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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第5章 ミモリの娘

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第1話 卑怯で汚いたんぽぽ爵

「たんぽぽ爵の歌は好評。もう一度聴きたいというご婦人方は多い」

「言わないでください……」


 あの晩、ふたりに届けと歌っていたせいか、わたしは知らず知らずのうちに音を遠くまで届かせる魔法を使ってしまっていたみたい。王城はおろか、その周りの貴族達の屋敷が立ち並ぶ区画の至る所にまでミユウの歌は届いていたという。


 突如として王城に響き渡った歌声の出所をナナシーちゃんが探らないはずはなく、犯人がわたしだと知ったヤマタナカ嬢は自分の客分だとご婦人方に自慢した。今、彼女のところには紹介して欲しいだの、自分の開催する夜会で披露して欲しいといった招待がどしどし届いているそうな。


「技巧的ではないものの、声は澄んでいて感情豊か。素朴で落ち着いた雰囲気の歌は子守唄のように耳に心地よかったと絶賛の嵐」

「もう許してくださいよぅ……」


 ヤマタナカ嬢は指南役に加えて歌い手としてわたしを雇いたいと、ナナシーちゃんをスカウトに遣わせた。ローカルなでっち上げアイドルが王女様のプロデュースでメジャーデビューなんて場違いも甚だしい。もう何度も断っているのだけど、ナナシーちゃんは諦めてくれなかった。


「たんぽぽ爵にもう一度歌わせるのがワタシに与えられた任務。了解するまでは化粧室の中までもついて行く」

「それはもう嫌がらせですよっ」

「お役目は確実に遂行する。手段は選ばない」


 ナナシーちゃんの職業意識は恐ろしいまでに高い。任務の障害となれば、それまで一緒にいた仲間ですら当たり前のように始末する。この国には忍者の里でもあるのだろうか。


「わかりました。指南役に就いている間ということであれば……」

「それでいい。たんぽぽ爵は長生きするコツを心得ている」


 もう100年は生きていますよ。とは言わずに、仕方がないとため息を吐く。ミユウを知っている人なんて王都にはいないだろうから、亡くなったはずのアイドルだとバレる心配はいらないのが唯一の救いか……


 しからば御免と言い残して、ナナシーちゃんが床に煙玉を叩きつける。放出した魔力の反射波を映像化するというすかう太くんの暗視モードには、窓から外に出ていく彼女の姿がしっかりと映し出されていた。






「クックック……待っていたよ。たっぷりシゴイてやろうじゃないか……」


 メイモン学院の試験期間が終わり、チイト君は決して褒められた成績ではないものの、落第だけはなんとか免れた。本日は久しぶりの野戦訓練場。マコト教官がよく来たなと出迎えてくれる。


「例のものの準備はいかがです?」

「バッチリさ。部隊長がノリノリでね。正式に訓練メニューに取り入れたいそうだ」


 想定外の相手に弱いチイト君のために、ちょっとした特別メニューを提案してみたところ、予想に反して訓練部隊長さんに気に入られてしまったみたい。あくまでもチイト君向けのメニューのつもりで、人族の軍隊を強化する意図はなかったので、魔族の裏切り者にされてしまわないか心配だ。


「例のものって?」

「宝探しの後に試合をしてもらうだけですよ」


 チイト君が尋ねてきたので教えてあげる。たいしたものではない。アスレチックコースを1周した後に試合を行う。ただし、試合で使える武器防具はコースの随所に隠してあり、自分で見つけて持ち帰ったものしか使えない。


 試合場は草むら、砂場、森林などいくつか用意されており、先にゴールした方に選択権が与えられる。後からゴールした方は休憩する間もなく試合をすることになるので、探し物に時間をかけ過ぎても不利になるというルールだ。


「その時使える物だけで戦闘をどう組み立てるかって、頭を鍛える訓練はなかなかに難しくてね。悔しいけどいいアイデアだよ」


 くじで引いた武器を使った試合なんかもさせてみたけどあまり効果はなく、単なる運任せだと訓練兵からの評判も悪かった。このやり方ならば、体力と時間の兼ね合いから他の装備を探してもいいし、自分に有利な試合場を選ぶためにスピードを優先することもできる。


 体力とスピードに加えて、武器や防具を見つけるたびに判断を要求される訓練。文官であるはずのたんぽぽ爵からこのような提案をされるなんてお前たちはいったいなにをしていたと、マコト教官を始めとする教官全員、訓練部隊長さんから大目玉を喰らったそうな。


「おお、たんぽぽ爵。どうしてそなたはたんぽぽ爵なのだ」

「そんなこと言われましても……」


 訓練部隊長さんに挨拶に行ったところ、武官であれば訓練部隊にスカウトできるのに、文官ではそうもいかないと嘆いている。指南役なのに文官扱いなのはヤマタナカ嬢の一存で与えられるのがたんぽぽ爵しかなかったから。王国軍に所属させてしまうと、お兄さんからの横槍を防げなくなると言っていた。


 わたしの提案した訓練メニューをさっそく試したところ、持っていても重いだけだからと捨ててしまった装備があれば結果は変わっていた。探し物に時間を使い過ぎず、予定していた試合場を選べていたら勝てていたのにと、敗因の多くを判断ミスに求めることができて、理不尽な運任せよりずっといいと訓練兵達のウケも上々だという。


「決まった正解はなく、最適な答えはその都度変わる。剣術試合にうつつを抜かしている衛士隊の奴らにもやらせてみたいもんだ」


 グヘヘヘ……大好きな剣を探して駆けずり回る姿が目に浮かぶわと、訓練部隊長さんが凶悪な笑みを浮かべ、それを見たチイト君とミドリさんはドン引きしていた。


 着替えを済ませてアスレチックコースに行ってみると、イヤッホゥと訓練兵達がなにやら盛り上がっている。マコト教官に話を聞いたところ、訓練兵6名を1訓練分隊として競争させているのだけれど、わたしの訓練メニューは大番狂わせが起きやすい。たった今も、これまで最下位だった分隊がトップの分隊に金星をあげたところだという。

 どれどれと何試合か見物させてもらう。


「まだまだ甘いですね」

「たんぽぽ爵のお手並みを拝見させていただいても?」


 訓練兵のひとりと試合をさせてもらうことになった。彼らにはチイト君を鍛えてもらわなければならないので、無意識のうちにルールというものに縛られているようでは困る。お相手は新兵ではなく、下士官になるべく高等訓練を受けているザキシオ訓練兵だ。


 スタートと同時に勢いよく飛び出し、コースの脇や障害物の陰などに隠されている装備を探す。首尾よくお目当ての装備を見つけられたので、後はわき目も振らずにゴールまで駆け抜ける。これだけあれば充分だ。


「ずいぶんと早く戻ってきたもんだね。そんな装備で大丈夫なのかい?」

「問題ありません。試合場は草むらを指定します」


 わたしが手にしている装備はスコップが1本だけ。おいおいマジかよと観戦している訓練兵達もザワついている。わたしは指定した試合場に移動し――


「なっ……」

「ちょっ……アリかよ?」


 ――相手の姿が遠目に見えるまで、落とし穴や足を引っかける罠を作りまくった。


 ザキシオ訓練兵はわたしがカッ飛んでいったため、試合場を選択するのは諦めてしっかりと装備を探してきたみたい。胸当て、手甲、脛当てといった防具に、小型の盾と訓練用の槍を持ち、腰には木剣を下げている。どんな状況にも幅広く対応できる構成だ。


 その判断は悪くなかったのだけど、公正な試合の場に罠など存在しないという思い込みに足元をすくわれた。スコップを片手に口笛を吹いているわたしに向かってきたところで、結んで輪っかにしておいた枯草に足を取られ、運の悪いことに落とし穴のあるところに倒れ込んでしまう。


 そんな大きな隙を見逃してあげるほどわたしはお人好しではない。頭からずっぽし落とし穴にハマった相手を抜け出せないように足で押さえつけ、お尻の割れ目をゲシゲシとスコップの先端で攻撃する。ザキシオ訓練兵が「アッー!」という叫び声を上げたところで、苦い顔をしたマコト教官がわたしの勝利を宣言した。


「汚い。さすが文官は汚い……」

「分隊長ぉぉぉ……」


 ザキシオ訓練兵は訓練分隊の分隊長でもあったらしい。落とし穴から分隊長を助け出した分隊員達が、試合場に手を加えるのは反則ではないかと異議を申し立てている。


「そんなことはない。お前達には伝えておいたはずだ」

「教官。お言葉ですが、そのようなことを耳にした記憶はありません」


 伝えられていないからこそ、これまで罠を作った者がひとりもいないのだと分隊員のひとりが主張する。


「ザキシオ訓練兵っ。会敵予想場所に敵がすでに布陣を終えていた場合の対応はっ?」

「はっ……罠や伏兵の恐れがあるため斥候を…………あ……」


 教本にもそう書いてある。とっくにお前達には教えておいたはずだ。まさか忘れていたのではあるまいなとマコト教官が鞭を手にする。


「ザキシオ訓練分隊はあって当然の警戒を怠りたんぽぽ爵に壊滅させられたっ。異存はあるかっ?」

「「ありませんっ」」


 警戒を怠った罰として、ザキシオ訓練分隊は腕立て、腹筋、スクワット500回を命じられた。下士官として訓練中の彼らはブツブツ文句を言ったりせず、戦訓を頂いたことに感謝しますとわたしに敬礼しトレーニングに取りかかる。いつまでもブチブチしつこいチイト君とは大違いだ。


「さすがユウ先生。予想の上をいきますね」

「試合場に罠って……発想が卑怯すぎるんじゃ……」


 ミドリさんが手を叩いて褒めてくれる。予想どおり、チイト君は汚いだの卑怯だのと零していた。魔族が汚くて卑怯だということは人族の支配者たちがこぞって口にしているところ。期待に応えてあげたのに文句を言われるなんて、わたしにどうしろというのだろう。


「文句を言う前に頭を使うことを覚えてください。これはチイト君のための訓練なんですから」


 観戦していた訓練兵達は揃って難しい顔をしていた。罠を仕掛けるという方法を、どう自分の戦法に組み込むか考えているに違いない。彼らの相手をするのはチイト君である。


「汚くも卑怯でもないチイト君には、せいぜい潔く綺麗に負けていただきましょうか」


 結局その後、チイト君は1勝もできなかった。


「毎回毎回、懲りもせず同じ装備をヘトヘトになるまで探してくるとは恐れ入りました……」


 はっきり言ってバカとしか言いようがない。槍などの長物を見つけて砂場を選べば確実に勝てると、新兵達にまでボーナスキャラ扱いされる始末である。


「いや……でも、扱いなれた装備がないと……」

「あたしが鍛え直してやろうなんて考えていた時期もあったけど、今はたんぽぽ爵がいてくれて良かったと思ってる……」


 まったく創意工夫が見られないチイト君に、マコト教官もすっかり呆れ顔だ。見落としてしまうのが嫌なのか、隠してありそうな場所を片っ端から探しまくり、お目当ての装備以外はポイしてしまう。とにかく無駄が多いので、戻ってくる頃には体力を消耗しきっていた。


 足を動かすのに抵抗が大きい砂場ではほとんど動けないから、剣よりリーチの長い武器があればやりたい放題である。自分が捨ててしまった槍で引っ叩かれまくる姿は間抜けと言うより他はない。


「チイトさん。ユウ先生が頭を使うようにってこの訓練を考えたことを忘れたんですか?」


 柔軟な思考を養うための訓練なのに、ひとつのことにこだわってどうするのだとミドリさんからもご指摘を受けてしまう。


「でも、剣以外の武器なんて使ったこともないし……」

「使えなくても使えっ。戦場で剣を失ったらなにもできないのかっ!」


 とうとうマコト教官が我慢できずに怒鳴り声を上げた。拾った武器でも、相手から奪った武器でも贅沢言わずに使え。剣が折れたら無抵抗で殺される気かと鞭を頭に喰らわせる。


「マコト教官の言うとおりです。使える武器を探し出す訓練じゃありません。見つけた武器でどうやって勝利するか考える訓練ですよ」


 そもそもお目当ての武器を探し出そうという考え自体が間違い。訓練の目的を履き違えているから新兵にすら勝てないのだと教えておく。実際、チイト君に勝利した新兵は槍の使い方がまるでなっていない。素人が物干し竿を振り回しているようなものだった。


「あんなに稽古したのに、素人の物干し竿に勝てないなんて……」

「言ったはずだ。お前は剣の腕を役に立てられていないとな」


 自信を喪失してションボリしているチイト君に、せっかくの剣術もそれを活かせる状況を作れなければ意味がない。無力な相手を一方的に攻撃して倒す。それが戦場の理念であり、公正であることを旨とする試合とは違うのだとマコト教官が語る。


「たんぽぽ爵が罠を作るところを見ていたろう。この訓練は限られた装備を活用していかに有利な状況に持ち込むかっていう知恵比べなんだ。剣の腕なんて関係ないのさ」


 まずは相手を自分の土俵に引きずり込め。剣を抜くのはそれからだと言い残してマコト教官は訓練兵達のところに戻っていった。すっかりショボくれてしまったチイト君を、これは剣術を活かせるようにするための訓練なのだからとミドリさんが慰めている。


 マコト教官の訓練兵達はチイト君の相手をさせるのにちょうどいい。新兵だけでなく、下士官訓練を受けている熟練兵達に勝てるようになる頃には、剣術試合で身に付いた悪い癖も一掃されているだろう。


 なにより、わたしが手を煩わせなくてもいいから楽ちんだ。


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