろうか?
後が詰まっているのだからさっさと決めるように言われ、仕方なくバックダンサーの中から一番若そうな人を指名した。
「初めてのステージで一番に指名されるなんて、たんぽぽ爵がチェリーハンターで幸運だったな新入り」
オジサマ好きらしいヤマタナカ嬢に指名された【紳士】が、わたしの指名した16歳くらいの少年にからかうような声をかける。
「誰がチェリーハンターですかっ。失礼なっ」
彼を指名したのは、まだ全裸に慣れ切っていないのか、どこか恥ずかしそうな素振りをしていたから。堂々と見せつけられるよりはマシというだけで、決してわたしの好みというわけではない。わたしの趣味は――見た目が――年下の男の子である。
お酒をいただきながら身の上話を聞いところ、彼はまだ裸劇団に入って日が浅く、ステージに立ったのは今日が初めてだという。目に入らないようにさりげなく隠してくれるので大助かりだ。わたしの見立てに狂いはなかった。
「僕はまだ先輩方のように硬さを維持できず、すぐに放出させてしまうんです……」
狂いはなかった……はずだったのに、どうしてこうなるんだろう……
「おい新入り、言葉を選べ。たんぽぽ爵が盛大に誤解されているぞ」
「誤解?」
いきなりスピーディーだという悩みを打ち明けられて顔を引きつらせていたわたしに、【紳士】が裸道の話だと教えてくれた。どうやら、裸力による防殻を維持できないということみたい。
「あぁ、防殻の形成の話でしたか。もしかして、殻の中に裸力をギュウギュウ押し込めようとしていませんか。裸力を収束させるコツは、押し込めるんじゃなくて吸い集めることですよ」
……ん。なにかおかしなことを言ってしまっただろうか?
裸劇団の皆さんが目を点にしてわたしを見つめている。
「たんぽぽ爵……まさか、裸道を……」
やってもうたぁぁぁ――――っ!
なに、したり顔でアドバイスなんてしちゃってるの、わたしはっ?
お酒が入っていたせいか、うっかり口を滑らしてしまった。仲間を見つけた裸族どもがわたしを取り囲む。
「まさか、すでに裸道を嗜まれていたとは。そのようなお召し物はさぞや窮屈なことでしょう。これは気が回らなくて申し訳ございませんでした」
「だからっ。ドレスに手をかけないでくださいっ」
さっそくわたしを脱がしにかかった【紳士】に再びボディーブローを叩き込んだ。今度は裸力を纏った一撃。腹部を護る防殻を貫いて、鍛えられた腹筋にわたしの拳が突き刺さる。
「こっ、これほど……とは……」
苦悶の表情を浮かべた【紳士】が身体を折って床に転がった。
「【紳士】を一撃で……」
「あの一瞬でそこまでの裸力を練り上げたのか……」
裸劇団の皆さんが信じられないといった顔でわたしを見つめている。これはマズイ。あまりにもマッパディアッカ城のノリそのままだったので、つい修裸にするつもりでツッコんでしまった。
「流れるような裸力の収束。これは……私でも敵いそうにありませんな」
「【矮躯】が戦わずして負けを認めますか。マコトが敵わないはずですわね」
もともと裸劇団は【矮躯】の開いていた道場。借金で首が回らなくなったところをキタカミジョウ蒼爵夫人が俳優兼ボディガードとして買い上げたという。マコト教官にも引けを取らないと自負していたのに、それを超える娘を教え子があっさり見つけてくるなんてと悔しそうな顔をしている。
「教養と芸事に加えて武術まで、たんぽぽ爵は多芸ですわねぇ」
「でも、いつまでも服を着ているなんて不粋というものですわぁ」
ホストのオニーサン達の注目を集めてしまったので、淑女の皆さんまでわたしを取り囲み始めた。今になって気がついたけれど、いつの間にやら半分くらいの淑女が下着姿になっている。
ホストクラブというのはお客さんまで脱ぐところだったのだろうか?
「たんぽぽ爵は若いんだから、恥ずかしがる必要はないのよぉ」
「よいではありませんか。よいではありませんか」
「ひえぇぇぇ……」
酔っ払った淑女達がドレスを奪おうと手を伸ばしてくる。ヤマタナカ嬢に助けを求めたものの、こともあろうに彼女はわたしを裏切った。お酒のせいで体が火照ってしまったと、自ら下着姿になってしまったのだ。
裸皇の居城。マッパディアッカ城を彷彿とさせるような脱げコールが沸き起こる中、わたしに味方する者はどこにも残されていなかった。




