第2話 貴婦人達の総元締め
今日はヤマタナカ嬢が知り合いのご婦人方を招いてささやかな夜会を催している。いらっしゃっているのは比較的ご年配のご婦人方が多い。有力な貴族の奥方達だそうな。
「静かな夜には、こんな歌に耳を澄ませるのも悪くないですわねぇ」
「理屈っぽい芸術なんかよりも心が落ち着きますわ」
もちろん、新たに雇い入れた歌い手を自慢するための夜会である。ミユウの持ち歌数曲とチクミちゃんの曲の中から雰囲気にあったものを選んで披露すると、芸術っぽくないところがいいと妙ちくりんな高評価を受けてしまう。
「あの芸術とやらは、技術を自慢しようってところが鼻につきますのよねぇ」
貴族が自分専属にプロの歌い手を雇っていることは珍しいことではない。ただ、ご婦人方に言わせると、技巧的ではあるもののひとつの曲の中にアレコレ盛り込み過ぎて、自分はすごいのだと自慢しているようにしか聴こえない。もう曲そのものが様々な技術を披露するために作られているそうな。
「わたしくは昔からこの国にある素朴な曲の方が好みですわ。外国の音楽は小難しい理屈ばっかりでどうも……」
今、この国で芸術と持て囃されているのは外国から伝わってきたものみたい。外国かぶれの連中に伝統的な音楽が隅に追いやられてしまったとご婦人のひとりが零す。
「音楽は心で聴くものでしょうに、頭でっかちな連中はそんなこともわからないのかしら?」
「良いものを聴き分ける耳がないから、憐れにも知識をひけらかすのですよ」
ありふれたものの中から良いものを選び出すにはセンスがものを言う。聴き慣れない外国の音楽は知識があれば語れるから、自分をよく見せたがる者には都合が良いのだと、お招きされた中で一番豪華なドレスを着ているご婦人が笑った。
「かぶれた連中は、ふた言目にはあの国ではこの国ではと申しますのよ。どこが優れているのかと尋ねれば、謂れを語るばっかり。本当に良いものなんてありはしませんわ」
「外国にも良いものはちゃんとありますよ」
わたしはススッと黒い塊の乗せられたお皿をご婦人方に勧める。
「たんぽぽ爵は違いのわかる女性ですわね。このゴダイーブは良いものでしてよ」
甘いお菓子なのに独特の香りと苦みがあって、お茶にもお酒にも合わせられて最高なのだと、先ほどまで外国かぶれを非難していたご婦人が他のご婦人方にも勧める。
「外国でも材料の入手が安定しないらしくて、なかなか手に入らないそうですの」
ヤマタナカ嬢がたまたま材料が手に入った時しかお出しできないのだと残念そうに弁解する。それはそうだろう。原材料であるゴダイーブの実を栽培しているのは修裸の国なのだから。
魔族と人族の経済交流はまったくないわけではない。もちろん、アンダーグラウンドなものに限られていて、実はこれ海賊島という場所で海賊たちが収奪したものと交換している交易品のひとつである。
奪った財宝を貯めておくような間抜けはおとぎ話の中にしか存在しない。と思うかもしれないけれど、海賊のお宝というものは存在していた。足がついてしまうので迂闊に取引するわけにもいかない財宝なんかがそれにあたる。
これにシャチーが目を付けた。修裸の国で産出される特産品と交換することで、価値を保ったまま綺麗な積荷に替えることができる。外貨獲得のため、マネーロンダリングならぬ、積荷ロンダリングの手段を提供することにしたのだ。
「植物の実だと聞いていますけど、栽培が難しいのでしょうか?」
「それが、手に入るのは焙煎された種子ばかりで、どんな植物なのかもわからないと……」
ゴダイーブは人族に栽培できるようなシロモノではない。麻薬みたいな効果のある芳香を放って生き物を誘引し、根っこで串刺しにして殺した後養分にするというトンデモ植物である。修裸の国にある農園で栽培にあたっているのは、養分になるところのないスケルトン達。シャチーが夜皇ちゃんと交渉して、両国の共同事業として話をまとめあげた。
「皆さんが広めてくだされば、きっと生産量も拡大して手に入れやすくなりますよ」
ここぞとばかりにどんどん買えとアピールしておく。家出中でも国主なのだから、自国の特産品を売り込む機会は見逃せない。ゴダイーブに関する権利は夜皇ちゃんも持っているけれど、他種族に対する販売権は修裸の国が独占している。ぜひ、いっぱい買って欲しい。
「たんぽぽ爵の言うとおりですわね。利益が出るとわかれば投資する方もいるでしょう」
そうです。そうです。修裸の国には土地も肥料もあり余ってますから、買ってくれる分だけ増産できますよ。
ゴダイーブの肥料は修裸達が修行と称して獲ってきた妖獣の肉。食用に品種改良されていないので、はっきり言って美味しくない。ぶっちゃけ生ゴミである。修行の成果を見せようと、食べられないものでもわざわざ持って帰ってくるのだ。
ゴミ処理に有効なことに加えて、どうもこの植物、生き物の死骸から得た養分を土壌に還元し周囲の植物の成長を助長することで、エサや棲み処を求める動物――つまり獲物――を集めようという、賢いんだか遠回しなんだかよくわからないことを目論んでいるみたい。そのせいか、一緒に栽培している他の植物からもの凄い収穫が得られる。
一粒で三度美味しいイカしたヤツなので、修裸の国としてはもっと栽培地を広げたい。そのために必要なのは市場の拡大。需要が高まれば一時的に価格は上がりますけれど、供給量も伸びますから結果として価格は下がりますなどとセールスマンの如き理論を展開して購入を勧めた。
「たんぽぽ爵は歌だけでなく教養もありますのねぇ。淑女の社交場にご一緒させてもよろしいのではありませんか?」
「彼女にはまだ早いかと……」
「ヒジリ。可愛いからって独り占めするものではありませんよ」
ヒジリ?
一番豪華なドレスを纏っているご婦人がヤマタナカ嬢を呼び捨てにした。どこかの貴族の奥さんだと紹介されたはずなのだけど……
「わかりました伯母様。次の機会にはぜひ……」
なんたら爵夫人なんて紹介されても身分の上下なんてさっぱりだったけれど、このご婦人は国王の姉君。つまり降嫁した元王女様で、ヤマタナカ嬢の教育係を任されていたそうな。
「マコトからも聞きましたわよ。あの娘を一撃で倒したそうですわね」
「そんなことまで……」
ヤマタナカ嬢の教育係ということは、マコト教官を彼女の遊び相手にしたのもこのご婦人。自分に隠し事なんて許さない。わたしだけでなくチイト君に関することまで、ぜ~んぶ聞かせてもらったと上品に笑う。
このささやかな夜会を催すことも、お招きする方々をヤマタナカ嬢に指示したのも彼女。つまり、陰の主催者であったみたい。淑女の社交場で披露してもらうので、楽士に伴奏を覚えさせておくようにと言いつけられてしまった。
「えっ。ユウ先生、キタカミジョウ蒼爵夫人にお会いしたんですかっ?」
なんか淑女の社交場とやらに連れて行かれることになってしまったよとミドリさんに話したところ、ヤマタナカ嬢の伯母様にお会いしたのかとビックリされる。王都にいる貴婦人方の総元締めと名高い女性だそうな。
蒼爵というのは玉位と呼ばれる爵位のひとつで、花位や宝位と同じく領地はないのだけれど、世襲が許されているという違いがある。つまり、ボウイン教の神々の末裔ということ。もっともこの玉位、先代の国王が制定したものらしく歴史は浅いという。
「くっ……」
隣で話を聞いていたバンチョウ君が唇を噛みしめた。ユキちゃんのために爵位を得ようとしている彼にとって、わたしの爵位も貴族とのつながりも喉から手が出るほど欲しいものに違いない。世界は不公平だと嘆きたい気持ちでいっぱいだろう。
今日はメイモン学院で優秀と認められた学生論文の発表会があり、国王も出席してお褒めの言葉を述べられる。ミドリさんが仕組みを解説するからとバンチョウ君を呼び出した。チイト君もおまけでついて来ているけれど、あまり興味はなさそうだ。
「仕組みって、なんの仕組みがあるんだ?」
「黙って国王陛下のお言葉までちゃんと拝聴なさい」
首席とか次席とか、トップクラスの学生達が自分の論文を発表し、教師からの質問にも淀みなく答えていく。わたしは手元にある論文のタイトルと発表者がズラリとならんだチラシに目を落とした。
軍編成の適正化による軍事費圧縮の可能性
規格統一による物流の改善
商業の自由化による経済活性化
などなど……
ふ~んという感じで学生たちの発表を聞いていたけれど、「未来を担う若い世代の意見を国政に反映させることがこの国の発展を確かなものにする」という国王の言葉を耳にしたところでミドリさんの言う仕組みとやらが見えてきた。似たような手法をシャチーに指示されてわたしも使った覚えがある。
「なるほど……つまりヤラセですか」
「ユウ先生はお気づきになられましたか」
頭の上にハテナマークを浮かべているバンチョウ君とチイト君には説明の必要があるだろう。これは、自分のやりたいことを学生に代弁させ、一学生の論文をあたかも若い世代の総意であるかのように取り上げる。反対する者には既得権益に胡坐をかく老害というレッテルを貼り付けて、周囲から排除されるように仕向けるというやり方。今となっては懐かしさを覚えるくらい昔にやりましたよ。
「じゃあ、これは全部出来レースってこと?」
「そういうことです。場所を変えましょう」
どこで誰が聞き耳を立てているかわからないところで話すことではない。試験も終わり人の少なくなった図書館へと場所を移す。
「最優秀や優秀に選ばれる学生は、貴族にとって都合のいい内容を教師から指示されているんですよ」
「なんだよそりゃ……」
貴族に気に入られたければ、彼らにとって都合のいい手駒でなければならない。自分の主義主張は捨てて太鼓持ちに徹しろとミドリさんが言う。自分を賢いと思っている人間は、自分に同調する者を高く評価し、反対する者は愚か者だと軽蔑する。貴族の目に留まるのは、優れた意見ではなく追従する意見だそうな。
「今、国王陛下が求めているのがどういった主張であるか、わかりましたか?」
「え~と、つまり財政の改善か?」
「まったく違います」
バンチョウ君の答えにミドリさんが不正解だと首を振る。続いて尋ねられたチイト君はお手上げだと言うように両手をひらひらさせた。
「ユウ先生は……気付いていそうな顔をしていますね」
顔に出てしまったろうか。ミドリさんがジト目で答えを待っている。
「中央集権化でしょう」
「やっぱりわかっていましたか……」
軍事費の圧縮とか経済活性化というのは名目に過ぎない。それを実現する過程で必要だとされたことは、すべて領主の権限を縮小し国王へ集中させるものだった。
「そういう主張を繰り返せば、コイツは都合がいいと教師の目に留まりやすくなります。加えて成績優秀なら、貴族からの仕事を頼まれるというわけです」
「そんな汚いマネを……」
「すると決めたのではないのですか?」
成績評価の裏側を知らされたバンチョウ君は怒りに震えていたけれど、するしないを判断する時期はとっくに過ぎていることを思い出させる。彼に選ぶことのできる選択肢はひとつしか残されていない。
「あとこれも伝えておきます。不正をしていた官吏は捕まり、孤児院に支援金が支給されるようになりました」
「いったい……どうやって……」
なんのことはない。ナナシーちゃんにお願いして、孤児院への支援金をめぐる不正を耳にしてヤマタナカ嬢が心を痛めているという噂を監察庁の上層部に流してもらっただけだ。2日後には関与していた全員が捕らえられた。
捜査はとっくに終わっていて証拠も入手済み。ただ、小遣い稼ぎをしている末端官吏を捕まえても得点にならないから、もっと組織の上層部が関わっているような不正を見つけた時に、組織ぐるみの余罪として水増しに使うのが普通だそうな。
「ち……ちくしょうが……」
俯いたバンチョウ君の膝に涙が零れ落ちるのが見えた。
「これが爵位というものの影響力です。官吏は腐っているとそこから目を背けてきたあなたに、ユウ先生はわざわざ教えてくれたのですから感謝しなさい」
「わかってる……わがってるけどよぉ……」
悔しいだろう。自分にはどうすることもできなかった不正が、貴族の都合に左右される些事でしかないと思い知らされるのは。純粋で善良すぎるバンチョウ君を追い詰めなければいけないのは心が痛むけれど、敗者に屈辱を与えるのは勝者の義務。それが修裸のやり方だ。
慰めを与えては、誰もそこから立ち上がろうとしなくなってしまう。
「どいつも……こいつも……自分のことばかり……」
「おい、バンチョウヤ……」
「ひとりにさせてあげなさい」
肩を震わせながら席を立ち図書館を後にするバンチョウ君。チイト君が後を追おうとするのを手で制する。今は、心の整理をつける時間が必要だろう。




