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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第4章 逢えない人を想うバラード

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第7話 幕を開ける野望

 間もなくスケノベ桃爵の使者がユキちゃんを引き取りにくる。ユキちゃんの荷物は少しの着替えと、孤児達がボロ布を縫って作った粗末な人形がひとつ。髪の毛の部分に赤い布が使われているから、おそらくはバンチョウ君の人形なのだろう。


 そのバンチョウ君は未だ姿を見せずにいた。


 用意するものとやらがなにかは知らないけれど、間に合わないようなら地獄の折檻を覚悟してもらおう。生きたまま冥皇ちゃんの支配する地獄に叩き落して、汚物を垂れ流しながらひとおもいに殺してくれと泣き叫ぶまでイビリ抜いてやる。


「あ…………」


 孤児院の門の前に馬車が止まるのが窓から見えた。ユキちゃんが悲しそうに顔を伏せる。彼女は母親に捨てられて孤児になったのだ。今再びお兄ちゃんに捨てられたら、他人に期待するから裏切られるのだと心を閉ざしてしまうかもしれない。


 人生に絶望してすべてを諦めるようにだけは、なって欲しくなかったのに……


 幸せはどこにでも転がっている。このような貧しい孤児院にも、修裸の国の棄てられた集落にも、桃メイドだって人それぞれにささやかな幸せを見つけることはできるだろう。自分は不幸な星の元に生まれたのだと達観して、自ら幸せになることを放棄してしまわない限り。


「ユキ、お迎えが参りましたよ……」


 院長さんに促され、妹みたいに彼女によく懐いていた女の子を名残惜しそうに抱きしめた後、ユキちゃんは何も言わずに席を立った。荷物を詰めた鞄を取る手が震えている。


 わたしは魔皇だ。魔皇らしく桃爵の執事を引き裂いてユキちゃんをさらってしまうこともできなくはない。だけど、そんなことをしても「最後にお兄ちゃんは来てくれなかった」という事実は覆らない。


 彼女が待っているのは魔皇ではなくお兄ちゃん。ふたりの過ごしてきた時間を「大切な思い出」にしてあげられるのはバンチョウ君しかいない。金剛力にできるのは、すべてを跡形もなく消し飛ばすことだけだ。


「荷物はそれだけか? よろしい。最後に、お世話になった方々に挨拶をしておきなさい。あまり時間はかけないように」


 ユキちゃんは院長さんに「お世話になりました」と頭を下げた後、孤児達一人ひとりに「元気でね」と声をかけて頭を撫でる。最後までお姉ちゃんとして、我が儘な姿を見せるつもりはないのだろう。目には涙を浮かべていたけれど、優しそうな微笑みを崩すことはない。


 彼らの姿を目に焼き付けておこうとするように孤児達を見渡し、最後に孤児院の建物を見上げると、ユキちゃんはわたし達に背を向け荷物を取って馬車へと向かう。昨晩のように泣き出してしまいたいだろうに、まだ13歳の少女は孤児達に背中で語りかけていた。

 いずれ、ここを去る時が来たらこうしなさいと……


「ユキィィィ――」


 突然呼びかけられた声に、馬車のステップにかけられていたユキちゃんの足が止まる。通りの向こうから、バンチョウ君が息を切らして走ってきていた。夜皇ちゃんに不死族にしてもらってから、お腹に焼けた炭をくべてやろうと考えていたのだけれど、残念ながらその必要はなくなったみたい。


「ユキ……今の俺には、こんな物しか渡してやれない……」


 息を整えたバンチョウ君が差し出したのは、どこかアサガオに似た花が刺繍された上品なハンカチだった。選別の品だろうか?


「ほう……その花には、『君を諦めない』という意味がありましたな……」

「顔に似合わず詳しいじゃねえかおっさん」


 花言葉みたいなものだろうか。スケノベ桃爵の執事がその意味するところを教えてくれる。かつて妻に送った花を忘れるものかとノロケながら。


「桃メイドのことは聞いた。貴族に譲られることもあるってな……」

「あなたに、できますかな? ユキ、馬車に乗っていなさい」


 あまり期待を持たせられても困ると、桃爵の執事がユキちゃんを馬車に乗せて扉を閉める。そして、桃メイドの平均的な教育期間は1年。せっかく仕込んだのだから、5年は屋敷に勤めてもらいたいというのが桃爵の意向だと教えてくれた。


 ただ、仕事に慣れた使用人には長く勤めてもらいたい一方、文務大臣を務めた桃爵が若い女性の使用人に結婚や出産を禁じているというのも外聞が悪い。なので、だいたい20歳を目安に他の貴族に譲られたり、同じ屋敷で働く使用人と結婚させたりするそうな。


「6年という時間は長いように思えますが、官職を得て爵位を賜るまで昇進するとなると……」

「桃爵に伝えておけ、このバンチョウヤ・テツロウがユキをもらい受けに行くとな」


 威勢のいい言葉を口にしたのは君が初めてではない。だけど、これまでに実現できた人間はひとりしか知らないと桃爵の執事がニヤリと笑った。せいぜい足掻いてみせろ、彼女には期待するなと伝えておこうと言い残して馬車に乗り込む。


 動き出した馬車の窓からなにか言いたそうなユキちゃんが顔を覗かせていた。バンチョウ君は無言で、ただ拳を硬く握りしめたまま小さくなっていく彼女の姿を見送っている。あの執事はわかっていてすべてを話したのだろう。


 俺が必ず迎えに行くから……


 それが、どんなに残酷で無責任な言葉なのか。知らなければ、バンチョウ君はそう口にしていたに違いない。その言葉を信じて傷付いていく桃メイドを知っているからこそ、あえてバンチョウ君に道を示したのだ。


 できもしない約束を、軽々しく口にさせないために……


 馬車が見えなくなった後も、バンチョウ君は長いことユキちゃんが去っていった道を見つめていた。






「結局、彼女を桃爵に売り渡したのかよ」

「そう言っておいたはずです。手が止まっていますよ。試験は明日からなのでしょう」


 チイト君が余計なことをしないようミドリさんに見張らせておいたから、ユキちゃんの見送りに行ったのはわたしだけ。ことの顛末を話したところ、それでもわたしならなんとかしてくれると期待していたのにとチイト君がブーブー文句を言い出した。


 なんて無責任な期待だろう……


 春になればわたしはスズキムラに帰る予定だし、チイト君だって王都でのんびりしてはいられなくなる。ユキちゃんを保護してくれる人はいなくなり、行くあてもなく放り出されるに違いない。チイト君がお願いすればヤマタナカ嬢は保護してくれるかもしれないけれど、それは勇者に対する懐柔策としてのこと。用がなくなれば捨てられるに決まっている。


「ちょっと……いいか……」


 図書館でガタガタ言いあっているわたし達のところにバンチョウ君がやってきた。今日はいつものように制服を着崩してはいない。


「6年で爵位を得る方法を知らないか?」

「なにを言ってるんですか。そんなこと無理に決まっているでしょう」


 バンチョウ君の在学期間はあと4年も残っている。首尾よく官職を得られたとしても、2年で爵位が付随してくる地位にまで昇進することは不可能だとミドリさんが言う。


「彼にできるかどうかはともかく、そういった前例はありませんか?」

「ない……とは申せませんが……」


 メイモン学院を首席や次席で卒業し上級官僚候補として採用され、2年のうちに功績を挙げて同期の出世頭となれば、最低位の爵位を与えられる可能性もある。過去にそういった人もいたという話で、出世頭になれたとしても爵位までいただけるという保証はない。


「成績だけでは足りません。在学中から貴族たちとのつながりを築いておく必要があるでしょう。人事を左右できるだけの地位にある貴族に、有望株だと期待されなければまず無理です」


 自分の進む方向を決めて、貴族の興味を引くような研究や論文を発表する。自分の配下に加えておきたいと感じさせることが重要だとミドリさんが教えてくれた。


「そんなんでいいのか……」

「そんなのでって……やろうと思ってできるようなことじゃ――」

「ミドリさん。できるかどうかなんて、わたし達が考えても仕方ありませんよ」


 バンチョウ君はもうやると決めている。それは決定事項で、わたし達が否定したところで変わるものではない。できるかどうかなんて、今さら考慮することではないのだから……


「あんたには……いちおう感謝してる……」

「感謝してるのに、あんたなんて言う人がいますかっ。先生とお呼びなさいっ」


 礼儀も知らない無頼漢に貴族が期待をかけると思っているのか。爵位を得たいと思うのならば、まず口の利き方から直せとミドリさんが掌で机をバシバシ叩く。


「……失礼した。俺はバンチョウヤ・テツロウ。マダムのお名前をお聞かせ願えますか?」

「わたしはナロシ・ユウ。彼の教師役でたんぽぽ爵の地位を頂いております。わたしのことはユウ先生と――」

「わかった。たんぽぽ爵には感謝している」


 コノヤロウ……シニタイラシイナ……


「ユウさん。あいつどうしちまったんだ?」


 バンチョウ君が失礼するといって図書館を後にしたところで、キョトンとした顔をしていたチイト君が尋ねてきた。どうやら話が見えていないみたい。


「使用人だからといって、いつまでも結婚もさせずに働かせ続けるというわけにもいきません。いずれユキちゃんも他の貴族に譲られたり、気に入った使用人に下げ渡されることになります」


 それまでに爵位を得てユキちゃんをもらい受けに行く。相手は大臣を経験した桃爵だし、他にも譲って欲しいという貴族はいるのだから、平民では交渉にすら応じてもらえない。それは困難な道だけど、ふたりの未来が途切れてしまったわけではないと説明してあげる。


「じゃあ、あいつは……」

「バンチョウ君は諦めていないんですよ。ユキちゃんが売られて終わったと考えているチイト君とは違うんです」


 今の彼にはどうにもできないだろうとは思っていた。だけど、将来はまだわからないから、桃メイドの話を伝えてはおくことにしたのだ。


「ユウ先生はこうなるとわかっていらしたので?」

「正直なところ、期待はしていませんでした」


 バンチョウ君が爵位を得るまでに出世するなんて、この国のことに詳しくないわたしにだって荒唐無稽な話だと思える。どうせ諦めるだろうから、ユキちゃんには捨てられたのではなく、非力なお兄ちゃんにはなにもできなかったのだと理解させるつもりでいた。


「バンチョウヤに頑張らせようってことはわかったけど、なにも桃爵じゃなくっても……」


 まだ言いますか、このバカ勇者は……


「ユキちゃんをヤマタナカ嬢に引き取らせれば、遠からず不幸な事故に見舞われますよ。事故ならばチイト君も納得するだろうって」

「ヒジリがそんなことっ」

「ナナシーちゃんはするでしょうね」


 王城のことをなにも知らない孤児なんて、いつ誰に利用されるか知れたものではない。ナナシーちゃんが排除に動く可能性は充分に考えられる。諦めるしかなくなればチイト君がすぐに忘れることはフウリちゃんで実証済みだ。


「いずれにせよ、もうわたし達が口を挟む余地は残っていません。考えるだけ無駄です」

「そうですよ。チイトさんは明日からの試験のことを考えてください」


 ミドリさんがドサリとチイト君の前に課題を山積みにした。






 その日の夜は遮るもののない澄み渡った空に星々が煌めいていた。わたしはなんとなしにヤマタナカ嬢が用意してくれた竪琴のような楽器を手にベランダに出て、たどたどしく拍子を取りながらミユウが歌っていた曲を口ずさむ。逝ってしまった想い人を偲ぶ歌だ。


 少女の儚い夢は散った。珍しいことではない。人族に限らず魔族だって、叶わなかった夢に涙する者がほとんどだ。そして、わたしはそれを不幸なことだとは思わない。


 夢が叶わないものだからこそ、誰もがそれに向かって努力し、実現させることに喜びを見出す。願えば叶う。そんな世界はきっと、すべてが当たり前の退屈な世界でしかないだろう。


 ひとつの夢が終わり、そしてひとつの野望が幕を開けた。それでいい。自らの未来は自らの手で掴み取るものだ。他人に頼って得た幸せは自分の力で守り通すことができないから、長く続くことはない。


 バンチョウ君とユキちゃんの結末を、わたしが知ることはないだろう。一緒になるかもしれないし、なれないかもしれない。バンチョウ君が浮気することもあれば、ユキちゃんが他の男を選ぶという可能性だってある。


 どれほどの努力も苦労もハッピーエンドを約束してはくれない。バンチョウ君が必死に伸ばした指先も、桃爵の考えひとつで払いのけられてしまうだろう。願いが叶うのは稀なことで、世の大半の努力は報われることなく涙へと変わってゆく。


 それでも、望んだ未来を掴めるのは諦めることなく走り続けた者だけだ。


 先が見えないからと道の途中で立ち止まってしまったら、どこにたどり着くこともない。自分の目指す場所があるのなら、月のない夜でも歩みを止めるな。とっくに自分を売り払い、未来なんて残されていない者に邪魔はさせないから。


 星空に向かいゆっくりとしたテンポでバラードを口ずさむ。今は離れ離れになってしまったふたりにこの歌を届けよう。遠く旅立ってしまった想い人に、たとえ姿は見えなくても、心を澄ませば声が聞こえる。いつでも近くに感じているからと語りかける、この歌を……


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